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黒と白の旅  作者: 黒夢
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邂逅

俺の人生は真っ黒だ。

故郷はとある貧民街、親の顔も知らずその日を生きるためならどんなことでもやった。盗み、誘拐、殺人、犯罪を犯さない1日などなかった。19歳になった頃、たまたま酒場で知り合った傭兵の誘いで傭兵団に入った。命を金に換える危険な仕事だったが、食うものには困らなかったため苦ではなかった。しかしある戦場で部隊は全滅し、なぜか俺だけが生き残った。行く所も帰る所もなく俺はまた独りになった。あてもなくさまよう旅をする以外に俺には選択肢はなかった。


ーーー数年後


砂漠地帯。世界地図の3分の1を占めるこの地帯には人が作った道路が1本だけある。しかし過酷な環境のため利用するものなどまずいない。その道路を、1台の大型バイクが猛スピードで疾走していた。

「♪♪♪」

軽快なメロディーがバイクに備え付けられたラジオから流れている。そのバイクに跨がっているのは黒髪短髪の人相の悪い、兵隊の認識表を首にぶら下げた日系人だった。

「・・・・景色が全く変わりゃしねえ」

彼がこう言うのも無理はない。前の街を出立してもう3日ほどになるが目に写るのは砂と延々と続くコンクリートの道路だけでは飽きていても不思議はない。

「この道路、確かに便利かもしれねぇけどな、いくらなんでも長すぎんだろが」

ぶつぶつと男が文句を言っていると、バイクのメーターから電子音が鳴った。

「あ~ちくしょう、またガス欠かよ。」

男は路肩にバイクを停め降りる。

「次で最後のポリタンクか、それまでに次の街に着かねぇとこのデカブツを引きずって砂漠を歩かなきゃならねぇ。」

そんなことは絶対に避けたい、そう男が考えていると少し離れた場所から何かが近づいてくる音がした。

「ちっ、またかよ。」

男は悪態をつきながら懐から黒の拳銃を取り出した。拳銃と言っても、そこらに出回っているような一般的なものでなく、明らかに個人的な改造が施された漆黒のリボルバーだった。

「まあ丁度いい、これで今夜の晩飯にゃ困らねぇな・・・・お!おまけに今回のはデカくて食いごたえがありそうだ。」

砂を掻き分けて、というよりは泳ぐように男に近づいてくるのは魚、というにはあまりには巨大な怪物だ。見た目は魚だがその凶悪な歯は肉食獣を思わせるほどだ。

「ーーー!!」

鳴き声なのかすら分からない奇声を発しながら近づいてくるその怪物魚に対し、男は確かにこう言い放った。

「わざわざ食われにごくろうさん。」

バンッ!!!

銃声がなると怪物魚の体には大きな風穴が空き、そのまま沈むように倒れた。人どころか大型ダンプすら飲み込めそうな怪物は1人の男の放った弾丸によってあっけなく倒された。

「よし、晩飯確保っと・・・・ん?」

男が満足気に魚を見ていると死骸の一部がモゾモゾと動いていることに気づいた。

「なんだ?やつの飲み込んだもんがまだ生きてたのか?」

男は近寄って動いているものを確認しようとする。するとそこには、白い肌、白い髪の少女がいた。

「・・・・ああ、こりゃあ・・・・面倒なものを拾っちまったかもしれねぇなあ。」

元傭兵の男と白髪の少女。この2人の出会いが、やがては世界を揺るがす壮大な物語の始まりとなることは、まだ誰も知るよしもなかった。


ーーーー砂漠地帯 夜


「お前、名前は?」

焚き火の前に座る白髪の少女に男はそう尋ねた。少女はあれからすぐに目を覚ました、しかし。

「・・・・」

夜になるまでの今まで一言も話そうとしないのが現状だ。

「・・・なあ、別に取って喰おうってわけじゃないんだ。助けた礼が欲しいわけでもない。せめて名前だけでも教えてくれよ。」

「・・・・」

(ダメだこりゃ。話そうとするどころか目を合わそうとさえしねぇ。ただひとつわかることと言えば)

「ハンパねぇ食欲の持ち主だってことだな。」

男は呆れたように振り向きながら呟いた。男の視線の先には、巨大な魚の骨があった。先の巨大な怪物魚、下手をすれば小さな村落1日分の食料になりそうな魚を、この少女はほとんど1人で平らげてしまったのだ。

「呆れ通り越して感心するレベルだな、まったく。」

男は再び少女に向き直る。なぜか少女は誇らしげに胸を張っている。

「言葉は通じてるようだな、なら安心だな。あとは名前を教えてくれれば嬉しいんだが?」

男がそう言うと、白髪の少女は初めて口を開いた。

「・・・ナマエって何?」

「は?」

少女の返答に男は思わず間抜けな声をあげてしまった。返答してくれたことにだけでなく、まさか質問に質問で返されるとは思わなかったということもあるが、何よりそんな質問をされるとは思わなかったからである。

