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最悪の密談

 エイドとガノンの戦いは激しさを増していた。

 お互いに殴り合うだけの戦いだが「だけ」というには無理があるのではないかと言うほどの戦闘になっていた。お互いに相手の攻撃が当たってはいけないことは理解しているようでお互いに躱し続けているが、余裕の笑みを浮かべているのはエイドではなくガノンだった。


「おいおいおいおい! なんだこの程度かよ、『最悪』のボスもよぉ! ビビって損したくらいだぜ!」

「この野郎……」


 二人はエイドを除く『最悪な罪(ワーストシンズ)』の中で最も強いギュレンですら見えない速度の中戦っていた。これだけでも二人が規格外の強さを持っているのはわかる。

 だがエイドが出せる速度はこれが限界なのに対して、ガノンはまだ先があるようで。いつもは立場が逆なのだが今戦闘を楽しんでいるのはガノンである。


「これはマズいな……」


 この速度に疲れ始めているのはエイド。

 息を切らす音が少しずつ大きくなっていた。


「この速度の中、息が切れないのはずっとおかしいと思っていたが」

「やっと気付いたようだな。難しいことじゃねぇしな」

「あまりに巨大すぎる力は意外と単純な能力だからな」


 エイドとガノンはニヤリと笑うと速度を止めた。


「さて質問だ。俺の能力は一体何だ?」

「【身体強化】……だろ?」


 その言葉にギュレンは「へぇ」と感嘆を漏らした。

 身体強化。

 シンプルすぎる答えだ。

 普通、一般的に【身体強化】という能力はこの世界の三割近い人が持っている能力でその名の通り自身の身体を強化する能力だが、皆がガノンほどの強化をするわけではない。

 むしろガノンがおかしすぎるのだ。

 ガノン以外の人の場合、強化されても人が視認できないほどではない。追いつけなくてもみることはできる。

 だがガノンの場合、その六〇倍ほどの強化できた。

 例を使うと常人が五十メートルを走ったときのタイムを八秒だとするならば、普通の【身体強化】で約二.六秒。だがガノンの場合約〇.一三秒で走ることになるのだ。時速で表すと約九六〇キロ。ライフルの弾と同じくらいの速度である。

 今ガノンは大体八割程度の力を出しているのだが、逆に言えばその八割にエイドはなんとか追いつける程度に強いということ。

 それでも。


「俺もそろそろ準備運動が終わったところだし、こっからはこっちも全力で行くぜ」


 この先はエイドにも追いつけないということだった。


「ッ……」


 エイドが息を整い、飛び出した瞬間だった。

 エイドと同時にかけだしたガノンはエイドの前から姿を消し、気が付けば後ろに回り込んでいた。


「マジ……かよ……!」


 先ほどまでの速度に慣れていたエイドはその速度に追いつくことができなかった。

 咄嗟に後ろを振りかぶろうと身体を回すが、その前に背中に衝撃が伝わる。


「ぐっ……」


 その衝撃にエイドは三メートルほど転がるが、転がっている最中に足に力を入れると大きくガノンと距離を取った。


「ああ?」


 その結果に驚いたのは紛れもなくガノンである。


「どうなってんだ? 俺の攻撃がこんなもんで済むはずがねぇ」


 ガノンの言うとおりさっきまではこれをくらった人が全員、壁や地面へと埋まり、全員が気を失っていた。ましてや、エイド以外のときのガノンは五割程度の力しか出していない。単純計算で行けば今の攻撃は両腕を使ったウェンデルへのダメージと同じもしくはそれ以上のはずだった。

