準備万端
(俺ってよく生きてたよな)
(ずっと続けてきた努力のおかげですね)
(……そうではあるんだが、別に魔王から生き残る為に鍛えたつもりはないぞ)
俺の半年の訓練を終え、いざ聖魔の試練へ! と意気込んでいるシャルの隣で俺はこの半年間を思い返していた。
(シャルちゃんがおっかなびっくりで魔法を撃ち込んでたら、それを見たカイト君が「実戦形式で訓練がしたいならもっと本気でやれ」って、乱入してきたわね)
(兄貴も魔王スキルを持ってないだけで、魔法の腕は超一流だからな。何度アルマの近くに逝ったんだ?)
魔王一家の戦闘スタイルは大体同じだ。マギロニカ式の魔法具で弾幕を張って――それすら殲滅級の弾幕だが――、動きを止めた所にイメージ魔法の大火力か変幻自在な魔法でトドメを刺す。一歩も動くつもりがない如何にも、The魔王スタイルだ。
(最終は魔王にもフルボッコにされましたね)
(魔纏衣以外の魔法無し格闘でほとんど有効打を入れられなかったがな)
理不尽な戦いを潜り抜けて、あの魔法は形になった。もちろん完璧には程遠く、短時間だけ強化するだけだ。
それでも攻守ともにシャルの足を引っ張らない程度の戦闘力は得られた。
シャルのほうは結局格闘戦が出来るほど動かす事はできなかった。いざって時の防御手段という形で落ち着いた。
(――そもそもダンジョンについていくだけなら、ジーク君がそこまで足手まといになるとは思えないけど)
(それはアルマが持ち上げすぎだ)
(……ジーク君、もう少し一般人のレベルを見た方が良いと思うよ?)
確かにそれを言われると、俺も言い返せない。そもそもの話、俺の周囲は一流か非戦闘員しかいないんだ。メイドや執事ですら戦える人間は普通に強者の部類らしい。――アルマ曰く。
学園の学生は比較対象に入れてないからな。
「アルマとのお喋りは終わった?」
魔王としての正装であるいつもより装飾が派手なドレスを着るシャル。魔物素材のそれは資金と技術の粋を集めて作ったドレスアーマーだ。俺も装飾は少ないが同じ素材とドラゴンの皮で補強した防具を身に着けている。
「ん? ――ああ、この半年の修行を思い出してた」
「ん――、そっか。……結局夜這いはできなかった」
「あれほどアルマに感謝したことはねえな」
(ふっふーん)
俺の貞操は守られた。なんだかんだアルマが深夜に見張りをしてくれていたからだ。
胸を張ってドヤ顔してるイメージがありありと浮かぶが、今回は素直に感謝しよう。
「将来の話は聖魔の試練を終えてからだ」
「うん、わかった」
俺の言いたいことを理解したシャルは嬉しそうに俺の手を取る。
(ジーク君! それは死亡フラグになるのでやめましょう? むしろフラグを乱立して回避したほうが早いですか!?)
(……少し黙っててくれ)
俺はアルマの寝言を聞き流しながら、シャルの転移魔法に身を委ねた。
俺達の屋敷がある都市の地下深く。転移でなくては来ることができない空間に聖魔の試練がある。
目の前に存在する扉は勇者か魔王のスキルが無いと開かず。扉の向こう側――ダンジョンには魔力が満ちた空間で転移はできない。転移魔法と勇者か魔王スキルを持ってないと二つの剣が眠るダンジョンには来られない。
「魔王が系譜、シャルロット=クリスタが魔剣の試練を望みます」
シャルがダンジョンの扉に手をかざし、透明なガラス球にマナを流す。しばらくするとカチリと何かが外れる音がして扉が勝手に動いた。
「行きましょうか」
「イエス、マム」
扉の境界線は魔力が渦巻いていて先を見通すことはできない。けれど歴代の勇者達はここを通って、聖剣の力を授かってきたのだ。
「俺が先に行く」
「――そう、ありがとう」
俺は先陣を切るとシャルに伝え、向こう側へ飛び込んだ。
扉を抜けた先にあったのは薄暗い洞窟だった。自然にできたものではなく、ダンジョン特有のご都合的な空間と言えばイメージしやすいか。
(ここは聖剣と魔剣の神力で作られたダンジョンだよ)
そこら中にダンジョンの魔力に反応して発光するヒカリゴケの一種が、唯一の光源となって周囲を照らす。
(魔力じゃないのか?)
