最悪の戦いⅪ
ミレア達が行動を始めると同時に、エイドとガノンは互いに飛び出した。
だが、ガノンが全力なのに対して、エイドは先ほど吸収したガノンの攻撃のエネルギーを使わずに移動していた。
確かにエイドはエネルギーを分割することは出来るが、そんなことをすればもちろん、一回分のスピードが落ちる。その速さではガノンに追いつくどころか見ることですら難しい。
つまり今エイドがすべきことはエネルギーの吸収。ガノンの攻撃を受けるつもりでいるのだ。
だがそれはガノンもわかっていた。むやみに攻撃するのは得策ではない。
しかしこのままでも勝てないのも事実であり、得策ではないとわかっていてもガノンはエイドへの攻撃をやめないでいた。
「面倒くせぇ能力だな!」
「それはどうも……っ」
ガノンの姿が見えないエイドにはいつどこから攻撃が飛んでくるかわからない。たとえ防御したとしても速さで負けているのだ。防御のないところを攻撃される。
今度はエイドの後ろから衝撃が来た。
エイドは吹っ飛びながら受け身を取ろうとするがその前にまた衝撃が襲う。さらに追撃してくるが三撃目は二撃分の衝撃を使って、速さを上げ回避に徹する。
さっきからこの繰り返しだ。
「おいおい! 『最悪』を俺に見せてくれよ!」
「っ……少し待てよ。クソ野郎……」
エイドの身体はだいぶボロボロになっており、さっきから吸収した分を使って回避しているので未だにエネルギーは一撃分しか溜まっていない。
空気の圧力も吸収したいところだが、いつ攻撃が飛んでくるかわからないのだ。吸収中に攻撃をくらったら先ほど以上のダメージがエイドを襲うことになる。
「ホント厄介な【身体強化】だな」
「俺の攻撃をここまで耐える奴もお前が初めてだぜ」
エイドがガノンの攻略方法について考えていると、バタバタと音がした。
ガノンとエイドがチラリと音の方向をした方を見るとそこには先ほど逃げたばかりの五人。
「雑魚が何しに来たんだ?」
ガノンが睨みを利かせてそう言うが、五人は何も言わない。
「皆、ここにいては危ないよ」
ギュレンもそう言うが五人は逃げる素振りをまったく見せず、それどころか互いに頷き合うと各自バラバラに駆けだした。
「えっ、ちょっと皆!?」
さすがのギュレンも慌てるが、ギュレンは瞬時に守るべき人間を判断した。
「彼にダメージを与えれるのはミレアだけだから、彼が真っ先に攻撃してくるのはミレアか?」「テメェがいくら誰かを守ろうとしても、先にテメェがやられちまったら意味がねぇよな」
「ギュレン!」
ガノンの身体は見えないがその声に瞬時にギュレンは自身の圧力を強化し、防御力を上昇させた。
だがそれでもガノンの攻撃力は圧倒的でギュレンの身体は大きく吹き飛ばされた。
「そうだよなぁ。何もエイドと戦う必要なんて初めからなかったんだよなぁ」
「ッ! まさかテメェ!」
「まずは雑魚どもからやっても別にいいんだよなぁ」
ガノンは人を馬鹿にするような笑みを浮かべ、エイドは重力を一瞬だけ吸収し、そのエネルギーでガノンへと飛んでいく。
だがエイドがガノンにたどり着く前にガノンの姿は消える。
「なんてな」
ガノンの声にエイドはハッとするが次の瞬間には背中から先ほど以上の衝撃が叩きつけられる。
「ガッ!」
地面へと叩きつけられたエイドが上を見る、とそこには両手を組み合わせているガノンが笑いながら立っている。
「やられたな……」
エイドは自分を笑うように笑みを浮かべる。
【吸収】が一瞬で吸収できる量は決まっている。だからその一瞬の威力を強くすればエイドへのダメージは増やせる。
ガノンは初めからそれをわかっていたがあえて今まで使ってこなかった。
なぜなら。
「それが本当の『最悪』だからな」
「ふざけやがって……」
「テメェをただ殺すだけじゃつまらねぇ。出来るだけ多く痛み付けてから殺ろうとずっと思っていたんだがよ」
ガノンは首を鳴らしながらつまらなさそうに言う。
「飽きたわ」
「……へぇ」
エイドはその言葉に怒りを覚えることはなく、ただ感心した声を出した。
それがガノンにも意外で思わず訊く。
「本当はここで怒るところじゃねぇのか?」
「別にそうでもない」
ガノンは眉を寄せる。
「ここまで遊んでくれたってことは逆に言えばここまで俺を生かしてくれたってことだろ?」
