4話 傷
「あんたは……なんで見ず知らずの人間にそこまでやるんだ……? 天使かなんかなのか……?」
俺は亜人の少女を疑いの目で見つめるが、彼女は真剣な顔を崩さなかった。
「奴隷です」
「……えぇ? 奴隷? なんで奴隷がこんなところに……」
「それが……奴隷商人さんに連れられてどこかへ行く途中、覆面をした人たちに襲われちゃって……。みなさん、『解放!』とか叫んでました」
「……なるほど、奴隷解放団体か……」
亜人や獣人を対象に奴隷商は活発化していて、それを狙う団体がいるのは知ってる。実際は解放するように見せかけてタダで奴隷を奪おうとする連中らしいが。
「なんだか怖くて、混乱の最中にここまで逃げてきたんです。この翼で飛べればいいんですが、それは体が重くてできないので……」
「じゃあ飾りみたいなもんか」
「ですねえ。でも、温かいんですよ。天然の羽毛ですから。触ってみます? ふふ……」
「……」
彼女が笑って背中を見せてくる。翼は、服の一部を切り取ってそこから飛び出していた。触ってみると、ぴくりと反応して驚く。仄かに温もりがあるしよく動くな。作り物ではない証拠だ。
「そんなに恐々触ったらくすぐったいですよぉ」
「あ、あぁ、ごめん……」
俺は笑いそうになってはっとする。表情が戻ってきてるのか。ってことは、無意識のうちにまた誰かを懲りずに信じようとしてるんだろうな。バカだ、俺は……。
「あの……私、コレットっていいます。あなたのお名前も教えてください」
「……なんでそんなの知りたいんだ?」
「……え?」
「助けてくれた礼は言うよ。でも、俺は死にたかったんだ。放っておいてくれ」
「……そ、そんなのダメです。また死のうとするかもしれないじゃないですか。私でよければ、いつでも相談に――」
「――そんなこと言って、内心じゃ笑ってんだろ」
「……ええ?」
「俺を利用しようとしてるんじゃないか? 自分を含めて人間は汚い。あんたにだってその血が混じってるから結局は同じことだ……」
「……はい、汚いです」
「……え?」
コレットと名乗った亜人の少女の反応は予想外のものだった。
「正直、あなたの命を助けることで、仲良くなりたいっていう下心はあったかもしれないです。だって、一人は寂しくて……」
「……やめろよ。なんでそんなに純粋で素直な反応なんだ。それじゃ、俺の言ってることがバカみたいじゃないか……」
「……ごめんなさい……。でも、生意気かもしれないけど言わせてください。あなたが辛いってことだけはわかるんです。私がずっとそうだったから……あなたが寂しそうにしてたから……」
「……カレルだ」
「……はい?」
「俺の名前」
「……あ、そうなんですね! 素敵なお名前……」
「よせよ、平凡な名前じゃないか」
「いいえ。初めてのお友達、それも男の方なので、特別です! じゅるり……」
「……バ、バカなのか……」
「……ふふ……よろしくです、カレルさん!」
「……よろしく、コレット」
このコレットとかいう元奴隷の亜人の少女、とても明るくて優しくて面白い子だ。でも、だからこそ不安になる。またこっぴどく裏切られるんじゃないかって……。
「あの……」
「ん?」
「もしよければ、カレルさんに何があったのか知りたいです」
「……」
どうしようか。無能がバレて嫌われるかもしれないが、言っていいかもな。まだ今のうちなら傷は浅くて済む。
「どうしても聞きたいっていうなら話すけど、俺のことが嫌いになると思うよ」
「なりません! カレルさんは大事なお友達ですから……」
「……どうかなあ」
「もし私が変な反応をしたら、その場で私を焼き鳥にしちゃってください!」
「……焼き鳥って……」
「実は……好物なんです。お魚さんのほうが好きですけどねっ!」
「……共食いじゃないのか?」
「……うぅ……そうかもです……」
「それじゃ、羽一枚で」
「ええっ!?」
俺はなんだか自分のほうからこの子に話したくなった。それで彼女がどういう反応を示すか気になったんだ。