拾われ者
これからここの部分ではこっちの世界の様子の補足と言い訳をしていくわ。
まぁ、興味がないなら読み飛ばしてちょうだい。
私だって聞いてもらいたいなんて思ってないもの。
民家と民家の間のじめじめとした薄暗い細い路地を品のいい使用人の服を着た少女が駆けていく。
近くの通りは人で賑わっているもののここを利用する者はそう多くはない。
何せここはゴロツキが力をひけらかして脅して周り、ホームレスが道を占拠して、合法ギリギリの物や違法なものを取り扱う怪しい店が立ち並ぶ犯罪はびこるスラムなのだから。
真っ当な人間が足を踏み入れることはないだろうし、不用意に迷い込もうものならその人がいた痕跡すらも跡形も無く消え去ってしまうだろう。ましてや成人にも満たない少女が夜中に足を踏み入れようものなら死んだ方がまだマシとすら言える所業を受けることとなることなど最早言うまでもないことだ。
少女の「たまに絡まれるのが面倒くさいけどそれを除いたらいい近道」という認識が世間一般からかけ離れているだけだ。
「はぁ……この時間に追加の発注とは……あの方々は人の足を引っ張ることしか能がないのでしょうか?」
彼女が思い出すのは嫌味に笑う同じ職場で働く女たちの顔。
眉間にしわを寄せ苛々とため息を吐いて、愚痴を言いいつつも細い路地を走っていく。
顔に傷がついていたり、武器を分かりやすく見せびらかしたりしている、いわゆる「悪いやつら」もちらほら見かけるが、明らかに不機嫌な雰囲気を醸し出している少女が走ってくるのを見ると慌てて道を開けた。
少女は視界の端でそれを確認しながらも、気にすることなく進んでいく。
「面倒なことは手早く終わらせてしまいま……!」
もう一度ため息を吐いて足を速めようとしたところで目の前に魔法の予兆を感じて足を止める。周囲の住人の訝し気な視線を意識の外に追いやって、少し距離を置いて身構える。
目を細めて何が起こるか待ち構える少女の前で空間が揺らぎ歪み、そして道路の上にうつぶせの少女が浮かび上がってきた。
「これは……?」
思っていた以上のことが起こり使用人の少女は少し目を見開く。
警戒の度合いを上げながら待ってみるが魔法の予兆はなく、次いで何かが送られてくるようなことは無いようだ。
それを確認したところで使用人の少女は改めて眠る少女を観察し始める。少女は現代になら何処にでもあるような高校の制服を着ていた。しかし、現代には及びにつかない周囲の状況と本人の桃色の髪のせいでどうも浮いているような印象になる。
「これは……事件の匂いがして参りますね」
特に反応を見せることのない少女を念のためにつま先で蹴ってみるが少し呻くばかりで起きる様子がない。あまりにも無防備な姿に使用人の少女はため息を吐く。
自分の生活を考えれば少女を匿うことは彼女にはデメリットしか感じられない。かといって、出来ないわけでもない。
心情的にも自らとほぼ同世代の少女が凄惨な目に遭うことのを分かっていて見捨てるのも目覚めが悪い。一連の出来事に対してほとんど表情を動かさない彼女もそれくらい感じる程度には人間的であった。
それに何より、少女が持っているものがあればある下らない未練を断ち切ることが出来るかもしれない。
「…………致し方ありませんか」
一つため息を吐くと横たわる少女を担ぎ上げると再び路地裏の奥へと駆け出して行った。
自分でも下らないと切り捨てる程度の未練を成し遂げるために。
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「ん…… ん!? 臭っ!? 何!?」
私は目を覚ました瞬間、臭いにおいがしてすぐ飛び起きた。
あれ? 家じゃない?
