勇者は旅に出る
「まだ動けない?」
「――ああ、大分マシになったけどな。アルマ曰くいきなり大量の魔力と神力を使ったから、体が驚いたんだとさ」
あの戦いから数日後。俺が自分の部屋で療養してると、シャルが直接転移で入ってきた。転移を防ぐ防犯用魔道具はまた駄目だったか。
「私はもう大丈夫だから、看病しに来たよ」
「――あー、ありがとうよ」
料理と調薬の違いがわからないシャルの看病に、俺は一抹の不安を感じた。
まあ料理をするわけじゃないから大丈夫だ。って言ってるそばから、尿瓶は取り出すな。俺はそこまで重症じゃねえから。
俺達は救援に来た父上とグラムさんに連れられて外へ脱出した。その後、ダンジョンの核である二本の神剣を失ったことでダンジョンは崩壊してしまった。
千年と引き継いできた、あの花畑が失われた事は残念だ。すでに記憶の中にしか存在せず。幻となってしまった光景が脳裏に浮かぶ。
(あ――、あのダンジョンは神剣の生み出した記憶ですから。もう一度作ったら見れるよ)
(おい)
(し、仕方ないじゃないですか! あの後すぐにジーク君が倒れちゃって話す暇がなかったんだから!)
俺はため息を吐き出して、看病してくれてるシャルにその事を話す。
「そっか。じゃあいつか見れるんだね」
「アルマの言ってる事が正しいならな」
(ちゃんと同じモノが作られますよ! ……神剣が別のモノを作らない限り)
そうやって、ぼそっと不安要素を言うから信用が得られないんだよ。
「それで勇者はどうするの」
「弟に任せる。俺はやらないといけないことができたからな」
「神造ダンジョンを攻略するつもり?」
「そうだ。二つのダンジョンを攻略して、魔神と女神を復活させる」
俺達が倒したのは破壊神の眷属だ。末端も末端の先兵を倒して安心してるわけにはいかない。
破壊神の侵入を止めるには神々の力が要る。人魔大戦で疲労した世界を蘇らせるために眠りについたらしい、二柱の神のだ。
「アルマからジークのスキルを封じてた理由は聞けたの?」
「聞いてない」
あれ以来、勇者のスキルは自由に使えるようになった。教会でスキルの確認はしていないが、一通りのスキルは使えた。
スキルを調べられる教会には行けない。俺がスキルの発現をしたと知られると自由に動けなくなるからな。
「また言い逃れでもしてるのかしら」
「違う、違う。直接聞くことにした」
「正体がわかったの?」
「おそらくな。証拠はないが女神の加護に干渉できる存在なんて一つだろ」
俺の頭の中で下手な口笛を吹くアルマ。嬉しいのか困ってるのか、どっちつかずな曲を吹いている。迷惑だからやめてくださいね。
「だから、俺は神造ダンジョンを攻略して女神ロゼッティアに会いに行く」
「私も行く」
「――目立つだろ」
「今さらでしょ。それに修行目的のダンジョン攻略なら不自然に思われないわ。破壊神も他人ごとにできないし」
魔族の勢力地にある魔神のダンジョンはどうするのと、聞かれたのがトドメだった。
果実を切っていたナイフ片手に、絶対ついていくから。そう訴えかける目はアルマの言っていたヤンデレという言葉が浮かぶ。
修行の一環と言えば、シャル一人なら問題ないか。――俺はそう思う事にして彼女の同行を認めた。
どうせグラムさんの説得はクラウディアさんがしてるんだろ?
