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57話 釣り人


「……」


 本物の鳥であるかのように舞っていた。


 どこまでも高く、コレットが翼を広げて……。


「コレット……?」


 夢なんかじゃなかった。俺は釣り上げたんだ。彼女を、この手で……。


「コ……コレット……!」


 何かを釣ったような感覚がしたと思ったらこうなっていて、気が付いたときには落ちてきたコレットを体で受け止めていた。ちょうど、俺を羽交い絞めにしているヨークを下敷きにする形にして。


「……ごほっ、ごほっ……カレル、さん……?」

「コレット……よかった、よかった……」

「よ……ヨークううぅ! よくも、よくもっ……!」

「……」


 ヨークが気絶したことに激昂したのか、ラシムが短剣を手に駆け込んでくる。だが、俺はもう何も怖くなかった。何よりも大事なコレットがすぐ側にいるから。


「なっ……!?」


 俺は、釣りたくはなかったが今度はラシムを釣っていた。これこそ、【釣り】スキルが拡張した姿なんだと自然に理解していた。意思だけで相手を釣り上げることができる力。


「きゃあああっ!」


 当然だが、ラシムを受け止める者は誰もいなかった。ドンという鈍い音ともに彼女は落下し、頭から血を流しながらヨークの元へ這うようにして近付いていた。なんだ、死ななかったのか。しぶといやつ。憎たらしいやつほど死なないというのはどうやら本当のようだ。


「……ヨーク……あたしの、あたしだけ、の……ヨーク……」

「うっ……ラ、ラシム……?」


 お、ヨークが目覚めてきた。もう少し早かったら俺のように受け止めることができたのにな。まあ、ラシムはあの様子じゃまだ死なないだろう。


「……この……この野郎ううぅぅぅぅっ! ぎっ!?」


 顔を真っ赤にして向かってきたヨークを高々と釣り上げてやる。このスキル、強すぎる。まだ範囲はわからないが、これじゃ相手は動きを封じられてほぼ何もできないだろう。


「――それっ! そらあっ!」

「ぶぎっ! がはあぁっ!」


 釣った獲物を何度も地面に叩き落とす。活きがよすぎるからまずは弱らせないとな。


「……あ、あがっ……」


 ヨークは血まみれだったが、まだ生きてる。ラシムもそうだが本当にしぶとくてお似合いのカップルだ。やつはしつこく俺のほうに向かってきてたが、いずれも失敗に終わってるしそろそろ無駄だと理解するはずで、今度はどこへ向かうのかと思いきやラシムのほうだった。


「ラ、ラシム……」

「ヨークウゥ……」


 慰め合いでも始めるつもりだろうか? よーし、それならこれでいこう。二本釣りだ。


「「ぎっ!?」」


 俺はヨークとラシムを同時に釣り上げ、地面に落とす寸前でまた釣り上げるということを繰り返してやった。二匹とも一度叩きつけられてるだけに、この恐怖は凄まじいもんだろう。


「カレルさん……」


 コレットがとても冷たい目をしている。


「コレット、もうやめとくか? こいつらと同類になっちゃうしな」

「え?」

「ん?」


 コレットがきょとんとした顔になったかと思うと、ニコリと笑った。


「散々やられたので、もっとやっちゃってくださいっ!」

「……」


 なるほど、冷たい目はやつらに向けられたものだったか、そりゃそうだな。


「「――うっ……?」」


 俺は気絶したヨークとラシムを湖の中に投げ落として目覚めさせてやると、再び地面に向かって恐怖のフィッシングショーを開始した。


「「っぎゃあああああっ!」」


 以前夢で見た巨大な化け物が本当に湖にいれば、二人ともいい釣り餌になっただろうになあ。仕方ないので、しばらくやつらの悲鳴を俺たちだけで思う存分味わうことにした。




 あれからどれくらい経っただろうか。周囲が赤くなってきた頃、俺たちはショーを終えた。悲鳴も段々弱々しくなって出涸らしになってきたからな。


「……はぁ、はぁぁ……カ……カレルウゥ……こん、な……こんなことして……ただで済むと思うな、よ……」

「……そ、そうよ……」

「……」


 まだ何か言う元気があると思ったら、一体どこからこんな自信が出てくるんだか。


「ヨーク、ラシム……お前らはまだ自分の立場がわかってないのか? それともまた釣り上げられたいのか?」

「そうですよ。懲りないようならもっとやっちゃいますよ……?」

「……た……立場がわかってないのは……お前らだ……」

「そうよ……《ゼロスターズ》の……寄生虫のくせして……」

「「……はあ」」


 俺はコレットと顔を見合わせて溜息をつく。


「ク、ククッ……これで、追放だ……」

「ざまぁ、ないわね――」

「――おーい!」


 お、この声は……やはりそうだ。振り返ると、ジラルドが神妙な顔で【投影】を使って一気に間近まで迫ってきた。


「ジラルド?」

「ジラルドさん?」

「……きっ、君たち、とんでもないこと、を……」


 何か様子がおかしい。一体どうしたんだ?


「ほ、ほら見ろ……馬鹿が……」

「こほっ、こほっ……お願い、助けて、《ゼロスターズ》のリーダーさん、あたしたち、この二人にやられちゃって。何もしてないのに……」

「……カ、カレル、コレット……」


 ジラルドはとても厳しい表情で俺たちを見てきた。まさか、そんなわけないよな。こんなやつらを信じるわけ……。


「言い忘れてた……。申し訳ない……」

「「え?」」

「いやあ……非常に言い辛いんだけど……この湖は夕方以降なると、恐ろしい巨大な人食い魚が出ることで知られてるんだ。特に夜の時間帯は危ない。長時間泳がない限りは大丈夫だけど、それを言いそびれちゃってて……本当に悪かった……」


 ジラルドに深々と頭を下げられ、俺とコレットはぽかんとした顔を見合わせたあと、お互いにニヤリと笑った。タイミングぴったしだな……。


「いいんだよジラルド。それより、この二人をその魚の餌にしてもいい?」

「いいですか?」

「「うぇっ?」」


 ヨークとラシムの素っ頓狂な声が聞こえてくるが気にしない。


「てか誰? その人たち……」

「ほら、例の貼り紙で……」

「私たちを陥れた人たちです……」

「あぁー、なるほどね。好きにしていいよ」

「「……は?」」

「は? じゃないよ。カレルとコレットは僕の大事なパーティーメンバーなんだ。それを傷つけるなんて到底許せないけど、二人が手を出すのはやめてほしいって言うから我慢したんだ。つまりは彼らの慈悲で今まで生きてられるようなもんなんだから、君たちの命は彼らのもんなんだよ」

「……そ、そんなぁ……嘘だ、嘘だ……」

「う、嘘よ、絶対嘘よこんなのおぉぉ……」


 仕方ない。嘘だと言い張るなら現実を見せてやらないとな。


『――ギョギョギョッ!』

「「ぎぃやああぁあぁぁああぁあぁっ!」」


 最高の釣り餌を手に入れた俺たちは、超弩級の大物を相手にしてしばらく盛大に夜釣りを楽しんだのであった。

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