失恋神社~神に愛された男
私は、少し前に統廃合でなくなった神社の跡地を訪れていた。
「それにしても、なにもないな。」
とはいっても、境内を囲む玉垣や、社殿が取り壊されて何もない空き地から、確かにそこにあった神の杜がしのばれる。
神道学科3回生の私は、卒論のためにネットで目にした都市伝説の調査にやってきていた。
その都市伝説を要約すると、なんでも「とある神が、人に恋をして身を滅ぼした」とのことらしい。
「なんにもないし、次行こ……。」
私はそう呟き、その神社跡をあとにした。目指す先は、その神の思い人である男性が住んでいるというある地名だ。神宮大学のツテで、電話で元神職に話を聞いたところ、ある程度範囲を絞ることができたのだ。
その神は、男性が幼いころに結婚の約束をしたが、男性は成長して他の女性と結婚してしまい、逆上して一家を祟り殺してしまったという。それで、問題の神社は(縁切りを願う人以外)参拝客が寄り付かなくなり、去年取り壊しが決定したという。
「糺町は……えっと、ここか。」
よく民家に張り付いてる、住所が書いてあるやつを確認した。間違いない。
その神社は、ここら一体の鎮守様で、そのまま門前町は商店街、裏手の糺町は住宅街だ。
一軒の家に目当ての名前を見つけチャイムを押す。
「はい、男鹿ですが。」
「あ、わたし、市比売神社の取材に来ました、鈴本です。」
「はいはい、電話の学生さんね。ちょっと待ってて。」
以外にも、大人の女性が答える。再婚か?いや、まさか。
きっと、一家を祟り殺したというのはガセだったのだろう。
奥さんに案内され、リビングのテーブルのイスに座る。そして、男鹿さん本人が遅れてやってきた。軽く自己紹介を交わし、取材の経緯を伝えた。許可を取り、テーブルに録音を開始したスマホを置いた。さて、何から聞こうか。
「男鹿さんは、市比売神社の神様と婚約したと伺いましたが、本当ですか?」
「あー……ははは、どこで聞いたんだい?って、結構大きな噂になったし、そりゃそうか。婚約って言ったら言い過ぎだけど、その話は本当だよ。」
「なるほど……ちなみに、私が聞いた話では一家が祟り殺され……」
「いやいやいや、それは嘘、ガセ。祟り殺されてないよ。ほら、僕も嫁さんも生きてるでしょ。」
「なるほど、そうだったんですね。」
「そうだったんです。」
「えっと……では、死ななかったとしたら、なぜ神社は撤去されてしまったんでしょうか?」
「それは単純に後継者がいなくなったかららしいね。もうおじいさんだったし、体壊して入院したって聞いたよ。市役所の近くの神明宮に移るらしいよ。」
「へー……わかりました。じゃあ最後に、婚約を断った理由をお聞かせ願いますか?」
「はは、君知らない?神様って男だったんだよ。」
「え!?でも、市比売神社じゃ……。」
「姫神じゃなくて、相殿の神だったらしくてね。あんまり美しいから男と知らずに結婚の約束しちゃった。あとから知って、ギョッとしたね……それで丁重にお断りしました。」
「あー……」
「噂になったのはね、どうやらその神様が神職に名指しでお告げを下したらしくて、『糺町の男鹿氏が20歳になったら、養子に入れよ』だって。」
私はただ呆然として、話が耳に入ってこなかった。こんなばかげた話、卒論にしていいものか、頭がいっぱいだった。その後、適当に話を切り上げ、帰路に就いた。
今、家で録音を聞きながら、中間レポートを書いている。
まとめるとこうだ。
市比売神社の相殿の男神(調べたが名前は不明らしい)が、幼い男鹿さんに求婚し、男鹿さんはこれを承諾。何年後かに神職にお告げを確認され、男の神と気づいてすぐさま神社に行き、結婚できないと社頭で伝える。男神は、しょぼくれはしたものの、祟ることなく平和的に解決。話がどこかで広まり、地元の新聞が取材に訪れる騒ぎとなった。詰めかける参拝客に、神職は引退を決意。
私はこの話から何を教訓にしたらいいか全くわからない。強いて言えば、神が神職および一般人の男児に接触を持ったという点が珍しいだろうか。穿ったことを言えば、婚約は相手をよく見定めてからにしよう。
補足:録音を止め忘れ、6時間50分というすごい時間になっていた。幸いメモリ不足止まっていた。
卒業研究論文 中間レポート
第一稿 28年9月7日
第二稿 30年2月10日
神道学科3回生 鈴本小拙
登場する神社名、大学名、人名、地名などの固有名詞はすべて架空のものであり、実際には存在しません。あったとしたら、それはパクリかパロディです。