魔王がプロデュースする勇者の戦い方
俺の前に居るのは身長2mある巨漢。一般的な種族の中でも背の高いはずの俺が、見上げなくては見えない場所に彼の顔はあった。
「よく来たな、ジーク! ようやくうちに来る決心をしてくれたか」
「決心――です――か?」
グラムさんの手が俺の背中を叩く度、ずしんずしんと大音響を響かせ世界を大きく揺らす。俺はひっそりと身体強化でその衝撃に耐えるが、いつまで持つだろうか。
これで本職が魔法使いの魔王なのだから、見た目騙しの反則じゃないか。いかにも俺の武器は魔法ではない、この肉体だと言わんばかりの筋肉ダルマだぞ?
魔神様は何を思って筋肉ダルマに自らの加護を授けたのか。
「お父様、邪魔」
「おい、シャルル――」
グラムさんは呆気なくシャルに遠くへ飛ばされた。どこかはわからないが、グラムさんも飛行魔法と転移魔法を使えるので問題ない。親子関係には問題がありそうではあるが。
「クラウディアさんもお久しぶりです」
「ええ、久しぶりですね。あの人が言っていた事は気にしないで頂戴」
「はあ……」
シャルの髪と角はグラムさんの遺伝だが、容姿は母の遺伝だ。グラムさんを含め、周囲の人間は皆がクラウディアさんの容姿に似てくれて魔神様に感謝してるに違いない。
それほど彼女達の容姿は整っていて似ている。時々姉妹に間違われるとシャルが俺の部屋で愚痴るほどに。
「リリーにはしばらくこっちに泊まると伝えてあるから、些事は気にせず訓練に集中なさい」
「ありがとうございます」
事前に母と根回ししていたのか。着々とシャルとの婚約へ周りを固められている気がするけれど、嫌な感じではない。
アルバート家もクリスタ家も元を辿れば初代勇者と魔王にたどり着く、同じ血族だ。
勢力バランスのために俺達は人族に、彼らは魔族の陣営ではあるが対立関係にはない。ある意味種族の代表としての責務を負わされるプレッシャーから、同類的に仲がいいのかもしれない。
俺はそんなクリスタの人たちに感謝しながら、訓練の場を借り事にした。
「火山の火口に飛ばすのは娘としてどうなんだ」
「平然と帰ってきてるじゃない」
「お前もマグマの中でなければ問題ないだろ?」
俺がクラウディアさんとの挨拶を済ませると、グラムさんが帰ってきた。どうやらどこかの火口付近に飛ばされていたみたいで、残り香の熱気で俺の顔に汗が張り付く。
こいつらは本当に俺と同じ生物なんだろうか。いや、魔王と勇者がおかしいだけか。
「はいはい、あなたはお仕事に行きましょうね」
「クラウディア! もう少し男同士、ジーク君と話をだな――」
「それは夕食のあとにでもどうぞ」
グラムさんはクラウディアさんに引きずられて、執務室に連行されていく。あの人もあの人でやばいよな、グラムさんって体重が百キロを軽く超すのに片手で運ぶって……。
(ジーク君も人の事を言えませんよ? 勇者一族も魔王一族も、一般人から見たらチートバグの類ですからね?)
チートバグの意味はわからないが、それは強者というニュアンスだろ。
「わかってるさ」
「アルマ?」
「ああ、悪い」
俺のスキルはシャルも知っている、彼女に隠すことでもないからな。けれど、シャルの前でアルマと話すと機嫌が悪くのだ。天啓系スキルの女性人格にまで嫉妬するのは勘弁願いたい。
「グラムさんが言ってた、決心って何のことだ?」
「――さあ? 知りません」
表情は変わらないが少し尖った耳がぴくぴくと動く。俺が家に縛られる必要がなくなって、浮かれたままに何か家でやらかしたんだろ。
「俺も嫌がってるわけじゃないんだから、次からは事前に話してくれ」
「何のことかわかりません」
惚けて走り去るシャル。一瞬見えたその顔は涙目で、火山から戻ったグレンさんより赤かった。
(やーい、このすけこましー)
(天啓系のユニークスキルならまともな助言が欲しいのですが?)
