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最悪の戦いⅨ

 《【逆罪】レイス》


 ミランちゃんとクリアちゃんと別れてからしばらく経ったがなぜか私のところに幹部どころか下っ端達ですら現れなくなった。時々声が聞こえるのだが、


「あっちに今にも死にそうな奴がいるぞ! そいつからやっちまうぞ!」


 間違いなくセイラだろう。

 セイラ以外に私達が死にかけるなんてことはあり得ない。

 つまり敵達は全員セイラを狙っているおかげで私のところに敵が来ないのだ。人を殺すことを楽しみにしている私達にはただの攻撃よりよく効く。


「あぁ~、暇だな~。やっぱり一人は寂しいよ~」


 こんなことを言ったからって幹部がひょっこりと現れるわけがない。私の勘だがもしかして私が最後に幹部を倒したということになるのではないか。

 別に競争しているわけでもないし、最初に幹部を倒すものが存在するのと同じく必ず最後になる人も存在するわけで、それが今回私になるだけであって別に悔しいとかは思っていないけど。


「エイドに嫌われたらどうしよう」


 このくらいでエイドは人を嫌わないのはわかっているけど、人を嫌わないだけで私個人として嫌わないわけではない。エイドにとって私は他の人と一緒なのだろう。


「私はエイドの特別になりたいのにな」


 こういうことをミランちゃんの前で言ってしまうとなぜかミランちゃんは腹を立てるんだけど、今はミランちゃんもいないし別にいいだろう。


「この際クリアちゃんとでもいいから誰か一緒に私と話しようよ」


 今更になってクリアちゃんを無理にでも私の方に来させればよかったと思う。私がクリアちゃんを避けているのと同じく、クリアちゃんも私のことを避けていることは知っている。

 でも、いつかは話さないといけないのだろう。互いの気持ちを互いにぶつけるときが必ずこの先起こるのだから。


「なんか死亡フラグみたいなの立てちゃってるな~」


 死亡フラグを立てた後はこれを言うとフラグを折れるって前に誰かが言っていたような気がするけど誰だっけ? 私達の誰かではないはずだから昔の貴族の家族の誰かかな。

 そんなことを考えながらしばらく歩いているが一向に下っ端も幹部も出て来ない。


「間違って誰かが二人倒してました~、じゃ困るんだけどな~」


 そのとき人の気配を感じた。一人ではない。二人の気配だ。


「だから言っているじゃん。こっちじゃないって!」

「い~や! 俺の勘が正しければこっちで間違いねぇんだよ!」

「ウェンデルの勘なんてそんな当たらないでしょ!」

「『そんな』だろ! ってことは何回か当たるってことだろ。その何回かが今なんだよ!」

「あっ、レイス。そっちは終わった?」


 シェリアちゃんは私を見るとニコッと笑って手を振った。私もそれに倣って手を振って質問に答えた。


「私はまだだけど二人もまだ?」

「ごめんね。私達はさっき倒しちゃった」

「そっか~」

「ふん、タラタラしてるからだぜ」

「一番最初に来てクリアちゃんに先を越されたのはどこの誰かな~」

「シェリアテメェ! 喧嘩売ってんのか!」


 相変わらず二人は喧嘩しているけどとても仲がいい。シェリアちゃんとウェンデルはいつも喧嘩しているけど、本気で喧嘩したところは見たことがない。

 二人を見ていると自分が入る余地がないことがわかるし、それはエイドとクリアちゃんでも同じことだ。

 クリアちゃんと私の違うところはそこだった。

 前にエイドとクリアちゃんの関係を聞いたことがあるがギュレン君は答えてくれなかったし、エイドに訊いたらうまくはぐらかされた。


「はぁ~」


 私のため息にシェリアちゃんは申し訳なさそうに手を振った。


「ごめんね、レイスはまだ倒してないのにこんな話して」

「あ、ううん! そうじゃないの。ただ私も負けてられないなって思って」

「そんな勝ち負けとかないよ!」

「あはは、そうだね」


 それから私はシェリアちゃん達と別れてまた幹部を探し始めた。

 ここに来たときより騒ぎはもう静かになっていて、もう戦う気力が残っていなさそうである。

 もしかして幹部は逃げてしまったのではないかと思ったが、それならもっと下っ端達が騒いでいるはずだ。

 となるともしかして、


「どっかに隠れているのかな?」


 だとすればどこに隠れているのだろう。もう歩き回るのも疲れた頃だし少しズルしちゃってもいいよね。


「え~っと、確かこの顔でよかったはず」


 私は顔の前に手をかざすと仮面を付けた。

 その途端、私の顔は違う女性に変わり私の頭の中に一瞬にして私が経験したことがない記憶が入ってくる。

 この顔の持ち主の能力は【索敵】―――周囲にいる自分が認めている者、すなわち仲間以外の人の居場所が頭の中に浮かび上がらせる能力。

 誰かわからないところが欠点だが、幹部が隠れていると仮定すれば幹部は一点に止まっているはずだ。さらに本当に隠れていたら下っ端達が幹部を説得するために群れている中心にいる奴が幹部ということになる。