こうして勇者と魔王の二人旅は決まった。
シャルが帰宅した後。夕食も食べ終わった俺は両親のお酒に付き合っていた。
弟妹は自室に戻り、少し広くなった食卓。父上が遠征の度に買い貯めてる秘蔵の一本を開ける。
俺が勇者のスキルを発現したことの祝いだそうだ。
「本当に当主の座は必要ないのか?」
「一度アレクに譲ったのなら、今さら戻すのは筋が通りません」
主役はおまえだと、父上が俺のグラスにワインを注ぐ。ご機嫌な父上は続いて母さんにも注いでいく。
「それもスキルがなかったらの話だ」
「誰かが破壊神の対応をする必要があるでしょうに」
半年前とは状況が違うのだ。例えスキルを持っていても、今スキル持ちで動けるのは俺だけだ。アレクに任せるには若すぎる。
現役の勇者と魔王が直接動く事はできない、わざわざ不安の種を撒く必要はないからな。そうなるとクリスタ家で自由に動けるスキル持ちはシャルだけになる。
「あなた、いいじゃないですか。グラムさんとクレアから苦情が来ますよ?」
「あいつら、すでにジークを婿養子扱いしてるからな」
「アレクが覚醒してから、その気配はありましたよ」
苦笑する俺はグラスに口に付けて、当時を思い出す。あの頃から俺とシャルをくっつけたいという意図を感じていたが、アレクが覚醒したことを切っ掛けにその態度を隠すこともなくなった。
だから俺の覚醒にグラムさん達も肝を冷やしただろうな。すぐに、俺が当主になるつもりはないと宣言したから安堵していたが。
「ジークはそれでいいのか?」
「何か問題でも?」
「あら、ジークも言うようになったわね」
父上の確認に俺はすまし顔で聞き返す。それに父上のグラスを持つ手が固まり、母さんはくすくす楽しそうに笑う。
「正式に婚約するのはいつなのかしら」
「そういう話は今回の一件が片付いてから――でしょう?」
「いつまでも長引かせちゃ、シャルちゃんが可哀そうじゃない」
先延ばしにしようとする俺に、母さんがジト目で責める。俺がグラムさん達に可愛がられてるように、シャルも父上と母さんに可愛がられている。
俺もまさか、家族と仕事どっちが大事なのと母さんに聞かれるとは思わなかった。
「そういってやるな。神々の解放は世界の安寧に必要なことだ。それを終わらせてからでも遅くはないだろ?」
「遅いか早いかの問題じゃないのですよ?」
母さんに睨まれた父上がたじろぐ姿に俺が吹き出すのを我慢していると、アルマが話しかけてくる。
(お手数おかけます)
(気にするな、俺とアルマでそんなもの無し……だろ?)
(うん)
俺と父上は口を尖らせる母さんに二人がかりで宥めながら、夜遅くまでささやかな宴会を楽しんだ。
それから、完全復活した俺は苦手な魔法を克服するためシャルに鍛えられた。勇者スキルの魔力操作補佐のおかげか知らないが、すぐにコツを掴んでそれなりには使えるようになった。
アルマには――。
(ジーク君、それはそれなり――じゃありません。自由自在って言うのです)
と言われたが、いつもの如く俺の比較対象は魔王と勇者なんだよ。
「短い間だが、頼むぞ。グリード」
「キュゥゥゥウ」
俺はアルバート家の飛竜――グリードの長い首を撫でる。その隣ではクリスタ家の飛竜がシャルに甘えている。
周りにはうちとシャルの両家の一族が勢揃いしていた。
今日は俺とシャルの神々を解放する旅の出立の日である。
「二人きりだからって羽目を外しすぎるなよ?」
「俺は大丈夫ですよ」
父上の親を代表した別れの言葉に俺はシャルを見る。彼女はそっぼを向いて耳が赤くなっているのだが、何を吹き込まれたのか。
グラムさんと母さん達がニヤニヤしてるのを見て、事情を察した俺はアレクとリーゼに別れの挨拶をする。
「アレク、留守の間は頼むぞ。父上もいつも家にいるわけじゃないんだから」
「――わかってるよ。お母さんとリーゼは僕が守るから」
「それでこそ次期勇者だ。リーゼも良い子にできるな」
「うん!」
俺は二人を抱きしめ、頭を撫でて離れた。そして最後はカイトさんだ。
「俺は仕事があるからな、向こうであったら飲もうぜ」
「もちろんカイトさんの奢りですよね?」
「いいぜ、その代わり俺が満足するまで付き合えよ?」
「――余計な事言っちまった……」
カイトさんはざるだからな。俺が酔いつぶれるまで付き合わされるんじゃないか?
言質を取られた俺を皆が笑う。皆も俺が泣きを見るのが分かっているのだ。
「それじゃあ、そろそろいくか。シャル、――アルマ」
「うん」
(はい)
二頭の飛竜の背にそれぞれ跨り、俺達は手を振って騎竜を飛び立たせる。
「――すごいな」
「そうだね」
俺達の眼下には生まれ故郷の都市が広がっていた。人族様式と魔族の多様な建築物が入り混じる街は世界でここにしか見られない奇跡だ。――いやもう共存から千年経つんだから他にもあるかもしれないけど。
この風景が最初にできたのはここのはずだ。
「ジーク! 景色に見惚れるのはいいけど、先に進みましょう!」
「わかった!」
俺はシャルと一緒に飛竜に乗って旅に出る。女神と魔王を連れて、世界を救う旅が始まった。
短い間でしたが、楽しんでいただければ幸いでした。
ハイファンタジーらしさが出せなかったのは反省点でしょうか。
次回も同じくハイファンタジーっぽいモノになります。投稿予定は次の月曜、いつもの時間帯のはずです。