鼻をつまみ、色しか見えない中で周りを見渡してみたけど何かおかしい気がする……
慌てて自分の周りの物を探ると、近くにあった茶色いものの上でメガネっぽいのがあった。それをかけると何とか周りが見えるようになった。
うん、いつも使っている私のメガネだ。
「……どこ? ここ」
よく分からないけどどうやらここは何処かの部屋みたい。
部屋の壁紙は茶色でぽつぽつと白い光がこぼれてるのが見える。
私の近くには干し草っぽい黄色い草とその脇にある棒、それにどこかで見たような樽みたいなの。樽みたいのの上には高校のバッグが乗っかっている。
触った感じだと壁も樽も木で出来ているみたいでざらざらしてる。
地面は私が寝ていたところ以外は茶色い。
こっちはひんやりざらざらしているからきっと土だ。
うーん……? とりあえず調べてみたけどここがどこなのかはさっぱりだ。
あ、でもこの干し草みたいなの確か牛とかに食べさせてたような気がするからもしかして牧場とかかな?それなら臭いのも納得だ。
なんで私がここにいるのかはまったくもって分からないけど。
そこまで考えて意識がなくなる前のことを思い出した。
「……あれ?私変なのが起きて落ちていったんじゃ……」
最後に記憶が残ってるのは視界いっぱいに広がる黒とどうしようもないという無力感。そのまま闇に溶けて消えてしまうのではないかと思えるくらいどこまでも純粋な闇。
今思い出してもぞっとして背筋が冷たくなる。むしろなんで生きてるのか不思議なくらい。
最初は近くにいたおとちゃんとかなちゃんもいつの間にかいなくなって……
「!? そういえば二人は!?」
必死に見まわしてみるけどやっぱり誰もいないし、返事もない。
干し草の山や樽の中に隠れてないかと思って持ち上げたり、ノックしたりするけどやっぱり人はいないっぽい。立てかけてあった棒の先がフォークみたいになってたのが分かったけど他に何も見あたらなかった。
二人とはぐれた……いや、あの暗闇の中で何があったか分からない。もしかしなくても二人はもう……
ふっと悲鳴をあげることも出来ずに、黒の中へと溶けていく二人の姿が頭に浮かぶ。
自分の想像に振り回されながらも意味もなく周りを探っていて、樽の上のバッグが目に入った。
「! そうだ、携帯!」
ネガティブになりそうな気持を必死に鞭を打ってバッグを開いて中身を樽の上にぶちまけた。
教科書やノートのような冊子の中に交じってとびだしてきた小さなピンク色の箱状のものを拾い上げて、まるで時間が止まったように思った。
「これ、かなちゃんのだ……」
……確かスマホなら緊急用の電話機能があったよね。これだけはよくお父さんに教えてもらっていたから分かる。
迷いなく十個のボタンをスマホの表面に出すと、すぐさま110の後に緑のボタンを押した。でも、帰ってきたのは自動音声の感情のない平坦でどこか不自然な声だだった。その声は電波圏外だって一方的に言うとこちらの返事を待つことなく話を切断した。何度繰り返しても結果は同じ。
電波がないのなら私には、これはもうただの箱でしかない。
もうどうしようもない……
にじり寄る嫌な予感にのみこまれた私は目の前が真っ暗になったような気がした。
……でも、ここで立ちすくんで立ってしょうがない。
「……ここにいないからって言って二人がもう、ってことはないだろうし今は自分のことをやらないと!」
悪い考えを追い払うように自分に言い聞かせて立ち上ってみたはいいけど何しよう?
助けも呼べないし二人もいない……こうなったら私一人でなんとかしないとダメかな。
とりあえず、この建物からは出てみようかな。
樽の上に出した教科書とかを全部戻して、かばんを手荷物。
そういえば私のだと思ってたとはいえ、勝手にアイちゃんの荷物を漁っちゃったなぁ…… 後で謝らないと。
準備が終わると改めて部屋の壁を触って回る。
叩いてみると軽い音がする。あんまり厚くないみたい。
……あ、ここ少し開いた。扉もちゃんとあったんだね。周りの壁と同じ色だったから分かんなかった。
こうやって探っている間に何か生き物の声が聞こえたし、隣の部屋で買っているのかな?そういえば、この部屋には干し草がいっぱいあったし。
ささくれが多くてざらざらな木の扉をおそるおそる開けてみる。
うわ、くっさ……
なんだか生臭いにおいがする。
どうやら扉を開けたらさっきの真っ暗闇、なんてことは無かったみたい。
中に入ってみるとうっすらと光が入ってきてるところが見えた。
四角い穴が空いてるし、もしかしたらこの部屋の反対側に扉があるかもしれない。
しかも、光が漏れてきてるってことは……
「やった。ここから出られる!」
一直線に扉へと駆け出して迷わずひっぱったけど扉は開かない。
……あれ?
