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隠し事と愚痴

「島田の知り合いって人、伊勢さんだっけ?夕来(ユウキ)の彼女と知り合いみたいよ」

 円花(マドカ)が、講演会の会場を後にするときに言った言葉だ。

「あの隙のないサラリーマンですか?」

「ん、なんか同僚の旦那とか?忘れたけど」

 円花の突然の言葉に夕来は妙な引っかかりを覚えた。

「何、何かあるんですか」

 ふっと様子を伺ってみる。

「本当、彼女って不器用で隠し事できないっていうタイプだよね」

「僕、そんなこと言いましたっけ?」

 夕来はドキリとした。何か2人で内緒の話でもしたのか。

「そのぐらい言われなくてもわかる」

 円花はふっと微笑んだ。

「もしかして僕のこと、何か言ってました?」

「何でそう思うの?」

「いや、別に」

 円花が思わせぶりなことでも言っていたとしたら、倭子(ワコ)は真面目で素直だから、何かおかしな捉え方をしてもおかしくない。円花の言う通り、隠し事ができるような女ではないのだ。

「もっと安心させてあげてよ、彼女。いい子なんだから」

「不安にさせてるつもりは、ないんですけど」

 果たしてそうだろうか。真正面から聞かれたら、夕来は自信がない。

「本人がどうしてもって言うから、今回バイトしてもらいましたけど、やっぱり何かとやりにくいから、もう二度と申し込まないでって言うつもりです」

「別にそんな囲うことないじゃない。いくら大事な恋人とは言え、彼女はちゃんとした大人なんだし」

 今回は「自分が変わらなきゃだめだって、いつも夕来が言ってたから、私その一歩だと思う」と倭子が思いつめたように言ってきたので、しぶしぶ認めたけれど、こう毎回円花から思わせぶりな報告を受けるのでは身が持たない。

「なかなか土日会えないんだから、仕事一緒だと安心するんじゃない、彼女も」

 円花の言うことはそのまま倭子の気持ちに通ずるところがあるのかもしれないけれど、でも夕来には賛成も反対も出来ない。



「そうだよね、ちょっと強引だったね。多分もう行かない」

 色々な反論を予想していたけれど、肩透かしであっさりと倭子は決意を手放した。

「ごめん、倭子の気持ちはわかってる、ありがたいけどな」

「こっちこそ、ごめん」

 電話越しの倭子の声がやけに甘く響く。

「何かあったの。突然変わろうとかさ」

 電話の向こうが静まる。

「あ、ごめん。ちょっと今、変な音した。隣の人だと思う。最近引っ越してきた人」

 耳を澄ましても、何も聞こえない。夕来の耳に、円花が言っていた「隠し事できないタイプだよね」という言葉が蘇る。

「最近、どう?仕事とかさ」

「まあまあかな。相変わらずカメ課長にはうんざりしてるし、ちょっと前に入った派遣社員の子とは合わないし」

 倭子から聞く会社員の世界は、終始人間関係で、未だに夕来は彼女の具体的な仕事内容を知らない。その点、乃梨子の愚痴は、取引先との関係や各店舗の業績、それにまつわる店長の覚悟などに及んでいて、同じ女でもステージがずいぶん違うものだと思う。ただ、乃梨子の愚痴では劣等感が溜まっていくのに、倭子のはあくまでも可愛げのある女の愚痴で、ホッとするのは確かだ。

「派遣の子って、あの口うるさい?」

「そう、これまでどんな会社にいたのか知らないけど、やたら私が変えます感出してくるの、うざい」

 そんなにやる気のある子ならほっとけばいいのに、自分が何もしないで怠慢な課長が良くなれば有難いではないか、と思うけれど、そんなことは言わない。もやもやの対象はやる気満々の派遣社員であって、待遇や仕事のやりがいとは無縁だからだ。

「やる気ありすぎても困るよな、でもさ」

 もし島田ならどう言うだろうか。夕来は未だに正解が見つけられずにずるずるしている。島田からは「そんな難しく考えなくていいよ、とにかく講座開けばいいんだよ。そこに答えがあるよ」と言われるけれど、夕来にはそんないい加減なことはどうしても出来ない。

「でもさ、もしそれで課長が変わってくれたらラッキーぐらいに思ってさ」

「でも他の課の課長だよ。ほっといて欲しいよ」

 いつも倭子の愚痴は宙に浮いたままで終わる。正解がよくわからず、夕来も消化不良だ。


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