第17話「困難の壁」
「ゼクが雷の魔術の練習をするの!」
ゼクシオの周りにはいつのまにか少女達が集まり、ある事について話していた。
「だから、俺はやらないって!」
「私はデリネア様の作戦いいと思うけどなぁ」
「うん、ゼクだけいつもビリビリ遊びできないの可愛そう。いつも一人で端っこにいる」
2人の少女がデリネアのアイデアを推奨するが、少年は首を縦に振らない。
「あれはあれで戦略的撤退なの!それに、雷の魔術が使えないくらいで…」
そこで、ゼクシオは抵抗を試みるが、最後で口籠ってしまった。彼自身が内心では諦め切れていないからだ。
「少年の様な子が、魔術の可能性を本当に諦めるんですか?」
そう言われてゼクシオは押し黙った。
「少年の様に恐怖や恐れで魔術が使えなくなる子はたくさんいます。でも、子どもが希望を諦めるには早すぎるわ」
彼女は何か思うことがあるのか、その言葉には感情がこもっていた。
「だから、安心してください。少年の恐怖は私が取り払って差し上げます」
言葉に乗った優しい声が、ゼクシオの耳に届き、見上げれば手を差し伸べられていた。
「ね?」
ゼクシオは本来、この手を取ってはダメな事情があった。ただ、その理由は周知されていない。否、周知させていないのでこれ以上の意固地は矛盾を生み出し、疑いが出かねない。
だが、彼女には不思議と断れる気がしなかった。頼れる様な、事情をかき消す程の強い光を感じたのだ。だから、最初は全く取る気のなかったその手に、今は吸い寄せられていた。
「…お、お願いします」
「では、決まりですね」
差し伸べられた手を強く握り締め、ゼクシオは覚悟を決める。
****
ここで、ゼクシオのトラウマ話しを思い起こそう。それは、魔学舎2年のまだ6歳の頃、、、、
7月に入った頃、魔学舎は中間から8月にかけて休校になった。前二月は大雨が多く、湿気がすごかったが、天気は一変してカラカラの大地に灼熱の日光。そんな中、川のほとりにある木陰の中で、ゼレカの4人は頭の上から定期的に水を生成し、身体を濡らして涼んでいた。
「あー、あちーよー」
レルロが最初に声を上げるが、誰も返事をするものはいなかった。
「もう疲れたー」
魔術を使うには生態機能を使用するため、使用し続ければ体力が減ることは必然的だった。身体が涼んでも体力が失われれば、まだ体力の少ない子どもにとってプラマイゼロどころかプラマイマイナスになっていた。しかし、誘惑に負けるのも必然で今の現状に至る。
「あー、集中切れ!もう使ってやる!」
レルロの声で集中を切らしたゼクシオは、水泡の維持が疲れてやめてしまった。そして、新たに氷炎を発生させると、地面に手をつき凍らせて、周囲に氷土を生み出した。
「最初っから使えっての!」
その光景を見たレルロはゼクシオに悪態をついた。
「それじゃ、魔術が鍛えられないじゃん!」
しかし、ゼクシオは悪魔でも最初は魔術技術の向上目的で行っていた為使わなかった。ゼクシオはレルロに対してそう言うと、生み出した氷土に横たわるって涼んでいた。
「そーかい、そーかい。こんな暑い時まで考えるなんてバカじゃね?」
そう言いながらも、彼はゼクシオの生み出した氷土に顔をつけて涼んでいた。
「あー、きもちー」
その姿は、とてもきもち良さそうな姿だった。
「レルロには言われたくないね」
そんな姿を見たゼクシオは、皮肉ぎみに言葉を言い放つが聞こえなかった様だ。その後、反応がない事は気にせず、ゼクシオも共に横になりながら、周囲に4本の氷柱を出現させて、さらに周辺は冷え込んでいった。
「あー、癒されるー」
「だなー」
2人は横たわって仲良く空を見つめていた。
「ゼクは凄いね。氷ならもう大人以上に操れるんじゃない?」
カイが氷土の上に座って、氷柱を見ながら、実力を褒めた。
「まだまださ。それに、父さんはもっと凄い!」
ゼクシオは目蓋の裏に焼き付いたリオの姿を思い出しながら、拳を固めて空に突き上げた。
「へっ、英雄の子どもだろうと同じとは限らね。ゼクより先に俺が紫電のレルロになってやる!」