何回も木製の取っ手をを引くけどガチャガチャいうだけで開きそうにない。
鍵がかかってるのかぁ……
ドアに「凹」って形の木がくっついただけの簡単な形をした取っ手はひねることも出来ない。
ないとは思うけど中からなら鍵を開けれたりは…… 無理そうだね。
さっきから押せば軽く開いてる感じだからきっと取り付けるタイプの鍵が付いてるんだろう。
「はぁ…… まぁ、仕方ないかな」
出れると思ったのになぁ…… 他の出口を探さないとダメかな。
そういえば外に出られると思って夢中になってて周り見てなかった。もう少しちゃんとしないと……
今いるところが通路で、左側がさっきの部屋のと同じ壁がある。
右側には板でできた仕切りがあって、しきりの向こうに生き物が何匹かいる。
遠くから見る限りでは、馬っぽいのとカメっぽいのとトカゲっぽいのがいた。
実はこの中の2匹が二人だったり……
「……ダメ。ネガティブになっちゃってる」
もっとちゃんとしないと二人に心配されちゃう。頑張らないと。
頭を振って悪い考えを振り払ってもう一回左の壁を調べる。
感触はさっきの部屋と同じ。扉もないし鍵を隠せるような場所もない。
さっき触った感じだと内側には鍵がなさそうだったから、鍵を見つけても外には出れなそうだけど。
じゃあ、何処かに扉があるとしたら仕切りの向こうかな。
体が大きい動物たちが出られないようにはしてあったけど私なら中に入れそうだ。
隙間に手や足から先に中に入れば……
あ、トカゲが近づいてきえっ!?火!?
「きゃあっ!?」
急いで足を引っ込めて地面に転がると、仕切りの隙間から出た真っ赤な炎が私の目の前を通って向かいの壁にぶつかって消えた。
えー……? トカゲが火を吐いた?
ぼんやりとトカゲの顔を見返していると、トカゲは唾を吐くように小さな火を吐き捨てた後、そっぽを向いた。
えー?トカゲが火?トカゲって、というか動物って火を吐けるの?なんかよく分からないけどファンタジー? ああ、もしかして私がよく知らないだけなのかな?
「生き物って凄いんだねぇ……」
「何をされているのですか?」
「ひゃっ!?」
えっ!?今度は何!?
飛びのきながら声がした方を見てみると、女の子が私の方を不思議そうに見詰めながら中に入ってきていた。
私よりも身長がかなり低い、黒髪の子。
両手で何か服のようなものを持っている。
大体中学生くらいかな?
どこか真面目そうな、冷たい感じがする。
でも今の質問……言い方は少しキツイけど、純粋に気になってる……のかな?
彼女の印象を頭の中でまとめながら仕切りの方を指差した。
「この子が火を吐いたから……」
「……茶竜をご存知ないのですか?」
あれ?驚かれてる?
この子ってそんなに有名な動物だったのかな。
まるで、犬のことを知らないって言ったみたいな反応だ。
というか今、りゅうって……何それファンタジー。
トカゲじゃないの?
彼女は呆れたような雰囲気になって、また口を開いた。
「それは構いません。失礼ながら単刀直入に申し上げます。貴方様のお召し物を私にお譲りして頂けませんか?」
「え? 私の制服を?」
「はい。代わりのお召し物はこちらでご用意させて頂いています。それ相応の金銭も合わせてお渡しします」
何だろう…… よく分からないけどこの子は私のことを良く思ってない気がする。
嫌いって感じじゃなくて、どちらかといえば厄介払いしたいとかそんな面倒くさそうにしているのが伝わってくる。
やりたいことが終わったらすぐにでも追い出されそうな気がする。
二人の情報が欲しいけど…… この子が知ってるかなぁ……
何はともあれ帰った後で使わないとだし、強制って感じでもないからあげられないかな。
「ごめんね。でも、これは学校に通うのに使わないといけないからあげれないの」
「……学校? 失礼ですが、もしや貴族学校のことでしょうか?」
「貴族!? 私そんな偉くないよ!?」
そんなに偉そうだった!?
別に、嫌がってる感じも無かったと思うんだけど……
私の答えを聞いた女の子は考え込むような様子を見せた後、思わずっていう風にこぼれた小さい声が聞こえた。
「……もしかして……私と似た……?」
それ言うと、こっちの目を真っすぐに見詰めてきた。
なんだか、急に真剣になったけどどうしたんだろう?
