2999年12月31日
辺りは白かった。眩しい…というよりは、そこには何も無い。そんな白。それだけはなんとなく解る気がした。
「何もない」の色はずっと黒だと思ってた。でも、真っ白だった。
意識があるかどうか、それが白か黒かの境目なんだろう。
なんて、つまら無い事を考えていた。
「風が肌を包む優しさを君は知らないんだね。」
何も無いはずの空間とは、関係なく頭に直接声が聞こえる。
「ほら、空は青いんだ」
記憶を探しても見つからない声で。
「君の意識は誰のものなんだい?」
冷たい声が意識に刺さり、不気味な口元が鮮明に脳裏に浮かぶ。そしてその声は心を寂しくさせた。
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「ゔぅぁあっ!」
『ひゃっ』
一気に覚醒した意識に頭は起きた事を理解できず、ワンテンポ遅れて鼓動を早くさせ頭に血を送らせた。
「なんだか怖い夢だった。。。っけ?」
いい夢も悪い夢も、起きた時の衝撃で内容はいつも頭から飛んで行ってしまう。
10:47
「ぁあっ…!!」
不意に視界に現れた時計のディスプレイが、夢の内容を思い出そうとする意識を引き剥がした。
睡眠からの覚醒に反応し、暗かった部屋が徐々に明るくなる。
「あうと、あうと!これギリギリアウトのやつ!!」
飛び起きて寝間着を脱ぐ。それをベッドに投げ捨てて、シャワーに向かう。
「いや、これだと完全にあうとぉ!」
足をとめて、Uターン。シャワーを浴びている時間はなかった。
1Kタイプの白を基調にした明るい部屋。その角に浮かび上がる全身鏡のような縦長のディスプレイを指でタッチし始める。
「今日はワンピースー♪じゃなくて制服だた、だった!」
強めにスワイプして流れる服の画像を狙いを定め止める。
「あったりー!」
隣の開けっ放しのクローゼットに彼女の指先が捉えた服が現れる。
急いで着替えをすませ、鏡に顔を近づけ身支度を始める。目にかかる前髪を留めて、緩くウェーブのかかる燻んだブロンドの髪を手ぐしで整え、鏡の中の自分をキュッと見つめる。
「早い、早い!ギリギリセーフかもっ」
浮かぶ時計のディスプレイを確認すると焦っていた顔に余裕が生まれる。
『あのーおはようございます、エリカさん? 朝食どうしますっ?』
鏡に映る彼女の顔を覗きこむ人影に視点が合った。
「あーーーっ!もぅ、なんで起こしてくれなかったのぉ!!アテナひどい。ひどいよ!」
『お、起こしたわよぉ!でもエリカがあと10分っていったんじゃないっ』
「きぃーーーーー!」
聞こえたのは、彼女のパーソナルAIの「アテナ」の声。
一人暮らしが始まった1年前からの付き合いである。 薄く緑がかったアッシュの髪。トパーズを埋め込んだような深い黄色い瞳。売り出しは「メイド」だったが、すっかり友達感覚でいる。
そして、寝坊して逆ギレをしているのがエリカ、唐草 絵里花。
大晦日も寝坊で始まってしまった、この街で一人暮らしをしている学生。
どこか似ている二人の原因は、同じ髪型なのが要因のひとつだろう。
「まぁ、起きない私が悪いんだけどっ。」
いつもなら、しっかり起こしてくれるアテナ。しかし、疲れて帰ってきたりすると、エリカの「あと10分」のお願いを聞いてくれる。でもあまりにそのお願いが続くと、「朝食を抜けば間に合う時間」には必ず起こしてくれる。 起こそうか悩んで寝顔を覗き込んでくる彼女の困ったような顔をうっすら覚えているので、エリカは素直に自分の非を認める。
『エリカのそういう素直なところ好きよっ! ご飯はどうする?』
「私もこんな自分が好きですよっ。ご飯はいいや、ちょっと時間間に合わないかもだし。だし…」
『かしこまりー。予測到達はねー、歩いても予約スワロウ発車の5分前くらいだよー』
「ありがとう、あとはよろしくねアテナ。」
首元のリボンをキュッと締めて、赤いリボン止めをつける。中央には黄金の校章が輝く。
『科学技術が進んでも寝坊だけは直せないのねぇ。今日は人が多いみたいだから、気をつけて行ってらっしゃい!』
フフッとわらい、アテナは玄関に向かいながらピアスをつけているエリカに手を振り見送る。
「私は科学じゃ解明できないんだからっ!行ってきます!」
かなり大きいブカブカの真っ白な靴に足を入れ、側面の光沢部分に触れると、徐々に収縮するように色と形が変わりエリカの足にフィットしていく。その変形が始まると同時にエリカは「あっ」と小さく声を上げた。先ほど行った服の設定時、靴の設定を忘れた事を思い出したのだ。
しかし、靴は履きなれた通学用のショートブーツに変形した。昨日履いていた靴のデータから、書き換えられていた。その犯人がすぐ思い当たったエリカは、笑顔で立つアテナに振り返り
「いつになったら、アテナの事を抱きしめられるのかなっ?」
と嬉しさいっぱいの顔で返す。
そのエリカを見たアテナは、目を輝かせ『ぃやぁーー!っもう!』と悶えながら、エリカの腰付近に飛び込んだ。
「ひゃぁ!」
声をあげ、ぺたん。と玄関に座り込んでしまうエリカ。ARのアテナは実体が無いので衝撃は全く無いがエリカの体を感知しているので通り抜けはせず、尻もちをついたエリカのお腹あたりに顔を埋め、言葉になら無い声を上げている。
