異世界の街並みと拠点確保
そういえば、今更と言えば今更だけど地の分は基本的に見てる子の知能レベルに合わせた言葉や漢字を使っているわ。
まぁ、観測者のことだから誤字・脱字の可能性も大いにあるけど一応そうじゃなくてあえて間違えている可能性もあることを宣言しておくわ。
女の子と別れた直後は夜明け前だったせいなのか、人影がぽつぽつと見える程度だったけど明るくなってくるにつれて人がどんどん増えて行って今ではもうかなり賑やかになってる。店のオジサンが通りのお客さんを呼び込もうと明るい声をかけて、そこの前を通る人たちがお店に行こうかと相談する。
何より、通りにいる人たちの髪や瞳が色とりどりなせいでまるでお祭りの仮装をしているかのように通りが華やかに見えて、それだけで楽しい気分になってくる。青色とか普通にいる辺り日本じゃハロウィンぐらいしかこんな光景見られないだろうなぁ……
ここって結構にぎやかな街だね。私は見たことないけどちょっと昔の商店街はこんなかんじだったのかも。
こんな風にファンタジーっぽい道を見てると改めてここは日本じゃないんだなって実感がわいてきて……なんだか少し胸が痛いような気がしてぎゅっと胸元で手を握りしめた。
……ううん、ダメだ。油断してる場合じゃない。
バッグをしっかりと持ち直しながら流れとは違う方向に無理やり移動する。
あ、歩いてた人とぶつかりそうになっちゃった。少し迷惑な顔をされたから急いで謝る。
「すみません」
「……チッ」
頭を下げていると、後ろの方から話し声の中に交じって小さな舌打ちが聞こえてぎゅっと心臓がわしづかみにされたような気分になる。
誤っていた人が面食らったように驚いて、逃げていくように去っていく背中を見送ってから周りを見回す。
……良かった。さっきの人は居なくなってる。
そこまで確認してほうっと息をついた。
歩き回ってみている限りでは、どうやら表の人の多い通りでも狙ってくる人は居るみたい。しかも、ちらほらと。距離を取って警戒してるところを見せると大体の人が諦めてくれるみたいだけど、油断しているとバッグをすぐ持ってかれちゃうかもしれない。
はぁ……安全な日本に帰りたい……
少しネガティブになってため息を吐いたところでジュージューという音と共に何だかこうばしい匂いがしてくるのに気が付いた。
あ、美味しそうな匂い…… これはお肉かな?
そう考えたところでお腹がぎゅーと文句を言って、かぁっとほっぺたが熱くなった。
結構大きな音だったけど、他の人に聞かれてないよね……?
恐る恐る目を周りへと向けていたら、焼き肉屋(?)のおじさんと目が合った。
「そこの嬢ちゃん! 腹減ってんだろ? 食ってきな!」
キコエテタンデスネ、ハイ。
そういえばもうお日様は頭の上まで来てる。朝から何も食べてなかったんだからそりゃお腹もすくよね。だから、私が別に食い意地を張っているって訳じゃない、これは普通のことだから仕方ないよね。
一通り頭の中で言い訳を組み立てると、オジサンのいる店先の方へと歩いて行く。
オジサンがいる店はちゃんとした店って感じの建物じゃなくて、通りにある普通の民家の窓を開けてオジサンがお客さんを呼び込んでる感じだ。
窓のに近づいて中を少し見てみると、串を差したものを装置で焼いてる感じだった。
近づいてきた私を見てオジサンは嬉しそうに声をかけてきた。
「お、嬢ちゃん。買ってってくれんのかい?」
「何があるんですか?」
「兎の焼き鳥だよ。外はカリカリ、中はジューシーで、一度食べたらやみつきだ!」
焼き……鳥……?
やってることは確かに焼き鳥と同じだし、ささっているお肉の塊が普通の焼き鳥よりも大きく見えるからウサギのお肉なんだろうけど……これって焼き鳥なのかな……?
売ってるおじさんが言うからには焼き鳥なんだろうけど……
なんかもやもやする……
まぁ、せっかくだし食べるんだけど。
「おじさん、一つもらえませんか?」
「はいよ! 青銅貨二つだよ!」
青銅貨と言われてもどれなんだろ……
とりあえずバッグの中の麻袋を覗いてみるけど分からないし……
屋台っぽいし食べ物だから一番小さい奴でいいのかな?
