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穏便な宣告

8話くらい続けるつもりだよ。


短いですが、あっさりと楽しんでいただければ幸いであります。



 豪華絢爛より質実剛健という言葉の似合う、まるで目の前の男を写す鏡みたいな執務室。


 俺は弟と共に呼ばれ、その男――父上の前に立っていた。父上はもうじき初老を迎えるが、その肉体に衰えは感じられず研磨された経験も相まってこの大陸で並ぶ戦士は数少ない。


「ジーク、お前を次期当主から外す。いいな?」

「――わかりました」


 感情を意識的に抑えた言葉で俺は父の宣告を受け入れた。頭では理解していたのだ。俺が人族勢力を代表する一族、アルバート公爵家を継げないことを。


「代わってアレクを次期当主として扱う」

「はい……」


 不服を隠さない弟に父上が苦笑している。俺も釣られて微笑ましく思い、アレクの髪を乱暴に引っ掻きまわす。俺達と同じ銀の髪を、ぐちゃぐちゃにされたアレクは為されるがままに口だけで嫌がってみせる。


「兄上、やめてください」

「ならとっとと受け入れろ。なんで本人より不満そうな顔をしてんだ」

「だって!」


 兄思いな弟に、俺の傷は少し癒される。一般的な貴族なら心配になる甘さではあるが、アルバート家ならそれでいい。なぜなら我々は――――。


「俺達は女神の加護を受けた勇者の一族。当主に求められるのは勇者スキルと在り方だ」

「兄上の在り方のほうが相応しいですよ」

「だがスキルがないんだ。――それに俺は強くない」


 スキル――それは生き物が持つ先天性の力。勇者のスキルはその生まれ持った力とは別、神より与えられる後天的なモノである。


 勇者のスキルは魔物や魔族全般に効果がある神聖魔法に、治癒や結界による支援もできる万能の力だ。千年前に初代勇者が生まれて以来、脈々と続いてきたアルバート家の代名詞と言える。それは魔法文明が大きく発展した今でも、世界に大きな影響力が存在する。


「今後はどうするつもりだ?」

「特には考えていません」


 父上は今まで俺がスキルに目覚めると信じて、保留にしていてくれた。その期待に応えられなかった俺は不甲斐ない思いで答える。


 アレクは俺が強くないと言ったことに反論したそうにしているが、事実なんだから仕方ない。


「そうだろうな。どういう道を進もうと私が支援する、じっくり悩みなさい」

「ありがとうございます」


 俺は父上に頭を下げて、執務室を出た。後ろでは俺を追いかけてこようとするアレクを、父上が制止していた。さらに何か言っている気配がするが、次期当主になったアレクに父上が助言と発破でもかけているんだろ。


 今は一人になりたい、父上の厚意に感謝して俺はその場を去る。




 俺は自室に戻り、ベッドに寝転がって今後について考えていた。


 文官か軍人としてアレクの手伝いをしてもいい。冒険者として大陸中を旅することを選んでも、父上は許してくれるだろう。


 俺は魔法の暴発と剣ダコの残る――戦士の手とでも言うべき手を見て思う。治癒魔法では間に合わない程に傷ついた体を、今思えば愚直やがむしゃらとはこれを指すのかと我が身を省みた。



 俺が後悔はなくも反省していると、窓ガラスをガンガンと叩く音がする。


 なぜガラスが割れないのか、そう思うほどの力強さで窓ガラスは叩かれている。


 魔法でガラスそのものを強化して全力で叩く――普通は強化魔法に負けたガラスが砕ける――、という無駄に高度な技術の無駄遣いをする奴は一人かしない。


「ジーク、今すぐ開けなさい」


 聞きなれた声に、やっぱり来たかと俺はベッドから起き上がり窓に近づいた。もうすぐ陽が落ちる空を背景に、美女がこちらを見ている。


「――シャル。転移魔法で直接飛んでこないのは良いが、窓から横着するのはやめろ」


 昔は転移魔法で直接俺の部屋に乱入してきていた幼馴染。俺の着替えの途中に転移してからはそれも無くなり、代わりに窓ガラスを打楽器だと思ってるのか打ち鳴らすようになった。


 そんな俺とシャルを見守るメイド達の温かい視線は、居心地が悪い。


「そんなの今さらでしょ。それよりも次期当主を降ろされたんだって?」


 そこが自分の居場所であるかのように、シャルは俺の部屋に入ってくる。


 その服装は普段着ている外出用のゴシック調なデザインではなく、ラフな姿だった。


 魔法使いであるシャルは父親の影響か、体もしっかりと鍛えている。その引き締まった肉体と恵まれた体型にシンプルな服装は、彼女の美しさをさらに引き立てていた。


 そんな彼女のある意味無防備な姿に、俺の心拍数は少し上がる。


「――ああ」


 やっぱりグラムさんから聞いたんだろう。俺と彼女の両親は互いに親友同士で、二人が勇者と魔王を継ぐ前から仲が良かった。その繋がりでシャル――シャルロット=クリスタは赤ん坊の頃から俺と一緒に居た。


