最悪の戦いⅠ
あれから昨日九人でテロ集団の本拠地であるシューレンを攻める作戦を練った。
「俺とギュレンが二人で行けばすぐに落とせるがそれじゃつまらねぇ。俺達は悪であって正義の味方じゃねぇ。悪にも悪夢を見せるのが俺達の流儀だ」
エイドの言うとおり基本的に九人で何かをする場合はエイドとギュレンは使わない。九人はそれぞれ強力な能力を持っているがこの二人に関してはそれがずば抜けていた。
それ故にこの二人を前線に置いておくだけで一時間もせずに戦場は静寂に包まれる。あまりに巨大すぎる力は相手に恐怖を与えない。
「相手の幹部は何人だ?」
「七人」
「……ピッタリですね」
ということでエイド、ギュレンを除く七人が一人ずつ幹部を倒すことになった。
「それじゃ、俺達はどうする?」
「雑魚どもを適当に片付ける、でいいんじゃないか」
「なら俺達で五千を潰してくるか」
「俺が三千でエイドが二千でいいか?」
「それでいくか」
これで誰が何を倒すかは決まった。
次は本来戦術について話すところだが彼らはそれらを一切話さなかった。誰がどんな役目を果たすのかもう決まっているわけではない。彼らには協力して倒すという意識はない。自分たちの自由気ままに人を殺していく。それが彼らのやり方だ。
「幹部の能力が新聞に載っているが見る人はいるか?」
「いらねぇよ。幹部の顔だけ覚えていればそれでいい」
ウェンデルの言葉に全員が同意の意を示した。それを見てエイドは安心した。
「俺達が怖れるべき相手はこの世に存在してはならないからな」
「俺達が『最悪』なのだから、だよね。エイド」
「そういうことだ」
そのあと彼らは各自でテロ集団のいるところに向かった。
《【断罪】ウェンデル》
俺がシューレンに着くと他の奴らの姿はなかった。どうやら俺が一番に来たようだ。俺がシューレンの中に堂々と入ると、屑どもは俺を呼び止めた。
「テメェ、一体誰だ!」
そして死んだ。
今死んだ奴らは何が起こったのかわからなかっただろう。難しいことは何もしていない。ただ俺の剣で斬っただけ。あいつらにはそれが見えていなかっただけ。
俺が斬ったところを見えていなかった他の屑どももさすがに俺を敵と認識したようだ。だが遅すぎる。自分の陣地に入った奴は知らない時点で全員敵と思っていなければいけない。
その一瞬の隙でどれだけのことを相手ができるのかをこいつらは知らないようだ。
結局屑どもは戦闘態勢に入る前に全員死んだ。
俺はシューレンに入ってからまだ何も話していないし、五秒も経っていない。だが、その五秒で十人死んだ。だから一瞬というのは無駄にしてはいけない。戦闘の基本がなっていない。
死んだ屑どもに言っても無意味だとわかってはいるが、それでも俺はこう言わざるを得ない。
「こんなんで悪を語ってんじゃねぇよ」
「ウェンデル、悪夢を見せる前に殺しちゃいけないよ」
そう言って俺の後ろから顔を覗かせたのはシェリアだった。
シェリアはやたら俺にかまってくる女だ。俺の行く場所にしょっちゅう現れては俺を馬鹿にしたりしてくる。顔や身体は俺から見て悪くねぇが俺はこの女を別に特別に見てはいない。
「なんでお前なんだよ。ミランはどこだよ」
俺がそう言うとシェリアは明らかに不機嫌そうな顔をする。
「女の目の前で別の女の名前出すとかアンタバカなの?」
「テメェはどうしてそこまで俺をバカにすんだよ!」
「ふん!」
シェリアは時々わけもわからず俺に怒る。
コイツの怒りは一体どこから来るのか俺は知らないから対策のしようもない。せめて理由だけでも教えろと前に言ったが、一向に答えてくれないし、幼馴染みのギュレンに訊こうとすると顔を真っ赤にしてギュレンに攻撃するのだ。
ギュレンが好きなのかと訊くとまた怒るし、コイツの考えていることは全然わからない。
だが、俺はこんなシェリアを気に入っている。
コイツとはこんな風に何回も喧嘩しているが、殺したいと本気で思ったことはないし、コイツと別れたくないという気持ちもある。
ただ、それをコイツに直接言うのは死んでもごめんだが。
「なに考えてんの?」
「別に。さっさと終わらせるぞ」
「当たり前じゃん」
そう言って俺達はシューレンの東側を制圧し始める。
《【贖罪】ニック》
私がシューレンに着くともう東側で戦闘が始まっていた。いや、戦闘というよりは一方的な虐殺であろう。東側にいるのが誰かはわからないが私達を止められるのは誰もいないと断言できる。
「テメェ! 敵か!」
「……遅いです」
私は敵の懐に潜ると鳩尾を全力で殴った。
「グフッ」
周りを見渡すと十数人という数が私を囲んでいた。彼らは剣を持つ者もいれば槍などを持つ者もいる。
私は自分の中から自分が湧き出る感覚がする。
そして本当の私が目覚める。
「甘いすぎるんですよぉぉぉぉぉぉぉぉっぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
ワタシの突然の変化に皆さんは驚いているようだ! だからダメなのです!
「そんなものに頼ってしまう時点でアナタ達は罪なんです! 何のための能力なんですか!」
人間には生まれながらにして能力というものが一つずつ天から授かっている! それにもかかわらずどうしてそれを使わないのですか! どうして全力で戦わないのですか!
