11話 商魂
「カレルさん、おはようです!」
「ああ、おはよう」
天気がどうなるか心配だったが、曇り一つない快晴だった。俺たちは最寄りにあるボロ宿『鳥の巣』からしばらく歩いて例の砂浜に降り立ち、【釣り】スキルを使ったイベントの準備を始める。
「ふわあ……ご、ごめんなさいっ。いよいよですね!」
「あぁ……緊張であんまり眠れてないのか?」
「……少し寝るのが遅れただけなので大丈夫ですっ」
「頑張りすぎない程度に頑張ろう」
「はい!」
一応、お金を貰うための投げ銭箱も用意しておいたが、大きすぎたんじゃないかと後悔してしまう。恥をかくだけじゃないかと。
「こんなにいっぱい集まるかな?」
「大丈夫ですよぉ。この私が保証します!」
「……余計に心配になってきた」
「うー……もしダメだったら脱ぎます……!」
「お、おいおい、ストリップショーでもやる気か?」
「いいえ、カレルさんの前だけですよ! 贖罪の意味です……」
「バカ……」
「えへへ……」
「俺はコレットの裸なんて見たくないから、精一杯頑張るとするか」
「あー、カレルさんの意地悪ー!」
さて、コレットの抗議は無視して準備の続きをしないとな。イベントの具体的な時間は指定してなくて、昼頃から夕方頃にかけてやるようにしてるからまだ時間はあるとはいえ、油断してるとすぐにそのときは来るだろうから休んでられない。
今日は釣りイベントの当日ってことで、特別に釣竿を一新してあるんだ。ほかにも糸、釣り針、釣り餌といったちゃんと釣り専用のものを雑貨屋で購入していて、実際に釣りをすることはないが本当に釣り上げたかのような演出をしてみせるつもりだ。
お金はそのせいで僅かな貯蓄も尽きてすっからかんになってしまったが、今日のイベントで取り戻せば問題ない。
「なんだか、ドキドキしますねぇ」
「……だな」
準備はもう終わったが、俺もコレットもどこか落ち着きがない。今日はいつもと違って緊張感があって、時間がゆっくり流れているような感覚があった。それだけ精神が研ぎ澄まされてて一つ一つのことに集中してるってことか。ん? 誰か来たっぽいな。まさか、このイベントを見に来た客……?
「――ここか?」
「そうじゃね? こんなところで釣りっぽいことしてるのってこの人たちくらいだし」
ついに来た……。一人、二人……いや、三人、四人とどんどん増えてきて一気にプレッシャーが肩に圧し掛かってくる。
「さぁっ! 見てらっしゃい、寄ってらっしゃい! 釣り人カレルさんの【釣り】イベントが遂に始まりますよー!」
急にコレットが立ち上がって大声を上げ始めた。
「お、おい、コレット、恥ずかしいって……」
「カレルさん、イベントならこれくらいやらなきゃダメですよ! 釣り人としてはベテランでも、見世物をやる人としてはまだまだアマチュアなんですから!」
「そ、それはそうだが……」
「それに、何事も最初が肝心なんです、最初がっ!」
「……コレットは商魂たくましいんだな」
「えっへん。こう見えて、奴隷商人さんの下でいい奴隷になるように働いてましたから……!」
「な、なるほど……あ、いらっしゃい……」
側で見ようと思ったのか、客の一部が俺たちのすぐ近くまで寄ってきたわけだが、緊張のあまり自分の声はか細くなり、愛想さえも忘れてしまった。作り笑いくらいしろよ、俺……。
「カレルさん、接客は私が引き受けるので、釣りに専念してください」
「あ、あぁ、頼んだ……」
「はいっ! ……えー、みなさん! お互いに邪魔にならないよう、波にさらわれないよう、細心の注意を払いましょうね! まもなく、釣りイベント開催しまーす!」
「「「「「おーっ!」」」」」
コレットは頼もしいな。おかげでいい感じに盛り上がってきている。それに比べて俺は何やってんだか……。なんだか急に無力感に苛まれたが、俺には俺しかできないことがあるはずだ。彼女に言われた通り、【釣り】スキルに没頭することにしよう……。