「……何が言いたい」
「殺そうと思えば殺せる相手を生かすとはお前もなかなかバカだよな?」
「ッ……!」
ガノンはそう言われて顔を真っ赤にしながら拳をエイドへと振り落とす。
が。
「悪いけどやらせませんよ」
「……落ちろ」
セイラがエイドを庇うように立ちはだかり、ニックがガノンの頭上から血を流そうとしていた。セイラを攻撃している間にニックの血が当たればガノンの負けだ。
「雑魚が……!」
ガノンは地面を蹴ると横へと跳ぶ。
だが飛んでから気付く。
「なっ……!」
そこには毒ガスらしき紫色のガスが立方体に漂っていた。
「これはどういうことだ!?」
ガノンは咄嗟にジャンプでそれを飛び越えると、壁の方でシェリアとレイスらしき女性がその立方体に向けて手をかざしながら、こっちを見ていた。
だがそこでガノンは気付く。
自分の動きが見られていることに。
つまり今自分が遅くなっているということ。
「今度は誰だ!?」
「俺だよ」
その声は空中にいるガノンの後ろから聞こえた。
「ギュレン!」
ガノンは拳を振り抜くがギュレンは空中でさらに飛ぶと、ガノンの真上へと飛ぶ。
「よいしょっと」
ギュレンはかかとに高圧力をかけるとガノンに向けてかかとを落とす。
「その程度の攻撃で俺にダメージを与えられると思ってんのか!」
「まさか。いくら君の速さを遅くできたとしても防御力までは変えられないからね」
ギュレンのかかと落としはガノンにダメージを与えられずとも落下させることは可能である。
その落下地点には。
「なめんじゃねぇよ……。俺だってまだ死んじゃいねぇぞ」
全身から血を流しながらウェンデルが剣の柄を握っていた。
「クソッ!」
ウェンデルはふらふらの足に力を込めるとガノンへ向けて、大きく飛んでいく。
ウェンデルの居合いをガノンは身体の体勢を変えることでギリギリのところで躱す。着地したガノンはエイドへ叫ぶ。
「テメェ! どういうつもりだ!」
「どういうつもりとは?」
「テメェは『最悪』のリーダーじゃねぇのかよ!? リーダーならお前が誰よりも強いんだろ!?」
ガノンの言葉にエイドは「ハッ」と笑う。
「強い……ね。誰よりも?」
「ああ?」
エイドは可哀想な目でガノンを見るとため息をついた。
「お前にとって『最悪』ってなんだ?」
「そんなの簡単だ。誰よりも強い人間が誰からも怖れられる存在のことだ」
「そう言うと思ったよ」
「なんだと?」
「お前にとって『最悪』は一人しかなれないと考えているんだろ。だって誰よりも強いってことは一人しかいないんだからな」
「当たり前だ。だから俺はテメェらが気にくわねぇ。『最悪』が何人もいるわけがねぇからな」
するとエイドは心底おかしそうに笑った。さっきまでエイド達を格下に見ていたガノンが今度はそのエイドに見下されたように笑われた。怒らないわけがない。
「何がおかしい!」
「全部だ」
それでもエイドはおかしそうに笑う。
「お前はさっき『最悪』を誰からも怖れられる存在だと言ったな」
「……それがどうした」
「それは間違ってはないが、一人じゃ絶対に無理だな」
「あ?」
「お前にいい言葉を教えてやる。この世の人は全員十人十色なんだぜ? 全員違うんだ。お前がどう考えているかはわからないが、お前の行いを善だと考える奴もいるんだぜ? そいつにとってお前は怖れられる存在ではないだろうな。つまりこの時点でお前は自分の『最悪』の定義から自ら外れてしまったわけだ」
「……」
黙るガノンをエイドはつまらなさそうに見る。
「黙るなよ。お前の『最悪』はそんなもんかよ。だとすれば本当に残念な奴だ。お前が語っているのは『最悪』でもなんでもなく」
「黙れ、雑魚が」
ガノンはエイドを殴ろうとするとエイドはそれでも笑いながらそのまま殴られた。
「テメェみたいな雑魚が俺に語るな。最強の俺に負け犬が吠えるんじゃねぇよ」
「それだ」
エイドは口元の血を拭きながら立ち上がると、ガノンを睨む。
「最強、最強ってお前は何にもわかっていねぇんだな」
「吠えるなって言ってるだろ」
「この世に最強なんて存在しねぇよ。最低でも戦闘に関してはな」
「はっ、何言ってやがる。負け惜しみかよ」
「わからねぇならそれでもいいが、一応言っておくぜ。この世はじゃんけんみたいなもんなんだよ」
「何を言うかと思ったらガキの遊びかよ」