エリカが驚きから戻っても、顔を離さないアテナ。そんな彼女を優しく見つめて頭を撫でようとする。感触はないものの、「頭付近を触られた」と処理されるのだろう。アテナはくるっと顔を上げ、トパーズ色の目にエリカを写す。
『お金貯めていただいてアテナに体をくださいませ、そうすれば至れり尽くせりどこまでもお世話させて頂きます候』
どこまでも真剣な眼差しで、でも片言の変な日本語で無理なおねだりをしてくるアテナ。
ヒューマノイドにアテナをインストールすれば、今目の前に映るアテナは実体を伴うAIとなるが、とてもエリカのお小遣いを貯めて買える値段じゃなかった。
「どこからそんな日本語習ってくるのー?もー遅れちゃうでしょぉ!」
『大丈夫です!このスキンシップを含めて、5分前にはつきますよっ!』
「はぁー。」と息を長く吐き、指を頭にあてる。しかし、擽られてるように口は自然と微笑んでしまう。
「もお、いってきますね! アテナのそういうあざとい所好きよっ!」
アテナに抱きしめられたまま立ち上がり、スカートをはらう。
『アテナもこんな自分が大好きっ!行ってらっしゃい! お家の事終わったらセクレタにもどります』
ようやくエリカから離れて、メイドらしくお辞儀をしてみせる。
「うん、待ってる!鍵だけよろしく!」
そうお願いして、エリカは振り返り玄関をでる。
玄関が閉まるのを音で確認すると、顔を上げるアテナ。
「よしっ」と服をエリカとお揃いのパジャマからデフォルトのメイド服に戻すと、家事に取り掛かった。
日がすっかり上がった漸く見慣れた街。
年の瀬で、街に出るまでは誰も居ないのではないかと思うくらい静かだった。
自分の息遣いがはっきり聞こえる。
一本角を曲がり大通りにでると、遠目に駅、その手前に人混みを視界に捉える。
「だから、東京は嫌なんだ。もぅ。」
静けさと喧騒の壁を見つけてしまい、それを避けるように目を細め空を見上げる。
「やっぱり昨日のうちに移動するべきだったなぁ。ギリギリアウトかも。」
息の多い小さい叫びをあげ前を向き直ると、エリカは東北にある実家へ呼び出した両親の顔を思い浮かべた。
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2999年12月31日。
世界先進国の中でも早く新年が訪れる日本。
それに合わせて、世界中から、ここ東京エアーホールシティに人が押し寄せている。
現在、世界は2800年頃から先進国を中心に「新京都議定書」に則り、地球資源と動植物の再生に向けて、人類の住居範囲を決めた。決められた区画をカプセルで覆ったようなドーム型の都市「エアホールシティ」に移り住み、日本は全9都市ある。北海道、東北、東京、中部、大阪、中国、四国、九州、沖縄。
日本人口は最も多かった時と比べれば4割ほどに減ったが、AIやVR,AR,MR関連の技術が上がり生産性は過去最高値を記録。 依然として、先進国をキープしている。過去にあった移民政策のため、純日本人は人口の3割もいないとされている。
エアーホールシティの外は、一般人は勝手には出られない。
なので、実質ほとんどの人が「外」を知らない。「外」と言えば、家の外のカプセルの中であるその空間を指す。そして、カプセルの外は「元世界」と呼ばれる様になった。
とは言っても、カプセルの外は特別何があるわけでも、放置されているわけでもない。絶滅した動植物の再生や自然環境の再生。それを目的として、国の研究職員や調査団が手を入れ、管理しながら人類誕生から人類が食いつぶした地球の資源や環境を元に戻そうとしている。
また「カプセルで覆われた都市」というと閉じ込められている印象を受けるが、空は高く星空も見える。空気が淀んでいるわけでもないので閉鎖感は一切ない。
もっぱら生まれてからこの環境だったこの時代の人間にとって、「外」とはこのカプセルの内側をさし、「元世界」についても映像資料が沢山あるし、別の国の事の様にこの在り方に何ら疑問を覚えるものではない。
それによって、現在の教育や働き方も大きく変わった。ここ日本では、在宅中心となった仕事や教育の弊害でコミュニケーション能力が落ちているとし、義務教育とされる12年のうち最初と最後の4年は、国認学校へ通学を義務ずけている。
エリカは2回目の義務通学の期間を機に、東京エアーシティーの学校に進学を決めて学生寮で一人暮らしをしている生徒の一人。 アテナは娘を心配した両親が付けてくれた、AIだ。
冬休みを利用して、来年1月には2年生になってしまうので帰省しようと、最寄り駅で東京エアーシティ最大の駅でもある新宿駅に向かっている。
そして、帰省の理由にはもう一つある。
「制服姿が見たい!」という親の要望通り、今年初めて袖を通したまだ着心地の悪い制服で部屋を出たエリカ。
白いシャツ、白に蒼青のラインの入ったブレザー、学年を表す青のリボンを揺らす。
リボンの中央には、赤く微発光する校章を埋め込んだリボン止め。
白のスカートはスリットが一部に入り、スリット部分にはブレザーと同じように青のラインが入る。
制服のデザインはブレザーなどのパーツは同じだが、クラスによってデザインが違う。
学年が上がるとクラスが変わり、デザインも変わる。
年末の休みが近づくと新クラスの顔合わせと銘打ち、制服のデザイン投票が行われるのだ。
各生徒が学校の制服制作アプリを通してデザインを行い、投票する。
