第8話「基礎訓練」
その日の午後は、学年合同授業の魔術基礎訓練が運動場で行われていた。魔術基礎訓練では様々な問題が起こりやすく、その問題の対処が遅くなれば生徒の命の危険性が危惧されているので学年合同で行い、複数の教師が監督する。
この訓練では、文字通り魔術の技術向上が目的で行われる。魔術は繰り返し練習を行い体に発動の感覚を馴染ませる事がオーソドックスな方法だ。勉強と同じ様に何度も何度も行う事で自分の物にしていくため、魔術訓練にも努力が必要である。魔術には魂塊を介して発動する際に、術者のイメージが反映されるので何度も反復練習を繰り返しながら、魔学舎ではその補助や指導を行う。授業自体は週に4、5回行なわれていた。
なぜ、ここまで力を入れるかと言うと、一般家庭での学習、訓練では魔術の技術向上スピードは個人差が激しく、国力が安定しなくなり次第に衰退していくからだ。つまり、魔学舎が作られた半分の目的はこの魔術基礎訓練による未来の国力の強化と言ってもいいだろう。そして、魔学舎の生徒達はこの授業が1番の楽しみと言う生徒が多い。皆、自分の新たな可能性を夢見て魔学舎へ魔術を学びに来るのだ。
現在、運動場ではゼクシオ達の魔術基礎訓練の最初の授業が今行われていた。最初は各クラス四箇所へ別れ、それぞれの集合場所に集まった後、各クラスの教師が生徒へその日の授業の主旨を説明する。内容を把握させると、運動場で自由に広がり自己練習が始まる。その間、教師は他のクラスの場も含む周辺を見回り、生徒へ指導を行なったり、サボっている者を引っ張り出したり、実践して見せたりする。
最初の課題は、それぞれ使いたい魔術を決める事、決め終えたらその魔術をイメージし、魔術として現象化させる事だった。使いたい魔術を決めるまでは個人次第だからすぐに終わるが、その後の魔術として現象化させる事は魂色調査も行っていない生徒達にはとてもハードルが高い。この目標を達成させるまでに、魔学舎が出来た当初は1年全て使い切ってしまう者は少なくなかった。だから、赤系統、青系統、緑系統の3種類の魔術を決める事が使いたい魔術決めの条件となった。この条件を導入してからは、魔術の規模は大なり小なり、1人最低2つ覚える事ができる様になった。
難しい進級条件は魔学園にしか無いが1学年1魔術、これが魔学舎唯一の進級条件だ。最初にこの説明を聞いた時、ゼクシオは心から安堵した。半年はかかったがすでに魔術が1つ使えるのでその心配はなかった。そうして、授業開始後すぐに魔術を発動するとゼクシオはクラスですぐに人気者になった。
「すごい!ゼクシオ君。もう使えるの?」
「さすが、パンツマンだな」
女子グループのリーダーっぽい子のラターシャとラドが最初に寄って来るとすぐに他の子も後をついてくる。ゼクシオは前までパンツやら変態やら呼ばれていたが、すぐにコロコロ態度や表情を変える様子を見ていると、まだ幼いなと思いながらも嬉しそうにしながら周囲の子達へアドバイスをしていた。しかし、既に魔術が使える生徒がいるので、新たな課題が出された。
「既に魔術が使える子は最低1分、その場に維持してみましょう!何度も行い慣れることで維持は自在に操れる様になります。立派な術師になるには必要な技術ですよ。それと、同時に新たな魔術の練習も行う様に!」
そう言ってミデルゼは指を一本立てると、カラフルに色を変えるミラーボードの様な球体を具象化して、球体をクルクル周りていた。他クラスの生徒もその技術を目の当たりにして沢山集まってミデルゼに教えを乞う様になった。それからゼクシオは氷炎を1分維持する練習をしていた。
「んー。あ、消えちゃった。まだ30秒か。初めて使った時もこうして止めていたけど、あの時は意外と維持できた様な…」
「きっとそれは、身体が対応できていなかったからだよ?」
ゼクシオが近くにあった時計を見て、魔術の維持が前より短い事に気づくと後ろから女性の声がした。振り向くと、そこにはBクラスの担任であるアリデラ・アスラートがいた。彼女はリオが初めてゼクシオの氷炎を見た時の様に目を見開いて興味津々に近づいてきた。彼女の見た目は若干二十歳の若さなのでゼクシオも最初見た時、驚いていたので覚えている。
「ごめんね、驚いた?新入生に魔術を使える子が5人もいて、そのうちの1人があの紫電の息子って聞いたらから見にきたの。君がゼクシオ君だね?それより、さっきのは珍しい魔術だね。もっと見せてー」
「あの、さっき言っていた事ってどう言う意味ですか?」
「あ、ごめんね。つい魔術探究の好奇心に火が。そうだよね、気になるよね。じゃあ説明しよう!」
「はあ」
1人で話題をコロコロ変えるアリデラはゼクシオの質問に素直に答えた。
「質問に応える前に少し確認!魂塊と命脈って分かるかな?」
「魂塊は要するに魔術を使う時の門みたいな物で、命脈は魔術を使う時に体内に取り入れた魔力の通り道ですよね?」
ゼクシオは以前リオから聞いた説明を思い出して答えた。学校ではまだ習っていない事だったので少し胸を張っていた。しかし、アリデラはまだ他にも答えがあるかの様に口角を上げるとまた説明を始めた。
「凄いね、もう知ってるんだ。でもオッシイ!命脈の効果は他にもあるんだなー。よし、先生が特別授業をしてあげよう!」
ゼクシオが完答できなかった事をアリデラは大人気なく嬉しそうにすると、急遽授業をすると言い出した。