「……ビンゴ!」


 わかりやすいほど普通にいた。しかも運がいいことに私の近くである。

 その方向へ走っていくと先ほどの【索敵】通り敵達が密集していて必死に何かを叫んでいた。


「やっと見つけたよ~」

「で、出ましたよ、ボルゴーニさん! ほら、あなたがいないと私達が死んでしまうんですよ!」

「し、知るか! もううんざりなんだよ!」

「ボルゴーニさん!」


 心配しなくても誰一人残らず死ぬというのに何をそんなに怖がっているのだろう。どうせ死ぬなら抗って死ぬ方がいいに決まっているのに。

 私の相手の名前はボルゴーニというらしいが、どうでもいいことだ。

 大事なのは倒し方。

 おそらく私が最後だと思っているが、最後はやはりちゃんと片付けないとそれこそエイドに嫌われてしまう。


「もういいよ。まずはあなた達から殺していくから。その後に、そのボルゴーニとかいう人も殺すから」

「ひぃっ!」


 叫んでいる暇なんてもうないということがなぜわからないのだろう。もうそろそろ死ぬ覚悟を決めた方がいい。

 私は今の仮面を外して違う仮面を付ける。

 今度の女性の顔の持ち主の能力は【地震】―――その名の通り地震を起こす能力だ。

 私は地震で地割れを起こし半数以上の下っ端達が落下していった。残りの半数以下の下っ端達は諦めたように私に襲いかかる。

 見方によっては、というより普通に今隠れている幹部より有能な部下だと思う。かといって容赦はしないが。

 また顔を変える。

 今度の能力は【針のむしろ】―――地面から大きな針が飛び出す能力。

 その能力で私に向かってくる者すべての人を二本の足の裏から顔に向かうように巨大な針が飛び出す。


「がッ……!」


 実に無残な死に方だとは思う。端から見ればただ処刑された人達にしか見えないだろう。

 まぁ、私達を差し置いて新聞の表紙を飾ったので、処刑されたという表現はあながち間違いではないだろう。

 さて、あと残るはたった一人。今も必死に逃げようと物陰から出てきた幹部。

 もうだいぶ絶望を見ただろう。『最悪』を見ただろう。

 だからこそ逃がすわけにはいかない。最悪らしく「助かった」なんて感情は持たせてはいけない。私達に救いはない。

 針を幹部らしき人物の少し前に飛び出させる。


「ひゃっ!」


 男とは思えないほどの悲鳴をあげながら幹部は腰を抜かした。


「君、幹部なんでしょ。だったら私と戦うべきでしょ」

「っ……」


 どうして敵である私がこんな幹部を説得しているのか自分自身よくわかっていない。やはり幹部はちゃんと殺したいという気分だからだろうか。

「ほら、早く立ってよ。負け男さん」


 その瞬間、幹部の目が変わった。


「ま、まけおとこ……だと?」

「ん? どうしたの?」


 私の問いには答えず、幹部はゆっくりと立ち上がる。そしてきちんと立ったとき私を睨みながら叫ぶ。


「俺は男じゃねぇんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

「あっ、そうなの。それはごめんね」

「……」

「……」


 静寂が訪れる。

 私は何か変なことを言っただろうか。『最悪』である私が謝ったことがそんなにおかしいことだろうか。


「『最悪』だって謝ることはするよ?」

「いや、そうじゃなくてだな……」


 どうも違うようだ。他におかしいと思われることは……、


「あ! もしかして私があなたが女であると聞いてそんなに驚いていないことに驚いてるの?」

「あ、ああ……」

「ごめんね。そういう人とは今まで何回も会ってるから別に驚くことでもなくなっちゃったんだ」

「……」

「それよりさ、せっかくやる気が出てきたなら私と戦ってよ」

「っ……」


 ここまでいってまだ私と戦う覚悟ができていないようだ。いい加減私もイラついてきた。ここは無理にでもやる気を出してもらおう。


「男なら早く腹をくくってよ。あ、あなたは女だったんだっけ。まぁいいや。男みたいな顔なんだし」

「なっ!」

「どう? やる気出てきた?」

「潰す」


 どうやらやっと戦ってくれるそうだ。この人はどんな能力を使うのだろうか。実に楽しみである。

 私はまだ戦闘態勢に入っていないが幹部はそんなのお構いなしに動いた。煽られて相手のことを気にする奴なんて普通いないので驚くことはない。

