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僕の友達  作者: 京花
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前編

幼少より人見知りだった僕には友人と言える者は誰も居なかった。

もともと内気な性格だった僕は友達グループというコミュニティに混ざるどころか仲良く話すことすら出来なかった。


僕の父は仕事人間だった。父は仕事に追われ家に帰ってくることはあまりなく、帰ってきても深夜。休みなく働く人だった。僕は母と二人で過ごす時間が長かった。

僕が幼稚園に入園した頃から母は外出する事が多くなった。平日、幼稚園から帰ると知らない男性が家にいたことがあった。その男は貼り付けたような笑顔をずっと浮かべていた。笑顔の少ない我が家で過ごしたからか、彼の貼り付けたような笑顔はたとえまがい物だったとしても安心感があり僕は彼に惹かれた。


僕が幼稚園を卒園する頃、父と別れて笑顔の人が新しい父になった。

引っ越した新しい家は古くて小さかった。引っ越してから新しい父と母は毎晩喧嘩した。新しい父の顔はお酒を飲むと暴力を振るった。貼り付けた笑顔はどこかに剥がれ落ちてしまったのか、僕は家の中を探したけど見つからなかった。

朝が来ると新しい父は笑顔を取り戻して優しくしてくれた。きっと夜になると新しい父は悪魔になってしまうんだ。そう思った。だから僕は夜が明けるまで目立たないように部屋の隅でじっと時間が過ぎるのを待った。


彼に出会ったのはそれから二年が過ぎ、僕が小学三年生になった頃だった。


朝のホームルームでの出来事だった。

「それではこれから給食費を回収する。後ろから回してこい」

先生の合図で皆が給食費を回していき、先生が回収した。いつもの流れ、だけどここで先生が気付いた。

「おい、純一。給食費はどうした?忘れたか?」

純一は同じクラスメイト。小太りな男の子で気が弱い。そのせいで皆にからかわれたりしている。けれど今日は違った。

「盗まれました」

その一言で教室中が凍りついたようだった。

ざわざわとどよめく教室を先生が落ち着かせる。

「みんな静かに!純一、盗まれたってどうしてわかる?無くしたかもしれないだろう?」

先生は面倒ごとは勘弁といった口調で純一に確かめる。

純一が僕を指差した。

先生が僕のところに来て机の中を確認する。と、『純一』と名前の入った給食費を入れる用の封筒が出て来たのだ。

僕は訳がわからず頭の中が真っ白になった。


放課後、面談室に呼ばれた僕は問い詰められた。

机もロッカーも鞄も探されたけど給食費のお金が出てこなかった。当然だ。僕は取っていないのだから。

ガラガラと面談室の扉が開くと母がいた。先生に呼び出されたのだろう。母は面談室に入るとすぐに頭を下げた。

「すみません。私の教育が行き届いていないばかりに」

そういうと、財布からお金を取り出して先生に渡す。

「わたしからちゃんと言っておきますので、今回の事は黙ってていただけませんか?」

「いえ、それは」

「お願いします」

母は何度も頭を下げた。僕は見た。見てしまった。

母が涙を流すところを。これまで母の涙など見た事なかった。


僕は「僕じゃない」と言う勇気すらなく、そんな自分が嫌いで、でも何もできなくて。面談室を飛び出した。

行くあてもなく走り続けた。

気付けば日は傾き夕方になっていた。近くの公園のブランコに座る。どうしたらいいのか。


「辛気臭い顔してどうしたの?」


僕は驚きバランスを崩してブランコから落ちた。「驚かせてごめん」そう言いながら彼は手を差し伸べる。僕は彼の助けを借りて立ち上がる。

「こんな夕方に一人で何してるのかと思って」

僕が怪しんでいると彼は名乗った。

「怪しいやつじゃないよ。俺はノゾム。隣、座ってもいい?」

と、ノゾムは質問をしておきながら僕の答えを聞く前に隣のブランコに座る。

「何かあったんでしょ?話ぐらいなら聞くよ」

何故か彼になら話してもいいと思った。僕は彼に全て話した。学校のことや父の事、僕が抱えてる悩みを。他人とちゃんと話しをするなんて初めてだった。きっと僕の言葉はまとまりもなく、ちぐはぐで聞き取りづらかっただろう。でも、彼は黙って聞いてれた。それが嬉しくて、申し訳なくて、でもちゃんと伝えたいと思った。