(おいおい冗談だろ、コイツ今までどんな人生送ってきたんだ?名前がないってことは奴隷か、いやしかしいくら奴隷でも最低限呼び分けるために番号か記号くらいは振られるだろ普通。)

男は驚きのあまりしばらく考え込んだ。

(とりあえず質問に答えてやるか)

「あ~、名前っていうのはそいつ個人を分かりやすく見分けるための記号っていうか、印みたいなもんだよ。」

「・・・じゃあ、あなたの名前は?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」

男はしばらく絶句してから、再び間抜けな声をあげた。

「だからあなたの名前は?」

簡単な質問だ。自分がさっきこの少女にしたごく普通のありふれた質問。しかし、男は答えられなかった。その名前を口にしたら思い出してしまうから。辛く暗い己の過去を。

「・・・・いや、すまねぇ。俺は名前を捨てた身でな、名乗ってやることは出来ねぇんだ。」

考えてみればごく自然な会話だった。他人に名を訊ねればあちらからも訊ね返されるに決まっている。なぜそんな簡単なことに思い至らなかったのだろう。

(まだ俺も、捨てきれてないってことなんだろうな。)

男は思わず苦笑した。そんな男を見ていた少女が突然こんなことを言い出した。

「名前ほしい。私、自分の名前がほしい。」

その言葉に男はまたも驚いた。そんなことを頼むような人間には見えていなかったからだ。

「だったら自分で考えて名乗ればいい。」

「ううん、あなたに名前をつけてほしい。」

男は再度驚いた。これまでの人生のなかで、名前をつけてほしいなどと頼まれたことなどなかったからである。

「・・・・なぜ俺に?」

少々間を置いて男は答えた。

「だってあなた、私の命の恩人だから。私は名前を、あなたからもらいたい。」

「・・・・ほとんど理由になってねぇよ、それ」

男はまた苦笑した。しかし今度の笑顔は、とても嬉しそうなように少女には思えた。

「分かったよ、俺がお前の名付け親になってやる。」

「ありがとう、オジサン。」

ピシッ!

一瞬、男のなかの何かにヒビが入った。

「おいまてコラ!なんだオジサンって!!」

男は思わず怒鳴った。余程ショックだったのか悲しそうにさえ見える顔をしている。

「だって、名前を捨ててるんじゃそれしか呼びようがないもの。それとも昔の名前、教えてくれる?」

「うっ、いやそ、それは無理だが・・・・、だがいくらなんでもオジサンはねえだろ!俺はまだ20代なんだぞ!」

「私から見ればオジサンよオ・ジ・サ・ン。っていうか、20代ってサバ読んでない?下手すれば40代にも見えそうなんだけど。」

「んだとコラァ!!!」

男と少女はそのまましばらく言い争った。それから疲れるように眠ったが、眠る直前、男は少女がさりげなく口を利くようになっていたこと、少女の口調が途中から砕けたものになっていたこと、そして名前を考え忘れていたことに気づいたのだった。


