第20話「翌日の再来」
間が空いてしまい、申し訳ございません。コツコツがなかなか続かない作者のペースで書き進めるので、続いていることをプラスに捉えてやって下さい。“_”
今は、サードント邸の家の前。ゼクシオは1人、扉が開くのを待っていた。
(ここまで来たのはいいものも、どんな顔で会えばいいのか…、こう?)
何回かポーズを決めてみるが格好が付かず、アホらしくなったので出会ってから考える事にした。
扉の近くに人が来る気配がして、ゼクシオは何事もなかったかのように向き直ると挨拶の準備をした。
「いらっしゃいませ、ゼクシオ様ですね。どうぞ中へ」
扉の音と共に出てきたのは、見慣れたセレナではなくメイドだった。彼女はゼクシオの姿を確認すると、流れるように中へ誘導して来た。そんな光景に新鮮な感覚を覚えつつ、ゼクシオは中へ入る。
「本日は、グムレフト様とデリネア様に御用があると聞いております。奥様方はお出掛けでいらっしゃいませんが、私達は屋敷にいるので、いつでもお声がけ下さい」
「分かりました。御丁寧にどうもありがとうございます」
最近、ゼクシオは思っていたのだ。周囲の高評価が魔術にはあっても、礼儀には反映されていないのでは?と。だから、今日初めて話すようなメイドには、少し丁寧な言葉を選んでみたのだ。すると、メイドは驚くが、すぐに気を取り戻した。
(やっぱり、俺の悪評。即ち無作法はメイド中では噂か。そりゃ、貴族の家だもんな。考えなしで過ごした俺がバカだったか…)
今更気づいた事実に落胆するも、後は評価を上げるだけなので、気を取り直して顔を上げる。
「屋敷は『自由に使って良い』と、お嬢様がおっしゃっていました。奥様方も許可はなさいましたが、くれぐれも無礼のない行動を」
「アハハ…、気をつけるよ」
「では、失礼します」
話し終わると、メイドはスタスタとどこかへ行ってしまった。
「ここまで念を押されては、自粛しなければ」
既にタンスを覗く事数十回、寝室でのベット荒らし数回、窓ガラス破損被害数十回、家具への損傷行為も数十回、危惧されるには当然の経歴である。
殆ど周囲からの巻き込みや、流れでゼクシオ自身が招いた事態では無いが、事故が起きる現場に常に居合わせていたのがゼクシオだったので、常習犯と思われても仕方ない。
一度、セナの父親から呼び出された時は肝が冷えたが、ゼクシオがどんな子に成長したのか見たかっただけだそうだ。破損箇所などは器用なメイドさんなどが直してくれるからいいが「注意はしろ」とだけ言われた。その時の鋭い視線は今でも忘れてはいない。
その後、メイドに向けられる視線が鋭くなった気がしたが、何か贔屓でもされていたのだろうか…。
そんなことはさて置き、今はグムレフトとデリネアがよく使っている部屋の前までやって来た。扉の前に立つと昨日の事を思い出して照れてしまうが、意識のしすぎかもしれないことを考慮しつつ扉をノックした。
(ノックは礼儀の基本だよね、うんうん)
ノックだけで終わるのもよくないと思い、少し挨拶も練り込んでみる。
「こんにちは、ゼクシオです!中へ入ってもよろしいでしょうか?」
(こんなもんかな?)
すると、すぐに内から扉は開けられるが、人が近づいた気配が無かった。気になり中を覗き込みと、グムレフトが椅子に座りながら本を読んでいた。
「こんにちは!」
声に反応することは無かったが、目の前にある水晶が光り輝くとグムレフトは扉側を見やった。
「まだ誤差があるのぉ…、結果もイマイチ」
1人小言を喋りながら本を閉じると、ゆっくりと身体を起こして近寄って来た。
「こんにちは、グム爺さん!今日から暇だって聞いてたから相手してもらうために来たよ。もちろん俺の相手してくれるだろ?」
ゼクシオは、近寄ってくる相手に対して会話をしているつもりでいたが、その相手ははゼクシオよりも扉の方へ行ってしまった。
「あれ?おーい、おーい!聞こえてる?また音消してるの?」
ゼクシオはかがんだ老人の耳元で声を上げると、老人は今気づいたかのように驚いた。
「おお、石坊主か。すまんすまん、実験に夢中で気にしとらんかった。そうか、お主が入って来たんだな」
「何アホみたいなこと言ってるの?あったりまえじゃん」
「ホッホ、口が少しキツくなっとらんかの…」
少し悲しそうな顔をしながら話し続けた。
「わしは集中するとどうも周りが見えんようでな。老い先短い老人を、少しは大目に見てやってくれんか?」
同情を誘うような、嘘のようで本当のような内容だが、嘘をつかれたことはあまり無いので、ひとまず今は信じる事にした。
「はぁ、しょうがないな。で、実験って何してたの?」
