31話 薬
周囲が赤く染まりつつある頃、俺はくたくたになりながらも周りの景色を記憶しながらコレット、ジラルドとともに帰路についた。
本物の釣りだけでなく、リーダーから色々言われたことを覚えなきゃならないため、心身ともに疲労困憊だ。寝るまでに風呂とかご飯で心身を癒して、混乱気味の頭の中も整理しておかないといけないな。
『カレル……くどいかもしれないが、君に残された時間は今日も含めてあと七日だ。一日一日がいかに大事なものか、よく覚えておいてくれ』
釣りが終わったあと、リーダーから言われた言葉がずっと尾を引いていた。俺はこれからたった七日間で【釣り】スキルを拡張させ、必須の三種能力を全て高い数値まで引き上げないといけない。
また、彼が言うにはそれだけじゃダメで【釣り】スキルも自身に刺激を与えるべくたまには使う必要があり、初級ダンジョンにもできれば行ってほしいそうだ。
『嘆きの壁』という、この山の麓にあるグレルリンという町の近くにある洞窟にあるダンジョンで、ダンジョン名だけは初心者の俺でも何度か聞いたことがあるくらい有名なところだ。ここから町へ行くには徒歩で片道三時間はかかるらしく、往復、さらにはダンジョン攻略に時間を費やすことを考えれば想像を絶する忙しさだが、コレットが早朝に起こしますと張り切っていた。地獄の七日間になりそうだな……。
そう都合よくスキルが拡張するとは限らないし気が重くなる話ではあるが、それくらいやらないとそもそも可能性すらないってことなんだろう。考えただけで汗が出てきそうだが、これだけやってダメならあきらめもつきそうだ。
……お、ようやく宿舎に到着だ。湖までは行きも帰りも平坦な道ばかりだが、気分だけじゃなくて足取りも重かったせいなのか、より時間がかかった気がする。
「「「ただいまー」」」
「――おかえりなさい」
玄関まで来たのはマブカだけだった。それも顔だけだ。これに慣れてきてる自分が不思議に感じる。
「やっぱりファリムとルーネはまだ怒ってるのかい?」
「はい、リーダー。そのようです」
マブカの顔が消えたかと思うと、そこから白くて細い手だけがぬっと出てきて、ジラルドが俺たちに目配せしてきた。
「ほら、渡して」
「「あっ……」」
俺とコレットが持っていた魚の入った桶をマブカの手に持たせると、またすっと消えていった。便利なスキルだな……。
「ま、ご飯っていう薬さえ服用すればあの二人の機嫌なんてすぐ直るから気にしないでいいよ。いつものことだから」
「なるほど……」
「私なんて、どんなに機嫌が悪くてもご飯を見るだけで直ってますよ!」
「「あはは……」」
俺とリーダーの笑い声が響く。さすが鳥人間……。
「「「「「――ごちそうさま!」」」」」
みんなと囲む夕食は当然のように例の湖で釣れた魚料理が中心だったわけだが、どの種類の魚も白身がホクホクでジューシーな上、骨が柔らかくて喉に引っ掛かる心配もなく尻尾から頭部までスムーズに食べることができた。海辺で釣れた魚もそうだったが、自分たちで釣ったものだと余計に美味しく感じる。
「まあまあってところね」
ファリム、食べる前は不機嫌そうだったがすっかりよくなってる。リーダーの言う通りだ。
「じゃあ、うちもまあまあ!」
「ルーネは凄く美味しそうにがっついてたくせに」
「ファリムもじゃないのさ」
「だから何よ!」
「何さ!」
「……」
また喧嘩してる。ある意味仲がいいんだろうなあ……。
「これも、全部リーダーが悪いからだわ!」
「そうだね、それは一理あるかもだね!」
「ないない!」
ジラルドは弄られても苦笑するだけで本気で怒る気配はまったくない。慣れてるなあ。
「さー、おっふろー!」
「うちが先だよ!」
昨日と同じようにファリムとルーネが一番風呂を巡って走っていった。
「三番目はカレルが入っていいよ」
「ど、どうも。でも……」
「あはは、そうかしこまらずに。もう君はメンバーの一人なんだから、ファリムたちと一番風呂を争ってもいいんだよ? もちろんコレットもね」
「さ、さすがにそれは――」
「――そうですよ、カレルさん! なんなら私が先に入ってますから、その中へ……!」
「お、おい……一緒に入りたいだけか?」
「じゅるり……バレちゃいましたか……」
「……ププッ……」
「「……」」
誰が噴き出したのかと思ったら、マブカだった……。




