経過と変化
倭子はもうすぐ41歳になろうとしていた。出産を終えてパート社員として戻って来た美紅は、気楽な時短勤務だけれど、同期の復帰は心強い。そして亀井課長は子会社に出向となり、代わりに来た課長は若くして出世した感じのいい男で、愚痴が一切ないのもそれはそれで物足りない毎日だった。派遣社員の真湖は契約更新されないまま、カメと同時期ぐらいに会社を去った。
特に変化はない。夕来とは週末にはお互いの家を行き来する仲だけれど、結婚も同棲もしていない。あのころ言っていた「待っててくれ」の具体的な期間を明言させなかったことは、もしかして間違いだったのだろうか、と時々考える。
美紅からは、温真が長い話し合いの末に、半年前ほどにようやく離婚が成立したと聞いた。美紅の中ではもう、温真は「必死で遊び人を装っている残念な男」ということで片付けられているので、容赦ない近況報告を旦那から聞きつけてバンバン報告してくる。
倭子はあの日、夕来が決意を報告してくれたあの日に、温真の連絡先はすっかり消し去り、二度と連絡をしていない。
一人の夜に酔った時、シンとした月夜に眠れない時、「連絡してみたいな」と弱気心に悪魔が囁いてくるけれど、あの日すっかり消し去ったせいで手段がなく、もちろん彼から連絡が来ることもなかった。
もし、出会った時に奥さんとはすっかり終わっていて、もうすぐ解決するだろう離婚調停の最中か何かだったらどうだっただろう。
ただ、この場合は自分の気持ちともちろん相手の気持ちにも本気が宿らなければ意味がないのだけれど、ずいぶん状況は違っていたはずだ。そもそも、倭子は温真に惹かれていたのだろうか。温真は次の相手に、倭子を選んでくれただろうか。今の自分には「分からない」としか言いようがない。それは相手も同じだろうと素直にそう思えた。
夕来は44歳になった。
朝からずっとパソコンを前に、新商品紹介コラムに頭を悩ませていた。リニューアルした、オリジナルブランドのカスタードプリン。カラメルをほろ苦い大人の味にしたのと、しっかり固めの食感で懐かしさを演出。バニラビーンズの香り高く、高級感を売りにしている。すでに発売中の安価なとろりんプリンとの差別化を図った。
「もうちょっと、主婦が旦那さんにも食べさせてあげようかなって思わせるような記事にしてよ。試供品もあげたでしょ」
乃梨子からの電話はいつも簡潔で無駄がない。その調子で「今度の食事会は7時。支払いは今回はそっちで」と伝えてくる。
娘2人は生意気になってきて、久しぶりに会うというのに、気分によってはあまり話をしてくれなくなった。ママの事は大好きなのに、パパはいつもいないから好きでも嫌いでもないと平気で言う。
あれから乃梨子に尻を叩かれるようにして、コラムの仕事を引き受けるようになった。定期的な依頼があるのと、乃梨子からの助言のおかげで評判が上々で、グループ会社にも紹介してもらえるようになった。
結局のところ、悩んでいる人の光になりたい、その人の人生をそっと後押ししたい、という夢には近づいているような、いまひとつ届かないような微妙な距離を保っている。
ワークショップや、座談会、テレビ電話を使ったセッションなどを開催、告知しているけれど、知り合いや顔見知りがほとんどで新規顧客は期待するほどには集まらない。イベントに参加したり、無料セッションを開催はするものの、次に繋がらないのが現状だった。
島田のところには時折手伝いに行く程度で、一定の距離は置いているのだけれど、島田の方は頓着なく、夕来が相談をすれば嫌な顔一つせずにアドバイスをくれた。
自分は島田とは決定的に違う。それが根底にあるものだと気づいてはいるけれど、それでも諦めてはいなかった。もはや、それが倭子とのゴールと直結しているのだという、こじつけに縛られて、ひたすら信じるしかなかった。
自分を鼓舞するつもりで、いつもより大きな会場を借りて、「自分の夢をコラージュで作ってみよう」というワークショップを企画してみる。倭子に主旨と内容を説明しても、いまひとつ響いていないようだったけれど、告知作業にはせっせと付き合ってくれた。相変わらず、いつ結婚するのといった尻叩きがないのが有り難い。集客次第では会場を縮小せざるをえないけれど、無闇に心配せず、気楽にいくのだ。
突然スマートフォンが震えた。何だよ乃梨子からの督促か、と鈍る動作をこらえて表示を確認すると、島田の妻からだった。
「大変!あの人が倒れたのっ、意識がなくて救急車呼んだけど、どうしよう!!私、私・・・」