ゼクシオに対抗して、彼も拳を振り上げると、疲れを感じさせない程声を上げた。
「でも、今日は休憩。英雄は休むときは休む…」
だが、カラ元気だったようですぐに萎れた。
「はは、その様子じゃ、お前に英雄はなれないな」
ゼクシオは横たわりながら嘲笑すると、再び魔術を発動させてもう二本追加した。
「クソ!俺だって、植物ならまだ生やせるぜ!」
そう言うが、出せたのは大量の木片やツヤ、まだセナの様に立派な植物を一から作ることはできない様だ。
「おやおや?俺の対抗する気?英雄は休憩するんだろ?だったら俺は休むぜ」
そう言って、腕枕をして目を瞑った。
「ッチ、バカにしやがって。お前でも同学年のヘーゼルには負けるに決まってる!おい、ヘーゼル!お前ならなんか別の涼しい魔術使えないのか?って、雨?」
ヘーゼルに彼は声をかけたが返答が返って来ない。そして、頭上からは謎の水滴が垂れてきた。この天気で雨が降るはずもなく、頭上の木を見てみると、ヘーゼルが木の上に巨大な水泡を作り出して落としていた。
「な…」
「ヘーゼルも凄いね」
カイもその場で寝転ぶと、水に打たれながら涼んだ。ヘーゼルが近くまで近づいて来ると、彼も横になって寝入った。
「ッチ、こうなったら俺が新たな遊びを作ってやる!」
謎のスイッチが入ったレルロは、立ち上がってそう叫んだ。
「何をするんだい?」
まだ起きていたカイは質問すると、彼は腕を組んで悩み始めた。
「うーん…」
「何か気づいたら言ってね」
そう言うと、彼も寝てしまった。
****
(笑い声がする。誰かのはしゃぎ声…、水しぶきのする音に木が風にそよぐ音…)
暗闇から目を覚ますと、目の前の川に数人の男女が遊んでいた。
(カイにレルロにセナ、リゼ、ティアリス、リーフィ?)
メンバーが増えて驚いたが、寝ている間に来たと思って取り敢えず置いておいた。周囲を見渡すと、ヘーゼルは木の根本で寝ていた。
再び川の方を見渡すと、少し先に見覚えのある老人がいた。
(グム爺さん?グム爺さんだ!ついてるぜ、今日もまた見てもらえる)
そう思うとその場で立ち上がり、その老人の元へ駆けつけた。
「おーい!グム爺さーん」
声を上げるが、老人は気づかない様だ。
(聞こえないのか?)
そう思って近くまで行くと、再び声を発した。が、音が出ない。周囲の音も完全に聞こえない。世界から隔絶された様な感覚になり、一度その場から離れる。
「あれ?聞こえる」
川のせせらぎや奥にいるレルロ達の声が戻り、ある事に気づく。
「あ、ミデルゼ先生のサイレントと同じか」
そこで、魔学舎の担任を思い出した。結界の一種である事、音を遮断している事を。
(つまり、身体に触れば気づいてくれる。簡単だな)
そう思って近くまで再び歩き、今度は声でなく身体に触れて知らせる。老人の肩を揺らすと、老人は驚いて振り向いた。ゼクシオを見て誰が揺すったか理解すると次の瞬間、音が周囲に戻った。
「なんじゃ、石坊主か。今釣りの途中じゃったが?」
「グム爺さんこそ、こんなところでなんで釣り?」
「ホッホ、最近の若者は穴場スポットを知らない様じゃの。ほれ!また釣れたぞ」
釣竿を引き上げると魚をボックスに詰めて、満足そうにしていた。
「石坊主はみんなと遊ばんのか?」
「へへ、今日も魔術を見てもらうぜ!」
そう言うと、老人は首を横に振った。
「すまんのう、もう今日は他の者の相手をしたからの」
そう言うとまた、釣竿を川へ伸ばして釣りを再開した。
「それって誰だよ!」
「そんなの自分で考えるんじゃな。ホッホッホ!」
ゼクシオは訳が分からず、周囲を見ながら考える。すると、先にレルロたちの姿があった。
(もしかして、レルロ?まさか、そんなに安直に決めても合っているはずがない…)
考え込んでいると、老人は再び言葉を発した。
「考えすぎじゃ。お主の目と鼻の先に答えがあるじゃろうて」
そう言われていますやっと言葉にした。
「…レルロ達?」
「そうじゃ」
「そうじゃって、何を相手にしたんだよ!」
「あやつら全員じゃ。よく見てみよ、水を手から出して遊ぶどこに魔術が関係無いと?」
