高瀬莉音について
第1章 つづき
<Side:高村みなみ>3
コンコン
部室にある目につくものすべて、床にたたきつけた後だった。
部室のドアをノックする音がする。
はあいどうぞ、なんて言える気分じゃない。
どうして?なんで?なんであたしはうまくやれないんだろう。
なんであの子はうまくやれるんだろう。
莉音は真面目だし、成績もいいし、中学から始めたと聞くテニスだって今は伸び盛りだ。
友だちとだって上手に付き合えてる。
なのになんでなんだろう。なんでこんなにあたしはもやもやしてるの?
テニス歴は小学校からやってたあたしのほうが長いのに、
後から始めた莉音が今やあたしを負かすかどうかという実力だ。
あたしには、テニスしかないのに。
キイ、とドアが開いた。
部室に入ってきたのはお姉ちゃんでも冴子でもなく、莉音だった。
「なんで来たの」喉から声を絞り出して問う。
そのまま力を出し切って、あたしは壁にもたれながら座り込んだ。
「タオル、忘れちゃったから。」
いくら癇癪もちだからって、鍵付きロッカーには手を出さなかったことに気づいたのか、
彼女は自分のロッカーからタオルを取り出すと、こっちをじっと見た。そして言った。
「隣、いい?」
「・・・勝手にすれば。」
散々ものにあたったから流石に体が疲れている。
気持ちがもやもやする原因の一つが自分に近づいてくるというのに、逃げ出すこともできない。
「・・・冴子に部室で暴れるなって伝言でもされてきたの」
「そんなこと、サエはいってなかったよ。私が少し休憩したいだけ。」
凛としたソプラノ声が落ち着き払ったように言う。
そしてちょっとだけ、彼女は息をついて、あたしの隣に座った。
体育館からいろんなボールの飛び交う音が聞こえる。
キュッキュと鳴るシューズの音。ピーという笛の音次に迎えるプレイヤーたちの声かけ。
外からはプールのカルキ臭だってするし、飛び込み音も聞こえる。水泳部だろうか。
体が鉛のように重たくて、頭もガンガンするほど重たくて、
あたしはしばらくぼんやりしていた。
「みーみはさ、大丈夫なんだと思うよ。」
不意に莉音が呟いた。
え、何言ってんのこの子、あたしの何をわかって、そういってるの。
大丈夫って、なにが? 何の保証があってそんなこといってんの?
余りに急に言われたから、咄嗟に出そうになる言葉ももつれてうまく言えない。
もつれて出てきそうになるのは言葉だけじゃなくて、目から落ちる涙も、だった。
わけもなく、いやないわけじゃないけど、でも、
わけもわからなくなりながら、でも何も言えずに、代わりに涙が一粒、また一粒とおちてゆく。
最初は大きな粒がぽたぽたと落ちていったけれど、
いつしかそれは繋がって流れていくようになった。
莉音は何も言わずに、ただ頭をぽんぽんとたたいてくれた。
それに呼応するように、あたしの嗚咽も止まらなくなった。
こういうふうに、心を溶かしてくれる人って、はじめてだな。
泣いている一方で、そんなことを客観的に感じて、
少しだけ恥ずかしくなった。
ミンミンとセミが鳴いている。
夏はやっとこれからみたいだ。






