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託宣と誕生会の夜

 「恋と戦のプリンセス」という乙女ゲームの最大の売りはなんといってもヴィジュアルだった。

 

 シナリオに関しては多少矛盾しているところや、おかしな台詞の言い回し、強引な展開が多かったけど。

 それを補ってもあまるほどキャラ・デザインが美麗で、立ち絵やスチルの背景などの完成度も高かった。


 帝国の皇子たち、天才魔導師、隠しキャラの大神官。

 自国の天才軍師、天才騎士、隠しキャラの騎馬民族の長の息子。

 隣国の王子×2などなど、総勢9人の攻略キャラと、選択肢が多いのも人気の理由だった。(って天才多過ぎ)


 その中で、なんといっても私が一番萌えたキャラは大神官セイレム様!

 セイレム様は青銀の腰まで届くサッラサラの髪に、水色の瞳と純白のローブをまとい、いつも口元に穏やかな微笑を浮かべ、物腰も極めて上品で、言葉使いも丁寧な穏やかキャラなのに――

 ――その正体はヒロインを神殿に監禁してしまうような、私の大好物のヤンデレ様だった――


 そんなセイレム様は幼い頃より7歳年上のセシリア様に懸想していた。

 ところが想い叶わず、セシリア様は長兄であるガウス帝国皇帝の妃となってしまう。

 絶望した彼は皇帝の末弟でありながら、あえて俗世から遠のき、生涯神に仕える神職へついたのだ。


 けれどひとたび恋の炎を心に燃え上がらせれば、この世界をも劫火で焼きつくさんとするかのよう。


 ゲーム内では愛しいヒロインのために、世界に滅びを招くような、この世の理を捻じ曲げる古代の禁術すら行ってしまう。


 そんなセイレム様に下された託宣の一つが、まさに私のことを告げていたとかなんとか。


 何でもセシリア様が聖女長のエルノア様へ私の話をしたところ、まさにセイレム様が受けた託宣通りであると、神殿中が大騒ぎになったらしい。


 その託宣は「雷に打たれ、未来を見る――かの者こそ、ミルズ神に愛されし乙女――」と、いうもの。


 ……私ってミルズ神に愛されていたのか……。

 どうも今までの行いを思うと、いまいち愛される理由が思い当たらないけど。


 とにかく 驚くべきことに私の誕生会を待たずして、神殿入りが認められたらしい!


 実はここ一週間ほどで、エルファンス兄様やお父様の説得から逃げ回るのに限界を感じていた。


 私と違って忙しい二人は幸い屋敷にいる時間は短いけれど、それでもしょっちゅう扉をノックされるし、出くわすたびに追いかけられていた。


 しかし神殿からの知らせがあって以来、状況は一変。


「フィーネお前の言う通り、本当に神のお導きだったらしいな……」


 聖女見習いの件で返事があったという侍女からの伝言で、答えを聞くために久しぶりに夕食の席に顔を出してみれば、そこにはすっかり諦めの表情をしたお父様がいた。


 先に食卓についていたエルファンス兄様も、この段階になって完全に説得を諦めたようで、終始無言を決め込んでいた。

 それどころか私の顔すら見ようともしないその態度に、勝手に寂しくなってしまう。


「それで急なんだが、誕生会が終わった後、すぐに神殿にあがるように指示があった」


 沈んだ様子でお父様が告げる。


 それって来月にはもう神殿入りできるってこと?

 嬉しいけどちょっと早過ぎない?

 時期は選べると思ったのに……。


 来月でこのお屋敷や両親、何よりエルファンス兄様としばらくお別れなんて、寂しすぎる……!

 

 そんな気持ちを知ってか知らずか、その日の夕食以来、エルファンス兄様の私に対する態度は明らかに素っ気なくなっていた。


 顔を合わせれば挨拶を返してくれるものの、いっさい会話がなく、顔さえも見てくれない。


 おかげで神殿入りも決定し、12歳の誕生会も迫っているのに、私の気分は盛り上がるどころか下がる一方。


 どんどん落ち込んでいき、日々孤独にさいなまれていく。


 ひょっとして神殿に入るとか言い出した馬鹿な妹に愛想をつかしちゃった?

 聞く耳すら持たない態度に嫌いになった?


 とにかく私の事なんかもうどうでも良くなってしまったんだ。

 もうキスしてくれたり、撫でてもくれないんだ。

 この世界でひたすら私は一人ぼっち。


 唯一心を通わせかけたエルファンス兄様にほぼ無視され、毎日ただ寂しくて悲しかった。



 ――そんな最悪な精神状態のまま、とうとう12歳の誕生パーティーの夜がやってきた――


 その日の晩の私の装いは、宝石が大量に縫い付けられた総レースで出来ている手の込んだ一品。

 まるで婚礼衣装のように豪華な純白のドレスだった。

 それに負けないぐらい白く透明感のある肌が映えて、丁寧に梳かれた水のように流れる美しい黒髪とコントラストを描く。

 こんな冴えない気持ちなのに、鏡の中にいる今日の私はいつもよりいっそう美しい。

 

