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真実の嵐

 ――エルファンス兄様どこにいるの?――


 不安に胸を押しつぶされそうになりながら、絡みつくような闇の中、一心に愛しいお兄様の姿を探し求める。


「フィー」


 と、突然、低くくぐもった声で名を呼ばれ、下から足首をつかまれて私は地面に引き倒された。


「きゃっ!」


「……ずいぶんお前を探した……!

 二度と俺から離れないと言った癖に……いつもいつもいつもいつもお前は誓いを破る……。

 おかげで俺はこの有様だ……!」


 恨みのこもった声をあげながら足元からのしかかってきたのは、額と口から血を垂れ流して蒼白い顔をしたエルファンス兄様だった。

 首の下から腹部までぱっくりと開いた、致命傷にしか見えないお兄様の深い傷口が瞳に入った瞬間、私は絶叫する。


「いやーーーっ!

 お兄様っ……死なないでっ……!?」


 激しいパニックに陥り、吹き出る血を止めようと夢中で両手を当てて泣きじゃくっていたとき――誰かに両肩を掴まれ、激しく揺さぶられた――


「大丈夫! エルファンスは死んだりしません。

 ただの夢です! 目を開けて、フィー!」


 いつかのように力強い声に意識を引き戻され、瞼を押し開いた視界に、見知らぬ木目の天井とセイレム様の麗しい顔が映った。


「……セイレム様……!?」


 とっさに跳ね起きた私はセイレム様に胸元にしがみつき、両目から涙を流して訴える。


「どうしよう、私のせいで、エルファンス兄様が……!?

 ダンテは手加減を知らない相手だから……勢いあまって殺されたかもしれない……!」


 するとセイレム様は肩を掴む手にぐっと力をこめ、確信をこめた口調で断言する。


「いいえ、フィー! あのダンテという男は絶対にエルファンを殺しはしない。私にははっきり言い切るだけ根拠があります。

 少なくとも命を奪われていることはあり得ないので、安心して下さい!」


「……根拠……?」


 問い返して水色の瞳を見上げたとたんに気が弛み、全身から力が抜けてずるずるとベッドへと沈み込む。


「さあ、フィー。話をする前に、まずは食事を取りましょう。

 あなたは今まで気絶するように眠っていて、1日半ほど起きなかったので、2日ぐらい何も食べていないはずです」


「……そんなに寝ていたんですか……!? 

 そういえばここは?」


 寝たまま首だけ動かして見回した室内は、『ラウルの店』で泊まった部屋の倍ほどの広さがある、そこそこ綺麗で立派な部屋だった。


「ルイドの街の中心部にある宿屋です。

 あの後、ネックレスの珠を換金して服を調達した足で、馬車を頼んで貴方を迎えに行ったのです」


 珍しく地味な生成色のフード付ローブを着たセイレム様が、説明しながら大量の金貨が入った袋を見せる。


「凄い、全部売ったんですか?」


「いいえ、数粒ほどです」


「数粒でこんなにっ!?」


 皇族とはいえ、普段からどれだけ貴重な宝石を身につけているんだろう!

 感嘆しつつも、ふと自分もいつの間にか衣服を着ていることに気がつく。


「あれ……この寝巻着」


「裸のままでは何なので、私が着せておきました。ついでに下着も全部、綺麗なものに替えておきました」


「ええっ!?」


 全部ってことは、パンツまで……!?


 羞恥心で全身がカッと熱くなって大量の汗がふきだしてくる。


「ふふ、真っ赤になって可愛いですね。

 裸で抱き合った仲なんだから、今更、恥ずかしがらなくてもいいのに」


「はっ、裸で抱き合ったとか、知らない人が聞いたら誤解するような表現の仕方は止めて下さい!」


 涙目で抗議すると、セイレム様は含み笑いしながら答えた。


「でも、おかげ様というか、ここ数日は貴方の裸を眺める機会が多かったので、私が作った最高傑作の泥人形がなぜエルファンスに偽物だと見破られたのか、じっくりと原因を検証する事ができました。

 結構これでもプライドが傷つけられていたのですが……実物を見てみて納得しました。やはり想像の限界というか……色合いや形など、細部が微妙に違っていますね」


「きゃーーーっ!?」


 今更悲鳴を上げても遅いと分かっていても、声をあげずにはいられなかった。

 寝ている間に勝手に人の裸を観察するなんて――!?


