2話 亀裂
「その……カレル兄さん……プハッ……ごめん、笑ったらダメなんだよね……」
「そ、そうよ、ヨークったらあ……ダメ……ププッ……ごめん……」
「……」
俺の目の前は真っ白になっていた。まさかのFランク判定。それも【釣り】とかいうわけのわからないスキル。釣り自体好きでもない、むしろ嫌いな部類なのになんでこんなスキルを覚えなくちゃならないんだ……。
本格的に釣りみたいなことをしなくてもアイテムは手に入るようだが、神父は大したものじゃないと言っていたし、良いものを狙うにしてもバカみたいに確率が低いんだろうな。はあ……。
詰んだ。スキル授与が終わったらみんなでギルドに行って冒険者登録してダンジョンへ行く約束をしていたのに、これじゃ足を引っ張ってしまう……。なのに、妙だ。ヨークもラシムも悲壮感はまったくなくて、それどころか余裕さえあるように見えた。なんだか、近くにいるのに遠くにいるような錯覚さえ感じたんだ……。
「元気出してよ、カレル兄さん」
「そうよ、ヨークの言う通り前を向かなきゃ!」
「……あ、ありがとう。ヨーク、ラシム……俺を見捨てないでくれて……」
「当たり前だよ」
「そうよ、あたしたち幼馴染だし……」
「……」
俺は感動の余り涙が零れそうになる。その間、ヨークとラシムは顔を寄せあって何やらひそひそと会話していた。なんだ? 二人ともこんなに仲良かったっけ。何を話してるんだ……。
「それじゃ、僕たちはそろそろ行くね。カレル兄さんは故郷に帰るだろうけど、僕たちもたまには顔を出すよ」
「……え? ヨーク、何を言ってるんだ?」
「うんうん、どこまで攻略したかとか、遅くなるかもだけど、故郷に帰ってきたらちゃんと報告するから!」
「……ラシムまで……」
俺は一瞬混乱しかけたが、何故かすぐ冷静になれた。
「俺……追放されちゃうってことかな……?」
「追放って……人聞きが悪いよ、カレル兄さん」
「そうよ。それじゃまるであたしたちが追い出したみたいな言い方じゃない」
「……ご、ごめん。でも、似たようなものだって思って……」
「まぁ、確かにそうかもね。でもさ、それはしょうがないよ。Fランクスキルじゃやっていけないと思うし……カレル兄さんも気が引けるんじゃ……?」
「だねえ。あたしだったら恥ずかしくて、ほんの僅かな間でもここにいられないかも……」
「……は?」
俺はラシムの小馬鹿にしたような言い方にカチンと来た。いくら気が知れた幼馴染でも言いようってものがあるだろ。
「なんだよ、ラシム、その言い草は!」
「……な、何よ。そんなに怒らなくたっていいじゃない」
「いくら幼馴染でも言っていいことと悪いことがあるだろ! 恥ずかしくてここにいられない……? さっさと消えろってことか!?」
「二人とも、やめなって……」
ヨークが苦笑しながら割り込んでくるが、止まらなかった。
「何よ……消えたいくらい恥ずかしいスキルなのは事実じゃない! なのに、あきらめきれずにメソメソしてへばりついてるほうがよっぽどおかしいわよ!」
「言い方の問題だろ!? 幼馴染に対して、どうしてここまで言える――」
「――いい加減にしろよ!」
「ぐふっ!?」
頬に強い痛みが走る。……え、殴られた? 弟分のヨークに……俺が……? 理解が追い付かない。理不尽すぎて、悔しすぎて……。
「……ぶっちゃけて言わせてもらうよ、カレル兄さん……いや、カレル。もうお前は用なしなんだよ」
「……え?」
「ヨークが手を汚すことはないよ。あたしがちゃんとこいつに言って聞かせるから……」
「ラシム、ここは僕に任せて。これくらいしないと、こいつは理解しようとしない。これは思いやりだよ。引き摺られないようにガツンと叩きのめしてやるのも優しさなんじゃないかな」
「……は、はぁ? ヨーク、お前……がはっ!」
立て続けに体に強い痛みが走る。身体能力では俺のほうが勝ってるはずなのに、抵抗しようとしてもできない。まるで体に力が入らないんだ。そうか、これがヨークのスキル【弱体化】なのか……。
「……ラ、ラシム……」
俺は信じられなかった。俺がヨークからここまで暴行を受けていることもそうだが、その間ラシムが一切助けようとせずに眺めているだけということに対しても。何故、一体何故……。
「キモ。気安くあたしの名前呼ばないでよ」
「……な、何……?」
「あたしさ……無能もだけど、しつこい人が一番嫌い。外れスキルなのはあたしたちのせい? 違うよね、あんたのせいでしょ? なのにあたしたちに付き纏って養ってもらうつもりだったの? 正直こんな厚かましい人だとは思わなかった。行こう? ヨーク」
「うん。じゃーね、無能。ぶっちゃけ僕も吐き気がしたよ。ここでこいつと決別できてよかったー」
「だねぇ」
「……」
心が壊れる音が聞こえたような気がした。