全てを話し終えるとノゾムは言った。

「きにするなよ。だってお前はやってないんだろ?明日、お昼休みに学校の中庭に集合ね」

それだけ言うと「晩飯の時間だから」と帰ってしまった。

僕はノゾムの帰り際のあっさりとした対応に少し苛立ちと落胆を感じながら既に日が沈んでいたことに気付き急いで帰路に着いた。

家に帰ると母は無言だった。僕は謝る勇気もなく、黙って夕飯を食べると早々に布団に入った。


翌日、学校中で給食費の話題で持ちきりだった。

教室に入った途端周りからの視線が冷たかった。机には『泥棒』という落書きがカッターで刻まれ机の中はゴミでいっぱいだった。僕は逃げたかった。ここから、この世界から。

そんな時、昨日のノゾムの言葉を思い出す。

ここで逃げたらそれこそ僕が犯人だとみんなに言っているようなものだ。机の中のゴミをゴミ箱に移し、机の落書きを消しゴムを使って消して行く。

僕はここにいなくちゃいけない、だって盗んでないんだから。


昼休み、ノゾムとの待ち合わせ場所の学校の中庭で待っている。

正直僕は心配だった。本当にノゾムがここに来るのか、というか彼は僕と同じ学校なのか。そんな心配をよそに校舎からどうどうとノゾムが歩いて来るのが見えた。

「お待たせ、じゃあ行こうか」

そのまま歩いて行くノゾムについて行くと体育館裏に向かった。体育館裏はごみ収集所と焼却炉があるだけで、ゴミの臭いも酷いので普段生徒が近づく事はない。

そこに居たのは純一だった。

「待たせて悪いね。さて、誰に言えって言われた?」

ノゾムはずいずいと純一に近づく。

視線をそむけながら純一が答える。

「言えない」

ノゾムが純一の胸ぐらを掴む。

「じゃあなんで机の中に封筒を入れた?」

「それも、言えない」

ノゾムが手を離すと純一は緊張が解けた様子で尻餅をついた。

「お願いだ、教えてくれ」

「だめだ、言ったら僕は良くんたちの友達じゃなくなる」

純一はしまった、という顔をする。

「良、あいつが元凶か」

ノゾムは怒っているようだった。彼が僕のためにここまでしてくれるとは思っても見なかった。

「まってよ、良くんたちに言わないで!」

「お前、本当にあいつらの事友達だと思ってるのか?」

「良くんは友達だよ。一人だった僕に声をかけてくれて一緒に遊んでくれる。そりゃ少し意地悪なところもあるけど」

「金を盗んだと誰かに濡れ衣を着せることが友達のすることか?」

「でも、僕には良くんたちしかいないから!また一人に戻るのは嫌なんだよ!」

「そんなのは友達じゃないだろ!」

ノゾムは純一に背を向けると告げる。

「放課後に良をここに呼び出す」

ノゾムは僕の肩に腕を回すと「いこうぜ」と言い僕を校舎の方へ連れ出す。

僕には純一の姿が自分と重なって見えた。きっと僕も誰かに優しくされたら意地悪をされていたとしてもすがってしまうだろう。

中庭に戻るとノゾムが謝る。

「悪いな。その場の雰囲気で放課後良を呼び出すことになっちまった」

「本当に大丈夫なの?良くんてけっこう運動神経いいし、友達も多いから」

「無理してこなくてもいいぞ?これは俺が売った喧嘩だ」

「僕も行くよ」

ノゾムはニヤリ笑うと再び僕の肩に腕を回す。

「さすが俺の友達だ!」

僕はその言葉がとても嬉しかった。


午後はずっと僕の心臓が高鳴っていた。

なんだか良くんの席の方を見るのが怖かったけど、ずっと視線を感じていた。


放課後、中庭に行くとノゾムは既に待っていた。

「それじゃあ行きますか」