「一つ、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「? うん、いいけど」
「貴方様の出身国は一体どちらですか?」
「え、国? 日本、だけど? ……もしかしてここ外国!?」
あんな変なことがあったし、もしかしたら何処かにワープしたとかあるかもしれない。
そしたら、黒の中で大分離れちゃってたし二人は別の国にいるのかも。
あれ?じゃあなんで日本語が通じるの?
なんだか女の子の方は納得したみたいだけど、私の方は逆に訳が分からなくなっちゃってる。
「あまり状況をご理解されてない様子ですね。僭越ながら私が貴方様の現状を述べさせて頂きます。ここは日本のある地球とは全く異なる世界です。貴方は何らかの理由でこちらの世界へと転移していらっしゃったのです」
「はい? え? ちょ、ちょっと待って!?」
え? 別世界?
日本、無いの!?
え!? 待って!? 落ち着こう!? いったん落ち着こう!?
「ここまではよろしいですか?」
「よろしくないです。お願いだからちょっと待って」
「はい。承りました」
と、とりあえず順番に考えよう!
まず花火大会に行って、帰る途中で黒いのにあって、小屋にいて、女の子に会って、実はここは異世界で?
ダメ、最後の一つで全然納得できない!
普通なら笑いか、空想だと思って本気にしないのかもしれないけど、あの黒い奴のせいで無駄に説得力があるのがまた何とも言えない。
そんな私を見てなのか、女の子がまた喋った。
「納得できない物は理解できないものとして諦めるというのも一つの手だと申し上げます」
「う、うん。分かった。頑張る」
私も何を頑張ればいいのかわからないけどとりあえず、うん、頑張ろう。
女の子の言う通り納得は行かないけどここは別世界だって信じてみよう。
ここがどこであってもやらないといけないことは変わらないんだし。
軽く気合を入れ直して女の子を見るとまたお淑やかに口を開いた。
「それでは、御準備はよろしいでしょうか?」
「うん、とりあえず何とかなった……と思う。待っててくれてありがと」
「恐悦至極に存じます。それでは先ほどの話の続きをご教示させて頂きます。今、貴方様がいらっしゃるこの世界は元の世界でいうところの剣と魔法のファンタジー、といったところです。文化水準は中世で、元の世界とは比べ物にならないほど危険な世界となっております」
「へぇ、そうなんだ……」
「ファンタジーの敵役として名高い魔物や魔法が使える分屈強になった動物たちが自然の中を闊歩しています。そのせいか、この世界では人間の活動地域はあまり広くなく、ある程度大きな町は外壁で囲って外敵の侵入を防ぐことは出来ていますが、地方の小さな村なんかでは少し強い魔物や動物なんかに襲われてつぶれることもしばしばあります」
「ええと……」
「人間には魔法という名の武器があるといえども決して死亡率は低くありません。それに適性の大きさ次第で使える量が異なり、決して万人が使いこなせるわけではありません。一部の才能と幸運を持ち合わせた者が師に出会い、教えを受けることでようやく使用できるようになる特異な技術です。また、その不思議で得体のしれない結果をもたらす現象故に一部の地域では邪悪な者が嗜む邪な技術ともされ……」
「ちょっと待って!? 教えてくれるのはうれしいけどそんなに一気に話されても覚えられないよ!?」
いや、そんな困ったなぁって感じになられても!?
自慢じゃないけど私はそんなに頭がいい方じゃないから口で言われただけじゃ絶対に覚えれない。もう最初の方のことはここがファンタジーな世界だってことしか覚えてないし。
それでも、後半に言われたことでこの世界が危険だってのは微妙に分かった……気がする。
出来るだけ話を聞いておきたいんだけど…… 流石にあんな早口で話されたらどうしようもない。
そのことを女の子に伝えると、今度は申し訳そうな感じになった。
「……本来はゆっくりと段取りを置いてご教授するのが通常なら良いのかもしれません。しかし、私は只今この小屋の掃除を申し付けられたという名目にてここに立っております。従って私には有用に使える時間があまり多くはありません。もしも、命令された時間に遅れてしまえば何らかの陰謀を勘繰られてしまう恐れがあります」
「それって、悪いことなの?」
「はい、私にも貴方様にも大変不都合なことです。他の使用人がこの小屋に来て貴方様を見つけてしまうと、貴方様は縛り首にされてしまう恐れもございます。ここは領主様の屋敷の中にありますので、庶民が許可なく立ち入るだけで重罪となりかねません」
「ええっ!? 私、気が付いたらここにいただけなのに」
「…庶民の事情など貴族様には些細な問題なのです。彼らにとって重要なのは庶民が勝手に自分の屋敷に入ってきたという事実のみです」
「何それヒドい!?」
私何も悪くないのに!
