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しがみつき 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 つぶらやくんは、呪いの存在を信じるかしら?

 普段の執筆への取り組みを見れば、うすうす察することはできるけどね。内心では、どのように思っているのかなあと、ふと疑問に思ったわけ。

 呪いって字、「まじない」とも読むのよね。もともと「祝」の字と同じ由来を持つんだけど、プラスの意味が祝、マイナスの意味が呪に集中したって聞いたことあるわ。

 ということは「呪」の字って、とんでもない貧乏くじを引かされたことにならない? いわば暗部で、しわ寄せで、汚れ役なわけでしょ? それらをいくら引き受けても、前向きに使われるには、人間社会が生まれ変わりでもしない限り無理ときている。

 私だったら、とても耐えられないなあ。他のマイナスな意味の字たちだって、多かれ少なかれ思うところがあるって。絶対に。

 そんな呪いが引き起こした話。最近、また新しく仕入れたんだ。

 どう? 聞いてみない?



 時は戦国。とある大名家同士で合戦が行われたわ。

 長年、争っては和睦を繰り返してきた両家には、顔見知りの武将も大勢いたようね。すでに互いの家臣たちを討ち取ったり、討ち取られたり……なかば因縁を持つ者の数も、少なくなかったとか。

 かの武将もまた、相手方に何度も槍を合わせたことのある、宿敵がいたわ。一騎打ちを重ねながらも、戦況の変化などによって決着まで至らずに、今まで命を永らえている。


 ――此度こそ、決着を。


 戦化粧ならしっかり整えてきている。もし自分が敗れ、首を取られることになろうとも、武士の最期に恥じない姿になっているはずだった。

 乱戦のさなか、武者は宿敵の姿を探す。合戦のたび、相手はくわがたのついた兜を身に着けていた。その先は他の兜に比べると、イチョウの葉を思わせる縁の曲がりと、中心部の切れ目があって、敵味方に認知されていたらしいのよ。

 その兜の先が、群がる雑兵たちの後ろから見え隠れしている。その動きは、この喧騒から抜け出すような方角へ向きつつある。

 逃げているとは思わなかった。武者自身もここまで、自分の存在を見せつけるかのように、名乗りをあげながら槍を振り回している。きっと向こうもこちらの存在に気がついているはずだったわ。


 ――こちらに誘いをかけているな。


 そう察した武者は、周りの味方に、自分はあの兜の主を追うこと。一切に横やりは無用であることを伝えた上で、真っすぐに件の兜へ向かっていったわ。

 その兜の主もぐんと速さをあげ、みるみるうちに兵の一団を引き離していく。



 ようやく二人のみになれたとき、彼らは川のほとりに立っていたわ。

 互いに馬の手綱を握り、距離をとって向かい合っている。


「いよいよ、今日がそなたとの今生の別れとなるか」


 そうつぶやく相手の馬が、いつもより荒ぶっているのを武者は見て取ったわ。おそらくは手綱を握る左手に、力が入っていない。更によく見れば、先ほどから汗がしきりに頬をつたい、あごから垂れ落ちている。

 万全な体調ではなさそうだった。


「――もしも思い残すことあらば、時を改めても構わぬぞ」


 戦場における最大限の譲歩をしたつもりだけど、相手には挑発にしか聞こえなかったみたい。

 すぐさま返された怒声が、耳をうつ。


「あなどるな! そのようなもの、お主を討ち果たしてから存分に湧いてくるものよ。ここで勝って、探させてもらう」


「そうか」と武者は自らの槍を構えたわ。



 そしてその決着は、おおかた予想した通りのものになったわ。

 槍で数合打ち合ったところで、相手はバランスを崩して落馬。しかも落ちどころが悪く、兜が外れかけてあらわになったこめかみに、地面のとがった石が待ち受ける。

 気づいた時にはすでに遅く、頭深くまで刺さった石の先が、相手の命を奪っていたの。


 死に逃げされた。

 決着を望んでいた武者にとって、この一件は悶々としたものとして残ったわ。

 この後、武者の家は順調に戦況を進めていき、相手方の城を次々と落とす。そしてついには大名家を滅ぼすことに成功したのよ。

 その間、彼も何度か従軍したけれど、これまでのように最前線で槍を振るう機会は少なくなっていたわ。


 馬の手綱を握る左手が、思うように力を入れられなくなっていたの。

 脱力する感じとは、少し違う。たいていは握っていてもなんでもないところを、発作的にしびれが襲ってくるの。それこそ、下手したら馬から落ちかねないほどに、ね。


 ――あやつの呪いか。


 初めて体験したのは、あの不本意な一騎打ちの翌日から。そうなれば、一騎討ちの本懐を遂げられなかった無念が、この左手にまとわりついているとしか思えなかったの。

 自分を倒してから、探すと話していたこの世への未練。それがこの自分の腕に宿るなど、あいつが本当に望んでいたことなのだろうか?

 彼はそう考え、滅ぼした大名家の中から、彼の家とそれに近しい者たちを、できる限り召し抱えた。討ち取った彼の遺したものが本当にないのか、探りを入れるためだったの。



 ほうぼうに尋ねまわった末、武者はかの相手が、ひとりの芸術家に長年投資していることを知ったわ。

 それだけなら、さして深く追求しなかったでしょうけど、問題はその芸術家の左腕のこと。

 数年前より、その芸術家は病をわずらって、満足に左腕を動かすことができなくなっていたらしいの。

 けれども彼にはまだ、作りかけの作品が残っていた。利き腕たる左腕が動かなくては、満足に仕事ができないと、日々嘆いていたとか。

 しばらくはまったく動かすことのできなかった左腕。それが、半年近く過ぎるころには、一日のどこかで、腕に力が戻るときがある。これを天恵と受け取った彼は、その時間を使って作品の続きに取り掛かり、いまもなお仕事は続いているとの話だったの。

 


 武者は彼の住まいを訪ねてみたわ。

 どうやら屏風絵に取り掛かっているみたいだったけど、いまはその屏風の前でじっと座り込んで、絵を見つめている。まだ左腕の感覚が戻らない時間だとか。


「なんとしても生涯のうち、この絵だけは描き終えたいのです。

 それよりのちは、もう何も仕事ができなくともよい。ただこれを終えないうちは、死んでも死に切れませぬ」


 そう話している途中、芸術家の左腕がぴくりと動く。同時に、武者の左腕へ、幾度も感じたあのしびれが襲い掛かったの。

 芸術家はというと、先ほどまでまったく動かさなかった左手を握ったり開いたりし、「力が戻りもうした」と、筆や墨の準備に取り掛かったとか。



 それから一年の後、屏風の絵は完成したわ。

 あの芸術家は精魂を使い果たしたのか、その半年後に世を去ってしまう。

 そして武者の左腕はその日を境に、二度としびれの発作を起こすことはなくなった、とのことよ。


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