この老人は賢人としての地位を確立している。そんな人物から出た“実験”と言う言葉。それは、前世の記憶に基づけば魔術に関係性のありそうな匂いがプンプンする。そんな言葉をゼクシオは見逃さなかった。
「お主なら聞いてもらえると前から思っておったぞ!わしが今行っておったのは、『信号伝達回路』の魔術式の応用じゃ」
「ん?」
初めて聞く内容に、新たな異世界ワード“魔術式”。殆ど理解できなかったが、分かるところから噛み砕いていった。
「その『信号伝達回路』だっけ?それは、扉が勝手に開いた事に繋がるのか?」
自動解除はオートドア、伝達回路はおそらく開けられたことを確認できる原理、水晶あたりだろうか。簡単にできた推測で疑問を口に出してみると、グムレフトは目を輝かせて顔を近づけた。
「ほぅ、魔術式も習っとらんお主がそこまでの予測とは…。ホッホ、石坊主は賢いの。お主の頭を一度覗かせてもらいたいくらいじゃな」
「こえーよ!」
持病となった発作を病院で抑えた際に、原因は記憶が云々と言われて脳内を他人に干渉された経験がある。後から思えば転生バレの面倒展開を引き起こす要因になり得たので、今では少し気をつけていた。
記憶への介入ができる力、それを危惧していたので彼の発言は意外と本気なのかもしれないと思うと、少し怖くなった。
「しかし、無闇に覗こうとも思わん。わしとて人間じゃ、“不可抗力”であれば仕方がないがの。ホッホッホ」
不可抗力の一言に、ゾワっと背筋が動いた気がした。
「冗談じゃ冗談。そう心配するでない。ほれ、魔術式について語り合おうぞ」
「お、おう」
グムレフトに対して少しの危機感を抱き始めるが、知識欲には負けてしまい、結局グムレフトの近くまで自ら近づいて行った。
「魔術式は何か知っておるか?」
「んー、だいたいは。魔術の一種?」
「ほぼ正解」
「しゃい!」
魔学舎ではまだ習っていないが、魔術はなんたるかを模索しているときに何度か目に入ってきた言葉だ。
「“ほぼ”じゃほぼ。魔術式は簡単に言えば人間には不可能な程複雑な魔術を使う際の代理人として使うのが殆どと言ったところかの」
「はい?」
「つまりは魔術システムじゃ。お、ちょうど良いから少し見て確かめるか。石坊主、扉を閉めるのじゃ」
「ん?」
何を見て確かめるか分からないが、言われた通りに開いている扉を閉めた。
「この扉には『ノック』『声』、ドアノブには『温度変化』を感知するよう設定してある。そのいずれかを満たせば扉は自動で開き、そこの水晶が光って知らせると言う仕組みじゃ。詳しくは省くが、これは頑張れば誰でも行き着くレベル。そこで、わしが編み出したのは…」
話しの途中で、扉の開閉音が聞こえてゆっくり扉が開き始めた。
「開くぞ、次はこっちの水晶を見てみよ」
そのまま水晶をの方へ行き見つめていると、確かにゼクシオが中へ入って来た時のように薄く発光していた。
「よくみるのじゃぞ」
固唾を飲みそのまま見守ると、光の色が次第に緑へと変わっていった。
「中へ入ってくる者の魂色がこれでわかった。答えは緑持ち…」
(もしかして本当にそんな技術を…)
期待に胸を膨らませて後ろを振り返ると、そこには出会ってそんな顔をするか考える、と決めたデリネアがいた。
「や、やあデリネア姉さん」
ぎこちない笑顔で挨拶をすると、彼女はいつものように笑顔で対応してくれる。そこで気づいたのだ。そう、彼女は人を特別視せず、いつも優しい目で見守っているのだ。大袈裟に受け捉えていた自分が恥ずかしくなって目を逸らしていると、最初に思考していた内容へと帰り着いた。
(中へ入ってくる者の魂色は緑…)
見間違えでは無いか確認のために2度にするが、そこには微笑むデリネアがいるだけだった。
「『まだまだ改善の余地あり』っと」
手元に取り出した紙へ書き込みを入れながら、―再び水晶と対峙していた。
(やっぱり、まだ試作品か…)
少し期待はしてしまったが、案の定失敗で冷静に戻った。もし仮に、この技術があれば、市場で大需要の魂色検査用の魔道具を新たに買い入れることなく、人々は魂色検査が行えるのだ。だが、水晶に頼っている点は以前と同じく魔道具扱いとなり、市場から一瞬で消え去るのは見えているので道のりは長いだろう。
見たところ、水晶は家のお湯沸かしよりも純度が高そうで、大量生産に向かなそうだ。しかし、これも推測の域を出ないので真実は分からない。
「師匠、また失敗でしたか?」
「ああ、信号受信が遅れているのと魂色が未だに100%一致しない。これでは道のりは長そうじゃ」
「私は師匠を信じてますよ」
「本当かのぉ」
「本当ですよ!」
2人の会話を外野から眺めていると、祖父と孫の会話にしか見えなくて、前世の自分の祖父を思い出しながら幸せそうに眺めていた。