 幹部は剣や弓矢、槍までをも突然投げた。いや、投げたというには無理がある。どちらかというと散らばらせた感じだ。

 だがその散らばった武器達は意志を持つかのように私の方へ先端を向け、私の方へと飛んでくる。


「面白い能力だね」


 私は笑いながらそれを難なく避けると新しい仮面に変えた。今までの棘でもよかったがせっかくだ。ここは楽しむとしよう。

 だがその前に私は異変を感じ取った。幹部の目が私を見ていないのだ。私の方を見ているのは間違いないが、私の後ろを見ているようなそんな感じが……、


「ッ! もしかして!」


 私はすぐさま後ろを振り返ると私が躱したはずの武器達が方向を変えてまたしても私に飛んできていた。


「でもそんなんじゃ当たらないって」


 私はまたしても余裕に躱す。

 いくら追尾されたところでこの程度の量は普通に躱せなかったら他の八人とは一緒にいられない。仲良くするのはかまわない。だがまずその前に『最悪』としての力がなければならない。


「かかった……!」

「え?」


 私の腕にひやっとした感触がすると途端に足の力が抜けて膝から崩れ落ちた。


「な、何が……?」


 私が呟くとそれに答えるように幹部も呟く。


「俺の能力は【追尾】―――自分が投げたものは相手に当たるまで追いかける能力。誰も武器だけだとは言っていないぞ。武器に付いていた液体には気付いていないようだな」

「液……体?」

「ハッハッハッハッハ! 俺を舐めやがって! 人を馬鹿にするからそんな目に遭うんだ!」


「いや~、そっかそっか! 舐めてたのは謝んないとね」


「……は?」


 私は仮面を変えてすぐに立ち上がった。幹部はもはやリアクションが取れなくなるくらい驚いているが、どうやらあっちの方が私を舐めていたみたいだ。


「な、なぜだ!? なぜ動けるんだよ!」

「私が今までどれだけの女性を殺して奪ってきたと思ってるの?」

「し、知るわけねぇだろ!」

「『最悪な罪(ワーストシンズ)』として活動する前も含めてざっと二百人」

「ッ……!」

「逆に言えば二百人分の能力を持っていることになる。まぁ、何人かダブっているけどね」


 今回使ったのは【健康】―――一年前の貴族の妻が持っていた能力で身体的影響の出るものを無力化する能力。身体が動かなくなったことから弛緩剤もしくは毒か何かであろうが、身体的影響が出るものなら何でも治せる。


「なんだよそれ! そんなの卑怯だろ!」

「そうだね、卑怯みたいに強い能力だね」


 でも他の八人はこれくらいなら一つの能力で普通に対処するし、私の能力を卑怯なんて言うくらい弱くもない。私達にとってはこれくらい序の口なのだ。


「さてと、そろそろ終わらせますか」

「ひぃっ!」

「逃がさないよ」

「っ……」


 後ろを振り向く前に呼び止めると顔が真っ青になっていた。もう十分悪夢を、最悪を見たようだ。


「さっきみたいに棘で串刺しにしてもいいんだけどね」


 せっかくだ。一番最近に手に入れた能力で倒してみようか。

 私が仮面を変えるとすぐ大量の水が流れてくる。


「【水操】。思った通りここには水道が通っていたんだね」


【水操】―――名前の通り、水を操ることはできるが体内にある水は操れないところが使えない能力だ。

 私は大量の水を操ると幹部を包むように水の球の中に幹部を取り込んだ。


「っ……! ―――!」


 必死に水球から出ようとするが幹部が移動する度に水球も同時に動く。ときどきあえて水の中から顔だけを出させて苦しみを与える。


「ごぽっ……! ―――!」


 そのうち、抵抗する力もなくなってきて空気に触れる力もなくなったようで白目をむいて気絶した。


「さて、どうやって殺そうかな」


 悩んだあげく思い浮かばなかったので結局気絶した幹部の心臓を一突きで終わらせた。


「エイドに早く報告しよ」


 その時だった。


「もう終わったのなら早く出てきてください。残り五分で片付けます」


 ギュレン君の声だった。って、それより!


「五分って早すぎるよ!」


 私は慌てて出口を目指して走った。



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