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 その日は、出掛ける間際になって雨が降り始めた。

 蓮と川辺の遊戯を満喫したあの日から四日が過ぎ、とうとう明日、華漣の婚約者である武中家の長男主子がこの華家にやって来る。勿論、婚約者になるであろう華漣と対面をするためである。明日の準備を避ける為にも今日も蓮と出掛けたかった華漣としては、雨神を恨むには十分すぎる憤りを感じた。

 蓮は実に様々な事を教えてくれた。頭の固い官吏達では決して知ることの出来ないような外の世界の事を、華漣にも分かるように丁寧に話す蓮の優しげな口元を見ているのが好きだ。ただ石段に腰を下ろして空を見上げるだけの時間が、この上もなく愛おしく思えた。

 婚約を間近に控えた華漣の要望を、誰もが叶えようと努めてくれた。光輝は専ら衣装や装飾品の調達に奔走していた為、蓮と二人でいる時間が長かった。家主である父も、婚約話を断られない為か最後の情けか、連日城外へ出掛ける事を快く承諾し、実に充実した一週間だったように思う。寝る暇さえ惜しまれる程心が躍り、明日の事を考えると興奮して眠れなかった。だが、そんな日々も今日で終わり。

 生憎の雨に呪いの言葉を吐き捨てつつ、華漣は明日着るドレスの寸法の最終点検を求める光輝の要望に仕方なく応える。華漣の好みも聞かず、誰の趣味か胸元の開いた淡い黄色のドレスが着付けられていく。なされるままに立っている華漣に、光輝が言葉を寄越す。

「いよいよ明日ですね。緊張なさいますか?」

「緊張?何故?」

 体型を整えて見せる為のコルセットがきつい。外の世界で連日美味しいものを食べていたせいか、少し太った。

「まだ見ぬ旦那様にお会いになる日ですよ、緊張なさいません?」

「期待していないわよ。男前だという話だけれど、そんな顔立ち整った殿方に側室が一人もいないというのは解せない話でしょう?尾びれのついた、ただの噂よ」

「正室の方を娶られたのが三年前ですもの。彼の方に気遣って、今まで側室を娶られなかったのでしょう。心優しい御方ではありませんか」

 どうでもいい、そんな事。勿論一生を共にする相手なのだから条件が整っているにこした事はないが、所詮会ったこともない他人。期待が大きければ大きいほど、裏切られた時のショックも大きい。それに、明日の事だというのに実感がない事もまた事実だ。

「それよりも、今日は蓮が来ないわね」

「外に控えていますよ」

「どうして外に?早く中へ入れなさい」

 光輝は眼を丸くして小さく笑った。

「まだお着替え中ですのに、護衛武官とはいえ殿方を部屋に入れるおつもりですか?」

「着替えって、もう殆ど終わっているじゃないの。早く中へ呼んで頂戴」

 光輝は仕方なさそうに嘆息し、一時手を止めて扉へ向かって歩き出した。我が儘を言えるのも今日で終わりだというのに、一分一秒も無駄には出来ない。

 蓮は光輝に先導されて室内へと入ってきた。小さく一礼をし、いつもの定位置である部屋の隅へと向かう彼に言葉を掛ける。

「蓮、今日は残念ながら雨ね」

「左様でございますね。明日に備えてお体を休めるのも良いかと」

「疲れてなどいないわよ。室内で出来る遊びはないの?」

 光輝が作業に戻るのを気配で感じながら、首を九十度以上後ろに反らしてまでも部屋の隅で直立する蓮へと視線を向ける。

「リュースなどもございますが、明日の為に武中家について勉強なさっては如何です?」

「いいこと言うわ、蓮。姫様、朗読して貰っては如何です?」

 光輝が可笑しそうに言うが、嫁げば嫌でも学ばねばならぬ事を今から準備する必要などない。なにより、やる気が全くない。蓮はというと、光輝がいる手前口数が少ない。聞かれた事にしか答えない彼の態度に苛立ちを覚え、前に向き直った。

「嫌よ。何か面白い話をしなさい」

 蓮の表情は生憎見えなかったが、少しの間を置いて重い口を開いたところから察するに、仕方ないと言わんばかりの華漣を子供扱いしたいつもの表情を浮かべていたに違いない。

「そうですね、双子伝説は如何です?」

「双子?伝説なんてあるの?」

「ええ。姫様は双子と聞けば、何を最初に思い浮かべられますか?」

 少し学術じみた話に発展しそうな気もしたが、蓮が華漣の為に選んでくれた話題なのだから有り難く頂戴しておくことにする。何でも、彼の声さえ聞ければ取り敢えずは良い。

「別に何も。生まれたら災いが起こるとは言うわね」

「物事には理由があるのです。双子が災いをもたらすものだとされる背景には、伝説という形で残る古い双子の話があるのですよ」

「そうなの。まあいいわ、それを話して頂戴」

 蓮は咳払いを一つ前置いて、ゆっくりと話し始めた。華漣の知識向上に役立つと思ったのか、光輝は話の腰を折るような真似はせず、彼女自身も黙って蓮の言葉に耳を傾けている。