青色のコインを二つ袋の中から取り出して差し出してみた。
「これでいいですか?」
「まいどありっ!」
さっと私の手のひらからお金を奪ったおじさんは装置に乗っかっていた串の一本を取ってたれみたいなのを付けると私に差し出してくれた。
待ってました!
すぐにかぶりつくと少し甘くてこうばしいたれの味と、柔らかくてお肉の味が混ざってすごくおいしい。
お腹がすいてたこともあって、すぐに全部お腹の中に消えてしまった。
はぁーおいしかった……
そんな風に一息ついているとオジサンのけらけらと笑う声が。
「いやー、気持ちいい食いっぷりだな。そこまで喜ばれるとこっちも嬉しくなっちまうよ」
「だって、この焼き鳥? すっごくおいしいじゃないですか! こんなの夢中になっちゃっうのは仕方ないじゃないですか!」
「おう、そうかそうか。そんなに旨かったか! やっぱりうちの焼き鳥はハタート1か!」
「はい? えーと……」
「男前で出す飯も旨いと来た。こりゃあ町娘どもも放っておかないってもんだ! カーッ! 全く、罪作りな男だねぇ、俺は」
どうしよう。そんなつもりなかったのにオジサンが思った以上に調子に乗っちゃった。
別に悪いという訳じゃないけど話しかけるのが面倒くさい……
別に悪い人じゃないというか、むしろ気のいい人な感じはあるけど……
うーん……でも、せっかく話しかけたんだし、今は少しでもここのことを知らないと。
「オジサン、ちょっといいですか?」
「お、なんだい嬢ちゃん? 今は気分がいいし、お代わりなら青銅貨1枚でいいぞ?」
「ううん、それはいいの。この町でいいホテ…… 宿屋さんとかありますか?」
「宿屋かい? それならそこの幸運の風見鶏亭で間違いなしよ」
少しも迷うことなくオジサンは通りの反対側を指差した。
そっちの方を見ると鳥みたいなものの絵が描かれた看板がある店がある。
あれが宿屋さんかな。
またオジサンの方を向くとまた口を開いて、説明を続けてくれた。
「飯も旨いし、宿賃も安い。何より……」
「何より?」
「女将さんがべっぴんだからなぁ。あっはっはっはっ!!」
そういってオジサンはとても楽しそうに笑う。
私としては笑い事じゃないんだけどなぁ……
私、やっぱり人を見る目が無かったかなぁ……
それでも教えてもらったしちゃんとお礼はしないと。
「……ありがとうございました」
「あ、嬢ちゃん。ちょっと待ちな」
しっかりと頭を下げながら宿屋の方へと行こうとするとオジサンに呼び止められる。
? 何か忘れ物をしたのかな?
振り返るとオジサンは自分の口の端を引っ張って歪んだ顔を作ってた。
「何があったかは知らねぇけどそんな難しそうな顔してちゃ幸せが逃げてっちまうよ。笑顔、もっと笑顔を大切にしな」
「えっ?」
……言われるまで自分のことでいっぱいいっぱいで笑顔になる余裕なんかなかったけどそういわれてみればそうだ。
私の夢の為にも笑顔を忘れちゃいけなよね。
ほっぺたに手を押し当ててマッサージするようにムニムニして、オジサンへにーって笑って見せる。
「こんな感じですか?」
「ああ、いい笑顔だ。やっぱりそっちの方がずっといい!」
「ありがとうございます。それじゃ、また今度!」
「おう、嬢ちゃんこそ元気でよ!」
手を振りながら歩き始めるとオジサンも明るい笑顔でちゃんと手を振り返してくれた。それが少し嬉しくてちょっとだけ元気になれたような気がする。
よし、あんまり下向いててもダメだ。何とか頑張っていこう。
ひとまずは安心して荷物を置けるとこを作っておこう。
このまま全財産を持って歩くのは凄く怖い。
もし油断して鞄を持っていかれちゃったらそれだけで私は一文無し、ご飯も食べられなくなっちゃう。
そんな風に考えながら歩いていたらすぐに向かい側に着いた。人が多いって言っても東京とは比べ物にならないから結構すっと通れるみたいだ。ただ、人の流れが決まってなくてみんな好き勝手歩いている感じがあるのが少し困るけど。
目の前にはさっきのオジサンが行ってた幸運の風見鶏亭。一見普通っぽい家の前には何だか鳥のような何かの形をした看板が釣り下げてある。
もしかしたら名前に入ってる風見鶏っていう鳥の名前なのかもしれない。聞いたことは無いからこっち独特の動物なのかも。……余裕が出来たら見てみるのもいいかもなぁ。
とりあえず考えていたことを頭の隅に放り投げて、扉を押す。ぎーっと軋むような音を立てながら扉は開いた。
中は広くなってて、すぐ右側には受付っぽいところがある。他の所はファミレスみたいな感じに4つのテーブルとそれらを取り囲むように椅子が置いてある。奥には階段とか扉があるみたいだけどここからじゃよく見えない。
扉を閉めると通りの賑やかな声が遮られて少し小さくなった。なんだか静かな感じが宿屋っぽい。
店員さんいないなぁ……
部屋の中を見回していると階段の方からバタバタと歩く音が聞こえた。
あ、奥の方にいるのかな。
「すみませーん、部屋を借りたいんですけどいいですかー」
「はいよー」
大きな声で呼びかけると女の人の少しくぐもった声が返ってきた。
少し待っていると白い何かが降りてきた。その横からひょこっと顔を出してこっちを見てる。
あ、違う。何か両手いっぱいに白いのを持ってるんだ。シーツとかかな?
