最悪の戦いⅣ
《【贖罪】ニック》
シューレンに入ってから私はもう五回ほど本当の私に目覚めた。かれこれ五十人ほど殺しているのですが未だに人間は見つからない。
「……幹部は大丈夫でしょうか」
とても不安です。
もし違ったら本当の私がすべて終わらせてしまう。それは私にとっても都合が悪い。
そんなことを考えていると突如違和感に気付いた。
幹部の数が合わない。私は昨日間違いなく私達の人数と敵の幹部の数が同じだと言っていた。にもかかわらず、私の頭の記憶には幹部が六人となっています。
はぁ、やっぱりすごいです。
「……クリアさん」
偽物の私も本物の私にも好きな人がいて、その人物は同じ人です。
クリアさんのその可愛らしい姿とその強さに私は恋をしています。恋のライバルが自分だというのは少しおかしな話ですが、私はクリアさんを誰にも渡したくない。本物の私にも。
私とクリアさんが初めて会った日のことは今でも忘れていません。初めて本物の私の能力に抗うことに成功し、罪を持っていなかったと認められた純潔な人。
そのときからクリアさんは私のことなんか見ていなかったけど、私は初めてあった日からずっとあなたを見ていました。
あなたを見るだけで心臓からすごい音が鳴るのです。止めようとすればするほど音は大きくなっていくこの感じ、私はあなたを見るだけで幸せです。
そんなことを考えていると邪魔が入ってきた。
「よぉ、テメェか。さっきから暴れ回っている奴らの一人は」
私の目の前にはここにいることがおかしいくらいイケメンだった。全身からリア充オーラがあふれていて、周りには女性の方しかいない。
さっきから私が目を覚ますと女性ばかり死んでいると思っていたが、どうやらこのイケメンの縄張りには女性兵しかいないようだ。
そしてこのイケメンの顔は昨日の作戦会議のときに出ていた顔だ。幹部である。
でもこの際、幹部かどうかは関係ない。
この人は今人間であるかどうかより大きな罪を起こした。
私がクリアさんのことを考えていたにもかかわらずこの幹部はその邪魔をしてきた。これは許されることではない。
本当の私が目覚める。
「贖いなさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!」
「きゃっ!」
「な、何この人……」
「いきなり叫び始めたわよ……」
「君たち驚きすぎてはいけないよ。せっかくの可愛い顔がもったいない」
「きゃ~、ファングさん~!」
「黙りなさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!」
なんてこの異物どもはうるさいんだ! 黙れないのか! なんでこんなものを天はお作りになるのですか!
異物どもはワタシの叫びにまた驚き固まっています! しかし、一人だけ違った! 一人はなんとも思わなさそうにワタシを見て笑っています!
「何を笑っているんですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「いや、なに。負け犬の遠吠えもここまでいくと笑いしか起きねぇな~と思ってよ」
「アナタはまた罪を起こしました! あろうことかワタシを負け犬などと!」
「ホント、あんたは今フラグを立てまくってるがいいのか?」
「贖いなさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!」
ワタシはナイフを取り出し自身の腕を軽く切るとそこらに落ちている剣に血が吸い込みます!
これで剣はワタシの思い通りに動いてくれる! ワタシの無数の剣を彼はどう避けるというのか!
「へ~、なかなか面白い能力だな。だが、その程度の攻撃で俺がやられるとでも思ってんのかよ」
ワタシの無数の刃は異物に向かっていく! しかし、おかしい! なぜ当たらない! ワタシの刃を異物がいとも簡単に躱していく! しかもそれは異物の能力じゃない! 異物ごときが躱せるものではないはずなのに!
あり得ない!
バカなバカなバカなバカなバカな!
なぜこんな異物がワタシの攻撃を避けれるのだ! 右! 左! 下! なぜ当たらない!
なぜだなぜだなぜだなぜだ!
「これくらいの速さなら俺だったら余裕だね。俺じゃなくてもここの幹部はこんな攻撃くらいいとも簡単に凌ぐと思うけどね」
「アナタは一体何なんですか~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」
当たらない! 当たらない! どうなっているんだ! 異物ごときが!
「あ~~~~~~~~~! そういうことですか! ワタシとしたことが~~~~~~~~!」
「ん? どうした、いきなり叫んで。次は俺からいってもいいのか?」
ファングはニッと笑うとワタシの懐へ潜り込んできました! そのままファングは懐からナイフを取り出し斬りつけてくる! ワタシはそのナイフを躱してすかさず拳を繰り出しますが、どういうわけかファングは何かに運ばれていくように離れてゆく!
体勢を崩したワタシに向けてナイフを投げると今度はすかさず懐へ潜ってくる! ナイフだけに対応しようとしていたワタシはファングに対応することができず、今度こそナイフで斬られてた!
「あ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」
「うっせぇなぁ」
グサリ。
ワタシが叫んでいる間にファングは後ろへ回り込みワタシの背中を一突きした!
またです! またもや移動のときに予備動作が見えなかった!
「ア、アナタは本当に……!」
「どうした? 苦しいのか?」
ファングはワタシの背中を弄ぶかのようにグリグリとナイフを回す! だが、ワタシはそんなことはどうでもよかった!
「アナタは異物ではないのですか……?」
「俺は人間だ。あんた以上のな」
「そ、そう……でした……か……」
ワタシの意識は失いつつあります! ワタシはやっとあの八人以外の人間に出会えるのですね……!