年始の始業前にはクラス毎に、選ばれた制服のデザインデータが校章を刻む胸のリボン止めに送信されて勝手に更新されてしまう。
初年度の制服のデザインはエリカの案が採用された。
が、残り数日でその制服は来年の制服にデータが変わっってしまう。
一年間帰っていなかったので、これが両親へ自分がデザインした制服を披露できる最後のチャンスなのだ。
駅へ急ぐエリカは視界の端に見慣れた名前が点滅しているのに気づくと胸の校章に触れる。
「はろー。うん、今向かってる。そうだね、課題も終わらせないといけないし3日には帰るよ。うん。うん、わかった!うん、またね。良いお年を」
短く会話を終えると、再び襟元の校章に触る。
口内にあった空気を小さく吐き出し、足取りを早める。
エリカが話していたのは同じ学校に通う友達。
目に入れる薄いフィルム、コンタクトレンズのようなものと、エリカの場合リボン止めの校章がこの時代の「ケータイ」に当たるものであり、それを通して会話ができる。
「セクレタ」と呼ばれている生活必需品だ。
家にいたAIの「アテナ」、切符を買うための「財布」、今の着ている制服の「デザイン」といったあらゆる「情報」がこのデバイスに取り込まれている。所持主が生体認証した他のデバイスが近づくとオートで相互リンクする。このコンタクトレンズや家にあるAR装置など、すべてがこのエリカのセクレタに反応して起動している。
操作は意識下、もしくは視界に映しだされたアイコンを指で操作できる。何れにしても、脳波解析による意思の読み取りで動作する。
通話をする際にも「声」に出す必要もないのだが、未だに精度があがらない「思考による会話技術」は、たまに伝えたくない事も伝えてしまうため、エリカはあえて音声通話の設定にしている。
エリカ自身失敗談があるというより、思考認識で会話する相手から、ごく稀にに変な事が伝わってきてしまう体験談によるものである。
急ぐエリカの視界の端に時計が表示される。「何時だっけ?」という思考が読み取られるとオートで表示される。 問題はその隣に表示された駅への予想到達時間。
たった今それが1分増えたのだ。
「急がないと間に合わないかもっ。」
足取りを早めようとするが、大通りに入った所で急に人が増え、背の大きくないエリカは思う様にスピードが上がらない。
「だうぅ。。むむむ」
一番混み合っている繁華街を抜ければもう駅だが、人の熱気で額にうっすら汗をかき始めた。
カプセルシティ内の温度、湿度は暖期と寒期を定め、擬似的な季節を作っている。
天気という概念はなく、ずっと晴れである。とはいえ、雨や雷の音はするし、現在人類が置かれている状況は学校や学習期間中に習うので、天気という現象は知っている。体験がないだけだ。また太陽が出ない曇りの日はカプセルが微発光し光量を調整している。
日本のエアーホールは日本独自のものであり、その快適さと広さ、安全性。さらにシティ内のインフラの充実によって各国の富裕層を中心に移住希望が増え、人口減少に歯止めをかける一因となった事は世界史でも有名な事である。
ガラパゴス化していた日本が一時はそれが理由に経済的遅れをとったが、逆にガラパゴスを極めていった事で多人種が共存する和の国になっていった。リアルタイムでの通訳機能や移動時間の短縮、同盟国間の人の移動に関する規制緩和など、時代背景も後押し、今では一番行きたい国として名を馳せている。
エリカもネットでの動画や歴史の授業で気象はすべて見た事があるが、空から水が降ってくる現象を守るため、世界ではエアホールシティ計画に反対運動があったそうだ。エリカは心の底からその人達が一体何に反対していたのか理解に苦しんだ。
それは、反対運動の動画を見たわけだが、政府官邸前にエアホール化反対を掲げる人々が押しかけていている動画だった。
その動画の中では「雨」が降っていたわけだが、全員が「傘」といわれる雨よけを持っていたり、ビニールでできたパーカーのようなものを身につけて「濡れないように」していた。
知識としてしか雨を知らないエリカにとっては、「雨」は「洋服がぬれてしまう原因」でしかないため、「雨に濡れないよう」にしながら「雨の必要性」を訴えるその動画は幼いエリカには理解に苦しむものだった。
今日は雲ひとつない晴天だ。
「まだ、年越しまで12時間以上あるっていうのにぃ…」
人混みの隙間を縫うように、駅を目指す。
”どんっ”
駅だけを見て進んでいたエリカの肩に人がぶつかる。
「わぁっ、とぉ!すいません!」
体勢を崩しかけたが、軽快に一回転してぶつかってしまった人に向き直り謝る。
「ちょっと急いでいててて。だいじょ…ぅ」
「ですか?」と続けようとしたエリカの視界にぶつかってしまった相手が入ると、今度は声を失ってしまう。
青白い短髪。一瞬男性だと思ったが胸の膨らみが女性のそれだった。
目は灰色で中心にかけて漆黒。肌の白さも相まって穴が空いているようだ。
整った顔立ち。カウントダウンの浮かれた街には合わない黒ずくめの服。オーバーサイズのパーカーのフードをかぶり、ちぎったように左右で長さが違うタイトなズボン。
両腕は重力に引っ張られるように胴体から気怠そうにぶら下がり、左手に木の枝のようなものを持っている。それも何か模様が刻まれていた。
ぶつかった事など無かったかの様に、そこに空を仰ぐような姿勢で立っていた。