これから喧嘩になるかもしれないのにノゾムは笑みを浮かべつつ大股で体育館裏へ向かう。僕はノゾムと離れないように早足でついて行くことで精一杯だった。

体育館裏には良と仲良い武、翼、そして純一がいた。純一を除く3人はクラスの中心的人物で運動神経もいい。

「なんだよ。こんなところに呼び出しておいて遅刻か?」

良が質問する。僕の知っている良くんの口調とは違い乱暴な感じだ。きっと彼の本性はこちらの口調なのだろう。

「まず謝れよ」

ノゾムが言う。物怖じしていないのは感心する。肝が座ってるというのはこういう人のことを言うのだろう。

「何言ってんだ?俺たちは悪い事してねぇだろうが」

「給食費を盗んでごめんなさいって言えって言ったんだよ」

「お前頭どうかしてんのか?俺ら関係ないじゃん、無くなったのは純一の給食費だろ?」

「お前らが純一の給食費取ったんだろうが!」

純一はずっと下を向いている。

「なら、純一に聞いてみようぜ?」

良が純一を見ると、純一はすこし縮こまったように感じた。

「俺らお前の給食費取ってないよなぁ?」

純一は小さくうなづく。

「おい、ちゃんと答えろよ」

「はぃ、りょぅくんたちじゃありません」

純一の声は震えていた。

良は笑みを浮かべている。と、ノゾムが良をぶん殴った。

突然の出来事で武と翼は呆気にとられていた。

「何すんだよ!いきなり!」

良はすこし泣きべそをかきながら殴られた頬をおさえる。

「おかしいな。俺には『良くんたちに盗まれました』って聞こえたんだけどなぁ」

良はノゾムへむかって突っかかる。それにつられ武、翼も参加した。これはまずいと僕も止めに入った。もう乱闘という状態。

「こら!おまえたちなにをやっているんだ!」

先生の声で瞬時に皆の動きが止まる。

「あの、これは」良が動揺するなかノゾムが言う。

「純一くんの給食費を盗んだ奴がわかったんですよ。ね?純一くん」

とつぜん名前を言われた純一は固まる。

「そうなのか?純一」

「え、あの」

この状況では良たちは何も言えなかった。ただ、純一がどんな言葉を口にするのかそれだけを見守るだけだ。

「り、良くんです」

「なにいってんだよ純一ぃ!」

良が悪態をつき純一の胸ぐらを掴もうと伸ばした腕を先生がつかむ。

「良。それに武と翼も、これから面談室に来い。おまえたちも後日面談室で話を聞かせてもらうぞ。いいな」

先生は良の腕をつかんだまま校舎の方へ歩いていく。

純一はへなへなと座り込む。僕もどっと力が抜けたように座り込む。ノゾムが隣に座りお互い腫れ上がった顔を見る。

「プッ」

思わず吹き出して僕らは笑った。顔はヒリヒリ痛むけれど、この時間がとても楽しかった。


「さ、帰ろうか」

ノゾムと二人立ち上がると純一が言う。

「悪いんだけどさ、僕腰が抜けちゃったみたいで起こしてくれないかな」

「なんだよそれ」

ノゾムが笑う。僕が手をさしのべて純一を起こす。

「あの、今日はありがとう。それとごめん。僕は君を犯人にしてしまうところだった。こんなこと言うのは図々しいかもしれないけれど、僕と友達になってくれない…かな」

僕は恥ずかしいのと照れ臭いのでうまく言葉を言えなかったから代わりに純一へ笑顔を見せる。

「ありがとう」純一はすこし泣いているような気がした。

いろいろ話したいことはあったけど顔はヒリヒリするし、身体中のあちこちがいたかったから僕たちは三人で帰路についた。


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