とある廃墟のとある集会
『最悪な罪』が声明を出してから一年。あれから一年で世界は良くも悪くも劇的に変化した。
一年前の放送で男が言っていたとおり、次の日の朝すべての朝刊が彼らのことを取り上げた。
推定百五十人。
それがたった一日で彼らだと思われる人達に殺された者の数である。その次の日もさらに二百人近く殺された。そしてその次の日には急激に殺された者の数が急激に減った。理由は言わずもがな。人々の間ではその言葉が禁句となったのだ。
そして殺される数は急激に減ったわけだが、彼らは違う方法で現在世界を震撼させている。
『また年端もいかない子どもが【断罪】の手によって殺されました。動機はその子が友達と喧嘩して手をあげてしまったからだと思われます。皆さん、どんなことがあっても暴力を行わないでください!』
『こちらでもまた人が殺されました。自分の身体にナイフを突き刺した後、最後に首を吊ったそうです。間違いなくこれは【贖罪】の犯行だと思われます』
『今回の裁判では容疑者が懲役十五年ということになりましたが、容疑者は引き続き自身の犯行を否定しています。これが【冤罪】の犯行かどうかわからないところが一番厄介なところです。次回の裁判でどうなるのでしょうか』
『こちらではまた【免罪】が無罪放免となりました。彼はいつも通り正当防衛ということで罪から免れました。だれか彼を裁ける者はいるのでしょうか。しかしこれだけは言っておきます。皆さん、彼にはどんなことがあっても手をあげないでください!』
『こちらの容疑者の男性はずっと女性の名を呼んでいます。その女性はこの男性に犯行を仄めかしたことから間違いなくこの女性は【同罪】だと思われます。今回も彼女を見つけることはできませんでした』
『また警察は今回の犯行にも【無罪】が関係していると思っているそうです。表向きには捜査しているとなっていますが、専門家の一部にはもう諦めているのではないかという意見も挙がっています。今回も彼らを捕まえることはできそうにないということです』
『今週で十人目となる被害者が出ました。あれから一年、皆さん一瞬でも気を抜いてはいけません。あの言葉だけは絶対に口にしないでください。【死罪】はいつどこにいるかわからないのですから』
『こちらではまた貴族が殺されました。また、その家で働いていた女性達も一人を除いて殺されていて顔がありませんでした。殺されていない女性は未だ行方不明であることから【逆罪】である可能性が高いということです』
『今日の未明、ガルガン王国の王子であるフィリップ王子とその許嫁であるセリス第一王女が【功罪】に殺されました。依頼者はフィリップ王子に想いを寄せていると思われるナディア第二王女だと判明し、セリス第一王女の殺害を依頼し、その代わりに自分の思い人であるフィリップ王子が殺されたようです。ナディア第二王女はフィリップ王子が亡くなったことで部屋に閉じこもっておられるそうです』
『彼らは一部を除いて顔がわかりません。ですので皆さんはいつも自分が狙われているかもしれないという自覚を持ち、一瞬たりとも気を抜かないでください! 再度言います。一瞬たりとも気を抜かないでください!』
そんな放送が一ヶ月には必ず最低九回は放送されていた。
彼らは一年で全世界の人々から『最悪』と呼ばれるようになったのだ。
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エイドはソファから立ち上がるとあくびをしながら部屋を出た。部屋を出て下の階に降りるとそこには大広間があった。
大広間の壁沿いには酒場のようなカウンターがありたくさんの酒が並んでいる。
「ギュレンいるか?」
「いるよ。何飲むんだ?」
そう言って奥から現れたのは若い青年だった。
「いつもの奴で頼む」
「了解」
その青年は爽やかな笑みをエイドに向けると慣れた手つきでカクテルを作る。カクテルをエイドに渡した後、ギュレンは自分用のカクテルも作り始める。
「今日は久し振りに皆と会えるな」
「久し振りって言うが先週も会っただろ」
「一週間は俺にとって長いんだ」
エイドが呆れていると大広間の戸が音を立てる。
「ウェンデルか?」
「いや、ニックだ」
ニックと呼ばれた者は黙ってカウンターに向かうとエイドの隣に座った。ニックは何も言わなかったがギュレンは当たり前のように大きめなカップにコーヒーを入れる。
「今回もダメだったな」
「……まったくです」
エイドが笑って言うのに対してニックは失望したような顔をする。
ギュレンがコーヒーを差し出すとニックはやけ酒でも飲むかのように大量のコーヒーを一気飲みした。それを見たギュレンが感心したように、
「相変わらずすごい飲みっぷりだな」
「……すいません」
「いや別に謝ることでもないだろ」
ギュレンがまたコーヒーを入れようとしたところでまた戸が開く。
戸を開けた本人はエイドを見るとすぐに空いているエイドの隣の席へと向かった。その足音を聞きながらエイドはため息をつくと、
「少しは落ち着いたらどうだ、レイス」
「エイド! 私、今回も頑張ったよ!」
レイスと呼ばれた女性はどこかの貴族の妻にでもいそうなきれいな顔をしていた。そんな顔で上目遣いをしており、どうもその顔と上目遣いが合っていない。
「まずはその仮面を取ったらどうだ?」
「あっ、こんなひどい顔なんて見たくないよね」
レイスは自分の顔に触ると透明な仮面を取るかのような仕草をする。するとその顔は仮面のように取れ、取れた仮面はすうっと消えていった。
そしてさっきまであった顔はそこにはなく、大人な女性を匂わせる顔から子どもみたいな顔がそこにはあった。