ーーーーー砂漠地帯 早朝


「おはよう」

少女は目を擦りながら、先に起きていた男に挨拶する。

「おはようさん、白」

「お腹すいたから何か食べさせてくれな・・・ん?」

男の今の言葉に少女は疑問を持った。

「どうした?」

「いや、今挨拶のあと何か言わなかった?」

「お前さんの名前だよ、『白』。特徴捉えてて覚えやすいだろ?どうだ?」

「どうだって言われても・・・・」

少女は少し困った顔をして、

「名前を考えてくれたことには感謝するよ、ありがとう。でも正直に言うと・・・・安直すぎない?」

「なっ、それはねえだろ!?頑張って考えたんだからよ!」

予想していなかった反応に驚いたと言わんばかりに男は叫んだ。

「落ち着いてよ。悪いとは言ってないんだから。じゃあ今度は私の番ね。」

「なんのだ?」

「私があなたに名前をあげるのよ。名無しだと呼びにくいし、オジサンて呼ぶと怒るし。」

「当たり前だ!」

「じゃあ、考えるね。うーん。」

そうして少女は座り込んで名前を考え始めた。腕をくんで首をかしげ、うーんうーんと唸っている。

「・・・・おいちょっと待て、これもしかしてコイツが考えつくまでここ動けねぇの、俺?」

男のその呟きは、考えに没頭している少女には届かなかった。


ーーーーー数時間後


「よし、決まったわ!あなたはこれから『黒』よ!!よろしくね、黒!!」

退屈を持て余し、銃の手入れをしながら待っていた男は立ち上がり、その言葉に対して叫んだ。

「散々人を待たせた挙げ句に出た答えがそれか!!!つーか、安直なのはテメェも同じだろうが~~~~!!!!!」

男の、いや『黒』の叫びが砂漠地帯に響き渡ったのだった。


ーーーーー閑話休題


「まあ、名前はひとまずそれでいいだろ。お前は?」

「異議なし。また喧嘩になっても面倒だし、呼びやすいしね。」

少しの言い争いののち2人は納得した。というよりは妥協したと言うのが正しいのかもしれないが。

「で、これからどこに向かうのオジサン?」

「ああ、それは・・・・って待てやコラァ!?」

黒は白の思わぬ発言に驚いて叫んだ。

「さっき名前で呼び合うの了承したよな!?なんで舌の根も乾かねぇうちにオジサンよびにもどしてんだ!!つーかテメェは1日に何回俺を叫ばせれば気が済むんだ!?」

「別に狙ってる訳じゃないよ。でも叫んでる黒は好きだよ。なんか第一印象は生ける屍って感じだったけど、今の印象は明るいオジサンになってるしね。」

このとき黒は衝撃を受けた。好きだよと言ったときの白の笑顔にである。これは初めて見たからというのもあるが、何よりそれがとても可憐な華のようだったからである。

(コイツ、笑えばかなり別嬪じゃねぇか。もったいねぇなあ、もっと笑えばいいのによ。)

黒はそんなことを考えながら同時に別のことも考えていた。

(そうか、俺、まだ笑えたんだな。部隊がなくなってからはずっと1人だったからな、そんなことにも気づけなかったんだな。)

そして黒は話ついでに白にも質問をしてみることにした。

「白、そういやお前はいくつなんだ?」

「え?15だけど?」

「若っ!ってか未成年かよ。どおりでガキくせえわけだ。」

「オジサンくさいよりマシよ。」

「だからオジサン言うな!」

「それよりさ~、どこ行くかって話に戻りたいんだけど?」

白に言われて黒も我に返る。そうだ、そういえばそういう話をしようとしていたのだ。

「まあ、一先ずは道なりに進むしかねぇかな。そうすれば町には着くはずだからよ。」

「だよねー。砂漠の中を進むなんて自殺行為だし。」

そう、2人がいるこの砂漠地帯は先に出てきた怪物魚で分かる通りただの砂漠ではないのだ。化け物という表現が大げさではない生物の生息地帯となっているのである。事の始まりは50年前に起きた”大暴走”である。名前の通り地球が暴走した。地震、火山噴火、津波など、世界各地でほぼ同時に超規模の自然災害が発生した。原因についてはほとんどわかっておらず、様々な憶測や推測が飛び交い神の裁きなんて妄信している者もいる。兎にも角にもその”大暴走”によって、人口は当時の3割程度になり文明のほとんどが砂に沈んだ。"大暴走"直後は海となっていた部分が長期にわたる乾期によって砂漠化したのである。そして、その地帯ではこれまで確認されていなかった生物や植物が確認されるようになった。環境の大幅な変化に伴い、動植物もまたその環境に適応するために突然変異したというのが現在の学説である。そのため、砂漠地帯にある道路を横断するのは軍隊か黒のような腕に自信のある者だけなのである。

「次の町はミルムという名の町だ。交易で栄えてると聞いたから、物資の補給は簡単だろう。まあ、治安に不安がないわけでもないんだが。」

そう、人が集まればそれだけ問題も起こるものだ。これから向かう町も絶対に治安が安定しているとは言い切れない。こんなご時世ではなおさらである。

「まあとりあえず行ってみるしかねえか。ここにいても野垂れ死にしちまうしな。」

「おいしいものあるかな~。甘いもの食べたいな~。」

「お前といると財布が死んじまいそうだな。少しは加減してくれよ。」

「努力します。・・・・たぶん。」

「おい、たぶんって聞こえてんぞ!」

(しかしこいつ、本当によく喋るようになったな。ほんの少し前は口を開くのも億劫な感じだったのによ。本当に何なんだこいつ?)

黒がそんな疑問を抱くなかで、当事者である白は町に着いてから自分が食べたいと思うものを真剣な表情で考えていたのだった。

「よし、じゃあ出発するか。お前は後ろに乗れ。」

黒はバイクに跨りながら白に言った。

「ようやく出発か~。なんか無駄にここに長居してた気がするね~。」

「いやお前が俺に名前つけるつって長いこと考え込んでたのが原因だからな!?なんで俺が悪いみたいになってんだよ!」

そんなやりとりをしながらも2人はバイクに乗って出発した。この先に待ち受ける奇妙な運命のことなど微塵も知ることなく。


                                        邂逅編 了


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