「パパパパーン。アリデラ先生の特別授業だよ?いイェーイ!」
「い、イェーイ」
「じゃあこれから命脈の補足と、何でゼクシオ君が初めて使った魔術の維持時間が長かったかについての説明をするね!」
「お、お願いします」
変な開始の合図にゼクシオは戸惑いながらもついていく。
「取り敢えず、確認で聞いた命脈からだね。さっき、命脈は取り込んだ魔力の通り道と言ったけど、実は体内の魔力循環も行っているんだよ。食事や全身から取り込んだ魔力は命脈へ流れ、生命の維持活動に大きく関わっている。だから、正しくは取り込んだ魔力の循環器官だね」
(なるほど。つまり血管が血を運ぶみたいに、命脈は身体の魔力を運んでるんだな)
アリデラの説明は変なテンションには関係なく、きちんと分かりやすくてゼクシオも理解する事ができた。
「と言う事は、血管ですね!」
「そう!血管だよ!物わかりが早いね。君、本当にまだ子どもかな?」
アリデラの鋭い言葉にゼクシオは少し肩がびくついた。アリデラは本当に疑っているわけではなさそうだったが、ゼクシオを見つめて来るのでゼクシオから話を再会した。
「先生、続きをお願いします」
「そうだね、授業を続けよう!命脈の説明は以上だけど、これで命脈と魂塊の関係ある話しはついてこられるかな。じゃあ本題。何故初期発動の魔術の持続時間が長いかってだよね?これは簡単だよ。水門で考えたらいいね。水門分かるかな?」
「はい」
「それなら早い!閉じてた水門をいきなり全開、全て広げると勢い良く水が流れてくるよね?」
「まぁ、そうですね」
「魔術も同じ。閉じてた魂塊の門がいきなり開くと、流れ込む速さがが速くなる。最初はずっと開けていない閉じている門をいきなり開けるようなものだから、魔術を使うために魂塊へ命脈を繋ぐと適量以上に流れて出して多くの魔力が込められるんだ。
だから、魔力の分散消費量が多い子どもでも魔力がたくさん込められて持続時間が長かった。でも、次からは身体が制御を覚えて魂塊の門は身体に合うように制御された状態で開く。まぁ、そうしないと慣れていない身体は門が閉じるのに時間がかかって最悪、開門状態。魔術に全て吸われて体に回す分が無くると倒れちゃうからね。だから、最初だけは閉じるような仕組みがあるんだけどこれ以上は魔学園で!まぁ、でも最初使った時は少し疲れたと思うよ?ぐっすり寝れたでしょ?」
(確かにぐっすり寝れたような寝れなかったような)
「取り敢えずこんなところ。あとは命脈の機能を向上させて循環スピードを上げたり、一回で送る魔力量を増やす事も大事かな。でも、命脈が原因で最初の維持が長かったら持続する筈だから最初だけって訳にはいかないね。ってこんなに言っても良くわかんないよね?」
「なるほど…。それで、子どもが分散消費量が多いのは何故ですか?」
明らかに高いレベルの説明に対して拒否反応を示さず質問してくるゼクシオに、アリデラは更に興味を抱いた。
「わぁお!理解速すぎ、仰天すぎ!きちんと説明するついでに賢いゼクシオ君には緊急!先取り情報!それは魔術要因の基礎情報!もう『分かった』って言っても驚かないけど分からないと思ったら気軽に言ってね?本当に難しいから」
アリデラは教師として教えれる事は全て教えたくなるようできちんと受けの姿勢も見せながら続ける。
「魔術には発動に二つの要因があるんだよね。一つ目はどれだけ魔力を込めているか。二つ目は魔力消費をどれだけ抑えられているか。この要因のせいで魔術を使いたい魔道士達には課題が出てきちゃう!これが大変大変!一つ目の課題は、命脈の機能が向上してないと魔力を十分にこめられないし、命脈に取り込んだ魔力量が多くても、開いた魂塊の入り口が小さければ魔術にかける時間がかかりすぎる。
二つ目は魔力の説明から。魔力は環境に戻ろうとする周りからの還元力が働いてるの。それで魔力が分散し消費する量が多ければ、維持することが難しくなってせっかく発動した魔術が消えてしまう。だから、君たちのように何度も使って身体に巡る命脈の機能を向上させると同時に、魂塊の門の上限範囲を広げる事と慣れで分散消費量を抑える抑止力を向上させる練習が必要なんだよ!」
「ふむふむ、」
ゼクシオは新たな知識を頭の中で再び考えながら定着させる。その間、アリデラは説明が伝わった事が分かり、嬉しそうだった。
「あーあー、ほんっとうにこんな優秀な生徒がいてミデルゼ先生羨ましいぃ!うちのカイも負けてないしかっこいいけどこっちもありかも!」
(称賛の嵐は良き良き...、って終着はショタ目当てかよ!てか俺狙われてんのか?ま、まぁこの先生可愛いし、嬉しくないわけじゃ無いけど…。ってカイ、女子生徒だけでなく先生まで落としてるじゃねーか!アイツは全男の敵!)
ゼクシオは頭の中でカイ滅殺計画を企てようと危険な思想を持ち始めた。結果としてその後から少しカイにイタズラする事が増えた。こうして、アリデラの特別授業が終わると再び氷炎の発動維持の練習を始めた。
「真面目だねぇー。結構結構!それじゃ、何か先生に聞きたい事があったら言ってね?」
「それじゃ、先生は何歳ですか?」
「んー、ヒ、ミ、ツ。お姉さんを口説くにはまだまだね。それじゃ、頑張ってね!」
(へっ、やっぱりこの人嫌い)
そう言ってアリデラは別の場所へ行ってしまった。すると、入れ替わる様にレルロとカイにヘーゼルと言った病室メンバーがゼクシオの元に集まってきた。