逃げる人と道化様?
ある平凡な顔をした男が、急いで荷物をまとめている。
元々ずぼらな性格のツケが今きているのだ。
「まずい、まずい、まずい」
いくつもの鞄を出しては、家中の散らかった室内から必要な荷物を投げ入れている。
複数個の鞄を出しているのは、収納鞄には容量制限があるため一定量以上は入らないから。
投げ入れたところで荷物が壊れることはない。
収納鞄内の荷物同士が接触することもない状態で、実際はそうではないが、浮いているとでも考えてもらえれば分かりやすい。
なぜこの平凡顔の男が、こんなにも焦っているのか。
何か法を犯したものであるのか、それとも脅威の存在の来襲でもあるのか、はたまた痴情のもつれか。
実際男は何かことを起こした訳ではない。
目に止まらなくていいような相手に偶然みつかってしまったから。
本日珍しく引きこもっていなかったことで情報を手に入れたため、焦ることが出来たとも言える。
平凡な男は非凡な力を持っていたが、力を周囲に影響が出るように行使はしなかった。ーーと本人は思っているが実際はグレーゾーンであるーーこっそりと自堕落な生活のためだけに力を使い理想的な生活をしていたのだ。
時々いや、日に少し、仕事と遊びの区別がつきに難いようなことをしつつ生きていた。
正直暇をもて余していた。
ただ、時おり雑多な会話のあるところにいきたくなる。
その中でも食べ歩きによって作成した個人的なランキングを用い、そこそこのお店に向かい騒がしい中での食事を楽しみつつ、周囲の会話内容をこっそりと魚にするのが趣味であった。
なかなかない趣味が祟ったのか、逆によかったのかもしれない。
その会話の内容に久々に男を驚かせることがあり、このままでは不味いと理解したのである。
このタイミングが男にとって果たして最善であったのかは謎だが。
「これはもう暗殺した方が楽?」
焦りから短絡的な思考に移行したようだが、その結果更に不味さを引きおこす可能性もなくはない。
男からしたら、理想的な生活を壊されるのがとても煩わしかった。
ここで非凡な力を発揮してしまうのも、いるかいないか不明の存在がいると証明してしまうようで癪にさわる。
「逃げよう」
たまには旅をするのも悪くはない。
最近は個人的お店ランキングに頼ってばかりで、新しいお店の開拓もしていなかった。
第何回目かのランキング作成の旅に出ると思えばいい。
「なぜ、思い立った訳でもなくこんなことになったのか」
不快さは消えないが、関わって更なる騒動に巻き込まれるのだけは避けたかった。
◆◆◆
男が逃げることを決意した原因とは、なにか。
「帝国が召喚に成功したらしいぞ」
「モンスターの王が産まれる時期だったか?」
「いや、皇位継承関連の実績作りの一貫らしいぞ、予兆がないわけではないしな」
「ああ、最近あったゴブリンキングの話か」
どうやら最近ゴブリンキングが出ていたようだ。
一般的な村人からすると、ゴブリンでも驚異となるーー主に群れで行動し、数匹いればあっという間に増え、更に別種族の女腹から孕ませることが可能である特殊能力を持つため隣人とはなりえないーーためその上位種のキングの驚異度は村・もしくは都市壊滅に関わる。
兵や冒険者などと呼ばれるモンスターに対抗できる力を持った者達であれば話は変わり、ランクの低いキングであれば軍兵20~50人程度か、中堅以上の冒険者が複数チーム必要となる。
ただ、平凡な男の場合上位種のゴブリンキングとある日森のなかで出会っても、僅かな経験値になるかも怪しい程度だ。男の心境としては、態々餌になりにくるとは力量も見極められないと自ら示していると同意だが……予備在庫として保管でもしておくかといったところである。
もちろん平凡な男が食す事はなく、雑食系モンスターの餌などにするためだ。
そのような予備在庫は大量にあるため、結局増加の一方なのだが何処かで少しずつでも消費できないかと考えてはいるようだが、供給過多であるのでバランスのよい状況を作り出すのは難しいようだった。
「いや、その話じゃない、帝国ではオーガキングまで出たって話だ」
「オーガキング!?」
「帝国兵と上級冒険者の混成で勝てたらしいがな」
「王の時期までまだ~150年はあったはずじゃないのか?」
