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54話 熱


 いよいよ、俺に残された時間は本日限りになった。明日には上級ダンジョン『勇壮の谷』に出発しなきゃならないからだ。


 とはいえ何か特別なことをするわけでもなく、初級ダンジョンの『嘆きの壁』もクリアしているということで、近くの湖で釣りをするだけだ。


「――凄いです! また釣れましたっ! いよっ、この釣り名人!」

「大袈裟大袈裟……」

「じゃあ、大名人!」

「……」


 コレットが盛り上げてくれるのはいいが、肝心の【釣り】スキル拡張はまだなんの兆しも見せてはいない。昨日風呂場で久々に使ったわけだが、やはり変わった様子はなかった。拡張にはまだ足りない部分があるのか、そもそも初めからそういうものはなかったのか……。


「――あ、釣れてますよ!」

「……あ……」


 いかんいかん、考え事のほうに気を取られてしまっていた。こんなことだと必須三種能力にまで悪影響が及んでしまうかもしれないし、すっぱりあきらめたほうがいいのかもしれないなあ。


「それにしても、ジラルドさん遅いですねえ」

「なんせ明日出発だからな。リーダーだし色々と準備もしなきゃいけないから少し遅くなるみたいだ」

「なるほどです」


 とはいえ、どんなに遅くなろうと釣りだけはやろうとするところがいかにも釣り人らしい。俺はまだ義務の領域を抜け切れてないが、ジラルドの場合心底楽しそうにやってるからな。それに影響されて今じゃ俺も無心で楽しみたいって思ってるから、少しは近付いてるのかもしれない……って、この気配は……。


「――おっ、カレル兄さんじゃん」

「あれれ、カレルじゃない、元気にしてたあ?」

「……」


 やっぱりヨークとラシムだった。明らかな作り笑いを浮かべながらこっちへ歩いてくる。


「カ、カレルさん、逃げましょう――」

「――いや、大丈夫だ」

「カレルさん……?」

「もう、以前の俺じゃないのは知ってるだろ? スキル拡張は残念ながらできなかったけど、高い必須三種能力が今の俺には備わってるからな」

「……そ、そうでした。あのときのトラウマでつい……」

「その気持ちはわかるよ。でも、今の俺なら大丈夫だから」

「はい……」


 会話してる間に、ヨークたちがすぐ近くまでやってきた。


「何をしにきた?」

「何か用事があるんですか?」

「「……」」


 静かに言い放った俺たちに対して、やつらは顔を見合わせて愉快そうに口をひん曲げた。本当にしつこくて嫌なやつらだ。ストーカーはどっちなんだか……。


「何しにきたって……別にいいじゃん。散歩してたら綺麗な湖が見えたからさあ」

「そうそう。それともここ、あんたたちの私有地なわけ?」

「……今は釣り中なんだ。放っておいてくれないか?」

「そうですよ。もうやめてください」


 これが最後の忠告だ。これに従わないなら、俺は……。


「放っておいてくれだって? しらばっくれるなよ、喧嘩売っておいて」

「そうよ! あの貼り紙、あんたたちの仕業なのわかってんだから……」

「……それでここへ来たってわけか。釣りができそうな場所はここくらいだし、宿舎のほうに出向くわけにもいかないだろうしな」

「わかってるじゃん。そりゃ、僕らが宿舎の近くで喧嘩したらうるさいだろうし、《ゼロスターズ》にも迷惑がかかるしね。ここなら補欠以下の役立たずを叩きのめしても迷惑は一切かからないけど……」

「そうよ。あんたたちなんてむしろ冷やかされてるだけなのにメンバー面してるから陰で失笑されてんじゃないの? しかもこっちに喧嘩を売るくらいだし、完全にお荷物のトラブルメーカーだよね?」

「……喧嘩を売ってきたのはそっちだろう? どの口が言えるんだ」

「そうですよ。トラブルメーカーはむしろあなたたちのほうです!」


 コレット、よく言ってくれた。もう煽るのを我慢する必要はない。こいつらをここで再起不能になるほど叩きのめしてやるんだから。


「僕、思うんだ。喧嘩ってさあ、対等なやつらがやり合うもんだよね? でも、明らかに僕たちの実力は違ってる」

「……ヨーク、何が言いたい?」

「気安く僕の名前呼ばないでくれる? どうしても言いたいならヨーク様ってひざまずきながら言えってんだよ、雑魚」

「そーよ、そしたら許すことを考えてあげてもいいわよ?」

「何が言いたいのかわからんな」

「はあ、それでも親は学長なのか? 仲悪いみたいだし、もしかすると捨て子じゃないのか? だってあまりに低能なんだもん、お前」

「うんうんっ。てーのーコンビ、惨め-」

「……狂ったのか? 安い悪口を並べたいなら好きにすればいい。ガキ丸出しでみっともないだけだぞ」

「本当にそうです。正直、聞いてて可哀想になります……」


 俺たちの突き放すような言葉に対して、やつらは目を剥いてきた。最早、俺たちの言葉はやつらの中で家畜の鳴き声として変換されてそうだ。いよいよってところか。


「強いやつが喧嘩を売るのはさあ、力があるからセーフなんだよ。でも弱いやつが喧嘩を売ったらどうなるか、その現実を僕たちがわからせてやる……」

「ヨーク、こんなやつ滅茶苦茶にしてやって! ……あんたら、あたしたちに逆らったこと、死ぬほど後悔させてやるんだから……」


 ……なるほど、弱いやつは怪我をしたくなければ何をされてもひたすら頭を伏せてろってことか。


 だが、俺は違うと思う。何もされないと思っているからこそ、こういうやつらは遠慮なくぶつかってくるんだ。だから、俺たちにも力ががあるというところを見せつけてやるつもりだ。自然と、拳に熱が籠るのがわかった……。

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