「セイレム様の痴漢! 変態!」


 頭の下から枕を掴んで引き抜き、思い切り投げつけると、セイレム様は両手で受け止めながら、弾けるように笑った。


「むしろ愛しいあなたの裸を前に、理性を保ち続けていたことを褒めて欲しいぐらいですね」


「きゃー、きゃー!」


 と、いきなり興奮したせいで、


「うっ……!?」


 突如、激しいめまいに襲われ、パッタリとベッドの上に倒れ込む。


「大丈夫ですか?」


 空腹で力が入らず、目が回る……。

 まずはセイレム様の言う通り、何か食べた方がいいみたい。




 この宿屋もラウルの店と同じように一階部分は食堂になっているらしく、セイレム様が階下へ食事を頼みに行ってから20分ぐらいで料理が部屋へと運ばれてきた。

 ベッドそばに寄せられた小テーブルの上に、魚介スープにソースのかかった魚の丸焼きなど、いかにも港町らいしいメニューが並べられる。

 結構おいしそうっ!


「自分で食べるので、スープ皿とスプーンを取ってくれますか?」


 さっそく上半身を起こした私が手を伸ばして言うと、


「駄目ですよ。ほら、手が震えている。

 こぼしたら困るので、私が食べさせてあげますよ。

 さあ、口を開けて」


 ぐいっとセイレム様が、スープをすくったスプーンを口元へと突き出してきた。

 私は首を振って、頑として口を開けることを拒む。

 今の私は、以前のかいがいしくセイレム様に世話を焼かれていた神殿にいた頃とは違う。

 他の男性に甘えることがエルファンス兄様への裏切りであると、しっかりと自覚していた。


「こぼさないので、スプーンを渡して下さい!」


 毅然した態度で言いながら、実力行使とばかりに、スプーンを摘んで奪おうとしたところ。

 世話を拒否されているのにセイレム様は、ふふっ、といかにも嬉しそうに微笑んだ。


「フィーは、私にはきちんと嫌なことは嫌と言えるんですね」


「え?」


 何が言いたいのだろう?


「だってエルファンスの前ではいつも遠慮して、嫌なことも拒否できず、言いなりだったでしょう……?」


 そういえば以前にも似たようなことをコーデリア姫にも言われたことがある。

 身に覚えがある私はギクリとしてから、ムキになって答える。


「……べっ、お兄様に遠慮なんかしてません……!」


「そうでしょうか?」


 薄く笑って疑問を呈するとセイレム様はスプーンから指を離し、まったく手に力が入らない私はスプーンを取り落としてしまう。


「…あっ…!?」


「ほら、無理でしょう?」


 セイレム様は満足そうに頷き、布団の上に転がったスプーンを拾って、ハンカチで拭った。


「……」


 どうやらさっき枕を投げつけるのに余力を使い果たしたみたい。

 どれだけ私ってば弱っているんだろう……。

 情けない気持ちで唇を噛みしめて俯く私に、セイレム様が励ましの言葉をかける。


「私の世話になりたくなければ、早く回復することですね。

 食事をしっかり食べて、今夜ぐっすり休めば、きっと明日はスプーンぐらい持てるようになりますよ」


 たしかにセイレム様の言うように、お世話にならないこともそうだけど、一刻も早くエルファンス兄様の元へ帰るためには何よりも体力を回復させることが先決。

 さし当たってはこの食事を早く食べ終え、先刻のセイレム様の話の続きを聞かないと!


 気を取り直した私は、一転、セイレム様にお願いする。


「分かりました、セイレム様! どんどん口の中に入れて下さい!」

「はい、任せて下さい」


 セイレム様はにっこりと微笑み――

 再び口元へ運ばれてきたスプーンから飲んだスープは温かく、魚介の出汁がきいてとてもおいしかった。

 子供に食べさせるようにいちいちパンを細かくちぎって、焼き魚の身から骨を外し、セイレム様は次々と私の口の中へ放り込んでいった。


 数十分後、食事を完食し終えた私の唇を、丁寧にナプキンでぬぐったあと――セイレム様は最後の仕上げとばかりにサッと顔を傾けて寄せてくる。 

 瞬間的にキスされると察した私は、慌てて自分の口元を両手で覆ってガードした。


「やっ、やめて下さいっ!

 私はもうエルファンス兄と結婚しているんですからっ!