 にもかかわらず、エイドは三メートル転がっただけ。


「……まさかと思うが」

「今度はそっちが正解を当てる番ってか」

「テメェの能力は【吸収】か?」

「そっちも正解だ」

「【吸収】―――あらゆるエネルギーや衝撃を吸収し、同程度のものへと変える能力ってところか?」

「満点だ」


 エイドが高速移動できるのは重力をエネルギーに動いているからでもあるが、そのほかにもエイドは空気中に漂っている圧力などのすべてのエネルギーを足へと還元していた。

 今の攻撃も【吸収】でダメージを抑えたのだが、ここで一つガノンには疑問が湧く。


「なぜすべての衝撃を吸収しなかったんだ?」

「それを俺に訊くのは野暮ってもんだろ」


 エイドの【吸収】はどんなエネルギーだろうが吸収する。だが、実際今エイドはダメージを受けた。なんでも吸収できるはずなのに。


「……上限か」

「正解だよ」


 ガノンの答えに答えたのはエイドではなくギュレンだった。

 エイドは「おい」とギュレンを睨むが、ギュレンは「こっちは相手の能力を知っているのに相手は知らないっていうのもひどいもんだろ」と笑って答える。


「エイドの能力にはデメリットというデメリットがないんだ。あるのは上限だけ。君の言うとおりエイドが一瞬で吸収できるエネルギーは決まっているんだ」


 つまりエイドの吸収を上回るほどの攻撃力とその一瞬をさらに短くするスピード。

 結果だけ言えば、つまりエイドはガノンの攻撃には耐えられなかったということ。


「なるほどな~」


 ガノンはその事実に笑う。

 エイドはギュレンをもう一度睨むと、「どうせ結果は変わらないんだし、それにあれはもうバレてたでしょ」とこれもまた笑って言う。


「つまりテメェは俺の速度にもついて来れないし、攻撃を無力化することも出来ない。今、吸収した力で出来ることも限られているだろ」

「……はぁ」


 エイドはため息をつくと首を鳴らした。

 決して余裕ではない。むしろ危機だ。だからこそ、エイドは余裕を見せる。一度飲み込まれてしまった者は勝てない。そこから這い上がるにも時間がかかる。だからエイドは余裕を見せる。見せなければならない。


「来い。俺もテメェを殺したいのは同じなんだよ。『最悪』なんて言葉を使われちまったらな」

「面白ぇ! だったら俺とテメェのどちらが本当の『最悪』か見せてやるよ!」


 二人は互いに殺気を放つと、互いに駆け出した。


◇◆◇


 自分達のアジトから避難した五人は極度の緊張から解き放たれた所為か疲れ切った顔をしていた。

 特にレイスの顔はひどいもので今にも倒れそうな様子だった。

 その原因は一つしかない。


「私の、私の所為でミランちゃんが……」


 自分を庇ってミランがガノンに吹き飛ばされた。それもすごいショックだったがそれよりもショックだったのが。

『よかった』

 そう言ったミランの顔だった。

 人間は死の寸前には走馬燈と言って脳が活性化して、これまでのことを一瞬にして思い出すと言われている。

 つまりその間はすべての時間が止まっているように見えるのだが、それを経験したレイスの目に焼き付いているのはミランの顔だった。

 言ったというにはあまりに小さな声で、どちらかというと口パクに近い状態だった。現にレイスもその口の動きからその言葉を導き出した。


「何も……よくないよ……」


 吹き飛ばされたミランの顔を見ることが出来なかった。

 怖かった。

 何に恐怖していたのかは自分でもよくわかっていなかった。

 ただ怖くて、そのときエイドを見て何かに安心した。それがミランが助かるかもしれないと思ったことなどでは絶対ない。


「う、うぅぅぅ……」


 そんなレイスを見ても誰も何も言えなかった。

 そんな暇がないのだ。

 あの無表情なクリアでさえどこか悲しそうに見えるし、どこか震えているようにも見える。


「これからどうしますか?」


 最初に話し出したのは意外なことにも誰よりも弱いミレアであった。


「どうしましょうか?」


 そう言うのはセイラ。


「とりあえずこのままここにいても意味がありませんよ。僕達にもまだできることはあるでしょう?」

「……何がある」

「例えば皆さんを助けに行くとか……ね」


 その言葉にレイスが顔をギョッとした。


「わ、私がミランちゃんを……?」

「このままだとやられた皆さんがエイド達の戦闘に巻き込まれるかもしれません」

「それは……そうだけど」


 セイラの意見に他の人もやっと動こうとするなか、レイスはそれでも動こうとしない。


「レイスさん、ミランさんは」

「ちょっといいかしら」


 セイラの言葉を遮ったのはミレアだった。

 セイラは不思議そうにミレアを見たが、ミレアはそれに反応することなくレイスの前に立った。すると、手を上へと挙げて、


 パシィィィィン!