ガノンの言葉を無視してエイドは言葉を続ける。
「結局は相性ってことだ。相性が悪ければどんなに強くても簡単に殺される。だからこの世には最強なんて奴は存在しない」
「それじゃ俺は何だ? 俺は最強じゃねぇのか?」
「だからそう言ってるだろ」
「はっ、やっぱテメェは雑魚だな」
ガノンがエイドに飛びかかろうとしたところでエイドの前に六人が立ちはだかる。
「どけ、雑魚どもが」
睨みを利かせるガノンに僅かに尻込みするギュレンを除く六人にエイドは安心させるかのように後ろから言う。
「ガノンがニックの血を怖れるのは侵略されたら終わりだと知っているから」
「ガノンが毒ガスを躱したのは防御力を鍛えたところで毒には勝てないから」
「ガノンがウェンデルの剣に当たらないのはアイツが全力で躱しているから」
エイドはガノンをまた笑うと、
「結局アイツは俺達を怖れているのさ。自分の『最悪』の定義に自ら外れちまってる残念な奴だよな」
「テメェ……!」
「だけど俺はお前らになんて言った? 怖れるなと言ったことがあるか?」
その言葉が一番深く刺さったのはレイスだった。エイドはレイスがここに来るまでにどんなことを考えていたかは知らないはず。それでもエイドは言う。
「俺達はどこまで行っても人間であることは変わらねぇ。俺達は恐怖を知っているからこそすべての人間に恐怖を見せる。俺達は現実で生きているんだ。だからな」
エイドはあえて皆の前に出てガノンを挑発する。
「現実を知らねぇテメェが『最悪』を語ろうなんざ無理な話だ」
その瞬間ガノンが完全に止まって……
「ハッハッハッハッハッハッハッハッハァァァァァァァァァァァァァァッッッッッッッ!」
ガノンの額に血管が目に見えて現れる。
「なめんじゃねぇぞ、クソ野郎がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
七人が応戦しようとするがその前にエイドがニヤリと笑いながら手で制す。
「テメェが俺に負ければその減らず口も消えるんだよなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「そうだ。気付いてないかもしれないがな」
エイドの言葉はもうガノンに聞こえていなかったがそれでもエイドは言う。
「俺達はミレアも含めて十人だぜ」
ガノンは怒りの強さとも言うべきか、これまでで最高の速さで最高の攻撃力を手に入れていた。もはやこの速さに追いつけるものはエイドでも無理であった。
エイド一人では。
その瞬間、すべての時が止まった。
気が付けばガノンの両手で作られた大きな拳がエイドの両手の手のひらに乗っていた。
「は、はああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
ガノン自身何が起きたかわからなかった。
自分でもあり得ない速度で、あり得ない攻撃力の攻撃を放って、何も起こらないはずがない。
感覚的に言えば、今ガノンは星すらも壊せるような感覚であった。にもかかわらず、衝撃も音も起こらず気が付けば自分の拳がエイドによって止められていた。
そしてその一瞬こそがエイドが待ち望んでいたもの。
エイドは今までのガノンが嘘のように軽くガノンを持ち、地面へと叩きつけた。そして今までガノンがやって来たことのように地面に亀裂が入る。
「ガッ……! な、なにが……?」
エイドはガノンの上に腰をかける。ガノンは必死にエイドをどかそうと暴れるが今までの力が嘘のように、夢のように入らなかった。
「な、何をしたぁ!」
「言わなくてもわかるだろ。現在進行形でお前の力を吸い取ってんだよ」
「そっちじゃねぇんだよ! その前だ! どうして俺の全力が!」
「ああ、そっちか。それはあれだよ」
エイドが指を差した方向にはミランがミレアに肩を貸されながら歩いていた。
「ミランちゃん!」
そんなミランを見て真っ先に飛んでいったのはレイスだった。いつもは逆なのだがレイスに抱きつかれたミランは心から幸せそうに頬を染める。
「ま、まさか! これで二人は両思いの百合関係に!」
「あなたは黙ってなさい、屑」
「っ……!」
ぴくぴく動くセイラをよそに次にエイドに質問したのは、ウェンデルだった。
「だが俺も正直驚いたぜ。どうしてあの攻撃が吸収されたんだ?」