そこの空間だけ時差があるように、遅れて顔だけ動かしエリカを視界に捕えてくる。
悲しんでいる様にも見えるし、怒っている様にも見える。そして、何も考えてない様にも見えるその表情でエリカを見つめる。穴ががあいたような漆黒の目で。
「ぅひぃっ。」
目が合うと、失ったはずの声が急に戻り変な音になってしまう。
「あ、あの。大丈夫…ですか?」
変な声がでてしまった恥ずかしさを誤魔化すように質問を取り繕う。
当初の、「ぶつかってしまい大丈夫か。」という意味と、それ以上の含みがある聞き方になってしまったような気がした。
「あぁ、大丈夫だ。こちらこそ悪いな、ボーっとしていた。」
目の空さと違って、芯のある女性の声がした。少し乱暴な口調に感じたが、「すまない」と見せた笑顔と八重歯はエリカの警戒心を解くには十分だった。
「よかった!こちらこそすいません。駅に向かうのに急いでいて。すごい人で嫌になっちゃいますよね、まだ午前中だっていうのに」
勝手に警戒してしまったが、そんな心配も杞憂に終わった。
「あぁ、そうだな。本当に嫌になってしまう。こんなにたくさんの人を見るのは初めてだ」
「はじめて東京きたのかな?」と思いながらも、キョロキョロと辺りを見回し始めるお姉さんをみた。
「2000年代最後の日ですからねぇ。 沸き立つものがあるんじゃないですかぁねー」
一緒に辺りを見回しなががらエリカがいうと、お姉さんの視線が自分を見つめていることに気づく。
「なるほど。だから、こんなに人が。」
手に持っている木の枝のような物でフードの隙間から頭を掻き、小さいため息を漏らす。
「お姉さんもカウントダウンにいらっしゃったんじゃないんですか?」
カウントダウン以外で今日この渋谷にいる人もいるんだ!と単純な驚きであった。
上目遣いで聞くエリカに、目を丸くして驚いた表情のお姉さん。
長めの前髪を弄りながら、「んーーーー」と考えこむ。
「もちろん3000年を迎える為にきた。 だから、そうだな。 カウントダウンに来た。うん、そう言っていいだろう」
遠回しな言い方だったので、2秒ほど思考は巡らせたエリカだが「カウントダウンに来た」とだけ処理された。なので、最初に持った「今日が大晦日だと知ら無いような口ぶり」への疑問もその処理過程で流れてしまった。
「私も今から両親に呼び出されて仙台まで行くところなんです。向こうはもっと人が少ないといいんですけどね」
ハハハッと乾いた笑いを浮かべながら同じように頭を掻く。
「そうなのか、それは引き止めてしまってすまなかった。ご家族も早く会いたかろう。 仙台とは確か…ここより北だったな。あちらにも私の知り合い…家族のような奴がいる。とてもいい場所だと聞いているよ。きっとここよりは混乱も少ないはずだ。」
初めてみた印象からは想像ができないほど、声は優しく、漆黒の瞳孔にもやわらかさを感じられるくらいの綺麗な表情だった。
「混乱」という言い回しはなんか違う気がしたが。
「はい、ありがとうございます!きっと東京は夜にはもっと人が増えると思いますけど、楽しんでください!混乱?的な意味だと東京の方がすごそうなのでっ!それでは、よいお年を過ごしてください!」
そういって、軽くお辞儀の後、大きく手をふって向かっていた駅の方に歩き出す。
娘を見るような笑みを浮かべ、片手をあげ小さく手を開閉しながらお姉さんもエリカを見送る。
「名前くらい聞いておけばよかったかな。」
そう呟いて鼻を鳴らすエリカ。
先ほどまでその女性が見上げていた空を視界の上にいれる。
そこには相変わらず快晴の空が広がっていた。
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やっとの思いで駅に着くと、そこは人がどんどん溢れてきていた。
「うげー、ジャンジャンバリバリー」
げんなりする心を、意味は知らないが語呂が好きな言葉で紛らわし、足取りにもリズムをつける。
自分の乗るスワロウへの案内が視界上で進んでる。黄色く浮かび上がる矢印にそって行けば最短で乗車口に行ける。
暑さと熱気で、手で押さえただけの髪が湿気で広がってしまうんじゃないか気にしながら、表示される案内を人を避けながら進む。
『お、間に合いそうじゃないですかー!ただいまですっ』
聞きなれた音声が聞こえてきた。
「あぁ。はぁ。はぁ。おかっ、はぁはぁ、えり!」
体力のなさは自信があるエリカ。もう息がっている。
『はーい、服の通気性マックスはいりましたー!』
声の主はアテナ。 ただ、家のようにARの装置が無いので音声だけだ。
それも、サイレントボイス機能。つまり頭の中で会話できる。
エリカは望んでこの機能を使う事はないのだが、一人でいるのに誰かと喋っている声に自分が話しかけられたのかと思い答えてしまった経験もあって、いつも一緒にいるアテナとだけはこの機能を使う。
部屋の掃除と戸締りを頼まれていたアテナ。 家電や家具を操作して、掃除洗濯と食料の整理をして戸締りをした後に、自身をエリカのデバイスに送った。
「ひゅーーーすずーーーふえーーーー」
肉眼では見えないが、服の網目が大きくなり通気性が上がったエリカの制服。体に張り付いていた湿気と熱気が一気に抜けていくのを感じる。
『もう、ご自身でちゃんと使いこなしてくださいませっ』
「はぁい、ありがと。ヒェーー暑かったよー」