(ちゃんとできてるから誉めてあげてるじゃないですか)
(さいですか。――恋愛関連じゃ役立たずだな)
(なんですとー!)
役に立たないユニークスキルに文句を言いながら、俺はシャルの後を追って訓練場へ向かう。
「それで俺は何をやらされるんだ?」
俺の戦闘における欠点は魔力操作が上手くいかない事だ。『勇者スキル持ち』並みに多い魔力は武器に流せばすぐに劣化させ、魔法具の魔法回路を焼き尽くす。
勇者スキルを持っていれば、ある程度のコントロールをスキルに任せられるのでアレク達のように問題なく魔法具などを使えるのだ。
「古代勇者の戦闘スタイルを真似るわ」
「初代に近いやり方か」
「ええ、近代戦闘術は魔神様と初代魔王が作った、マギロニカ式魔法具の発展形に埋め尽くされたわ」
そう言ってシャルは両手に付けた指輪の片方を見せる。見せていない方はマギロニカ式とは異なる昔からの魔法具である。
マギロニカ式とは魔力を流すだけで魔法が発揮される魔法具の総称だ。イメージと魔力量が性能に直結するイメージ式とは異なり、汎用性を捨てる代わりに燃費と発動速度に特化したのだ。
燃費と発動速度に特化したとはいえ、最初期はその性能が低く戦闘には使いにくいモノであった。それが近代になるにつれて、何度かの技術革新を経て主流の一つ――どころかイメージ型を駆逐する勢いで広まった。
イメージ式の魔法の強みは汎用性だ。だが誰も彼も同じ魔法を使えば、それを支える多様性がなくなり悪循環で衰退していくのはおかしな話ではない。
「俺に魔法使いになれってことか?」
「それじゃあ、ジークの長所を活かしきれないわ。魔力量が多いって長所は活かせるけどね」
俺もイメージ式の魔法に手を出したことはあるが、上手くいっていればここにはいない。
なぜうまくいかないかと言えばイメージサンプルの不足。独学ではマギロニカ式の魔法を真似るしかなく、それの劣化魔法しか生まれないのだ。
グラムさんかシャルに頼めば、イメージに必要な魔法を何度と見せてくれていただろう。けれど、当時の俺が目指していたのは戦士である勇者だ。必死に鍛え上げた剣術を捨てて、魔法主体に移る決心ができなかった。
それに次期勇者が魔王に弟子入りするわけにもいかない。次期勇者でなくなった今は関係ない話だがな。
「最近お父様と研究して発掘した魔法なのよ。魔法使いの私じゃ、これなしだとまだ使えないけどね」
シャルは魔王スキルの一つ、魔法の使用を補佐するスキルを訓練場のダミー人形の前で発動させる。
「『魔神の魔導書』からの『魔力纏』」
可視化された魔力がシャラの体を覆った。その漏れ出す魔力の量に俺の体がビクリと震える。
(あれは勇者と魔王にのみ許された魔法。上級と呼ばれる魔法を豪雨のように降らせることができる魔力を持ってなければ意味をなさない、身体強化の奥義です)
アルマが小さく解説の声を入れる。俺が知っているのかとアルマに問い質す前に、シャラが動き始めた。
「えい」
「はっ?」
感情の篭ってない掛け声と共に、魔法耐性の高いミスリル製のダミー人形が砕け散る――ただのデコピンで。
「ふう、残念ながら私にはこれしかできないわ。お父様ならもう少し動けると思うけど」
「これを半年で習得しろって言うのか?」
「イエス」
身体強化がそこまで得意ではないと自称するシャルは、俺ならできると頷く。
爆散というのが相応しいほどにバラバラになったダミー人形を摘まみ上げ、俺は困った表情をした。