「全力を出さないそんなアナタ達は罪人です! 天からの授かり物をなぜ無駄にするのですか! 贖ってください! 贖わなければいけないんですよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
ワタシは服の中から小さなナイフを取りだす! 彼らはそのナイフをワタシの武器だと判断したようだ! 実に腹ただしい!
彼らはこれがワタシの武器に見えるのでしょうか! なんと愚かしい生き物なんだ! 人間でない! 人間でない生き物が人間を語るとはなんとひどい罪だ! 贖わなければ!
ワタシはナイフで自身の指を僅かに切る! 私の指から血が流れます! これこそがワタシの天からの授かり物なのです!
ワタシの血は指を伝ってワタシの足下で倒れている人間もどきに当たる! するとどうでしょう! ワタシの足下で転がっている異物が急に苦し始める!
「ガァァァァァァァァ!」
「な、なんだ!?」
どれだけこの異物達はワタシをイラつかせるのでしょう! なぜこんなに隙だらけなワタシに攻撃しようとも思わないのか! なぜ思考を停止してしまうのだろうか!
その間にワタシの足下で一通り暴れ回った異物はゆっくりと立ち上がる!
これがワタシの能力【浸食】―――ワタシの血はあらゆるものに吸い込まれ、吸い込んだものにはワタシの意志が入る! それは異物も同じです!
「さっさと動きなさい!」
ワタシが命令すると異物はワタシの思うように動いてくれる! しかし、人間でないので少し無理をさせるだけで身体がブチブチと音が鳴る! こんな速さにも堪えられないとはなんと使えない異物でありましょう!
それでも異物は異物なりに頑張ってくれる! ワタシに対する攻撃を自身の身体を使って防いでくれる! ワタシはその間に彼らの中に血液を通してワタシを入れる! そしてあっという間にすべての異物達はワタシの道具となりました!
ですが!
「ダメなんですよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!異物が人として生きてはいけない! 罪だ! 贖ってください!」
ワタシがそう言うとワタシの道具は自身の身体を刺し始める!
もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと!
あなた達の意識がなくなっても血は巡っているのです! まだ動けるでしょう! それじゃダメなんですよ! 動いてはいけない! アナタ達は人間じゃないんですよ!
彼らは止まらない! なぜ止まらないのでしょう! そうか、わかりました! ワタシとしたことがまた忘れていました! 彼らの首を斬っちゃえばいいんでした! 司令塔である頭とつながるための場所、首を斬らなければ! さぁ、早く人の名を語るのを止めなさい!
ズシャリッ
偽物の私が目を覚ますと周りには首がない死体が転がっていた。
いつもそうです。
本当の私が目覚めると私の意識は完全とまではいかなくとも失ってしまう。
本当の私が眠る頃私はまた目覚める。頭の中がグチャグチャの状態からいきなりすっきりするこの感覚は未だに慣れない。
それでも私は言う。
「……ここには人間がいるのでしょうか?」
私はそうして足下の異物を踏みつぶしながら、北側を制圧するために歩く。
《【同罪】ミラン》
私はレイスと一緒にシューレンの西側を制圧するというデートをしている。今日は周りも歓迎しているらしく祝福の声が上がっている。
「ギャァァァァァァァァァァァァ!」
レイスも嬉しそうにこの声を聞いていて、私もそんなレイスを見るのが好きだ。誰にも邪魔されない今日という日は二人にとって忘れられない思い出になるだろう。
だがそんな時間はすぐにあの忌々しい男の所為で終えてしまう。
「エイド、今頃どうしているかな~?」
「っ……」
どうしてレイスは私のことを見てくれないんだろう。私はこんなにもレイスを愛しているのに、どうして男なんてひどい生き物に興味を持ってしまうのだろう。
すると私にそんな屑みたいな生き物が襲いかかってくる。彼らは能力を使っていて、武器に火や空気のようなものがまとわりつく。
さっきまでは祝福だと思っていた声が、今やひたすら迷惑な雑音にしか聞こえない。
「私の邪魔をする生き物なんて死んじまえ!」
私はそう言うと能力を使った。
その瞬間、私に襲いかかろうとしていた男達は突然勢いを緩めて、私をいやらしい目で見つめてくる。相変わらず気持ち悪くて汚らわしい。
これが私の能力【感性増加】―――人の感覚や感情を増加させる能力。今私は男どもに性欲と私に対する好感を急激に上げた。今の男どもは汚らわしいことしか考えていない。
「気持ち悪い」
私は懐からナイフを取り出すと男どもを斬りつける。深い傷ではない。ヒリヒリするレベルの痛みだろう。
普通であれば。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!腕が! 腕が! 腕がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
男どもは私に斬られたところを押さえて、必死に悲鳴をあげていた。いかにも腕や脚がなくなったかのように必死に自分の脚があるかどうかを確認している。
私の能力は痛覚も増大させる。彼らには今にも死にそうなくらい痛みがあるだろうが私はそんな彼らにとどめを刺すことはしない。
「ミランちゃん、とどめは刺さないの?」
「私はもういいわ。レイス、やってくれる?」
「えへへ。ありがとう!」
ズキュン!
こ、この子はなんて可愛いのかしら! フフフ、さっきまでイライラしていたけどこの子の笑顔を見ればもうどうでもよくなってくるわね。誰にもレイスを渡すもんですか!
「行こう、レイス」
「うん!」
そうして私達は互いに腕を組みながらデート(ここ大事!)を再開した。