昨日から、最近妙に運が悪くないかな?
あと、女の子が少し気まずそうにしてるけどどういうことなんだろう?
この子には何も悪いことをされてないけど……
もしかして私が大変な目に合うかもしれないことを気にしてるのかな?
うーん…… よく分からない。
「じゃあ、出来るだけ早くここを出たほうが「!失礼します」」
「うん?」
確認しようと口を開いている途中で口を女の子の手でふさがれた。
なんだか真剣なのと焦ってるみたいだし、何かあったのかな。
うわー……それにしても近くで見てみるとこの子きれい……
なんていうか歳のわりにはかわいいっていうよりきれいっていうのが似合ってる。
「この小屋に近づく者がございます。私があしらうので貴方様は元の部屋に身をお隠しください。その者をやり過ごした後、すぐにここを発ちます。身を隠している間にこれにお着換えください」
そういうと女の子は私の返事を待つことなく持ってたものを私に押し付けるように渡した後、仕切りの中へと入っていった。
え? 他の人?
そういえば、見つかったら私…… 死刑!?
大急ぎで、それでもできるだけ足音をたてないように前の部屋へと駆け込むと同時に壁の向こうで扉が開く音がして背筋が跳ねた。
もう人が来てる!
走った後みたいに心臓がバクバクと音を立てるのがやけに大きく聞こえる。
うっすぺらい木の壁だけあって、さっきの女の子と大人の女の人の声が聞こえるけど全然内容が頭に入って来ない。
どうすることも出来ずに自分のかばんとさっきもらったものを持ったまま、銅像みたいにつっ立ってた。
しばらくして、向こうでまた扉が開く音がして大きく息を吐いた。
いつの間にか息をすうのも忘れてたのかも。
あ、そういえば早く着替えないと!
かばんを置いて、もらったものを広げてみると白い大きな布の下着とオレンジのワンピースだった。
あ、結構綺麗だ。
ちょっと手触りが悪いのが気になるけどそこはぜいたくの言い過ぎか。
着替えてみるとどっちも私のサイズにぴったりで動きやすい。
あの子、よくサイズまで合わせて用意してくれたなぁ……
そう考えてふとあの子の名前をまだ聞いていないことに気が付いた。
今更聞くのもなんか変だけどお世話になっておいて名前聞かないのもなんだか嫌だし、後で聞いておかなきゃ。
そんな風に考えながら着心地を確かめていると突然、扉が開いた。
「ぁ……!」
「ご加減の方は如何でしょうか?」
「あ……う、うん、少し触り心地は悪いけど動きやすそう。ありがとね」
「恐悦至極に存じます。貴方様がお召しになっていた衣服は私が処分させていただきます。お金はこちらに」
扉が開いた時は見つかったかと思って心臓が止まるかと思いがしたよ。
まだ心臓がバクバク言って嫌な汗が出てる。
そんな私のことを気にもせずに女の子は中身が入った茶色いの袋を差し出してきた。
受け取ってみると結構重い……
口をあけて手を突っ込んで何個か入ってるものを取り出してみると、色んな色のコイン?が入っているみたい。
コインって言っても日本のお金みたいに薄っぺらい感じじゃなくて結構厚かったり大きいものが多い。
ただ、くすんだ青色のコインだけは見慣れたサイズの物だった。
こうやって見ても本物かどうかは分からないけど、とりあえずバッグの中に入れておく。
そうやっているうちに女の子は私が来てた制服をいつの間にか回収していた。
あ、交換するのはもう決定事項なんだ。
お金がどれくらいの物かは分からないけど、着心地からしてあんまり制服と釣り合ってないきがするんだけど……
うーん……
でも、どうせ制服でいても悪目立ちするだけだし仕方ないか。
今の状態で贅沢なんて言えないしね。
そんな風に自分を納得させて、バッグをしっかりと持つ。
……コインのせいでさっきよりかなり重くなっててるなぁ。
私がバッグを持ったところで女の子が声をかけてくれた。
「それでは私が安全な場所までお連れします。その前に、より安全にお運びするための準備をしたいですが、よろしいでしょうか?」
「? いいよ?」
「承知しました。では、失礼します」
