第7話「昼時」
時間は彼らの都合を待たず、魔学舎のチャイムが観察授業の終わりを告げる。しかし、花びら拾いに夢中だった彼らはほとんどのものが終わりに気づかなかった。それぞれの意識が拾う事に集中して、耳が遠くなっていたのだ。彼らが一箇所に集めて置いたスケッチボードには、まだ白紙の観察用プリントが挟まれている。丘の上にいた女子達はそれぞれ学校の門まで移動し始めるが男子に様子は一向に変わらない。しかし、すべての者が夢中になりすぎていると言うわけでもなく、男子の2、3人はポツポツ帰り始めた。ゼクシオも精神年齢ではしっかりしている方だったので時間に気づくき呼びかけるが、周りのメンバーがなかなか言う事を聞かなかった。
「ガラディー、もう行こう。時間だよ」
「おい、そこ踏むなって!今花びらあったのに」
「あ、すまん。じゃなくて、もう探すの終わりだから戻ろう?」
「分かった分かった、あと少し」
さっきからゼクシオが何度も呼びかけているが、あと少しと言いつつ全く辞めようとしなかった。他の場所ではミデルゼが周囲を呼びかけ数人ずつ学校へと帰していた。しかし、ゼクシオの周辺のメンバーは少し離れているためゼクシオ以外聞こえていない。
「コルは今何枚だ?」
「僕はこれで、えっと…、右手2つに左手1つ!」
「ってことは1、2、3、…、15枚だ。やった、俺の勝ち!これで17枚!」
(はぁ、まだ探してるよ)
もちろんムランも近くでコツコツ探している。ゼクシオは2人が話を聞かないと分かったので、気が合いそうなムランを呼びに行った。が、ムランも何やら1人でブツブツ喋って話を聞くことはなかった。
「バカな奴ら目、おんなじ場所ばっかり探しやがって。やっぱり俺賢い。お、あった18枚目」
ゼクシオは困り果て、もう1人で帰ろうとした。すると、丘の上から降りてくるミデルゼが近づいてきた。ゼクシオの元へと来ると3人に帰るよう言った。
「皆さん、先程から言ってる様にもう時間ですよ。さぁ、帰りましょう」
それでやっとムランとコルは気づいたが、ガラディーだけは1人でまだ続けていた。
「もう少し、もう少し!」
ゼクシオの呼びかけに応えることがめんどくさくなったガラディーは、自然に『もう少し』と呟く様になっていた。
(やっぱコイツアホだ)
ガラディーがだいぶ深くまで潜っていることに気づいたミデルゼは、彼を持ち上げ強制的にその場から引き剥がした。そこでやっとミデルゼの存在に気づき、正気に戻った。
「先生なんでここにいるの?」
「さっきから隣に居ましたよ」
「へへ、そっか」
ミデルゼは彼を下ろすと3人に門の前まで帰るよう言い、3人は従った。これでやっと丘の上にいた男子組も全員が学校へ向かうことになる。ゼクシオはやっと帰ってくれることに安心して息を吐くと、ミデルゼが1人でブツブツ言っていた。
「エカの花びらの依存性は他の魔植と比べて弱い上に魔物用。確かに砂糖のような糖分にも依存性もありますが、果たして人間に効くのでしょうか…。そう言えば前に研究していた方がいましたね。まぁ、あの方にはもう会うことは無いでしょうし、今度王都にいる専門家にでも聞きますか」
ゼクシオは3人に遅れない程度にゆっくり歩きながら呟きを聞いていた。最後まで聞き終えると急に怖くなり、走って3人の元に駆けつけ恐怖を誤魔化した。そして、しばらくピンク色と花びら不信になった。
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門まではすぐだったので遅れているような様子はなかったが、既に全員集まっていた。ミデルゼと共に到着したゼクシオ達が門の前の集団に入るとミデルゼが次の説明を始めた。
「これからお昼ご飯ですね。しっかり手を洗ったあとに給食の準備をしましょう。では皆さん教室へ」
クラスは食事の時間を喜び、解散の合図と同時に教室へと走り去ったので、その場にいたのは取り残された少人数とミデルゼのみだった。ミデルゼは生徒の走り去る姿を微笑みながら眺めていた。そして、走って怪我しないように呼びかけながらその後を歩いて追いかけた。取り残されたメンバーは入学当初に廊下の後ろ端にいた者が多く、それぞれマイペースに友達と教室へ向い始める。そしてゼクシオとアフィナが取り残され、また2人っきりになった。流石に少女がいつも1人だと心が痛くなるので、ゼクシオはダメ元でもう一度話しかけてみた。
「や、やぁ。また2人っきりだね、アハハ…」
「フン」
取り残された状況で話し始め、アフィナへ目をやる。しかし、彼女はゼクシオを鼻で笑うと1人、教室に向かって歩き始めた。馬鹿にした感じがゼクシオへストレートに伝わった。そして、ゼクシオがまた1人その場に残されてしまった。
(ムカムカ!また馬鹿にしやがった!手を差し伸べてやったのに。だったらこっちも無視だ!無視!)