その女の人は階段から降り切ったところで顔だけこっちに向けてる。
「いらっしゃい。悪いけどちょっと待ってくれるかい? これだけ運んだらすぐ来るからさ」
「あの、手伝いましょうか?」
「いいって、いいって。お客さんの手を借りちゃあ私の仕事がなくなっちまうじゃないか。とりあえずそこにかけてゆっくりしといておくれ」
大変そうだから手伝おうか聞いたら、笑ってる感じと一緒にさらっと断られてあごでテーブルの方を指し示された。
大丈夫ならいいのかな?
椅子に座ってバックを床に降ろして、奥へと引っ込む店員さんを見送る。
宿屋の女の人だから女将さんかな?
何もやることが無くて何となく机を撫でてみる。
あ、けっこうざらざらしてる。こんなんやってたら木の棘が刺さっちゃいそう。
でも、ほこりとかはなくてキレイにしてある。
そんな風にぼーっとしていると女将さんが戻ってきた。
「それじゃ改めて、いらっしゃい。嬢ちゃん一人だけかい?」
「はい、部屋を借りたいんですがいいですか?」
「はいよ、一日鉄貨1枚と青銅貨2枚だよ」
「ならとりあえず一日分お願いします。ちょっと待ってもらえますか?」
青銅貨……さっきのおじさんに払ったのと同じだから……
鉄…… 鉄って言うくらいだからこの灰色のやつかな。
バックから麻袋を取り出して中から一個ずつコインを取り出していく。
うーん……? なんだか、見られてる?
顔を上げるとおばさんと目が合った。
「うん? ああ、別に私は急かしちゃいないよ。ただいい鞄を持ってるって思ってね。一体どこで手に入れたんだい?」
「これですか? えーっと……」
……なんて答えたらいいのかな?
異世界から持ってきたなんて初対面の人に言うことでもないし、言って信じてもらえるようなことでもない。
おばさんはどうしても知りたいって感じでもなくて、ただ気になったことを口に出したって風だから適当でも大丈夫だろうけど。
そんな風に悩んでいたら何だかおばさんが訳知り顔というか、何だか痛々しそうなものを見る目をした。
「……もしかして何か訳ありかい?」
「えっ? あ、はい」
「そうなのかい…… 嫌なことを聞いてしまってごめんよ。おわびと言っちゃなんだけどお題の方は少しおまけしておくよ」
「え? え?」
「青銅貨の方は要らないよ、鉄貨1枚だけでいい。それと、ここのことは家と思って過ごすといいさ。何か困ったことがあれば話を聞くよ」
そういいながらおばさんが柔らかな笑顔を浮かべて私の肩に手を置いた。
……あれ? 何か分からないけど大っきな勘違いされてる?
どんなものかはっきりとは分からないけど何だか思った以上に心配されているような。
「違いますよ? 何かは分からないけど違いますからね?」
「そうだね。あんまり気をつかい過ぎるのも悪かったかね。とりあえずある程度は手伝ってあげるから何かあったらお願いしてくれても構わないよ」
何度も頷いて「分かったからみなまで言うな」って言った雰囲気を出してるけど、これ明らかに何かと勘違いしてるよね……
でも、何が違うのかまでは分からないせいでこうじゃないって言えないから反論しにくいし、別に私に都合が悪いって訳でもないし。
別にだましてるわけではないけどそのままにしておくのはなんか気持ちが悪いようなもやもや感が……
「もしかして、まだ金が足りないのかい? 仕方ないね、特別に……」
「い、いえ! 大丈夫です! お金はちゃんとあります!」
悩んでいたらさらに値段を下げようとしてたからあわてて断ってお金を渡した。
そこまで多くなかったから出すのに時間はかからなかったからちゃんと渡せたと思うけど。
……何でそんな不満顔なの!?