そういうと女の子は私の後ろに回った。
準備って何だろうと思って振り向いていると女の子は何か布みたいなのを取り出して、私にかませるように結び付けた。
これってもしかしてさるぐつわってやつじゃ……
そういえばさっき運ぶとか言ってたけど……まさか……
少し不安になって振り返ろうとしたところで抱え上げられた。
体重は重い方ではないとは思うけど、人一人と重いバッグを中学生ぐらいの子に抱えられる何て……
少し驚いているうちに女の子は小屋の外へ歩いて行く。
大丈夫かと気になって女の子の目を見てると女の子がこちらをチラリとみて少し申し訳なさそうな雰囲気を漂わせた。
悪意は無いし、無理してるわけでは無さそうだけ凄く嫌な予感がする……
そうして小屋の外に出ると周りは結構明るくなっていた。
今までは小屋の中しか見れてなかったからあまり実感がわかなかったけどこうやって広い庭やお屋敷を 見れば偉い人の家だってことが……
「それでは失礼いたします。走行中はなるべくお静かにお願いします」
「んんんんんんんんーーーーー!!??」
女の子が注意する言葉を投げかけたと思うと周りの風景が急に吹き飛んだ。
って、え? ええええ!?
どれくらい早いのかは分からないけど風景が流れていく感じは車と同じように感じる。
明らかに体格が子供な子が自分を抱えたまま凄い速さで走り始めている。
驚いてるのも大いにあるけど、正直、怖くて悲鳴が止められない。
「すみません。胸中お察ししますがここはまだ周囲に使用人がおります。声をお控えください」
「んんっ!?」
お察し出来てないよね!?
必死に叫んだ抗議の声はさるぐつわのせいで全く意味のない音に変わる。
そうこうしているうちに私たち……というか女の子は林の中へと突入する。
林の中でも彼女は少しも足を緩めない。
頭の上や足の少し先を木が通り抜けていくのを見えてすごく怖い。
何故か幹どころか枝の1本ですら私の体に当たらないけど怖いものは怖い。
「んんんんんんんんんん!!???!??」
「……もうしばらくで木立を抜けます。もう少しだけ御辛抱ください」
顔を真っ青にして意味もない悲鳴を上げ続ける私を見て罪悪感が沸いたのか女の子が励ますようなことを言ってくれた。
いや、待ってスピード上げないで!? 怖いから!?
走ってるだけのはずなのに木の傍を通りすぎると、なんかブンブン言ってるから!?
もちろんそんな私の思いは伝わらず、女の子はむしろ足を速める。
「ここから先は少々揺れます。振り落とされないようにしっかりとおつかまりください」
あ、そういえばあんまり揺れてない。
風も何故か感じない。
そういうこともあってなおさら車みたいに感じたのかもしれない。
悲鳴を上げながらも混乱し切って、一周回って、逆に冷静になった頭でそんなことを考えていた。
でもここから揺れるってことは障害物か何かあるのかな。
気になって前の方を見ると茶色い木と木の間に何か灰色な物があるのが見えた。
それは近づいてきて木がまばらになってくるにつれて視界全体を覆うようなその巨体を見せる。
具体的に分かりやすく言うなら、壁だね。
ちなみに、女の子は一切スピードを落とさずに走り続けてる。
「んんんん!!?んんんん!!!!(ぶつかる!!?ぶつかる!!!!)」
「では、参ります」
もう壁は目の前、もうダメだと思って目をつむったとこで女の子の冷静な声が聞こえたかと思うと、ダンっと力強い音が聞こえた。
次いで、ふわっとするような浮遊感がした。
いつまでたっても痛みを感じないのを不思議に思って目を少しずつ開けてみると、目の前にあった壁は消え去り、夜明け前の深い青に染まる星空が見えた。
驚いて周りを見てみると近くには灰色の石で出来た家並みやその下の道が見え、どんどん後ろへと流れていく。
どうやら女の子は町の屋根の上を走ってるみたい。
え? いつの間にここまで来たの?
まさか魔法か何かを使ってここまで来たとか?
「もう少しで到着いたします。ご準備のほどはよろしいでしょうか?」
よろしくないからちょっと待って!?