時期外れの王が産まれることは稀にあるが、男が出会っては経験値の糧としているため人里に近い場所で目にすることはまずない。
男の場合、モンスターの驚異度が高いとされる場所に好んで住んでいるのだから出会いは当然なのだが。
約350年前頃にモンスターの王が大量に生まれ、最大の天災となった。
当時人種の国同士の関係が上手く回っていなかったことも原因のひとつであり、二兎を追う国が少なくなかった。
そう、モンスターの王討伐に伴って国同士で足の引っ張り合いを行っていたためだ。
自国の利益になるように裏で動くモノが多すぎた。
そしてモンスターの王に対しての驚異度を計り違えたことが原因だろう。
いや、裏の状況化ではモンスターの王関連より国同士の関係の悪化の進みが先だったかもしれないが、どちらが卵で鶏かはどうでもいいことだ。
かつて、いたとされる何者かが全土に500年毎にモンスターの驚異に恐怖するように呪いをかけたと伝えられている。
それは、白髪茶目の異形のモノであったとされる、なにか。
モンスターの王の時代の特徴として、500年毎に何処で産まれては周囲を破壊しつくし、現在の国同士の状況が簡単に逆転することもある。
そして特に人種の国に驚異が降り注ぐ可能性が高い。
モンスターの王の時代について、伝承などでしか残せない人種と長寿種での差は仕方のないことかもしれない。
長寿種の国付近では500年前もそれ以前も王の発生率が低かった。
それは対モンスターの王への意識の違いと、長寿種同士での連携の差があるからだろうか?
長寿種たちの間では、人種は白髪黒目の異形に呪われているのではと思ってはいるが、どこに王が生まれるかはランダムであるとされ、全土の問題であるため公に口にはしていない。
長寿種達は500年毎に人種の国へモンスターの王の時代に対しての連携の為の同盟の話をしているが、人種の国々は結果としてまとまりはしなかった。
人種が一枚岩でないのはわかるが、どうやら学習する能力がないらしい。
「150年は先のはずだから、俺たちは生きてないと思っていたがな」
「今後もモンスターの王が生まれた時のための召喚か?」
「王の時代がくるとは思ってないだろうが、その予備ともしそうなった場合に実績があるものが王位につけるって算段だろ」
「で、召喚された勇者様はどんな方なんだ?」
「黒髪茶目の黒服を身に纏った方らしい、帝国の先視様が賢者を師とするとよりよい未来が訪れると視たそうだ」
よくいる学生服をきた日本人が召喚されたのだろうか。
ゲームのノリで軽く要求をのむことがないといいが、学生制服だとすると安易な回答をしそうではある。
本人の選択を否定するつもりはないので、此方に迷惑をかけなければ、自由に生きてもらいたいと思う。
「賢者ってあの……・・・の森の賢者か?」
「そうだ、あのおとぎ話の賢者だ」
「いるのか?」
「いないと思うのが当然だが、あの先視様の話だしな。それにそれ相応の対価を渡せば王の時代はなくなるかもしれないとも視えたそうだが、対価が何かはわからないらしい」
「そんなことがありえたとして、誰に渡す?」
「さあ、あの・・・森の賢者の話と王の時代がなくなるなんて尾ひれと背鰭と胸毛までついてると思ってな」
「っぷ、はははは。そりゃそうだな。俺たちに話がくるまでに色々あるのは当然だ、まあ警戒はしておく」
「それがいい、もしかしたらってこともないだろうがあるかもだしな」
言わずともわかるだろうが、あの森の賢者とは驚異度が高すぎる森に住んでいる平凡顔の男のことである。
数席隣の机で食事を楽しんでおり、男達の話をこっそり聞いていたため食事が変なところに入って噎せているが。
当人の賢者は、賢者らしいことをしていた訳ではない。
ただ暇潰しの散歩をしていた時に出会ったモンスターを経験値という糧にしていただけである。
それが、子どものみで相対してしまい死を覚悟しなけばならず、どうにもできなかった時に正義の味方のように現れて助ける形になっていただけで、そのあと子ども達は気絶し、起きたら家の近くの森の入口にいたため、夢だったのかと思うものが多かったのもある。
そんな子ども達が歳を取り、子や孫へと創作のお伽話としてゆっくりと広がっていった結果が現状である。