ちゃんとお金出してるから受け取ってくれないかな!?
「本当に困ってるんだったら遠慮しないでいいんだよ? こんな時に女が身一つで来るなんて「母さん、掃除終わったけど」」
続けようとした言葉は階段から来た子供っぽく元気そうな高い声で遮られた。
そっちの方を見てみると中学生か小学生高学年ぐらい小さな人影が降りてきているのが見える。女将さんの子供が手伝ってたのかな。
あ…… 声がした瞬間に手の上にあったお金を女将さんに取られた。
少しびっくりしたけど、女将さんからはなんか盗むっていうよりか後ろめたいことを隠すって雰囲気がする。
しっかり青銅貨は残してあるし。
小さい子は私たちの方を見るとさっきの声よりも少し低い、不機嫌そうな声を出しながらずんずん近づいてくる。
「母さん…… またお金少なくしたの?」
「いやー、そんなことないさ。びた一文たりともまけちゃいないよ。ね、そうだろう」
「それじゃあ、今持ってるお金を見せてよ」
「いいかい、エミナ。客商売ってのはお客さんの信用があってこそなんだよ。それを疑うってのは一番やっちゃいけないことなんだよ」
「母さんはお客様じゃないからも問題ないわ」
「客じゃなかいけど私こそ一番身近な人間じゃないかい。普段からちゃんとあいそ良くしてないといざって時に役に立たないよ」
いくら食って掛かってもとぼけ続ける女将さんに女の子はますます怒り、それでも女将さんは本当のことを言わない。
……何だか私も一応当事者というか、女将さんの心づかいを受けた者として何だか悪いなぁ……
それでも、お金を手に入れる方法がない今は出来るだけ節約したいから正直言えばあまり言いたくない。
でもなぁ……
「はぁ……」
言い争う二人の横で一人どうするか悩んでいたら口げんかに一区切りが付いたのか、女の子の方が呆れたとでもいうかのように分かりやすくため息を吐いた。
けんかの原因にもなってるし、やっぱり正直に言ってお金を払った方がいいんじゃないかな?
そんな風に心が傾きかかっていたところで女の子が私の方に詰め寄ってくる。
「ねぇ、あなた。お母さんにいくら払ったの?」
「こら、エミナ。お客さんを疑うのは流石に許せないよ」
「えーと、鉄貨1枚……」
「ほら、やっぱり! いい加減値段を下げるのを止めてよね」
心が揺れていたのもあって女の子の迫力にあっさり陥落してしまった私は、気付けば口から本当のことを話していた。
それを聞いた女の子は得意そうな顔になってまた女将さんの方へと振り返り、改めて女将さんへと畳みかける。
「はいはい。私が悪かったよ」
「母さん、まだ全然わかってないよね? うちの家計が火の車っていうのは「そういうのはお客さんの前でするような話じゃないよ。私は洗濯するからエミナはお客さんを案内しておくれ」」
「あ、ちょっと! 母さん!」
「はいはい、分かってるよ」
証拠を握られてしまっては流石に言い訳が出来ないらしく、女将さんも少し苦い顔をしながら話題を逸らし、宿屋の奥へと逃げていく。
女の子…… えっと、エミナちゃんだっけ?
エミナちゃんの方も話を切り上げようとしているのが分かって、女将さんを責めるような声をその背中に投げかけるけど、女将さんは適当にあしらいながら曲がり角の向こうに行って姿が見えなくなっちゃった。
「あー、もう! 母さんの頑固者!」
引き止めようとしたのか、腕を女将さんの方に伸ばしてその後を追うけど直ぐ足を止めて地団駄を踏んだ
だけど、それはすぐにやめてため息を大きく吐くと私の方に振り返って手を突き出す。
「お金」
「え?」
「お金。青銅貨2枚。くれたらちゃんと案内するから」
「あ、ああ…… ちょっと待ってね」
なんというか……
いかにも不機嫌ですって空気を出してて、何となく逆らいづらい。
エミナちゃんに言われた通り、手の上に残された青いコインをその突き出した手のひらに乗せる。
「これでいいかな?」
「まいどあり。ちょっと待ってて」
女の子は短くそういって奪い取るようにしてコインを取ると、奥の方へと歩いて行った。何処に行くのかと思ってみてると女将さんが出て行ったのとはまた別の扉に入り、姿が見えなくなっちゃった。
……鍵でも取りに行ってるのかな?