よく見てみると、手から発した水を避けながら戦っている様に見えた。
「じゃあ、あれは何してるの?」
「なに、簡単な事じゃ。まだ小さな水泡と微かな電撃しか発生できぬ子どもに、その両方を融合させる方法と遊び方を諭したまでじゃ」
「はぁ?そんなことしたら水着して感電するんじゃ…」
ゼクシオが疑問に思うと老人が答えた。
「安心せい。1人1人の威力は全然じゃ。ただ水を当てているだけの者ばっかりで融合はまだできておらん。何より電撃で自然に干渉出来る程の威力は、お主と木陰で寝ている少年しかおらんわ。生半可な威力じゃ魔力ごと自然に喰われる。自然の摂理よ」
返答する頃には、また一匹釣り上げていた。
「遊びながら魔術を行使すれば体力強化もできて十分じゃろ」
そう言うと、ゼクシオは笑った。
「電気と水泡の融合は誰もしてないんだな?」
「そうじゃが?」
すると、ゼクシオは電気を帯びた水泡を作った。
「ほう、ようできたの」
「へへ、でもまだまださ」
そう言うと、向こう岸の川にそびえ立つ木に指で狙いを定めてこう言った。
「父さんならきっと、あの向こう側の木にだって簡単に飛ばすさ」
「そうか、頑張れよ」
そう言って釣りに再び向き直った。
(見てろ、こんなの毎日水の操作を練習している俺なら一発)
意識を集中して水泡を飛ばそうと、その場に踏ん張った。しかし、
(重い)
何度も操ってきた水は、今やほとんど自由自在に空中を泳がせることができた。ゼクシオは完全に舐めていた。腕に、足に、お腹に、指の先まで全身に力を込めてもその場に存在して浮かんでいるだけ。何も変化が起きなかった。
「気づいたか、魔術を使うには抑止力が必要じゃ。石坊主の力じゃ自然に引っ張られて維持するのがやっとじゃろ」
「クソ、こんなの根性でねじ伏せて、」
言葉で鼓舞し、思いっきり力を込めて飛ばそうとした時、動く気配がした。
「よし、このまま…」
身体を後ろにそる様な形で力を込めていたゼクシオは、全ての力を込めた時、後ろに倒れてしまった。
「え、、」
そのまま電流を帯びた水泡はゼクシオの上から全てが降り注ぎ、意識が遠のいた。残ったのは身体中に走る激痛と痺れのみ。水の感覚など感じる余裕もなかった。
****
長い夢を見た。とても長い夢を。
心地よい風が身体に吹き付け、輝く光が照らす中皆んなで遊ぶ夢を。
小さなアメルとリオにルザーネ。まだ幼いセナにレルロにカイにヘーゼルまで。みんなががいた。
「はっ!」
目を開けると、見覚えのある白い天井だった。少し薬の様な匂いがして、看護師が来ては隠れてやり過ごす。少し味気の無い食事を取りつつ、いつもみんなと喋っては寝る生活を繰り返したそんな場所。
(病院だ)
ゼクシオは気づけば病院にいた。包帯など治療された箇所は無く、あったのは痺れと正座をした後のチクチクする様な痛みが全身。手は少し痙攣していた。
身体は少しの衝撃でびくついて反応し、電撃を思い出しただけであの瞬間が思い浮かぶ。
「起きましたか!」
そこへ見覚えのある看護師が近くまでやって来た。
「あの、俺は一体どうなってるんですか?」
現状がどうなっているか質問すると、看護師は笑顔で答えた。
「あなた電撃を浴びて倒れたと聞いていますよ。グムレフト様が病院に連れてこられて身体に外傷がないか検査しましたが異常なしです。怪我に関しては安心してください」
その話を聞いてゼクシオは身体の現状を伝えた。
「すいません、身体の震えがさっきから止まらないんですが…」
「残念ながら後遺症は残っていました。しかし、安心してください。必ず治りますから!それでは、しばしばお待ちを。お医者様に起きた報告をしてきます。」
そう言うと、看護師は走ってどこかへ消え去ってしまった。自分の手のひらを広げて見てみるが、今も小刻みに震えている。
****
「後遺症は神経障害です」
「先生、神経障害ってなんですか?」
ゼクシオが質問すると隣に座っていたルザーネが答えた。
「神経障害っていうのはね、何も起きていないのに身体が勝手に反応をする病気よ」
(そういえば、母さん医療は勉強してたんだっけ?)