(はい、魔力の上位互換となる力と思ってください。だからここは三つ目の神造ダンジョンに区分されるの)
(神の作ったダンジョンか。残り二つは?)
周囲を見渡し魔物の気配がないことを確認して、俺は扉から手を出して大丈夫だと合図を送る
(魔大陸と人の大陸に一つずつね。ジーク君も知ってるダンジョンと言えばわかる?)
(神の眠るって言われる巨大ダンジョンか)
(――正解。ジークもいつか挑戦してみる?)
(潜る理由が今はないな)
シャルがこちらに来たのを確認して、俺は探索道具を床に降ろす。
「ここを拠点にして、地図を作りながら最奥を目指すか?」
「そうね。――あれが安全地帯を知らせる目印でしょうし」
ヒカリゴケがこれでもかと、俺達に存在をアピールしている女神と魔神の紋章。バラと魔法陣をそれぞれモチーフにした紋章が、ここは神が関わるダンジョンだと示している。
「俺は父上から何も聞いていないが、シャルはグラムさんから試練について何か聞いてるか?」
「何も、試練だから地図も事前説明も一切無しよ。ただ、あれがある場所は安全地帯だって事だけ教えてもらってる」
(なるほど、そこはアルマが言った他二つと同じわけか)
(ちなみに女神と魔神の紋章が並んでるダンジョンは此処だけですよ)
これは勇者と魔王しか見られない、特別な光景なんだな。昔は対立し合っていた二つが並ぶと思うと感慨深い。
「ジーク、テントを立てなくていいの? それとも私と同じテントで寝る?」
「――すぐに立てる。だから手をわきわきさせるのも、舌なめずりもやめろ」
俺達はそれぞれテントを立てる。シャルが若干残念そうな雰囲気を醸し出すが、俺はそんなもの知らん。
(私は見てないふりしててあげるよ?)
(それは見てるだろ)
(ふーふふふー)
吹けない口笛を吹くアルマを無視して作業を進める。転移魔法ですぐに家へ帰ることはできるが、この先どの程度の戦闘があるかはわからない。俺とシャルは転移する余裕が残らない事も考えて、寝泊りできる場所を作るべきだと事前に話し合った。
拠点の設営を終えた俺とシャルは初日の探索前に、昼食を取ることにした。
「美味しい。これって誰が作ったの?」
「そっちはクラウディアさんだ。俺はこっち」
余裕を持たせるため俺以外にクラウディアさんとメイド達とで手あたり次第に作っては、時間停止が付与されたアイテムボックスに放り込んだのが数日前。
一ヵ月は篭ってられると気合を入れる俺を、グラムさんからやり過ぎだと笑われもした。クラウディアさんも顔を逸らして隠してたから、きっとわかってやってたんだろうな。
「この後はとりあえず軽く近くの探索をして、魔物の強さと罠の系統を調べましょうか」
「了解した。これはシャルの試練だから、基本的に俺はサポートに徹するぞ」
「ジークも聖剣に挑戦して」
「――手に取るだけな」
「それでいいよ。きっと聖剣が認めれくれるわ」
どこから出てくる自信なのか。湯気の出てるスープに口を付けて、シャルは疑いの無い顔でほほ笑む。
俺はその眩しさを直視できず、視線を手元のサンドイッチに落とした。
(聖剣がヤンデレの魔の手に掛からなければいいのですが)
(実験材料として持ち帰ろうとするんじゃねえか?)
アルマからの返答はない。彼女も目先のトラブルを先送りにするつもりだ。
もし本当にそうなったらどうやって止めるか、俺がサンドイッチを全部胃に流しても答えは見つからなかった。