ようやく、自分の乗るスワロウにたどり着くと乗り口に手を当てる。発車5分前だ。
一瞬光った扉が開き、視界に「2−A5」と座席の番号が映し出される。先ほどと同じ案内の矢印がエリカを席まで導く。
「あった、あったった!」
座席につくなり、手元のリモコンで座席空間の温度を一気に下げた。
普段人混みは避けるように生活しているエリカにとって、あんなに人が集まっている中に身を置くのは初めてだった。
エリカが乗った「スワロウ」という、各カプセル都市をつなぐ乗り物。とてつもなく速いらしいが、乗っていてもそんな事は全然感じない。 スワロウの走る道も筒のように透明の筒で覆われている。走っている最中はクルクルと、その筒の中をスワロウ自体が回ってしまうらしいのだが、ベクトルを制御することにより、スワロウ内で飲み物が溢れるような事は起きない。ただ、外の景色は回ってしまうため、乗り物酔い防止のため、外の景色ではない景色が座席の側面には映し出されている。なんでも、晴天の日に”回らないで”走ると、そういう風景に出会えるらしい。
車内は勾玉型のシートが5列並び、その間が通路になっている
人が座りチケットのデータの入ったセクレタを確認すると、通路から席へ視覚と騒音妨害のブラインドが貼られる。簡易的な個室空間だ。シート内は着席を確認すると頭上から覆うように内側にVR装置を仕込んだモニターが降りてくる。
「久しぶりだな、みんなに会うの。元気かな。」
スカートの裾を直しながら、ベスポジを見つけて頭を座席に完全に預ける。仲のよかった同級生は地元の学校への進学を決めた。 「Vチャ」と呼ばれる仮想空間の部屋で話したり、何時間も通話したりと、離れなければ、なかなか使わなかった機能も楽しめたが、通話を切ったあとに訪れる寂しさが嫌いで積極的には使わなかった。
バーチャルが溢れるこの時代を感じ、リアルの温かみが恋しくなった。
エリカにとってこの1年はそんな事がわかった年だった。
一方で、初めてパーソナルAIをつけてもらって、実態はないものにも温かさを感じれた年でもある。
そんな一年を振り返りながら、最後に出てきたのはアテナとの思い出。シートのAR機能を使い小さく実体化して、目の前で服を選んでいる彼女を見て自然と頬が緩むエリカ。
「そういえばアテナ、結構時間かかったわね。大丈夫だった?散らかしてきちゃったもんね。」
衣装を決めてこっちに振り返るアテナに、申し訳なさそうに聞く。
『んーーーー、いつも通り終わってセクレタには戻っていたんだけどぉ。かっこいいお姉さん?と話していたから出るタイミング失っちゃって』
顎に指を当てながら、少し気まずそうにするアテナ。結局服はデフォルトの黒い細身のスカートスーツに胸元に大きくフリルのついたシャツ、それにこの間おねだりされて買ってあげたアテナの誕生石ガーネット色の大きなペンダントをしている。
「あぁ、そっか。アテナが戻ったお知らせ、お姉さんとの会話に夢中で見逃しちゃったんだ。ごめんね!」
アテナが戻ると視界にお知らせが出るのだ。
エリカも暑さで忘れていたお姉さんを思い出す。
「最初はさー、なんか怖いなっ!って思っちゃったんだけど、すごい素敵で綺麗で美人でかっこよくてっ!名前聞いておけばよかったなー、そうすればなんかまた会える気がするのにっ」
思い出されるグレーの奥にある漆黒の瞳の空さ。 そこだけが話した印象と違っただけで、あとは優しくてかっこいいお姉さんの印象だ。
『話に夢中っていうより、お姉さんに夢中って感じだった!それに名前を知りたい時はまず、自分から名乗るモノなのです!』
人差し指をたて、顔をグッと近づけてくるアテナ。
「はい、私がわるかったですーぅ。 でも、仙台にも知り合いがいるって言ってた!ご家族??だったかな。絶対美人さんだよぉ! 今度こそ会ったら、名前聞かなくちゃね、一期一会!」
目を細め、口を曲げて拗ねてみたのも一瞬で、新しく仙台に戻る楽しみがまた増えた事に一気に顔が明るくなった。
「そういえば、お母さんとお父さんには会うの初めてよね! あんまり変な事いわないでよね!」
エリカの両親も電話はあまり好まず、母手製のジャムやお菓子などと一緒に手紙をしょっちゅう送ってくる。なので、気づけば一年通話もしないままメッセージと手紙だけで過ごしてしまったのだ。
『変な事なんて言った事もなーい!従順なメイドAIでございますよご主人様』
傅いてみせるアテナ。
「まず、主人じゃないし!女の子だからそこはお嬢様だし! あぁ、心配だだよぉ!」
隣でケラケラ笑っているアテナをみて不安が募るエリカ。
先週の話だ。クラスの子とお互いAIを交えてVチャしてた時に、恋話になった。今まで恋などした事ないエリカはどうしても「気になる人」に思い当たる人物が浮かばなかった。
「えー、気になる人って例えばどんな人の事いうの?」
と聞くと
「気づくと目で追っちゃうとかー、考えちゃうとか、無意識に気にしちゃう人?かなー」
という友人の返答を聞くと『あぁっ!』といきなりアテナが
『今日ずーっとアルフォードの事見てたよね、エリカ!好きなんだー!!!気になるんだーーー!!』
と騒ぎ出し、相手のAI含め3人に3時間にわたり追求を受けたのだ。
エリカはただ、頭についてるゴミが気になっていただけなので、とんだ濡れ衣だった訳だが。
こんな事が電話のたびに起きる。
