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交わされた遠い約束

※ラブシーンがありますので苦手な人はご注意下さい※

 前世の私は『究極の喪女』だった。


 致命的に見た目が不細工なのに愛嬌もなく、異性からは無視かゴミ扱いがデフォ。


 当然35年間こんな風に男性から肉体を求めらたことなんて一度もない。

 というか、悲しいかな前世の私はその「ステージ」にすら立っていなかった。


 だから本気でわからないんだけどっ。

 こういう風に力づくで迫られた場合は、ど、どうやって、拒否したらいいんだろう!!


 このままでは12歳にして非処女になり、皇族に嫁ぐ資格がなくなるのは願ったりとして、同時に神殿へ逃げ込む資格まで失ってしまう。


 そうすると双子皇子のルートを潰せても、確実にエルファンス兄様のルートから逃げられなくなってしまう。


 それは困る!

 凄く困る!



「お兄様っ……! お願いやめて……こんなの駄目です……んぷっ…!」


 説得しようとした傍から唇で唇を塞がれ、続きの言葉はモゴモゴという情けない音になってしまった。


 先日のようにいきなり唇を激しく貪られ、私は言葉どころか、呼吸さえも忘れてしまう。


 駄目だ……頭の芯がぼーっとして、何も考えられない……!?


 このままだと120%お兄様の思うがまま、されるがままに、乙女の純潔を散らされてしまう!!


 それは駄目!

 絶対に駄目!!


 なんて考えている間に、ドレスの背中のファスナーをスーッと下されていく。


 いけない、脱がされてしまう!


「や……っ」


 懸命にお兄様の下で身をよじってみたが逃れるすべもなく、簡単にドレスを剥ぎ取られてしまう。


 ちょ……私っ、力なさすぎ!!

 というか、エルファンス兄様ったら異様に手が早過ぎるというか、口惜しいほど手馴れてるんですけど!


 と、そこで、栓をされていた口が自由になり、酸欠気味だった私は激しい呼吸を繰り返す。


「はぁっ…はぁっ……!」


 エルファンス兄様は私に馬乗りになった状態で、自分の着ている上衣を脱ぎながら感嘆の溜め息をつく。


「フィー……奇麗だ……」


 言われた私は頬を熱くさせながら、自由になったばかりの両手で必死に自分の身体を隠す。


 欲望に潤んだ熱っぽい瞳を見上げ、私は恐怖と羞恥心にふるふると震えながら、最後とも思える説得を試みる。


「お願い……正気に……戻ってお兄様……こんなの……エルファンス兄様らしくない…!」


 対するお兄様は皮肉気な薄笑いを浮かべ、


「俺らしい?お前が俺の何を理解しているのか疑問だが……?」


 冷たく問い返し、私の両手を引き剥がすべく、ためらいなく両腕を伸ばしてきた。


「やっ!!お願い…止めてっ…!!」


 対するお兄様は皮肉気な薄笑いを浮かべ、


「やっ!!お願い…止めてっ…!!」


 悲鳴をあげて目を瞑り、お兄様の手を払いのけるために夢中で片手を振り回す。


 ところが、がっ、と虚しくその腕も一瞬で捕らえられ――痛いほど握られた手に力を込められた。


「そんなに俺に抱かれるのが嫌か?」


 低く強張った声に恐ごわ瞳を開いて見ると、私を見下すエルファンス兄様の顔は暗く引きつっていた。


 瞬間、私の胸にズキっとした痛みが走る。


 お兄様を傷つけた?


「違うの……そうじゃないの……!」


 言い訳をしながら、混乱しきった私の瞳から、堪らず涙が溢れてポロポロとこぼれだす。


 決してエルファンス兄様が嫌なわけじゃない。


「ただ……どうしても、今はまだ駄目なの……っ…!」


 それ以上は言葉が喉につまってうまく言えなかった。

 エルファンス兄様は固まったように動きを止め、泣いている私を数瞬見つめたあと、すっと指先で頬に伝う涙をすくい取ってきた。

 そして激しい衝動をおさめるように、ふーっと大きく呼吸を吐き出すと、


「どうやら…俺は……お前の真珠の涙に弱いらしい……」


 苦笑混じりに呟く。


「お兄様…っ…」


 しばし部屋には嵐の後のような静けさが満ちた。


「それでいつだ?」


「え?」


「今が駄目なら、いつならいいんだ?」


 躊躇してから、私は正直に答えた。


「……私が19歳になったら……」


「19?」


 エルファンス兄様は少し絶句して、私の顔を呆れたように凝視する。


「なんだ……19歳っていうのは……? 何年後の話しをしてるんだ!

 いくららなんでも待たせすぎだろう!」


 たしかにそれは言えている!

 そこを突かれると、私も非常に辛い。


 お兄様はさらに苛立った口調で続けた。


「大体そんな気長に待っている暇があるか? お前をどこにもやらないには、今このタイミングで抱く以外ないだろう?」


「え?」


 それって……。


 私は予想外の言葉に驚く。


「エルファンス兄様がこんな事をするのは、ひょっとして私をどこにもやりたくないから?」


「他にどんな理由がある?」


「私と一緒にいたいから? だからなの?」


 しつこいとは思いつつ重ねて訊く。


「ああ……そうだ」


 観念したようにお兄様が認めた。

 

「このままじゃ、お前は神殿行きか悪くて皇太子と婚約だ。既成事実さえ作ってしまえば、父上もお前を他の男の元へやるのを諦めるだろう、ずっと俺の手元にお前を置いておくには、もうこれしか方法がない……」


 私は感動で胸がいっぱいになってしまう。


 エルファンス兄様は私の事がどうなっても良くなったわけじゃなかったんだ!