首を傾げていたらすぐにまた扉が開いて、エミナちゃんが出て来てこっちに戻って来る。
「それじゃ、色々案内するからついてきて」
「ありがとう。お願いね」
「うん、分かってる」
そう短く答えるとエミナちゃんは私に背を向けて歩き始めたから、少し遅れて私も付いていく。
あ、そういえば袋の紐を結ぶのを忘れてた。
しばらくは使わないと思うからしっかりと結んで……
いいや。歩きながらじゃうまくできないし、またあとでやろうっと。
歩きながらバッグの中を漁っていたけど、そこまで時間はかかってなかったのかな? 女の子はまだ同じくらいの距離にいる。
そのままエミナちゃんに連れられて、二階へ上がると部屋の扉が五つ並んでいた。女の子の話では、間の三つは他のお客さんがいるらしい。
残った空き部屋の一番手前の部屋と一番奥の部屋はどっちも木のベッドと布団、木製の机があるだけの良く言えばシンプル、悪く言えば殺風景な部屋だった。だけど、微妙に違うところがある。それは奥の部屋の方が、窓が一つ多くて外の通りを部屋から見れるみたい。
部屋の案内が終わるとエミナちゃんが部屋の鍵を渡してきて、朝ご飯と夜ご飯が出るから食べる時はさっきまでいた一階の部屋に行かないといけないって教えてくれた。
エミナちゃんはその間、ずっとイライラしているようだったけど分からないことを聞けばちゃんと教えてくれた。イライラしてるせいで返事してくれないってこともないみたいだから少し安心した。
一通り宿の説明が終わって、部屋から出て行こうとする背中を見てふと思いついた。
せっかくだし色々分からないことをこの子に聞くのもいいかも。さっきの女将さんの感じからして、私が変なことを言ったってこの子が伝えても信じてくれないと思うし。
他の人に聞いて変な噂になったら困るし、普通なら知ってそうなことを一通り聞いておこうかな。
「ねぇ、ちょっと宿とは関係ないけど聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「この街のことだったらある程度は知ってるから知りたいことがあるなら教えてあげる。……でも、私よりお母さんの方が詳しいよ?」
「あなたの話を聞きたいの。教えてくれる?」
「! 分かった」
自分よりお母さんの方が詳しいっていう時には声のトーンが落ちていたけど、私の言うことを聞いてテンションが上がったみたい。
笑ってこそないけど少し頬が赤くなってるし、私を見る目が少しキラキラしてる。
頼ってもらえたのが嬉しかったのかな? それとも女将さんよりもこの子の方がいいって言ったから?
聞く理由がこの子じゃないといけないって訳でもないから何だかだましているような気がして少し気が引けるけど、別に悪いことじゃないし……
「それじゃあいい? お金のことを聞いていいかな?」
「お金? 何のこと?」
「ちょっとどのお金がどれくらいするのか聞きたくて」
エミナちゃんの顔が曇った気がしたけど気にしない、机の上にざらざらと革袋の中に入っていたコインを全部出す。
とりあえず色別に分けてみると、青いのが10個、灰色のが6つ、赤茶けた色のが8つ。
探っている間にエミナちゃん
「分かってるわよ。青銅貨12個で鉄貨1つ分、鉄貨8つで銅貨1つ、銅貨9つで銀貨1つでしょ。言われなくてもこれくらいもっと小っちゃい子でも知ってることだし」
「あ、えっと? ごめん、聞こえなかったからもう一回言ってくれるかな?」
「だーかーらー、青銅貨12個、鉄貨8個、銅貨9個でしょ!」
「青銅貨12個、鉄貨8個、銅貨9個……」
何でそんなそんな中途半端な数字なんだろう。キリが悪いなぁ……
少し不満を感じながらもエミナちゃんに言われたことを何度もくり返し言葉に出して頭に染み込ませる。
青銅貨12個、鉄貨8個、銅貨9個……
よし、しっかり忘れないようにしよう。
一通り唱えて覚えたところで顔を上げると女の子がすごくイライラしてた。
せわしなく爪先だけ持ち上げ床を何度も叩きつけ音を出していて、雰囲気を見るまでもなく怒ってますってのが察せられるぐらい。
もしかして聞かれたことが当たり前のこと過ぎてバカにされてると思われたとか?