ゼクシオは言葉を確認しながら手を見てみる。まだ、震えは止まらず少しチクチクしていた。汗も気づけば大量にかきはじめ、自覚出来るほど異常な身体になっていた。
「魔術の事故らしいわね。よくあることよ」
「よくあることなのかよ!」
ゼクシオがツッコミたくなる衝動を抑えきれずに声を上げるとルザーネが落ち着いて答えた。
「ええ、操作に失敗して自分や周囲に被害が及ぶことはよくあるわ。でも、医療体制がしっかりしている故だけどね」
そう言って医者を見ると頷いていた。
「お母様のいう通り、しっかりとした対策無しに危険な行動を行う事はあり得ません。それはグムレフト様もご存知のはず。お母様、お子さんの身体を触ってみてください」
すると、ルザーネはゼクシオの腕を触った。
「確かに、凄い量の魔力が流れてる…。これをグムレフト様1人が?」
「はい。お陰で何とかなりそうです」
(?????)
ゼクシオは話しについていけず混乱した。
「これ、どう見てもやばいと思うけど、大丈夫なの?」
全く現状がの見込めないゼクシオは周囲に質問した。初めからそうだが、少し自分との温度差がありすぎると思った。
「ほんとあなたはお父さんに似て後先考えずに魔術を使うものね」
ルザーネがお怒りモードでゼクシオを見つめて、恐縮してしまった。
「でも、グムレフト様の近くで行ったのは正しかったわね」
「つまり、どういう事?」
「グムレフト様が早期治療を行ってくれたお陰で、助かるのよ」
「おっしゃる通りです」
ゼクシオは結局分からず、もうされるがままになった。
話しをいろいろ聞いた後、頭に手を置かれて意識が遠のいた。再び目覚めると、僅か2分しか経っていないが異常は治まっていた。
「フラッシュバックして異常反応を起こさない様に記憶の一部に鍵をかけました。これで物事を考える際に、脳内電波が干渉を起こしにくくしたので、これで自然に症状は起きないと思います。もう一つ、身体全体の神経に補助魔術をかけたので日常生活でも支障は無いでしょう。電撃を見たりするのは問題ありませんが、再び電撃を受けたり、記憶の内容を強く考えたり、自分で同じ魔術を発動すれば発作が起きる可能性は有るのでお気をつけて」
現状は伝わり、素直に頷いた。
「それではお大事に」
あっさり退院はできたが、帰りはルザーネにこっ酷く叱られた。
その後、リオの様なカッコいい姿を見てゼクシオが電撃を諦め切る事は出来ずに、1人静かに練習して発作と戦っていた。周囲の子が文房具三つを並べ、そのどれか一つだけ電撃が込められていないので予測して一本を選ぶ「ビリビリ遊び」などは当然参加出来なくなり、今に至る。
その間、周囲に持病持ちと自ら明かした事は、ミデルゼ以外一度もなかった。それは、自分で起こした間抜けさと、その代償を知られればプライドが傷ついてしまうから。
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今、この場にいる誰もが事故の内容は知っていても、後遺症を知らない。だが、あのデリネアの言葉には、なぜかすがりたくなる様な力があり、手を取ってしまった。もう後にも引けない。
人生初のトラウマ、人生初の後遺症。病気持ちや事故、災害にあった人々は、どんなに辛い人生を送ってきたか今のゼクシオにはよく分かった。
だがそれは、必ず乗り越えねばならない事も自然と分かりえた。そう、今この時が人生で度々出会す“困難の壁“なのだろうと。
「それじゃ、まずは使ってみてください。実際に見なければ、気づけない事もあります」
デリネアはそんなゼクシオの苦しみを取り払ってあげようと、善意の気持ちで接していた。しかし、時にはそれが本人のとって余計なお世話になる事もあるのだ。
ゼクシオは深く息を吸い、長く吐き出す。深い深呼吸を2、3度繰り返すと落ち着くことができた。だが、いざ覚悟を決めると脳裏に記憶がチラつき、冷や汗を掻く。そこで目蓋をゆっくり閉じて魔術の工程で外せないイメージをし始めると、息は荒くなり、手足は震え、全身に痺れがかけ巡り出した。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
すると、自然と頭が真っ白になった。
(いつものだ。まだ気が引けてる、覚悟を決めろ!俺!)
少しでもイメージを弱めれば治療作用で認識にロックっがかかる。だが、普段からその壁を振り抜けて練習を行なったゼクシオには、今ここでその壁を突き抜ける事など容易かった。