間話1「セナの頑張り」
セナは病院へお見舞いへ行った日に親に頭を下げてある事をお願いしていた。
「お父様、お母様。私に魔術を教えてください!」
「何を言い出すかと思えば、そんな事か。この前の貴族とパーティで周りの子がみんな使えて羨ましかったのか?でもうちの方針で周りのみんなと足を揃えて成長し、心を通わせる大事さを学んで欲しいんだ。だから他の貴族の子なんて気にするな。それに、私たちの娘だ。いずれすごい魔術使いに…」
「違うの!私は守る力、友達を助ける力が欲しいの!」
メノードもセルナも娘が声を上げることは珍しく、驚いていた。サラッドも熟睡していたはずが、声に驚いて起きてしまった。
「よしよし、大丈夫よー。何も怖いことはないわ」
セルナはサラッドをすぐにあやし、再び眠りに戻した。
「どうして、魔術にこだわるんだい?」
メノードは他にも1人の人間として立派に育てるために様々な事を教えていた。政治は少しずつで、家事から地形の勉強。魔災の対策から友達作り。周りを助ける大切さから領民達との接し方まで。
しかし、力で解決して欲しくなかったメノードは、今までの方針もあるが、頑なに魔術を教えようとしなかった。そんな娘がここまで必死になって来たので、一度しっかり話を聞こうとした。
「以前、森の件があったでしょ?」
「ああ、あの時の事件だな。でもあれは周りのみんなとリオ、ゼクシオのお父さんが助けてくれたからお前は無事だった。あんなことは滅多に起きないし、お前なら周りのみんながまた助けてくれる」
メノードは1度、森の件できつく怒った。それ以降、村のどこでもメイドを後ろからつけることを約束して決着した。
元より放任主義では無いが村の人々は優しかったし、事件も特になかったため伸び伸び育てていたのだ。だから、まだセナが怯えて居ると思って言葉で安心させた。
「違うの。私もみんなの力になりたいの!森で実は、ヘーゼル君が1人で魔術を使いながら私達を守ってくれたの。だから、今度は私も魔術を使えるようになっていたらみんなも守れるし、ヘーゼル君をを助けることもできるわ!」
(ヘーゼルが魔術を使って守っていたなど初耳だな。トラウマを掘り返さぬため子どもに事情は聞かなかったが…。それより、セナがここまで覚悟を決めているとはな)
メノードはしばらく考えていた。セナは自分が無理を言っている事を承知だったので、ほぼ諦めていた。その時、メノードはやっと話始めた。
「セナ、魔術は便利だ。だが軍事で使用されていることも知っているだろ?」
重い雰囲気で語り出しだが、セナは動じずに正面から話を聞き、頷いていた。
「貴族は国力の象徴としても見られる。特に私達はアクラナの御三家だ。いくらお前が女でも強すぎたら戦争へ駆り出されてしまう…。お前は俺たちの子だからこんなに早くに始めてしまっては取り返しがつかなくなるかもしれないと心配しているんだ。女であるお前が一戦力として数えられると言う事は、それだけ兵士達もお前に期待する。そうなってしまってたら後戻りできなくなる。それでも後悔はないと言うのか?」
セナは一通り貴族や戦争について聞いているので、幼いながら少しはこの話の内容が分かった。セルナが心配そうに見つめる中、セナは自分の知識だけで話を解釈し、考えていた。そして、僅か数秒で答えに辿り着いた。
「みんなを守れるならきっと大丈夫!」
セナは今、誰よりも勇ましいことを、ただみんなを守りたい一心で思ったのだ。こんな幼い女の子が自分より他人の為に自らの人生を使おうと言ったのだ。
しかし、それは常人なら取らざる行動。とてもイバラの道でもあった。しかし、同時に貴族の鏡でもあった。
「セナ、そんなことなら辞めなさい。戦場に立ったら嫌でも分かってしまう。今言っても同じだが、あの光景を見ては心が折れるぞ。それに、自分の人生はもっとよく考えろ」
メノードは目を細め、瞳を輝かせている娘を眩しそうに見て、苦しそうに言った。
「嫌です!私は魔術が使いたいです!守りたいです!」
セナはまだ戦場という意味が戦う場所という意味でしか分からず、前回の魔物も魔術が使えてみんなと協力すれば怖くない程度に思っていた。そして、何より彼女はあの時アメルを必死に守ることしかできなかった悔しさがあった。だから何度もせがみ、しがみ付いた。
「お願いします!お願いします!」
「…ダメだ」
「お願いします!」
「ダメだと言ったらダメだ!」
そこで初めてメノードが少し怒りを表に出てしまい、普段は温厚な父の姿を見てセナは涙目になった。
「甘い考えるな。お前は、貴族を…、戦いというものを甘く見ている」
(せめて貴族の宿命を感じてしまう日が来るまでは…、幸せでいて欲しい)
そう言い終わる頃にはセナは悲しそうにしている父の顔をただ見つめていた。
「あなた、そんなに怒らなくてもいいじゃない。それにあと半年でこの子は魔学を学ぶのよ?半年ならあんまり変わらないんじゃない?」
メノードはそのたった半年でも娘の成長が怖かった。戦争にその半年で間に合ってしまったら…、その半年で娘が消えてしまったら…。だがセルナの声はメノードを落ち着かせた。よく考えれば、娘はまだ5歳なのに声を上げてしまっては、何も伝わらず嫌われたとしか思わないだろう。それから、メノードはゆっくり考え、優しく語りかけた。
「セナ…、消えてしまっては何も戻らない。魔術も、自然も、国も、人も。そこにあるのはただの虚しさと悲しみだ。後から希望をえることもあるが、それは結果論でこの事実だけは変わららない。私は、それが怖かった…。怖いから世の中から少しでも消えるものを守ろうと決めた。それでも失ったものは数えきれない…」
セルナはメノードの悲しみを知っているが、共に悲しむことしかできなかった。セナは話の内容の深さや重さは感じ取ることしかできなかったが、しっかり受け止めていた。
「そんな世界の中に入って欲しくはないんだよ。私も、お母さんも。だから、幸せに暮らして欲しいんだ。不幸にならないと約束してくれるか?」
セナはしっかり話を聞き、父と母を悲しませないようにしようと思いながらうなずいた。
「ハァ、なら仕方がない。方針に反するが少し遅れて英才教育とやらをするか。おい、グム様を呼べ!あのお方にこの子の魔術を鍛えてもらう。しっかり正しく使えるようにな」
「ッハ、しかし、本当にあのお方で良いのですか?それこそ成長が早まれば…」
「構わん!決めたなら妥協せず出来ることは全てやる。たとえ私がやりたくなくても娘の為なら谷にだって海にだって突き放す!それが私だ!他に言いたいことはあるか?」
「いいえ、承知いたしました」
そう言ってメイドの女性は立ち去った。セルナは取り敢えず娘が救われた事に安堵し、セナに寄った。セナはまだ泣いて、何が起きたかわからない様な顔をしていた。
「セナよかったわね」
「どうなったの?」
「お父さんはいいとおっしゃったのよ。本当に不器用ね。でもね、私達は本当にあなたを心配しているから、これからは周りだけじゃなくて自分も守れなきゃだめよ?」
「うん!」
それから数日後、セナは少し遅いが魔術の本格的な英才教育が始まった。
そしてみんなに見せれるほど成長するのに半年は掛かったが、魔術は使える様になり、みんなを助ける為のスタート地点に立ち、ゼクシオと共に成長した事を実感して嬉しく思っていた。