43話 魔物
「今日はよく釣れるなあ」
青い空の下、宿舎近くの湖で釣りをしてるわけなんだが、本当に調子がいい。どんどん釣れる……って、あれ? 容器にほとんど釣った魚がいないと思ったら、コレットが美味しそうに頬張っているところだった。
「もしゃもしゃ……」
「お、おいおい、コレット。生で食べて大丈夫なのか?」
「おいひいでふよぉ、カレルさんも試してみます?」
「い、いや、俺はいいよ……って、食べすぎだろ!」
コレットは次々と、大口を開けて飲むようにして魚を食べていた。
「……ごっくん。だって、どんどん釣れるからいいじゃないですかぁ……」
「ま、まあそうだけど……」
しかしまあ、だからってよくこんなにガンガン生で食えるもんだな。胸焼けが凄そうだが、亜人だと平気なんだろうか……。
「ふう……カレルさんもそんなに食べたいなら口移しでどうですか?」
「お、おい冗談は――」
「――冗談じゃないです。本気です」
「うっ……?」
コレットに両肩を掴まれて振り解こうとするが、できない。なんて力だ……。
「チュー……」
「お、おいやめろって……はっ……」
迫ってきたのはコレットじゃなくてジラルドの顔だった。
「カレル……好きだ――」
「――ぬわあぁっ!? はっ……」
気が付くと俺は月明かりに照らされたベッドの上にいた。隣のベッドでは、こっちに背を向ける形でコレットが横になっている。なんだ、夢だったのか……って、コレットが寝返りを打って顔を向けてきたと思ったら目は開いていた。
「あ……カレルさん、起きたんですね……」
「ああ……。俺、寝てしまってたんだな。飯を食べたあとで釣りに行く予定だったのに、夢の中で釣りをしちゃってた……」
「……ありゃ、そうだったんですね」
「コレット、俺なんで寝ちゃってたんだ? 確か飯食ったあと釣りの準備してたよな……」
「覚えてないんですね。カレルさん、準備が終わったあとちょっとだけ休憩するって言って、気がついたら寝ちゃってて……」
「……あ、そうだった……」
思い出した。ほんの少し休憩しようと思ってベッドに座ってたら急に眠気が来たんだった……。
「どうして起こしてくれなかったんだ?」
本当の意味での釣りも大事な鍛錬だっていうのに、眠気に負けて寝てしまう俺も俺だが……。
「だって、とっても気持ちよさそうに寝ていたので……それに、怪我のこともあると思ったんです……」
「……わかった、もういい」
「ごめんなさい。次はちゃんと起こしますっ!」
「いや、今から行くぞ」
「……ええっ?」
「もちろん釣りにな。夜釣りになるが……コレットはここで休んでていいから。俺を負ぶったせいで疲れてるだろ?」
「いえ、私も行きます……!」
「……いや、休んどけって。釣りのあとはそのままダンジョンに向かうんだから」
「それじゃ使用人の意味がないです。なので、這ってでもカレルさんについていきます!」
「……」
コレットは一度言い出すと聞かないからな。頑固っていうか、真っすぐなんだ……。
「わかったよ、行こう」
「はいっ!」
早速俺たちは釣り道具を手に、みんなを起こさないようにこっそりと宿舎を出ると、月の光を頼りに例の湖へと向かう。少し休んだおかげか、足の具合は大分よくなっていた。それでもまだ杖は必須だったが……。その分、記憶力が増したおかげか迷うことなくスムーズに釣り場に到着した。
「――よし、早速始めるか」
「ふぁいっ……」
俺は眠そうなコレットに苦笑しつつ、餌のついた釣り針を湖に投げ入れる。
「……」
まずい。湖まで歩いてきて、釣りを始めたまではよかったんだが、釣れるまで待つ間がかなりきついと気付いた。定期的に異常な強度の眠気が波のように俺をさらおうとしてくるんだ。
「くー……」
「……」
しかもコレットがいつのまにか寝息を立ててるし……。
「――おっ……?」
それからしばらく眠気という名の魔物と戦いながら釣りをしてると、何かが食いついてきたのがわかった。こりゃかなりの大物だ。よーし……って、なんだ? 湖の水面が泡立ったかと思うと、巨大な黒い影が徐々に浮かび上がってくる。ば……化け物だ。こんなのを釣り上げたら、逆に湖の中に引き摺り込まれてしまう……。