辺りがしばらく静寂に包まれたあと、戦闘を見ていた女達はわぁっと声をあげた。
「ファングさんカッコイイ~!」
「あんなのに負けるファングさんじゃないわよ!」
勝負に勝ったファングは女達に手を振るとニコッと笑う。
「あ、あぁ~ん……!」
「ファングさん、最っ高……!」
「それじゃ、次行こうか」
「はい!」
ファング達が移動し始めたところで私は起き上がった。
「……ッ!?」
「……お見事です」
私は素直にファングを褒め称えた。まさか本物の私を倒すとは思っていませんでしたから。
「あ、あんた今死んだはずじゃ……!」
「……死にませんよ」
私の中ではあまり記憶にないが私の背中にはナイフが刺さっている。おそらくこのナイフで私が死んだのだろうと勘違いしているのだ。
この程度のナイフで私を殺そうなど無理に決まっている。
私の能力には血が使われている。ならその血を使うことなど造作もない。私の血は血管がなくとも頭の中に血が運ばれるし、流れた血も私のなかに戻っていく。どちらかの私が目覚めるまでは無理だが、目覚めた時点で流れた血など関係ない。
「……正直驚きました」
「な、なにをだ……?」
「……本物の私を倒したことです」
「は?」
薄々わかっているのでしょう。私は二重人格なのだと。そして本物のニックがさっきので、今の私が偽物のニックだと少なくとも今気付いたのだろう。
だが決定的に勘違いしているのは手に取るようにわかる。
誰がいつ、偽物が本物より弱いと言った。
私は本物の私に創られた人格である。
多重人格にもいろいろ種類があるが、私の場合本物の私がいらないと思ったものが私となって生まれた。
無口な私。
消極的な私。
そして強い私。
本物の私は無意識的に強い私というものを捨てたかった。
どこか自分が間違っているのではないかと思っているから。だから誰かに止めてほしかったのでしょう。私の存在がそれを証明する。
だけど私が生まれたことで私はさらに強くなってしまった。自分より強い私を創り上げてしまった。それこそが本物の私の失敗でしょう。
つまり私が戦闘の度に眠るのではない。
本物の私が偽物の私を眠らせるのだ。
私を止めるために。
まったく本物の私はなんて甘いのでしょうか。
「……かかってきなさい」
「そうかよ、なら遠慮なくいくぜ」
私のうっすらとした記憶の中ですが彼の戦闘は見ていました。
彼の能力はおそらく、
「……【無歩】」
「……!」
これでも私達二人は何百人という人を殺してきました。だから同じような能力やまったく同じ能力を持つ者がいることを知っている。
【無歩】とは足を動かさなくても移動できる能力。予備動作もなく動きもかなり速い。
だがそんなのでは本物の私には勝てても私には届かない。
私はファングをいとも簡単に躱すと、さっきは拳だったが今度は足で蹴ろうとした。
「バカめ」
「……そうですか」
またも後ろに移動し私の攻撃を避けたと思っている程度では甘い。私がその程度のことを予想していないはずがない。私は本物の私が操った剣を使って相手の足を狙って多方向から襲わせた。
「甘いって」
「……あなたがね」
ファングはジャンプして剣を躱すがそれこそが私の狙いだった。
「……終わり」
私はすぐさま相手の懐に潜る。
「なっ、しまった……!」
やっと気付いたようですが時すでに遅し。
【無歩】はあくまで足を動かさずに歩けるだけで、空中で動けるわけではない。よく勘違いして使っているゴミがいるが、自身の能力を完全に使いこなせるようにならない限り、私達に勝つことなど不可能だ。
ファングの懐に潜った私は特に武器を出すことはなく、ただファングの顔を右手で掴む。
先ほどファングを剣で襲ったときにこっそり私の指先を切っていた。つまり私の指には血がついている。
その手で掴むということは、
「アァァァァァァァァァァッッッ!」
ファングから手を離すとファングは頭を押さえて、自分の頭の中から何かを取り除くように頭を地面に叩きつける。
「……無駄です」
この私の完全な浸食に堪えられるのは私が知る限り八人しか知らない。ファングの能力では私の能力には絶対に抗えない。
「ファングさん!」
「……黙ってください」
私が殺気を込めて睨むと女達は身動き一つ取れなくなった。本物の私とは比較にならないほどの殺気ですから動けないのも仕方ない。
「止めろ! 出て行けっ! あんたに俺が負けるはずないんだ!」
「……無様」
「アアアアアァァァァァァァァァァァッッッ!」
しばらくのたうち回ったファングは力が抜けたように倒れた。
「ファングさん!」
女達がファングを抱えに行くとゆっくりとファングは起き上がった。ファングは普段見せているだろう笑みを浮かべて女達を見た。
そんなファングを見て女達が胸をなで下ろしたその瞬間、
ファングが女達の視界から消えた。
「え?」
気付けば女達の懐に入っていた。さっきまでの何ら変わりない笑みを浮かべたままファングは女達を刻み込んでいた。
「ファ、ファングさん……?」
斬られた女達は何が起こっているかわからないまま倒れていった。
「あ、あ……」
やっとファングが自分たちを殺そうとしていることに気付き始めた女達は逃げるどころか腰が抜けて動くことすら出来なくなっていた。
ファングはそんな彼女達にも微笑みを絶やさずに近寄った。彼女たちはもうすべてを失ったような顔をしていた。今まで自分たちに向けてくれていた笑みで殺されることに頭が追いつかなくなっているようだ。
「……殺れ」
「……」
ファングは私の命令通り女達を一人残らず殺した。
最後に残ったファングを見て私は最後に一言だけ言った。
「……これまでの罪を贖ってください」
「……」
ファングは軽く頷くと自分の首下にためらいなしにナイフを突き刺した。私は無駄な行動はさせない。一突きしてファングが完全に死んだのを確認した後、私は来た道を戻っていく。