 見捨てられるどころか、その逆だった。


 ずっと私と一緒にいたいと思ってくれていたんだ。

 

 前世も今生も合わせて、こんな嬉しい言葉を貰ったのは初めてだった。


 かつてない喜びに胸がジーンと熱くなり、先ほどまでとは違う、感激の涙が私の両頬を伝う。


「フィーネ……?」


 そんな私を気遣うように、エルファンス兄様が優しく肩を抱き、顔を覗き込んでくる。


「私も……私だって、お兄様の傍にいたい……!」


 泣きながら必死に声を絞り出した。


「それなら……」


「だけど今は、どうしても行かないと駄目なの……でも……約束する、

 19歳になったら、絶対また、お兄様のもとへ戻ってくるって……約束するから……だから……っ」


 嗚咽で喉が詰まる。


「だからなんで19歳なんだ!」


 話が堂々巡りしている……。


「それは……私の16歳から18歳までが最も死に近い年だから……」


 まさか「恋プリ」とか「乙女ゲーム」とかいう単語を使って説明するわけもいかず、漠然とした説明をするしかなかった。


『斬首刑』という単語もショッキングなので使うのを控えた。


「――それは、雷に打たれて見たという未来の映像に関係するのか?」


 肯定するため、私はコクコクとうなずく。


「そうか……はあっ……」


 エルファンス兄様は、そこで盛大な溜め息をつく。


「くそっ……お前を本当はここで無理やり抱いてしまうつもりだったのに……」


 苛立ったように言うと、私から身を離し、そのままどかっとベッドに座りこむ。


 部屋には再び重い沈黙が満ちた。


「本当に、戻ってくるんだな?」


 やがて兄様が静かに口を開く。


 私はバッと顔を上げて、


「うん……絶対!」


 と、力を込めて訴えた。


「でも、もし、戻って来なかったら?」


「そんな事絶対にない!」


「絶対なんて言葉を使うのは、幼い証拠だ」


 まるで残酷な時の流れを想う様に、お兄様の深い青の瞳が揺れ動く。

 私は、ひたすら信じて欲しくて、思わずその胸の中に飛び込んでしがみついた。


「止せ……また襲いたくなる……」


 苦し気に言うと、エルファンス兄様は私の頬を大きな両手で挟み、再び、熱い唇を重ねて来た。


 今度は私も拙いながらも頑張ってそれに応える。

 そうしてしばらくお互いの熱を確認し合うと、お兄様は何度目かの切ない溜め息をつく。


「……今のお前は幼すぎるし、仕方がない。いいだろう。少なくとも、神殿にいる間は他の男に取られる心配はないしな。フィーが19歳になる頃には、皇子達にも別の婚約者が立っていることだろう……」


「お兄様……」


「そのかわり、神殿に行くことを認めるかわりに……」


 そこでいったん言葉を切るとエルファンス兄様は私の肩を抱く手に力を込めた。


「お前の処女を絶対に俺に捧げるという約束をしろ」


 私はもちろん、と、首を上下させる。


「約束する……お兄様に私の初めてを捧げるって、ミルズ神にも誓う!」


「その忌々しい神の名前を口にするな!」


「ご、ごめんなさい!」


「もしも、約束をたがえたら、他の男の物になったら……」


 そこでお兄様の瞳に剣呑な光が宿る。


「わかっているだろうな? 相手が誰だろうと……そいつを殺してやる」


 うわっ、とりあえず殺されるのは私の方じゃないんだっ……!


「うん、他の人の物になんてならない!」


 元・喪女の魂にかけてそれだけは誓える!


「……お前の幼い約束が守られることを祈るよ……」


 エルファンス兄様の綺麗な顔が苦悩するように歪んだ。


 幼いって……私、35年間人間をやっていた記憶があるんだけど……。


「何しろ、お前はあまりにも美し過ぎる……。

 今日の婚約パーティーでもお前以外の女が全員ブスに見えてしまって、軽く絶望したほどだ……。

 本人が望まぬとも、この先、お前を求める男が列を成すことだろう」


 なんだか不吉な予言だった。


 私を求める男性が列を成す。

 確かにフィーネは相当な美しさだけれど、決まった相手さえいれば、そんな事にならないと思うんだけどな……。


 だいいち、そんな状況になったら、元・喪女の私にはとても対応出来る自信がない!



 ――そうしてその誕生会の夜、私達は時間が許す限り、お互いの気持ちと温もりを伝え合った――


 エルファンス兄様は両腕に私を抱き閉じ込めて、髪や頭を撫でては何度も唇を降らせてきた。


 前世と今世を足しても、私が今まで生きてきたなかで、最も甘く幸せな一時だった……。


 そう、あまりにも幸せ過ぎて、あと数日で離れ離れにならないといけないという現実が、たまらなく辛く、苦しく思えるほどに……。


 私の弱い精神は果たしてこの孤独な世界で、長くエルファンス兄様と離れることに耐えられるのだろうか?



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