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彼女が俺を誘った理由

「――ふんっ」


 俺は迫ってくる巨大な拳を一瞬だけ発動した魔纏衣で受け流し、緑色の肌をした巨体――オーガにすれ違いざまに剣を振る。

 

 グラムさんに負けず劣らずな筋肉の塊相手に、俺は的確に首へ剣を滑らせる。


 肉を割く音がして少しの間を置き、オーガの首から血が噴き出す。頸動脈から飛び出した血流はその勢いで切り口を押し広げ、オーガは首を押さようとする手が上がらず膝を着く。


「さすが、ジーク。いつみても綺麗な剣ね」

 

 シャルの称賛を、俺はオーガの首を刎ねてから答える。格下相手に力で押し切れない無力さと一撃で首を落としきれない技量が歯がゆい。


「……これしかなかったからな。――それにまだまだ腕が足らない」


 アレクならうまく魔力を調整して、剣を壊さず強化できる。父上なら召喚した聖剣に全力で魔力を流しても問題ない。そして剛剣を以て一振りで決める、二人はもっとシンプルに強いのだ。


 もちろん、勇者の剣に技術がないなんてことはない。


 一方で聖剣も魔力操作もできない俺には技量を上げて弱点を突かなくては、上位の魔物と戦う術がない。



「それに――、それの横で褒められてもな」

「ドヤァ」


 シャルの後ろには、三体のオーガが真っ黒に焼き尽されて転がっている。俺もオーガ相手に手こずったつもりはない、シャルが――魔王が強すぎるだけなんだ。


(これがジーク君の勘違いの原因よね)

(俺の目指す場所はここだからな、目を背けても意味はないだろ)


 それにお前が俺の代わりに俺を認めてくれてるんだ、なら俺は前に進むさ。そうアルマに伝えると彼女は黙ってしまう。


「素材の回収は?」

「張りきり過ぎた、反省はしてるが後悔はしてない」

「俺達の目的は金稼ぎじゃないからな……。俺が倒したのと、そっちの魔石だけ回収して進むぞ」


 シャルも些か自分の言動が不味かったかなと気まずそうにしている。魔纏衣を習得して、俺の戦略は広まり戦いやすくなった。それを見て取れたシャルもはしゃいでいたのだろう。


「ジークも武器さえあれば、もっと強くなれるよ」

「――そうだな」

 

 歴代勇者や魔王の記録や資料を読んでも、彼らの魔力に耐えられる武器はなかったと残されている。少なくとも人の手で作られた武器では役に立たないだろうな。


(他の神造ダンジョンになら、聖剣みたいな武器はあるのか?)

(あるかもしれないね。ただ可能性は低いよ? 聖剣みたいな神器を手に入れるのは)

(シャルが諦めるつもりがなさそうだからな。今度相談してみるさ)


 俺は魔法でオーガを解体するシャルを手伝いながら、真新しい剣を見る。長年の癖のおかげで剣に劣化は見られない。それでもいつ気が抜けて剣を壊すかわからない。


 俺は予備にと渡された大量の剣を思い出して小さく笑った。




 オーガの後処理を済ませた俺達は先に進む。道中、魔物がそれなりに出るがどうにも弱すぎる。


 勇者と魔王に与える試練にしては生ぬるいと感じながら、特に問題もな――虫型の魔物が出た事を除いて問題はなかった。


「虫はイヤ虫はイヤ虫はイヤ――複眼とか多脚とかも無理だけど、存在が無理」

「俺はそれで魔法具を乱射させるお前が怖かったがな。魔物じゃなくて味方に恐怖するとは思わなかったわ」


 シャルは魔法と魔法具の発明が大好きだ。元々は俺の役に立つモノを作ろうとしていたが、いつのまにか趣味にまでなっていた。


 その自らが開発した魔法具を狂喜乱舞させた時は、俺も魔纏衣を全力で展開して嵐が過ぎるのを待つ羊になっていた。


 オーバーキルどころか、痕跡すら残さないと大魔王になっていたシャル。何もかも消し去ると震える俺に抱き着き、虫を記憶からも消し去ってしまう。


「――弾幕とか大口径ってロマンでしょ?」


 そんな彼女に残る記憶はハッピートリガーの快感だけだ。あれって飛行魔法も組み込んであるから、魔力をバカ食いするんじゃなかったか。


「消費魔力と操作の難易度が高すぎてお前にしか使えない欠陥品だろ」

「専用装備もカッコいいでしょ」


 俺が過剰火力だとも苦言を呈するが、アルマは強く肯定する。弾幕はパワーですって魔王なら自前の魔法の弾幕で十分だろ。


(見た目の威圧感も大事です)

(俺が目指したのは勇者だったからな。魔王の美学は理解しかねる)


 互いの会話は聞こえてないはずなのに、なぜか重なる二人のロマンを語る二重音声に俺は辟易する。


 もし二人が話せたら、さらにシャルの暴走は加速していたかもしれないな。


 俺は魔王の神託をが魔神からである事を心から感謝した。


(あ、魔神も私と同じく異世界の文化に影響されてるから。シャルちゃんもその影響だと思うよ?)