「その昔、双子はその出生率の低さから神の奇跡と称されるほどの信仰を受けていました。ところが、ルナとルカという双子の姉妹が次々と国を併合して当時の王を差し置いて国王を名乗るという暴挙に出ました。結局その国は大規模な反乱により滅んだと言われています。僅か数十年の後、ナロとレイラという双子の再降臨により世界は壊滅的打撃を受け、双子に対する負の感情が生まれ始めます。そして極めつけが、」

「カンロとデクロね」

 歴史になんの興味も持たない華漣でさえ、その名は知っていた。差別と殺戮を繰り返す血を好む悪魔のような兄弟として名高い。

「彼らも双子でした。彼らの時代を生きた者達は口を揃えて、双子は不吉だと言ったそうです。長い歴史の中で、短期で三組も国を荒らす双子が降臨すれば、自然な流れだったのかも知れませんね。ルナとルカに関しては存在を確認されていませんが、三種の双子伝説と言われ、今尚双子が忌み嫌われる存在である事の発端とされているのです」

「でも、最近双子が生まれるという話は聞かないわね。迫害されているとも聞かないし」

 光輝が漸く華漣の側を離れた。少し離れて、ドレスアップした華漣を左右前後から満遍なくチェックする。

「双子が生まれると、先に生まれた子供を残し、二人目の子供を余所に里子に出す親が多いようですよ。殺すには忍びなく、二人一緒にいさせなければ難はないだろうという采配でしょう。双子として生まれた当の本人達でさえ、自分が双子である事を知らずに天命を全うする事も多いのです」

 弟をこよなく愛する華漣としては少し淋しい話だ。

「では、わたくしに双子の兄弟がいても不思議ではないのね」

「姫様!」

 滅相もない、と光輝が怒る。逆に蓮は冷静を装った口調で言った。彼の内心は知る由もないが、彼の心の乱れを察知できるのはこの城内では華漣だけであろう。少し誇らしい。

「もしも双子のご兄弟の存在を知ったら、姫様はどうなさいます?」

 華漣は悩む。コルセットが苦しいのもあって、眉根を寄せる。

「そうね・・・今更そんな事を言われても困るけれど。そうだ、代わりに婚約して頂けないかしらと頼むわね」

「お会いしたいと?」

「同じ顔をしているんでしょ?そりゃ会ってはみたいと思うわ。今更兄弟だと納得できるかは別の話だけれど。蓮なら、会う?」

 蓮は視線を少し反らし、答える際にはきちんと華漣に向き直る。

「いいえ」

「何故?面白いと思わない?」

「きっと気まずいと思いませんか?」

 蓮は疑問に疑問で返してきた。なるほど、一理ある。考えのないところがある華漣だが、確かに面と向かって何を話せば良いのかも分からない。蓮の話を信じるなら、華漣は先に生まれた姉ということになる。つまり、弟か妹がいるわけだ。彼もしくは彼女がどこに引き取られたにせよ、何不自由なく育てられた自分を恨んでいる可能性だってある。容易に会って刺されでもしたら堪らないし、妬まれるのもご免だ。

「そうね、気まずいものかも知れないわね」

「ご安心下さい、姫様は双子での御生誕ではありませんでしたから」

 光輝がきっぱりと言い放つ。自分の子供を捨てるような親ではないと、華漣の父への心証を損ねない為の配慮からの言葉だろうが、そもそも光輝が自分の出生について見聞している筈はない。彼女は華漣とあまり年が変わらない。

「蓮には兄弟はいないの?」

「残念ながら。兄弟は多い方が楽しいのでしょうね」

 まだ見ぬ子供の事を考えているのか、遠い目をする蓮を現実に引き戻したくて華漣は咄嗟に浮かんだ言葉を口にする。

「蓮は子供をたくさん作るといいじゃないの」

「・・・いいですね。落ち着いたら」

 蓮の逃亡中という身の上を考えると、確かに子供を育てている場合ではないだろう。だがそれより何より、落ち着いたらたくさん子を持ちたいという蓮の言葉に胸を痛めた。今更ながら、蓮には妻があるという事を思い出す。彼の子は彼と彼女の子、華漣には一切関係がない。彼が子を慈しむ隣には、自分はいない。


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