そして先ほどと同じ通り上目遣いをし、エイドは呆れながらレイスの頭を撫でる。撫でられたレイスは耳まで真っ赤だった。
だがそこでエイドは手首を掴まれる。その力は恐ろしいほど強く、ニックとギュレンは逃げ出すようにその場から離れた。
「始まったな」
「……始まりましたね」
これもまた当たり前かのごとくギュレンとニックは様子を見ていることにする。
「レイスにそんなことをしている暇があれば私を労うのが先だと思うのですが」
「お前のその力は一体どこから来ているんだよ……」
女性というより普通の人にしてもあり得ない力であるがその手をエイドは軽くふりほどく。
「あっ、ミランちゃん! おかえり!」
「ええ、ただいま。レイス」
レイスにそう言われ、さっきエイドに見せていた顔とはうって変わってミランと呼ばれた女性は綺麗な笑みをレイスに向けた。その頬がうっすらと赤くなっているのはいつものことであり、それに気付いている者はこの場では男性三人だけである。
「にしても俺達の関係って複雑だよな」
「……困りものです」
ギュレンとニックはそう言ってまたカウンターの近くに寄ると、エイドが恨めしそうな顔で二人を見る。
「お前ら俺をまた裏切ったな」
「裏切りたくて裏切っているわけじゃないんだ。ミランが怖くて近寄れないだけなんだよ」
「……右に同じです」
「お前の右には誰もいねぇ」
「……左に同じです」
そう言ってニックがさっきと同じ席に座ると、それを見たミランもレイスの隣に座る。
「ギュレン、私とレイスにいつものカクテルを」
「エイドと同じものだろ?」
「いいえ、エイドが私とレイスと同じものを飲むんです」
「何が違うの、ミランちゃん?」
「全然違うから気を付けてね、レイス」
ミランは愛おしそうにレイスの頭を触ると、エイドには渡さないとすごい剣幕でエイドを睨みつける。
そこで、
「相変わらずの百合展開に僕は最高の気分です!」
そう言って現れたのは青年と言うより若者という言葉の方がよく似合いそうな顔をした男性だった。その顔は満面の笑みを浮かべていて実に幸せそうである。
「セイラは相変わらず百合が好きなんだな」
「女達がイチャイチャしているのなんて最高じゃないですか!」
「お前は百合だけじゃねぇだろ……」
「もちろん! 薔薇展開もご所望です! ギュレンとニックなんてぐふふ……!」
「……やめてください」
普段はあまり表情を出さないニックもセイラを相手にすると思わず顔を歪めていた。
「そうだよ! 私とミランちゃんはそんな関係じゃないよ!」
「そうね」
『……なっ!』
「そ、そんな……」
セイラもそうだがそれよりも驚いていたのは他の男達だった。ミランが簡単に否定するとは思っていなかった。
ミランならてっきり、
『えっ、私達ってそういう関係なんじゃないの?』
とでも言うと思っていたのだが。
「これは一体どういうことだ?」
「好きな男でもできたかな?」
「……ありえない」
「さっきまで俺に敵意を向けていたくらいだからな」
男達は嫌な予感がしながらミランを見る。ミランはカクテルを一口飲むと胸を張ってこう宣言する。
「私達はそんなやわい関係じゃない。もっと近しい関係なのよ!」
『そっちか~!』
「素晴らしい!」
セイラは本日最高のテンションとなり、大きく腕を広げる。
「これこそが僕の求めていた聖地です!」
「お前は一体何を求めているんだよ……」
そこで突然エイドの後ろから顔がすっと出てきた。
「ただいま」
「おかえりクリア。何か飲むかい?」
「大丈夫」
クリアと呼ばれた少女は見た目では十歳くらいの子に見えるがこれでもエイドより一・二歳程度しか離れていない。
ギュレンの質問に軽く答えたクリアはエイドの前に行くと当たり前のようにエイドの膝の上に上がって座る。エイドはそんなクリアを抱くような体勢で頭を撫でる。
エイドには特に深い意味はないが撫でられているクリアは軽くうつむいていて、どこか嬉しそうだった。ニックよりも表情を出さないクリアにはこれが最大限の表現である。
「む~。いいな~」
「レイス、エイドのことは諦めて私をもっと」
「合法ロリは私の範囲じゃないんですよね~」
「……好きです」
「もっと大きい声で言わないと伝わらないぞ、ニック」
クリアを抱くエイドを見るレイスに、そんなレイスを見るミラン。そしてエイドに抱かれるクリアを熱心に見続けるニック。これだけでこの関係が複雑なのだとわかるが、この関係はさらに複雑である。
「なんだ、俺達が最後かよ」
「もう、ウェンデルがゆっくりしてるから!」
「仕方ねぇだろ、あんなの見たらよ」
最後にやって来たのは男女二人組だった。
女の方がギュレンを見ると軽く手を振り、ギュレンも軽く手を振ってから空いている席に酒を置いた。
「二人は一緒に行動していたのかい?」
「たまたまそこで会ってね」
「俺はミランの隣だからな」
「わかってるって」
ギュレンを除いたこの場の全員がカウンターに着いたことでカウンターは急激に狭くなる。
「どうしてここに皆が集まるんだよ……」
「私はエイドの近くにいたいから」
「レイスの隣は私のもの」
「俺はミランの隣をだな……」
「そんなウェンデルを見張るため」
「俺の何を見張るんだよ、シェリア」
「ウェンデルがミランを襲わないように」
「襲わねぇよ!」
「僕は百合を見るため」
「邪魔?」
「……好きです」
「ニック、まだ足りないぞ」
エイドは皆を見てため息をつくとクリアを抱きながら大広間の真ん中にあるテーブルを囲むような形で置いてあるソファに座る。
そのあとクリアを隣に座らせると皆は先ほどとまではうって変わって真面目な表情で各自ソファに座り始める。
皆が座るのを確認したエイドはゆっくりと息を吐いた。
それが定例会議の始まりの合図だった。