「あ、でもスワロウ乗ったら連絡してって言われてるから先に挨拶しておきなよ!うん、きっとその方がいい!」
『えぇ、そんないきなり?お化粧大丈夫かな?服大丈夫?一人称は拙者でいいかな?』
ぱたぱたと慌てふためく振りをするアテナ。
「紹介するからとりあえずワイプの外で待ってて!あと、拙者はやめて!!ギリギリ嫌かも!」
『えーー、かっこいいじゃん。拙者すきだなー、拙者。それかおいどん!どんどん!』
「おいどんもだーーーめっ!そっちの方がだめだよ。完全にアウトっ!」
いつまでも話がつかないと察して、母さんにダイヤルし始めるエリカ。
画面に呼び出し中の文字が出ているが、未だに一人称に悩み何やら隅の方で一人でやっているアテナ。ふざけているが、実は人見知りという珍しいパーソナルキャラクターを持っている。
「ハロー、エリカ?」
ディスプレイに母が映し出される。久々に見る母、カトレアの顔だ。
やや明るめの黒髪にターコイズ色の目。前髪を耳にかけて、腰まで伸びた綺麗な髪。
エプロンで手を拭きながら名前を呼びかけてくれる母の声に安心感を覚える。
背の小ささと目の色は母から受け継いだものだ。
「あ、お母さん、今スワロウに乗ったよ。あとー40分くらいでそっちの駅につくと思う!」
「あら、早いのね! まだ、食事の準備し始めたところなのに。」
「えーーまた料理してるのぉ?大晦日くらいゆっくりしたらいいのに!」
カトレアは未だに自動調理に頼ることなく、毎日料理をこなしている。
東京シティ出身の両親が、エアーホールシティ内に自然が多く残る東北に移住したのは、なるべく機械にたよらずに自分たちで生きてみたいというカトレアの希望だった。
「大晦日だから!なのよ。せっかくエリカが帰ってくるのにお母さんが作らないで誰がつくるのよ。 エリカが好きなもの沢山つくりますから、家族で3000年のお祝いしましょっ。」
周りの空気まで一緒に綻んでいるような無垢な母の笑顔に安心感を覚える。
「じゃあ私も手伝うから! お父さんはいないの?迎えにきても…」
「おお、愛しのエリカ!えるぃぃぃぃかぁぁぁ!!」
母の後ろに唐突に現れた影から発せられる、思わず耳に手を当ててしまう大きな声に言葉が遮られた。
「あっ、お父さん!おはよ!今日もうるさいねっ!!大好きだよ!」
「あれー、なんか大好きの影に黒い感情見えちゃってたけど!ま、いいな!うん、愛してくれてればオッケー!」
今度はしっかりと画面に入ってきた父親。母を後ろから抱きしめ、母に頬ずりしながらヒラヒラと手を振っている。
エリカの父、オモトだ。
最近まで思春期のエリカにとって、父の愛は鬱陶しいものだったが、今年の一人暮らしで鬱陶しかった父も居なければ居ないで寂しいものがあるな。と少しだけ改心したエリカ。
ブロンドというより白銀に近い髪。軽いウェーブがかかる長い髪を後ろで上半分をひとつにくくっている。怒ると怖そうな顔立ちだが、グレーの色の目は彼の優しさが一点に現れている。顎に生えた無精髭。 そんな、どこにでもいそうな彼だが、服装はどこへ行っても浮く事まちがい無い。
和装だ。黒い袴に紺の羽織を着ている。胸には唐草の家紋。
「オモトさん、ヒゲが痛いってばぁ!」
顔を遠ざけオモトの頬ずりから逃げようとするカトレア。
「ちょっと、父さん、母さん嫌がってるじゃない!早く止めないと蹴り飛ばすよ!大好き!」
「さ、さすが俺の娘だ。殺意をしっかり愛で隠すとはな! こ、この一年しっかり学んで大人になったんだな。うん、偉いぞ!」
娘が放った一瞬の殺意にオモトの頬ずりは自然と止まった。
「ねえ、父さん。加美駅までお迎えこれる?」
「おう、もちろんそのつもりだ! 少し待たせてしまうと思うけれど必ず行くよ!」
目尻に少しシワの入る微笑みのオモト。
「ありがとう、お父さん!ギリギリ愛してるー…かな?」
指を口元にあて、わざとらしく目を上にそらすエリカ。
「ギリギリ&疑問系が気になるけど、その愛があれがお父さんどこまででも迎え行っちゃうから!」
どこまでも娘に愛されたい父親と、その隣で微笑んでる母親を見て一層エリカは二人に会いたくなる。
『サムライ…!!!』
「「「えっ?」」」
全員が声の方向に顔を向ける。
もう彼女は呼ばれるのを待つ気は無いらしい。エリカも少し忘れていたわけだが。
画面に徐々にその姿を映し出し近づいているアテナだった。
『サムライがおりますっ!!ここにっ!! はぁぁああっ!』
カメラに近づきすぎて、両親の見る画面にはアテナの顔の上半分、その隙間からエリカが後ろで小さく覗いている。
「ぁあ、こんにちはお嬢さん。えっとエリカ、この子は?」
あっけにとられているエリカは、一瞬遅れるように反応する。
「あっ、ああ! えっと、AIのアテナだよ!こっちに来てすぐつけてくれた子。 もう、アテナ!ちゃんとしてっ!」
『わんっ!』
目のキラキラは止まら無いが、エリカの声に反応してピュンッとエリカの隣に正座する。
『お初にお目にかかります。拙者、此方はエリカ姫にお仕えさせていただいておる、アテナでございます。』
そういって、頭を下げる。
「ぁぁは…」
両手で顔を隠し空お仰ぐエリカのため息はきっと聞こえて無い。母の「ふふっ」という、せせら笑いに近い声が聞こえる。
「苦しゅうない。表をあげい」