ゼクシオはこれからのアフィナへの対応を自己完結させると、歩いて戻るアフィナを後ろから走って追い抜き、教室へと急いだ。
校舎内の廊下は給食の準備でざわついていた。その中にはエプロン姿のセナやレルロ、女子に囲まれているカイなど見かけるが今は話しかけに行くことも無いので、Cのクラスへと一直線に向かった。教室内は入学当初より落ち着いてはいるが、ほかの教室に比べると1番騒がしかった。ゼクシオは前世の学校のように机をくっつけて給食の準備をする様子を見ると、前世が少し懐かしくなった。今週の給食当番のグループが戻って来ると、次々皿に料理を装い当番が配った。既に数十日が経過しているのでだいぶ手際が良くなっている。10分程で準備が終わるとそれぞれ席に座った。
「皆さん座りましたね。では、手を合わせてください。いただきます」
『いただきます!』
(懐かしいなぁ)
クラスで給食準備の当番を決める制度、生徒のみで行う給食の準備、手を皆で合わせて行う食事の挨拶『いただきます』に、班で集まって食べる給食。給食の取り合いや譲り合いはダメで『好き嫌いせずに自分で食べろ』と言われながらもそれを行う教室内にその行為が憎たらしくも可愛くて思わず笑いながらクラス全体を見つめる先生。目の前に広がる光景すべてがゼクシオには懐かしかった。もう二度とあの頃には戻れないと思うと今更寂しく感じた。そうして、前世ではいつも行っていたif思考を久しぶりに展開する。
(もしも、あの時こうだったらどうなったかなぁ…)
ゼクシオがif思考を展開する頃、食事が始まった教室では生活に慣れ始めた生徒たちの、嫌いなものを残す子やそれを人から貰って食べる子など様々な食事の個性が現れた。その中でも特に激戦区なのが人気な食べ物の取り合いである。そこで、いつもは大人しそうな子が強い個性を見せつけていた。好き嫌い無しは当たり前で、食べる量も人の3倍程。取り合いのジャンケンもほとんど勝ってしまう為1人の給食番長のような大柄な少年が給食時間を支配していた。そんな光景もどこかで見た記憶を思い出させ、if思考の展開領域も深くなる。しかし、この世界での自分の目標を思い出し、展開を止める。
(いけない、いけない。この世界では前へ進むって決めたんだ。今更前世の事なんていいんだ)
ゼクシオは自分で未練を捻じ伏せ、クラスの賑やかな雰囲気に溶け込んでいった。机をくっつけているので、今は前の席に座っているガラディーは、ゼクシオが食事の戦いに参戦した事に気づき、ゼクシオの給食をこっそり取り始め、それに本人が気づくと新たな戦いが始まった。こうして、まだ未練は完全に消えてはいないが、また少し小さな前進をした。