 最初レイスは自分が何をされたかわからなかった。

 だが、あとから自身の頬を触り、それから頬に独特の熱を帯びているのがわかった。そして最後に自分が叩かれたのだと理解した。


「あなたは私と違って本当の『最悪』の一員なんでしょ。それならいつまでそうやっているの。私が思う『最悪』はこんなもんじゃないはず。ましてやその予想すらも越える『最悪』があなた達なんじゃないの。『最悪』が他の奴から『最悪』を味わってどうするの」

「で、でも……」

「いい加減して。あなたは一体何に恐怖しているの?」

「え……?」

「教えてちょうだい。あなたは一体何を怖れているの?」

「そ、それはミランちゃんの顔を見るのが……」

「違うでしょ」


 レイスの言葉をミレアははっきりと両断する。


「あなたが怖れているのはミランの顔を見ることではなく、かといって仲間を守れないことでもない」


 ミレアはそう言っていったん区切ると、レイスに指を指す。


「あなたはただガノンに恐怖しているだけ。それを必死に認めたくないだけ。違う?」

「あ……」


 そう言われてやっとレイスは自分がなぜミランが吹き飛ばされたときの顔を見て怖くなったのか、そしてなぜ自分がエイドを見て安心したのかわかった。


「そうか。そうだったんだ」


 自分がミランみたいに笑える強さを持っていないことを知ってしまったから。

 エイドがガノンを倒してくれることがわかったからではない。この場からただ逃げたかったから。


「私は、私は好きな人を囮に使っちゃったんだ……」


 レイスが自嘲気味な笑みを浮かべると、今度はそのレイスの前にクリアが立った。


「問題ない」

「え……」

「どうでもいいこと」

「な、何言ってるの! 私は好きな人を囮に使うような最低な人なんだよ!」

「同じ」

「……え?」

「私も同じ」


 クリアはレイスの目を真剣に見つめながら言う。


「エイドは優しい」

「あっ……」


 普段ならその言葉の意味がよくわからなかっただろう。だが、今のレイスは初めてクリアが何を言いたいのかはっきりわかった。

 つまりエイドはそれを根に持つことはないし、咎めることもしない。


「エイドなら『勝てない相手から逃げるのを敗北とは言わない』とでも言いそうですね」

「……絶対言う」


 セイラとニックがそう言って笑うと、ミレアも「なんとなく言いそうね」と同調した。


「絶対言う」

「……うん。そうだね」


 念押しと言ったクリアに頷くようにレイスは最後に笑った。


「エイドのことを一番知っているのは私だもんね! 絶対言うよ!」

「一番は私」

「違う、私だよ!」

「私」


 レイスとクリアは互いに睨み合うとレイスはフッと笑って視線を外す。クリアも同時に視線を外すがその顔はうっすらと笑っているようにも見えた。


「それじゃ、話もまとまったところだし、もう一度戦いに行きますか」

「……異論なし」

「同じく」

「それで、誰から助けるの?」


 レイスはそう言うとミレアを見る。ミレアはその視線に驚き、他の人達も見るが全員がミレアを見ていた。


「わ、私ですか?」

「そりゃ、この中で一番頭がいいのはあなたですから」

「さっきの件もあるしね。もうミレアちゃんは『最悪』の一員だよ!」

「……はぁ。本当に私に任せて大丈夫ですか?」

「くどい」

「……決断は早く」

「わかりましたよ! それじゃ、先に助けるのは―――」


 その人物に四人は驚いたが、それも一瞬で、四人はミレアを信じて行動を始める。



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