「だから言っただろ。俺達は十人だって」
「じゅ、十人?」
ウェンデルはハッと気付くとまたミランとレイスの方を見た。
するとミランの後ろからぴょこんとクリアが姿を現す。その存在を思い出したガノンはそこですべてを知った。
「ま、まさか……」
「そういうことだ」
「ちょっと待てって。お前らがわかってても俺達はわからないままなんだよ」
ウェンデルがそう言うとミラン、ミレア、クリア、ギュレン以外の五人が頷いた。
「クリアが自分の存在を消してまずミランの状態を見に行ったんだよ。そこで本当はクリアにミランを起こすつもりだったらしいが、ここで予想外の事態が起きていたんだよ。ミランの心臓が止まっていたんだろ?」
エイドがクリアにそう訊くとクリアは頷いた。
「そこでクリアは咄嗟にミレアを呼びミレアの能力である【衝撃】で心臓マッサージ。目覚めたところでクリアに存在を消してもらいながらミランは俺に能力を使った」
「ミランちゃんの能力を使って、って……」
「私はミレアに頼まれてエイドの視覚を強化したのよ」
「視覚を?」
「つまり俺は動体視力を強化して、ガノンの速さが見えたんだよ」
「っ……、マジかよ……」
「……ちょっと待ってください」
そこでニックが話を止める。
「……いくらあの速さが見えたとしても」
「そうだ! 吸収できた理由にはなってねぇぞ!」
そう、いくら動体視力を鍛えたところで、一瞬の攻撃にはエイドは耐えられないはずなのだ。だが、それに対してエイドとギュレンがおかしそうに笑う。
「一瞬を伸ばしたのさ」
今度はギュレンが答える。
「一瞬を伸ばす……だと?」
「エイドが一瞬で吸収できる量は限られてはいるけど、逆に言えば一瞬でなければ上限はない」
「それがどうした?」
まだわからないウェンデルにギュレンは心の中でため息をついた。
「実は俺、エイドとガノンが話している最中にずっとエイドに攻撃していたんだ」
「は?」
「エイドの周りは超高気圧だったからね、エイドが吸収してなかったら今頃あんな感じかな」
ギュレンの視線の先にはレンと思われる衣服と血だまり。
「とにかくそれで吸収したエネルギーをスピードに還元して、さらにガノンが拳を振り落とす方向と同じ方向に自身の手を動かすと……。ここまで言えばもうわかるだろ?」
「エイドの手とガノンの拳が触れあっている時間が増え」
「……完全に威力を吸収したわけですか」
「そういうこと」
全員が納得したところでエイドはこれですべて終わりかというように自分の拳にガノンから吸い取ったエネルギーを収縮させる。
「ま、待て!」
「いまさら命乞いかよ」
「俺をテメェらの仲間にしてくれよ! もう逆らわねぇし、心配ならそこの奴の能力で俺を【侵略】すればいい! な!?」
つまりエイド達『最悪な罪』を苦しませた戦力が手に入るということ。ここはエイド達にとってもいい話だが、
「お前みたいな奴はいらねぇんだよ」
エイドはそれでも一蹴する。
「お、俺はテメェらが束にならないと勝てないような奴だぜ?」
「いらねぇって言ってんだろ」
「そんなわけあるか! 俺は―――!」
「うるせぇぞ、ガキ」
「な……!」
今まで以上の迫力にガノンは背中の冷や汗が止まらない。
「テメェは『最悪』を最も侮辱したクソ野郎だ。生かす意味がない」
「な、なら……」
「ああ?」
「お前にとっての『最悪』ってなんなんだよ? そこまで言うなら大したものなんだろうな!」
ガノンが叫び、エイドは困ったように頭を抱えた。
それはまさに子どもに何回も言っているのに一向に納得してくれないのにイラついているかのように。
「大した理由なんてあるわけないだろ」
「は?」
「大した理由なんて結局は非現実なもんだ。俺達が目指しているのは現実的な『最悪』だ。そこに現実的なもの以外いらないんだよ」
「な、何を―――」
「いいか、最後に言っておく」
ガノンの言葉を無視してエイドは言う。
「俺達は自分達の思うままに、自由に人に絶望を見せる。『全員に』なんてことは言わねぇ。各自勝手気ままに絶望を、悪夢を見せる。現実の話をするときは現実の話をしろ」
―――だからな。
エイドは拳を振りあげる。
「テメェが『最悪』を語るな」
そしてエイドの拳が振り落とされたとき『最悪』を脅かした者が消えた。




