第23話「難解な笑顔」
「今日はありがとね」
「お役に立てて何よりです」
汗をかかない程度に練習した後、ヘレンと共に家の中へ入る。
「風の魔術もだいぶ扱えるようになったし、明日は細かい作業も少しはできるかな?」
得意ではなかった風魔術も追加で教えてもらい、ゼクシオは満足していた。
「普通は得意属性以外の上達は著しいのですが、ゼクシオ様は様々な得意属性をお持ちなんですか?」
「んー、正直得意属性って言われても分かんないけど、強いて言うなら氷と水かな?あ、最近では雷属性の魔術も使えるようになったから好んで使うのはここら辺だね」
「3つですか、その歳の実力であれば相当努力したのでは?」
「最初は発動するのも一苦労でさ」
発動出来ずに足掻き続けた約半年を思い出すと自然に笑みが溢れる。当時の焦って習得しようと切羽詰まっている姿が、今では不思議なくらいだ。
「はい、やはり最初は難しいです。でも、発動出来たときの喜びときたら」
「そうそう、めっちゃ嬉しいんだよね。今思えばあの長い期間魔術が使えなかった事が不思議なくらい日常で使うけど、達成したからこそ0から1に上がる大変さが身に染みてわかってさ」
「魔術を新たに習得するときも同じような感覚が身体に走って…」
「ハハ、少し笑ってるね?」
「……」
ヘレンはいつもは見せないような顔を出して、今までで一番話しやすかった。少し微笑んだ程度だが、とてもいい顔をしている。ゼクシオの言葉で自分のリアクションに気づくと、手で口から溢れる言葉を押さえていつもの調子に戻った。
「あーあー、せっかくいい顔だったのに。残念」
「いい顔?」
「うん!母さんもよくヘレン姉さんに言ってるでしょ?『あなたには笑顔が似合う』って」
「ですが、私は笑顔がどのようなものか自分で理解して表現する事ができません。それに、私のような物が笑って、誰かが変化するわけでもなく…」
「ヘレンさん!」
「はい?」
ゼクシオは改まって敬語で呼びかけ、ヘレンは無表情にいつも通り返事をする。
「あなたはう、うつ、そのぉ…」
「はい?」
(そんなに見つめられたら余計言い出しづらくなるじゃん)
目と目が合わさり、ゼクシオは視線をそらしげに恥ずかしそうにしていた。
(はぁ、性に合わねぇよな。でも、自覚してもらわなきゃ)
やっと決心がついたのか再び顔を合わせると、今度はハッキリ口にした。
「ヘレン姉さんはいつ見てもう、美しいし綺麗だ!あー、そんな意味では無いけどそう言うことで、まぁ、いつ見ても可愛いですってこと」
「私が綺麗で美しい?でも、それは皆さんがおっしゃるからてっきりお世辞だと…」
「それは違うよ」
ゼクシオは断言できた。これだけは知って欲しかったから。
「こんなガキに言われて信じないかもしれないけど、みんな本心だと思う。それに、姉さんが可愛く無いってんならこの世の女半分以上可愛く無いってことじゃね?」
「それは他の方々に失礼では?女性を口説くときはいいかもしれませんが、他者から嫌われますよ?」
「はぁ、相変わらずズレてんなぁ。もうこの際だから全部ぶちまけるよ?いい?」
「やはり、あなたも私を不必要だとおっしゃるのですね…」
ヘレンは無愛想に、だが少し寂しげに俯いていたのでゼクシオはイライラした。
「そういうとこ!なんですぐに自分を下げちゃうの?人間、傲慢で強情な方がいいときもあるよ。ってまだ8歳だけど…、でも、俺から見て姉さんは気負いすぎだと思う。いつも完璧だけど不完全で、冷静に見えて少し焦ってるような感じがする」
「それでは矛盾しているのでは?」
(やりにくいなぁ)
言葉を送れば正論で返される。会話は成立しているが伝えたい事が伝わらず、歯痒い気持ちだ。
「んー、要するに伝えたいことは、もっと周りを見て楽しんだ方がいいって事」
「周りを見て楽しみ…、つまり私は周囲への配慮が不手際で…」
「はいそれも!悪い方じゃなくていい方に楽しく考えて。さ、もう一回」
ヘレンは困惑しつつもゼクシオの言葉に促され、考え直した。
「…もっと周囲を見て、一緒に楽しむ」
呟きながら彼女は頬を動かして、無理やり笑顔を作っていた。
「アハハ、なにそれ?笑顔?姉さん、実は笑い取りに変顔してる?」
「そんなにおかしかったでしょうか?周りを見るとゼクシオ様や奥様達がいらっしゃるので、同じように笑ってみようかと」
(そっか、この子は不器用なんだ)
ゼクシオは今までの不自然さに少し納得した。もちろん、全て一括りに不器用と称する訳ではないが、少なくとも笑顔を作ろうとする人物を器用だと思えないからだ。しばらく笑って、ゼクシオは再び口を開く。
「おかしいですか?」
「いいんじゃない?」
「はい?」
「その笑顔、さっきみたいに自然な顔じゃないけどさ、無愛想な顔をされるより100万倍マシだよ」
「無愛想…、100万倍…、」
「これからは、もっと明るくしてよ。って言っても姉さんは今年まで研修期間で、スーテシア女学園に来年行く予定なんだっけ?だったら、少しでも多くの楽しい思い出作ろ?」
「楽しい思い出…」
「そうそう、今までこんな関係放置してた俺も悪いよね。でも、まだ遅くないからさ、明日から、いや今日から『研修であの家に行けてよかったな』って思える程度の思い出は作ろ?メイドも関係ないさ、セナの家のメイドさんなんか俺に悪態つくんだぜ?本当センスないよなあのおばさん」
「確かにサードント邸ではよく騒動の中心にゼクシオ様がいたと奥様から…」
「ちがーう!あれは濡れ衣!俺があんな事するわけ…」
「……」
「あ、笑った」
「笑ってません」
「笑った!」
「ゼク、もう夜だから静かにしなさい」
「はーい」
声が上がってしまい、二階からルザーネの注意する声が聞こえた。
「母さんめ、今姉さんの微笑みが見られたのに…」
ゼクシオは少し怒っていたが、ヘレンは少し柔らかくなった表情でゼクシオを見つめる。
「ヘレン姉さん、魔術の話し好き?」
唐突に聞かれたその疑問に、ヘレンは少し戸惑って答える。
「好きかどうかは分かりません。ですが、興味深い領域です」
「領域って難しい言葉だな、でもそっか。姉さんはそれが会話の糸口ってわけだ。だったら少しずつでもみんなと魔術の話ししよ?そしたらいつか自然に笑える日が来るよ!」
「……ええ、そんな未来が待っているといいですね」
「おう!」
そこでヘレンは時間を確認すると、時間がだいぶ経っていることに気づく。
「あ、ゼクシオ様。もう夜遅いですよ?アメル様もお部屋でお待ちになっているのでは?」
「ヤッベ、本読んであげなきゃ!じゃ、おやすみヘレン姉」
「おやすみなさい、ゼク…様」
「え?今ゼクって?」
「おやすみなさいませ、ゼクシオ様」
「あーあー、今の響きよかったのに」
ゼクシオはそう言いながら、寝室へと入り込んだ行った。