(――この世に神はいなかった)


 俺が世の理不尽を嘆いていると、洞窟の終わりが見えた。




「……綺麗」


 俺はシャルの溢した感想に相槌を打つことも忘れて、目の前の光景に魅入られた。


(ここの大元は草一本生えてない荒地だったのです)


 洞窟の先に有ったモノをアルマが懐かしそうに説明する。


 果ての無い花畑。それは自然に生まれる花ではない、魔力が結晶化してできたクリスタルの花であった。


(勇者と魔王の戦いは、それこそ魔力が吹き荒れる大嵐というべきモノだった。どうしてこんなふうに結晶化したのかはわからないけど、二人はこれを見て戦いを止めてしまったの)

(たしかにこれを見たら、戦いなんて馬鹿らしくなるよな)


 シャルが優しい手つきで花に触れる姿を見て、ふと疑問に思う。


(なあ、こんな場所で試練なんてあるのか?)

(初めからそんなモノはないよ)

「――ふぁ?」

(くす、私は聖魔の試練なんて言ったことないよ?)


 突然奇声を出した俺にシャルは驚いて振り返る。


「どうしたの」

「アルマが聖魔の試練なんてないって――」

「やっぱり?」

「知ってたのか!?」


 アルマから聞いたことをシャルにも伝えると、予想通りという得意げな表情を俺にだけわかる範囲で変化させる。


「あれは勇者と魔王に与えられた神の剣。もう神に認められてる私達を試す試練なんて必要ないでしょ?」

「――俺を連れてきた理由はなんだったんだ」


 シャルはそれは歩きながら話しましょうと、幻想の花を背景に歩き出した。


「一つはすごく個人的な事なの」

「個人的?」

「魔剣を受け継ぐってことは正式に次の魔王になるという事。ジークにはそれを見届けて欲しかった」

「最初からそう言ってくれればいいだろ」

「――恥ずかしいじゃない」


 後ろで手を組んで、背中を見せるシャルの表情はわからない。けれど照れているのは耳を見ればわかる。


「魔王のスキルを発現して、不安に思ってた時。私に言ってくれたよね。『俺も勇者になってシャルと一緒に戦ってやる』って」

「――懐かしいな。……勇者になれなくて悪い」


 幼かった俺は何も知らない無知な子供だった。そもそも勇者になったら魔王と一緒に戦う機会なぞ滅多にない。守る場所が違うからな。


「ううん。私はジークが勇者になれなくて良かったと思ってる。だってジークが勇者になったらアルバート家を継がないといけないじゃない」

 

 シャルは振り返って悪戯っぽい表情をする。俺は彼女の望みを察して、「そうだな」と返した。


「私は神託で色々聞いたことがあるの。どうしてジークが勇者のスキルを発現しないのか、聖剣は勇者じゃないと使えないのかとか」

「神託がそんな簡単に返ってくるのか?」


 止まってた歩みを進めて、シャルはもう一つの理由を話し始める。


「うん、魔神様も結構軽い感じで返ってくるよ? それで答えは『言えない』」

「女神側に関することだからか?」

「そうだと思う。魔族と魔法に関する事なら答えてくれるから、管轄外の事は話したらいけないルールがあるのかも」


 シャルは手を左右に大きく広げる。――千年と続く透き通った花畑はその美しさを保ち続けていた。地面から雑草が生えてくることはなく、洞窟から魔物が出てこないように管理されている。


「それにこのダンジョンを見て、神剣には知性がある。ダンジョンコアと同じようにダンジョンを管理するだけの知性が。なら聖剣そのものに認められれば、契約だってできるはず」

「いままで例外がなかったのは? そもそも神の許可が絶対だったら?」

「魔力よ。人類最高峰の魔力を持つ勇者と魔王の力を受け止められる武器よ? 必要な魔力だってそれ相応にちがいないわ」


 神の許可が必要だったらその時に考えればいい。シャルは「二人でならきっと大丈夫」と周囲の風景に負けない笑顔を見せた。

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