第31話「信頼
「危ない!」
背後から声がしたかと思うと、目の前に広がる光に、とっさに目を塞ぐ。
眩さに視界を奪われ、その場に立ち尽くしていると、前方から衝撃が飛んできて、背後へ無防備なまま飛ばされた。
「っ、イテテ」
背中から倒れるも、怪我をせずに転倒したおかげですぐさま動けた。
霞む視界を開くため、目を擦って前を見ると、そこには一角を持つ馬、言うなればユニコーンが立っていた。
そして、周囲一帯は木々が途中途中でへし折れ、その上半身は見る影もなく吹き飛んでいた。
茫然とその光景を眺めていると、横から現れた光の線に魔物の頭部をが貫かれ、そのまま横へと倒れ込んだ。
が、安心する暇もなく、周辺に先ほど見た亀裂が現れ始めた。
(またあんなのが?)
混乱しながらも、己の身を守るため氷炎を作り上げると、ゼクシオは立ち上がった。
「ゼクシオ君、大丈夫ですか?」
「ミデルゼ先生!」
そこには、担任のミデルゼが姿を現した。
その存在に安心すると、彼は口を開き出す。
「どうやら、今回は異常災害のようです」
「オーバーフロート?」
「異常事態が起きる魔災です。魔物が本来、結果内に侵入する可能性は少ない。ましてや、村周辺では見ない魔物がこの場に現れるなど、空間を渡る以外の方法がありません。そして、今、目の前に広がっている亀裂が、その現象の証明しています」
「…一体、どんな?」
焦り口調のミデルゼを見るには初めてで、ゼクシオはこの異常事態がどれ程なのかを測ろうと、言葉でそれを確かめる。
しかし、返ってきた答えは、ただただ絶望するしかなかった。
「時空断裂です」
「………」
この亀裂が、以前本で読んだ時空断裂。ゼクシオは、その異常性を知っている。
何故なら、その内容があまりに現実離れしており、この魔術が存在する世界であっても、幻想の域を出ることのないものだと思っていたから。
空間や次元、そして、時をも繋ぐと言われる亀裂。
原因は不確かで、だが、予防策の結界だけがこの世に存在する謎の現象。
時をも繋ぐと言う内容にタイムマシーンを連想させ、一時は目を輝かせていた。
まさか、その事象の内、二つを満たす亀裂が存在を表すとは思いもよらず、『もしや、時をも超えるのでは?』と、今は期待に胸を膨らませる。が、同時に、恐怖もしていた。
『この村に予防策としての結界が展開をしているのに何故?』と。
ゼクシオと、この現状を知る教師達だけが、この異常性に身を震えさせる。
「ご存知ですか?」
「はい…」
あまりの深刻さに頷き、返事しかできなかったが、ミデルゼはその反応を見て満足したような顔をすると、話を続ける。
「では、話は早いですね。今から、その亀裂がどれだけ現れ、持続的にこの場に存在するのか……、それは誰にも分かりません。それに、この場だけこの状況ではない可能性も…」
「そ、そんな!みんなが!」
突然の告白の中、頭をよぎるのは妹アメルを始めとした家族や村の人々に、グムレフトからデリネアに及ぶまで。
大勢の安否の心配をするゼクシオに、ミデルゼは言う。
「ですから、一瞬でも早く集団で固まり、安全な拠点を確保する必要があります。そのため、あなたには学年全体の、特に教師達の目が届かない場所に逃げ惑う彼らを、正しい場所へと導いてください」
周り再び見渡すと、まだ変化は起きていないが、さっきの騒ぎで周囲がざわつき始めている。
その中を教師達が言葉で制し、誘導しようとしているが、上手く動けていない。
「この現状を見れば、あなたが今すべきことは分かりますね?」
「…はい」
ほぼ確定的に思われるパニックの波の発生、その中で、こぼれ落ちた者の誘導。重大な役割だ。
その重要性を理解して覚悟を決めると、同時に一つ質問をする。
「でも、なんで俺なんですか?他にも適役が…」
すると、彼は当然のように語る。
「私は、あなた以上の適任者を、この場で見つけることはできません。魔術の才に、仲間との関わり方、日常を共に過ごせば、誰でも分かりますよ。それに、周囲より一歩先を行こうとする知識欲に、歳以上の状況への理解の速さ。もはや、大人と同等に扱ってもいいくらいです」
「……」
「本来、教師が一生徒に贔屓目になることはいけませんが、あなたは息子の親友でもあります。遠目でしか確認はしたことがありませんが、息子が心を許しているうちの1人。そんな生徒なのですよ、あなたは」
「大袈裟ですよ…」
「いえいえ、息子が気を許す相手は少ないですからね。しかし、そう謙遜するのも、あなたが常に父親と比較する癖と似て、良くないですね。あなたは、あなたとして色を持っています!そして、今回はあなたが、私から頼られている。これを機に、少し考えを和らげてはどうでしょうか?」
果たして、そこまで立派に成長できているだろうか?前世同様の道は辿っていなくても、それが正しいのか?己からの視点でそれはは分からない。
が、ミデルゼはその成長を肯定するように言う。
もちろん、ミデルゼはゼクシオの身の上を知らず、それが意図ではないだろ。
が、少なくとも前進するきっかけにはなるだろう。
と、ここで亀裂は変化を遂げて、悲鳴と共に魔物が次々とあらわれる。
「では、お願いしましたよ」
言葉終わりにそう告げると、颯爽と移動して生徒を誘導して回る。
(俺が人に頼られるなんて…)
大事な場面に弱かったゼクシオは、ここ1番に弱い。
そんな事も知らずに、ミデルゼはゼクシオに重役を任せた。
側から見れば、優秀で、しかし、少し自信なさげな彼を、ここ1番で信じたのだ。
『もし、以前のように魔物が仲間を襲った時、果たして自分が役に立つのか?』
これは、彼はこれから変わらず思い続ける事であり、恐怖そのものでもあり、憤怒である。
無力さ故の失う恐怖と、非力な己への怒り。
そんな懸念の解決策が、前世の憧れの対象であった魔術。
これまで、魔術を鍛えると同時に、危機対策も常に意識していた。
火災があるならば水で、手が届かぬなら風で、闇が阻むなら光で。
グムレフトへ披露していた魔術の目的も、これらを自信持って使うに至らしめるまでの過程といえる。
だが、今回は避難誘導。魔物対策で魔術も必要にはなるが、今までの焦点とは少しズレている。
『そんな自分が、大切な人々の命を守れるのか?』
前世では滅多に体験しえない、命の危機。
そんな事態を、今人生はあと何度経験すればいいのか、それは彼には分からない。
ただ、今あるのは、大切な物を守りたいと言う強い意志と、ミデルゼからの信頼。
そんな思いが、恐怖と責任から擦り削られるゼクシオの心を支え、戦果の中へ背を押した。