 キスも、気安く触るのも禁止です!」


 油断大敵過ぎるっ! と、警戒する私を、セイレム様は鼻白んだような顔で見つめ、


「だけどその結婚は正式なものではないでしょう?」


 即座に否定の言葉を口にした。

 私は負けじと強気で言い返す。


「私とお兄様の二人の間で成立してれば充分なんです!」


「ですが私の中でも世間でも認められていません。

 ガウス帝国では婚姻は神殿が許可して初めて成立しますからね。

 二人の間ではどうであれ、フィー、貴方は現在も未婚のままです」


 きっぱりと断定され、思わずショックを受けた私は絶句したあと、震える唇を開く。


「認めないって、だったらどうしてあの時、私をエルファンス兄様と一緒に、神殿から公爵家へと帰してくれたんですか?」


 セイレム様はまるで頭の巡りの悪い私を哀れむような瞳で見た。


「ああ、それは、貴方とアーウィンと婚約が成立し、絶対にエルファンスと結婚できないことが分かっていたからです」


「……あっ……!?」


 言われたとたん、セシリア様がつねにしている、セイレム様の魂のこもった聖石付きのペンダントの存在を思い出す。

 そうか、私が神殿を出る以前からセイレム様はペンダントを通し、アーウィントとセシリア様のやり取りを見ていたから、当然、婚約成立の事実も把握していたんだ


 今更ながら思い至って愕然とした私は、同時にもう一つの疑問の答えにも辿りつく。


「だから私が妊娠しないように、身体に術式を施したんですね……!?」


 私の問いにセイレム様が不快そうに眉根を寄せて頷く。


「ええ、その通りです。エルファンスだろうと、アーウィンだろうと、フィーに私以外の男性の子供を宿して欲しくなかったので……。

 エルファンスを神殿に呼ぶ前に、寝ているあなたにかけておいたんです」


 道理であっさりと神殿から出してくれたと思った。

 けれど、それでも分からないことがある。


「だったら、なぜ、私が旅だった後に、お兄様に行き先を教えたんですか?」


「それは、エルファンスは勘が鋭く、追求も厳しくて、嘘や誤魔化しでは納得しそうになかったからです。

 とはいえ、今思えば、物見の塔で見た風景の話をしたのはうかつでした。

 大草原の向こう側と言っても範囲は広いし、魂をこめた杖の珠を介して貴方のいる場所を直接見る事が出来る私以外、正確な現在置を把握できないので話したのですが――予想に反して、すぐにあなたに辿り着いてしまった……。

 エルファンスの引きの強さには驚愕するばかりです」


 そういえばルイド神殿に羽で飛ぶ直前、セイレム様はエルファンス兄様より先に、私の危機に駆けつける予定だったと語っていたっけ。

 ダンテに襲われた時の状況を思い浮かべた私は、そこで、ハッ、として一番大事な質問に戻る。


「――そうだっ!? セイレム様、先ほどの話の続きを聞かせて下さい――ダンテがエルファンス兄様を殺すわけがない言っていた根拠を!」


「そうでした。肝心の話をしなければいけませんね……」


 セイレム様は物憂げな様子で溜め息をつき、静かな声で語り出す。


「以前、貴方にも言ったことがありますが、私はなぜエルファンスのような危険人物が帝国で重用されているのか、かねてより不思議でたまりませんでした。

 また、彼が操る青い炎についてもかなり気になっていました」


 青い炎の一体どこが気になるんだろう?

 疑問に思ったけど早く話の続きを知りたくて、途中で口を挟めず、黙って聞いていることにした。


「しかし貴方に持たせた杖の聖石を通して、ダンテや、ルーウェリンの生まれ変わりというラファエルの存在を知り、併せて最奥殿に保管されている、代々の大神官のみ閲覧が許されてきた神代の歴史の真実が記された石版を解読するとともに、色んな事実が分かってきました。

 貴方も知っての通り、ミルズ神とダルク神はそれぞれ光と闇を象徴する神です。

 人々にはミルズ神は創世神かつ光や善を象徴する神だと信仰され、一方、ダルク神は相反する存在として、世界を混乱に陥れ、破壊する闇神として語られてきましたが――石版に記されている事実によると元々両者は一つであり、光と闇を併せ持つ創世神が二つに別れた、お互い対となる存在で、その眷属も同様らしいのです。

 ゆえにダルク神やその眷属が地獄に封印された時に、ミルズ神と御使い達も天国で眠ることになった。

 つまりあのラファエルという王子がルーウェリンの生まれ変わりなら、同じく対となる者の魂も輪廻の輪に巻き込まれているはずなのです」


「対となる者?」


「といっても、肉体ではなく魂が対なので、人としての年齢にはズレが生じます。

 ただし一つだけ曲げられない法則があり、片方の魂が滅すれば、もう一方も滅する。

 逆に言うと、片方の魂が存在しているということは、もう一方も存在しているということになるのです」


 ルーウェリンの対となる魂を宿す者――それってひょっとして……!?


「ダンテがそうだと言うんですか……?」


 セイレム様は美しい唇の端を少し上げて頷いた。


「はい、その通りです。

 そして色々調べた結果、通常の炎属性で出現することが出来るのは、赤や黄色やオレンジなどの暖色の炎のみ。

 青い炎は地獄のもので、闇神の眷属のみが使える特別な炎なのです――」





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