この父の声を聞いて、エリカは初めてアテナに会った時より感じていた親近感の正体と、合わせてはいけない二人を会わせてしまった確信を得る。
『はっ!』
二人の三文芝居をこれ以上続けてしまったら、仙台に着いてしまう。
「ストーーーーーップ!! お父さんも乗らないのっ!」
「はっはっはっはぁーぁあ」
聞きなれた最後がちょっと高くなる変な父の笑い方。
「はー可笑しい。君がアテナちゃんだね。 初めまして、エリカの父のオモトだ。いつもエリカと仲良くしてくれてありがとう。泣き虫だったエリカが一年しっかり勉強に集中できたのは君のおかげだ。重ねてお礼を言うよっ。ありがとう。」
さっきまでのふざけたトーンではなく、しっかり心を乗せた父の言葉。 エリカは父に怒られた記憶はないが、このトーンの声とこのまっすぐな目には逆らいたくない。そう自然に思えた。
「母のカトレアです。エリカのたまーにしかこない手紙にはいつもアテナちゃんの事が書いてあったわ。本当によくしてくれたみたいで、あなたみたいな素敵なAIさんがついてくれたおかげで、私たち両親共々この1年安心して暮らせました。ありがとうございます。」
母のゆっくりとした話し方、優しい声。弱気でも、曖昧でもない。響いてくる声の中心に心がある。 お辞儀をすると黒髪が耳から落ち、その隙間から覗くエリカと同じターコイズの優しい目。こんな女性になりたいと何度も思った。
そんな両親の自己紹介に聞き入ってしまって、一瞬間が生まれた。
「アテナっ!」
小声でアテナに囁く。
『ひゃっい!』
口をポーンと開けて、正座した足が徐々に女の子座りに崩れかかっているアテナが、ピシッと姿勢が戻る。 前髪をあわてて整えながら、画面に向き直る。
『えとえっと、はじめまして。パーソナルAIのアテナです。 お父さん、えっとオモトさんがエリカに私を選んでつけてくれた事で私はこの世に生まれてこれたんです。本当に感謝しています。エリカはいつもワガママ聞いてくれるから、もともと家事のお手伝い用のAIだったのに、お友達みたいに接しちゃってて。ん、お友達っていうかわからないけど家族みたいで。アテナも、じゃなくて私もエリカの事大好きだから、その、申し訳ないっていうか…。そうじゃなくて、ありがとうございます!これからも宜しくおねがします!』
目線を泳がせたどたどしくそう言うと、無理やり語勢を強くしてカトレアとオモトにならってペコリと頭を下げる。ちゃんと挨拶がうまくいったかわからず、目線は画面をうかがっている。
「はっはっはぁあ、やっぱりいい子だ。それにオモトさんじゃなくお父さんでいいよ。娘が二人になった気分だ!エリカは妹かな?いい姉妹だよっ」
「おとーさん!私のほうがおねーちゃんでしょっ!それにっ、プフッ…なんだかアテナが、、くっ…こんなにっ…ふふっ…はははっ」
抑えきれなくて、エリカは笑い出す。
アテナはその声を聞いて「はっ!」とエリカに振り返る。
「アテナが戸惑って困ってるの初めてみたぁーーーっはははっ」
お腹を抱えてシートの上で悶えるエリカ。
顔が徐々に赤くなるアテナ。自分が何をいったか思い出して恥ずかしくなるアテナ。
「忘れるのーーっなんで聞いてるのっ!お父さんとお母さんにいったのー!エリカは聞いちゃダメー!デリートデリート!切腹ー!!」
ポカポカ叩こうとするが、ホログラムの腕はエリカにダメージはいかない。
「更に会うのが楽しみになったわ!なんだか、小さいころのエリカみたい。ふふっ。 あ!あとね、アテナちゃん?残念なお話なんだけど、オモトさんはお侍ではないの。お侍が好きなただのオジさんっ」
二人をずっとニコニコ見つめていたカトレア。多分気づいているであろう真実を告げ「ごめんねっ」と首をかしげる。
「それはちょっと残念…ですけど、エリカはいっつも侍の話すると寝ちゃうので、一緒に侍について話せるのが嬉しい!です! その服もかっこいいし…。私もお二人に会える事楽しみにしてますね。」
まんざらショックをかくしきれない顔をしていたが、アテナも落ち着いて話せるようになってきた。
「それじゃ、またすぐに! お父さんあまり遅いと可愛い娘は誘拐されるかもですから早くね!」
「大丈夫、お父さんが先に誘拐するから!!安心して待ってろ!忍者は早いんだ!」
「気をつけてね、美味しいご飯つくって待ってるからね。」
「うん、ありがとう!じゃあね!」
そういって胸元に手をやり通話を終える。
「『俺が誘拐する』って何。そもそも侍なのか忍者なのか…フフッ」
通話を切っても頭の中で笑わせてくる父が、今まで待ち合わせに遅れた事がないのをエリカは知っていた。
『家族っていいわねっ。データでしか分からないから、どんな感じか不安だったけどいいものね。ちょっとだけ羨ましくなった!』
消えた画面の部分に座って、こちらを向きアテナが感慨深げに「うんうん」と頷きながらそう言う。
浮かび上がる小さい画面でメッセージをチェックしているエリカは
「何言ってるのよアテナ。あなたはデータ上じゃなくてしっかり私と家族じゃない。私がおねーちゃんだけどっ。 知らなかったのー?」
新着のメッセージを指でフリックしながら流し読みしているエリカは、淡々と答えた。
『エリカっ』
「んっ?」
顔を画面に向けながら相槌をうつエリカ。
『いつになればエリカをちゃんと抱きしめられる日が来るかなっ?』
画面から目を離し、ゆっくりとアテナを見るエリカ。