心の中で抗議しても女の子には当然届かず、完全に混乱してる私を置き去りに事態は進んでいく。
灰色の多かった街並みがあるところを境に茶色へと変わる。
女の子の足音もそれまでの固いものを踏むような音から、空っぽの木箱の上を歩くような軽やかな物に変わった。
町全体が少し臭うようになって、この時間なのに下の通りにちらほら人を見かけるようになる。
よく見ると街並みが流れていくスピードが少しずつ下がってる。
女の子が少しずつ速度を落としているみたい。
そして最後には家と家の間の路地飛び込んで、軽い音と共に地面に降り立った。
「ここまでくれば追及を受けることは無いでしょう。慣れない強行軍お疲れ様です」
最初は突然飛び降りたのと、何事もなく着地したのに驚いて声も出せずにぼーっとしてたら女の子に声をかけられた。
我に返って降りようとすると女の子は優しく地面に降ろしてくれる。
改めて地面から屋根の上を見上げてみると、二階建てとはいえ結構高い。
こんな高さのところまで登って、飛び降りてきたのかぁ……
異世界の女の子って凄い。
そんな風にぼーっと見てたのが不思議に思われたのか声をかけられた。
「如何なさいましたか?」
「う、ううん。そっちこそお疲れ様。って、あれ?」
普通に声を出せた。
目線を屋根から戻して、ペタペタと顔を触ってみるとさっきまであったサルグツワはなくなっていた。
いつの間にか外してくれたんだろう。
本当に異世界の女の子ってすごいなぁ……
尊敬の籠った眼を向けると女の子がうつむいた。
うん? なんかどんよりしてきてる?
「……私が怖いですか?」
「え?」
怖い……? どうして……?
尋ねる女の子の声はか細く、震えていた。
何が何だか分からないけど女の子はまるでそこだけ雨が降っているかのように立ち尽くしていた。
「? 私は「私が案内できるのはここまでです。見覚えのない技能と裏路地には十分お気をつけて。それでは、貴方のご健闘をお祈りしております」
「あ…… 待って!!」
女の子は私の言葉を遮って一方的にまくしたてると、逃げるように大きく跳び上がって屋根に着地してすぐに見えなくなっちゃった……
突然のことに反応なんてできなくて、遠ざかる背中に向かって手を伸ばした時には女の子の姿は見えなくなってしまっていた。手を突き出したまま行き場を失った手を、胸元に引き戻した。
追いかけようにも道なんて覚えてないし、私じゃまず戻れないからどうしようもない。
そもそも引き留めようとしたもののどんな言葉をかけたらいいかなんて全くわからない。
心が諦めに向かおうとする中、彼女が逃げていく前の雰囲気が頭に浮かんだ。どんな表情をしていたかは分からないけど、絶望していて悲観していてそれでも少しだけ私に期待してた……ような気がする。
……確かに私に何ができるかは分からない。そもそも名前も知らないあの子に会うことが出来ればいい方なのかもしれない。
でも、頼られたら助けるのが私のルール。それを曲げるつもりはない。
出来れば助けたい……けど、さすがに今すぐはちょっと無理かな。
こっちも余裕がないから何も出来ないかもしれない。
というかこのままだと行くところもないし、頼れる人もいないし、お金も今あるの使ったら手に入らないし……
「あ、これ思ってた以上にピンチじゃん」
今までファンタジーとかなんとかで頭が一杯になってたけど、そんなことより割と現実的なピンチが目の前にある。
さっきもらったお金でバッグはずっしりしてるけど……これがどれくらいなのかもわからない。
バッグを開けて袋を開けてみるとコインがじゃらじゃら入ってる。ちょっと手に取って見てみると、複雑な模様が入っているのは同じだけど一つ一つの大きさとか色とか重さがかなり違う。
よく見てみても分からないなぁ……
でも、元々学校の制服だし1万円もしないよね?
となると、こう見えてあんまりないのかもしれない。
それでもこれは今のところ私の全財産だから大切にしないと。
周りの人…… はいないけど、急いで袋を閉じてバッグの奥に大切に仕舞い込んでもう一度バッグを背負い直す。
うーん…… どうしよう……
あの子のことを諦める気はさらさらないけど今はとりあえず自分のことを頑張らなきゃ。
そう気持ちを切り替えながら表の通りへと歩いていく。