私としては真剣だけど、宿の手伝いをしてるこの子には簡単すぎる質問だったのかな。
じゃあ、何かちょっと難しくてこの子にでも答えられるようなことを聞いた方がこの子は喜んでくれたのかな?
また少し考え込んでいたらついに我慢が出来ないというかのようにエミナちゃんが声を上げた。
「まだ何かあるの? もう用がないなら戻ってもいい?」
「あ、ごめんね。えーと……」
聞きたいことがまだいろいろあるけど、さっきみたいに簡単すぎることを言っちゃうとまた怒って帰っちゃうかもしれないし……
適度に難しい問題…… 適度に難しい問題……
床を叩く音がもっと激しくなっているのでどんどん怒って言ってるのが分かるせいで、急がないとって気持ちになって逆に何も思い浮かばない!?
「戻るね?」
「あ! ちょっと待って、ここらへんでどんな仕事があるのか探してるんだけど、いい所とか知らない?」
しまったー!?
これ後で女将さんに聞こうと思ってたことだ!?
いつか誰かに聞かなきゃいけないけど絶対この子に聞くには難しすぎる。
答えられなくてさらに怒らせちゃったんじゃないかな!?
顔が引きつってダラダラ汗が垂れてくるのを感じながらエミナちゃんの顔をのぞく。
あれ? 少し下を見てるし、私の方に注目してない?
不思議に思っていたら「間違ってるかもしれないけど」と保険をかけてから真面目そうな顔で続きを話し始めた。
「きっと今は仕事がほとんどないと思う」
「え? 本当に?」
「ほんと。ちょっと前にユニスから結構人が来たばっかだから誰でも出来るような仕事は基本的になくなってるんじゃないかな。何か出来るなら別だけど」
あれ? なんか予想以上にちゃんとした意見が出てきた。
正直答えられないと思ってたのに。
二つの意味で予想外のことに少し呆然としてたらエミナちゃんが照れ臭そうにふいっと目を逸らした。
「……ケイン。じゃなくて、友達がちょっと詳しくてそいつが言ってたことをそのまま言っただけだから」
「でも、おかげで私が助かったよ。ありがとう!」
「……ありがとう」
話し方はぶっきらぼうだけど、顔は赤くなってるしなんだかうれしそう。
ほめられたのがうれしかったのかな?
まぁいっか。 まだ質問が出来るならそれで。
エミナちゃんに聞く限りでは何だか絶望的な状況みたいだし、なおさら情報を手に入れないと。
「何かって、例えばどんな事?」
「どんなことと言われても…… お針子とか、料理とか?」
「そっかー……」
針子…… 確か服を作るんだよね?
それと料理かぁ……
学校の家庭科でやった程度しか知らない私にはとてもじゃないけど出来るとは言えない。
そもそも私には何ができるのかな?
成績は普通より低いし、学級委員長とかになって人をまとめたことも無いし、特定の何かに詳しいなんてこともない。
うん、これ以上考えるのはやめよう。
考えてて悲しくなってくるし、もしかしたら私が思ってもみなかったことがこの世界では有利になるかもしれないし。
そう考えはしたもののため息を出すのはやめられない。
「調子が悪いならとっとと寝たら?」
少しナイーブになってるところにエミナちゃんが声をかけてくれる。
言い方はなんだかきついけど雰囲気からして心から私のことを心配してくれてるみたい。
この子もしかして凄くいい子なんじゃ?
「ありがとう。他にも聞きたいことがあるからまたあとで聞いてもいいかな?」
「別にいいわ。お客様の要望にはこたえないといけないもの」
そんな風に少し突き放した言い方をして、さっさと部屋から出ていく。
その時にも何となく私に気をつかってくれている気がした。
エミナちゃんが扉を閉めた音が聞こえた辺りでふーっとため息を吐いた。
それと一緒に私の中の何処か張り詰めていた糸がプッツンと切れたような気がした。
やっと一息つける。
「はぁ、疲れたぁ……」
ベッドにゆっくりと腰かけてみると、布団にあまり綿が入っていないのか結構固い感じがする。
それでも、やっとゆっくりできる場所だ。
ちょっと疲れてるし一休みしていこう。うん、そうしよう。
バッグを抱えたまま布団の上に転がってみる。
寝心地はやっぱりよくないけど、横になってゆっくりできる場所っていうのがすごくいい。
「はぁー……」
――もちろん私は布団の誘惑には抵抗できずにそのまま眠っちゃって、次の日に相当焦ることになった。