「それならうちに来なさい。私と一緒にダンジョンへ行きましょう」

「いきなりなんだよ」


 長い金髪を踏まないようベッドに腰掛けたシャルは、いつもの調子で俺に提案する。


 声と表情は無感情なんだが、行動が過激なんだよな。


「聖魔の試練を受けに行くの」

「魔剣との契約か」


 隣に座るわけにもいかず、俺は傍の椅子に座って幼馴染の話を聞く。


「ついでに聖剣に認められないか、確かめるの。――ジークが」

「聖剣は勇者でなければ使えないぞ? 魔剣が魔王じゃないと使えないようにな」


 千年前に人族と魔族の戦い――人魔大戦が勇者と魔王の結婚という異端な終結を迎え、両種族は共存の道を歩み始めた。


 聖魔の試練とは、共存の象徴となったこの都市にある勇者と魔王が最後に武器を置いた聖地。そこには二人が生涯共にあった聖剣と魔剣の本体が鎮座している。


「そんなの前例がなかっただけじゃない、試してみる価値はあるわ。――それにお母さまが外堀から埋めなさいって言ってし……」

「なんだって?」


 はっきりと物事を言うシャルらしくない、ぼそぼそと話す後半が聞き取れなかった。俺がもう一度聞きなおすが彼女は「なんでもない」と、ベッドに寝転がってしまう。


 俺が思ってたより後継者を外されたショックが大きかったのかもしれない、少し上の空になっていた。


「どちらにせよ俺は足手まといになる。試練の邪魔をするわけにはいかない」

「――なら半年よ。半年鍛えて駄目なら諦める」

「今まで訓練してだめだったんだぞ? どんな訓練をやるつもりなんだ」


 俺ができるのは一般的な身体強化だけだ。剣術と体術に置いて他の追随を許さない成績を出していたが、それだけだった。それ以外、魔法方面が壊滅に上昇の見込みが見られない。


「大丈夫よ。ずっと考えてたことを試すだけだから」

「なんで今さらそんな事を言い出したんだ」

「お父様に止められていたのよ。男のプライドがなんとかって」


 少し顔を赤らめ不満げにシャルは俺を見る。あまり父親の話を聞かない――母親の助言には素直に従う――彼女に珍しいと思ったが、きっと俺のためだと言われたんだろうな。


 勇者の息子が、魔王の娘に教えを乞うのは外聞が悪い。彼女の父親もどうやってシャルを説得するか頭を悩ませただろうな。


「ありがとうな」

「……ん」


 俺はベッドに近寄り、優しく彼女の頭と魔族の角を撫でる。


 普段から周りの異性に威圧するように俺へ好意を向けてくれる幼馴染が、学園の訓練の時だけは距離を取っていた疑問が解消した。


 典型的な戦士タイプの俺と魔法使いタイプのシャルとはいえ、才能に天地の差があった。グラムさんは俺を傷つけないために気を遣ってくれてたんだろう。


「それでどんな訓練をやるんだ?」

「まだ秘密。私の家で訓練をするから、明日迎えに来るわ」

「わかった。グラムさんにも心配をかけたから、顔を見せに行かないとな」

「お母さまにもよ」

「ああ」


 にっこりとほほ笑むシャルを見て、俺はなんだか嫌な予感がした。彼女が感情を分かりやすく出すのは何か企んでる時だ。


「じゃあ、私は帰るわ。さすがに夕食までに帰らないとお母さまに怒られる」


 お互い考えていることは手に取るようにわかる。シャルは俺が追及する前に、来た時と同じく転移で帰っていった。




 家族揃っての夕食ではアレクがずっと不貞腐れていた。勇者のスキルを持っているとはいえ、まだまだ子供だ。俺と両親で宥めるが機嫌が直るのはしばらく先だろう。


 一番下の幼い妹――リーゼはまだ何も知らず、首を傾げて愛らしい姿で俺達をほっこりとさせてくれた。


(公爵家を継ぎたかった?)


 俺が自室に戻り明日からの支度をしていると、もう一人の幼馴染が声を掛けてくる。


 どんよりとした暗い感情を浄化してくれそうな女性の声が、頭に直接響く。物心がついた頃から一緒にいる、俺のスキル『天の声(アルマ)』だ。


 いつもならもっと煩いくらいに話しかけてくるのだが、父上の呼びかけから一度も話しかけてくることがなかった。そんな彼女に俺が心配していると、突然弱弱しい声で尋ねてきた。


(いいや、俺が気にしてるのは父上の期待に応えられなかったことだけだ。だから女神様に認められなかったからって、自暴自棄になるつもりもないさ)


 これは本音であり、嘘でもあった。自分の努力を認めてもらえず、女神に思う所が一切ないわけではない。けれど、俺はアルマの前でカッコいい男でありたいと見栄を張るのだ。


 みみっちい男の意地を、アルマがいつも通りに笑い飛ばしてくれる――そう思っていた。


(違うわ! 女神が認めなかったからジーク君に力を与えなかったんじゃないの)

(アルマ?)


 いつも明るい彼女とは対極な切羽詰まった口調に、俺は面食らう。こんなにも必死な――取り乱した声を出すのは俺が幼少期に怪我をしたとき以来か。


(ごめんなさい、私に話せることは限られてる。でもこれだけは言える、女神ロゼッティアはジーク君を認めてるわ)

(……ありがとうな)


 俺は別に信心深い女神の信徒というわけではない。アレクは俺の事を理想的な勇者だと考えているが――、そうではない。俺は手が届く範囲にいる知人達を守れるならそれでいい。だからこそ、女神は俺に力を授けることはなかったのだろう。


 そんな勇者失格な俺を認めてくれるアルマに深く感謝するのであった。

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