◆◆◆
「先視か……あの時ヤっとくべきだったか?」
先視の言葉によって、近いうちに帝国の兵と勇者が師にするために訪れれるのが目に見える。
そして、男の家にたどり着けるとは到底思えないが、侮るのはまずいと本能的に察知したため焦っている。
自分達の利益のためなら他人の不幸など考慮しないことを、本心としているとわかっているからだ。
そして正義の名のもとに自分達の行為が正しいと思い込み、断る相手を悪と断定する。
そうやって彼らの、国のいいようになってきた者達がどれ程いたことか。
いやどこの国も似たようなものだが。
まさに生きているものこそがその時の正義となるのである。
男が非凡な力を奮えばきっと王の時代は消える可能性はある。
が、男にとってメリットがない。
正確には協力した場合、メリットよりデメリットのが大きい。
そうあの冒険者たちの会話から判断した男は、逃げることにしたのだ。
一般人にとって危険なあの森は、男からしたら僅かでも自身を高められる狩場の近くに拠点を置いているに過ぎない。
王の時代を含めず稀に生まれるモンスターの王達が男にとってはとても必要なのだ。
ボーナスチャンスである500年ごとの王の時代が無くなり、稀に産まれるモンスターの王のみになってしまったら、平和が訪れて皆がハッピーエンドで終了し、めでたしめでたしで終わるはずがない。
今度は同種族や別種族間での戦争、領土の拡大が始まるだけである。
その時、それまでに知りえてしまった非凡な力を利用しようと考える相手はどれ程いるだろうか。
自分たちの思い通りにならなければ、此方を魔王にでも仕立てることもあり得るだろう。
どう考えても、デメリットがありすぎるため逃げることにしたようだ。
せっかくなかなか気に入った家ができたのに、この仕打ちはなんだ。
あの時アイツに手を出したことが間違いだったのか。
恩を仇で返す相手には相応の対価を貰うことにしよう。
静かに怒りを制御し、いまここで発散しないように男は感情を圧縮することに成功した。
そして、家の中から旅に必要なものを鞄へ移す作業を終えると、外に出て家をも別の鞄へと収納した。
周囲と同種の木々を時止めの鞄から取り出し、まるで森がいままであったかのように植え直し、仕上げに同調の魔法をかけ場を偽装した。
モンスターの王とこんにちはが可能な森は、一人の管理者を今失うこととなった。
これにより、ゆっくりと時間をかけて王国と帝国の境目にあった森の食物連鎖のピラミッドが変化することとなる。
平凡な男は非凡な力を行使し、森の逆端にある大陸へと向かった。
そう、食堂楽の旅にでたのである。
こういうところが平凡な男の残念なところであるが、感情に身をまかせて動くよりはよっぽど理性的な行動である。
きっとムシャクシャした、この気持ちは美味しい食べ物でしか解消出来ないと考えたのだろう。
圧縮には成功したが、いつでも解凍出来てしまうのだから。
一度冷静なって考えるべき事態であり、慎重に事を運べるかが、今後に関わってくるのだ。
この物語は、食堂楽の旅を楽しみつつ先視と駒にしようと画策した者達を洗いだし、召喚されたらしい勇者らしき者の性格を確かめ、平凡な男にとっての幸せな日常を壊した者たちへ相応の対価を得るためのお話--
ではなく、それを傍観者として、見てるだけの固有スキルを獲得してしまった、男を平凡な男と名称付けた憐れな第三者の私の物語である。
平凡な男「Σここまでひっぱって、俺の逃亡と娯楽劇始まりではなく?」
傍観者「わ、悪いけど私の話なんだ……」
平凡な男「冗談だよな? な?」
傍観者「きっとそのうちまた出番が……」
平凡な男「そうか、幕間的なのであるんだな? 今後のキミの展開のキー要素として!」
NPC「幕間のキャストの準備が整ったことをお知らせします」
傍観者「あ、決まっちゃったみたい」
平凡な男「このままの平凡な男で終わるのか俺、酷くない?」
傍観者「全然ましな方だよ、多分きっと、それに間接的はすでに関係してるのだからそこにさえ、リアルで気づける能力さえあれば無問題だよ」
平凡な男「希望観測での発言は控えて欲しいな、気付くまで出番なしってことと同意だろう?」
傍観者 2525