今朝エリカがアテナにいった言葉である。何を言われたのかを理解する頃には顔は嬉しさでいっぱいだった。
二人は触れ合う事はできないものの、おでこをあわせて小さな声で
『「これからもよろしくっ」』と、お互いに一番身近な幸せを確認し笑い合った。
「わたしねっ。」
エリカはそう続ける。
「私の家はあまり現代っぽく無くてねっ、AIって不安だったんだ。友達のお家にいるから話したりした事はあったんだけど、人間と何も変わらない様で、でもどこか機械っぽくて少し怖い印象だったし…。初めての一人暮らしだし、人見知りだし、いない方がいいんじゃないかな?って正直思ってた。でも覚えてる?アテナが起動してはじめて言った言葉?」
『覚えてるよぉ!エリカも同じ事言ってハモった!!』
「『かわいいっ…!!』」
「そうそう!」と笑いながら出会った瞬間を思い出す二人。
家でドキドキしながらAIを起動し、部屋のAR機能によって徐々に可視化され浮かび上がるアテナ。目が開いて、トパーズ色の宝石みたいな目が現れる。今はエリカと同じ髪型になっているが、最初は綺麗なロングだった。 はじめてAIの初期起動の演出に魅入られてしまったのもあって、アテナから目が離せないエリカ。
起動の演出も終わったのに、アテナもエリカもお互い見つめあって動かない。二人して口が半分開いている。
そして、ようやく沈黙を破った言葉は奇しくも一緒でそれが見事にハモったのだった。
「あの瞬間からアテナは、私の中でAIじゃなくて家族だったよ。うん、そんな気がするっ!」
『ありがとっ!本当は起動した時に言う自己紹介があるんだけど、あまりに近くで見つめてくるから忘れちゃって!』
えへへと笑うアテナ。
「忘れ事しちゃうAIっているの!? アテナってなんか他の子についてるAIより、こう、なんていうか…」
『えっ!何々??何々何々??』
ずいずいっっと顔を近づけてくるアテナ。
「何ていうか…ポンコツ?」
『ぽんっ!!!』
語彙力がないのと、恥ずかしいのと、褒めたら負けな気がした結果選んだエリカの言葉が刺さったかのように、頭から後ろに飛ぶように倒れたアテナ。
『ひどいよぅ、エリカひどいぃぃぃ。』
わーんと声をあげて泣くアテナ。うずくまって右手でドンドン床を叩く様な仕草をしている。
「あわわ、ごめんごめん!それが好きなんだって!AIってこう、頭よすぎて機械な感じが拭えない所あるでしょ? それがないからさ!つい! ねっ! ねっ?」
『ぶぅぅぅ。。。。じゃあ、新しい服欲しい。』
両手を合わせ謝るエリカに、うつ伏せのまま顔だけこちらに向きジト目でおねだりしてくるアテナ。
「もーーーぅ、今日お金ためてヒューマノイド買ってって言ったの誰よぉ!」
『だって、今のはエリカが悪いもん。』
AIのコーディネートは若い子の間では個性を出すための一つのツールで、みんな挙ってオリジナルのアイテムをAIにつけたがる。ネットにフリーで落ちているのもあれば、アパレルブランドからもAI用の服が発売されており、最初からその服の種類が多いが買い足している人が多い。
一方、アテナに限ってはおねだりはしてくるものの、基本的にアテナと同じものを欲しがる習性がある。 なぜかアテナは日本史が好きで、一度「ゆかた」という昔のドレス?を一緒に着よう!とおねだりされたが、意外に高かったのでエリカと同じ服で我慢させた。
「えー謝ったじゃんかぁ、ごめんよぉ、アテナ許してぇ!お小遣い少ないんだよぉ」
『ぶーぶー!』
口を尖らせて拗ねてしまっているアテナに困り顔のエリカ。
「あっ!そうだ!」
手をパチンっとならして名案を思い付いたエリカ。
「お母さんがね、前にアテナが欲しがってたゆかた持ってるって言ってたの!あれ、お祭りの時とかに着るんでしょ?今日はお祭りみたいな日だし一緒に着よう?ゆかた!」
ぴくっ、とそっぽを向いていたアテナに反応が出たのをエリカは見逃さなかった。
「お父さんは年がら年中あの格好してるし、お母さんにも着てもらってみんなでほら、写真撮ろうよ!ねっ?ねっ?アテナさん!」
『…つだし…』
小さな声で、呟いたアテナの声。反応があってこれはいける!と「んっ?」と顔を寄せるエリカ。
『夏だしっ!ゆかた着るのは夏のお祭りの時なのぉっ!!』
漸く振り返ってくれたアテナだが、こうなると主導権はエリカにある。
「えー!じゃあ、着たくないの?ゆかた?」
意地悪に寂しそうなふりをしながらエリカが聞く。
『きーーーーーるーーーーーぅ!!!!エリカと一緒にきるーーーーぅぅ!!』
エリカの勝ちだ。よしよし、とアテナの頭を撫でる様な仕草をして
「お母さんにメッセージ送っとくね」
と、胸元に抱きつきながら嬉しそうに『んふふっ』と笑うアテナをみて「やっぱり私の方がお姉ちゃんだなっ」と確信を得たがそれは言わないでおいた。
その後も仙台までの15分弱は、いつもの様にじゃれ合いながらお喋りをしてあっという間に着いてしまった。
新年まであと12時間を切るところまで迫っていた。
ここまで書くのに1ヶ月くらいかかりました。たくさん見直しましたが、元々学がないもので読み辛いと思いますがお付き合いいただければ幸いです。
また、このストーリーを元に楽曲を作って、ミニアルバムを秋頃に作るよていですので、合わせてsound cloudやtwitterで情報を追っていただけると嬉しいです。