 まさに妖精の姫君のようだった。


 誕生パーティーの会場である屋敷の大広間には、すでに招かれた賓客が大勢集っている。

 セシリア様やその息子の双子の皇子達。親交のある貴族とその子女など、様々な人の話し声や音楽で室内は大いに賑わっていた。


 今日の主役である美しく飾り立てられた私は、たくさんの人に囲まれ、抱えきれないほどのプレゼントや祝いの言葉を受け取った。

 でも、何より一番欲しいのは、エルファンス兄様からの、たった一言の優しい言葉だった。


 だから乾杯後にダンスの曲を数曲踊ったあと、私はエルファンス兄様の姿を求めて探し回った。


「フィー、誰か探しているのか?」


 招待客の間を縫うように小走りしていると、アーウィンに声をかけられた。


 淡く輝く白金の髪と青灰色の瞳に整った甘い顔立ち。

 皇太子らしい華美な礼服を着てそこに立っているアーウィンは、まさに童話に出てくる麗しの王子様そのものだった。

 ドレスの裾を掴んで走り回っていた私は肩で息をしながら質問する。


「エルファンス兄様を見なかった?」


「ああ…エルならたしか今さっき、あそこのドアから廊下に出て行ったようだが……」


「ありがとう!」


「待てよ、フィー!」



 お礼を言った傍からまた駆け出した私の背をアーウィンの声が追ってきたけど、今は構ってなどいられなかった。


 急いで教えてもらったドアを開いて大広間を飛び出す。


 すると廊下の先にお兄様の長身の背中が見えた。


「エルファンス兄様、待って!」


 叫びながら、踵の高い靴に転びそうになりながらなんとか駆け寄る。


 私の必死な呼びかけが聞こえたらしい、エルファンス兄様が足を止めてゆっくり振り返る。


「フィーネか……一体なんのようだ?」


「話が、話がしたいの」


 私は 息急ききって近づくと、逃がさないようにお兄様の服の裾を掴む。


「ずっと俺から逃げ回っていた癖に、良く言う」


 皮肉気に口元を歪めたエルファンス兄様は、異様に暗い瞳をしている。


「ごめんなさい」


 冷たい声音にさっそく怯んで泣きそうになる。


 そんな私を静かに見下ろし、ふっとお兄様はため息をつくと「いいだろう。こっちへ来いよ」


 そう言って踵を返し、先導するように歩き始めた。

 置いて行かれないように後を追い、辿りついのは、二階の奥まった位置にあるエルファンス兄様の寝室。


「入れよ」


 扉を開いて顎をしゃくられ、私はベッドのある部屋へと足を踏み入れた。


 直後、背後でドアが閉まり、がちゃっと鍵をかける音がする。


「で、話しとは?」


 こちらに向き直り、腕組みしてエルファンス兄様が話を促してくる。


「お兄様、私のこと怒っているの?」


 おずおずと冷たい表情を浮かべる美しい顔を見上げて尋ねてみた。


「怒っている? 何に?」


 エルファンス兄様の硬質の声と態度に思わず瞳に涙が滲んでくる。


「私の事を嫌いになった?」


 震える声で訊く。


「嫌い?……嫌いだって」


 さもその言葉が面白いとでも言うように繰り返してから、エルファンス兄様は、突然、くっくと喉を鳴らして笑い出した。


「嫌いになれたら、どんなにいいだろうかと、いつも思っていたよ……!」


 言葉の意味が分からなくて、呆然と私が見つめていると、


「フィー、フィー、知っていたかい? 最近、双子の皇子達はお前の事を俺にたずねる時、フィーと呼ぶんだ」


 エルファンス兄様が唐突な話題を振ってくる。


「お兄様?」


「どうやら先日以来、お前に対するアレルギーがなくなったらしい……! 託宣とやらがなければ、十中八九お前はアーウィン殿下との婚約が決まっていただろうよ」


 なにそれ! シナリオと違う!!


「お前はそれまでは性格以外は全く欠点のない、帝国一の器量と家柄を持つ娘だったからな。今まではアーウィン殿下が断固としてお前との婚約を拒否していただけのこと」


 だから「恋プリ」ではクリストファーの方と婚約していたのか……。


 そこで急にエルファンス兄様の顔から笑いが引っ込む。


「フィー、お前ももう12歳だね……と言っても、大人びたお前の見た目は数歳ほど上に見える」


 相変わらず私の質問は流されたまま、抑えたような低い声音で話し続ける。

 そのエルファンス兄様らしくない、支離滅裂な態度に困惑していると、いきなり手が伸びてきて、私の髪を一房掴んで握りこんだ。

 そしてそのまま口元に運び、唇を押し当てると、


「ねえ、フィー、いつかの続きをしようか?」


 今度は歌うような口調で甘く問いかけてきた。

 私はびくっと反応し、身を強張らせる。


 エルファンス兄様の瞳の中に、暗い情念の火が見える気がしたからだ。


「……いつかの続き?」


 緊張のあまり声がうわずってしまう。


「ほら、肌が透けて見える裸同然のネグリジェを着て、そこの隠し扉からしのびこんで、俺の寝込みを襲った事があるだろう……?」


「そっ、それは…」


 羞恥心のあまり、顔がカーッと熱くなる。


 それは前世の記憶を思い出す前の、ビッチな悪役令嬢そのものだった頃の私の話です!

 続きなんて今の私には到底無理!


「お兄様……冗談は止めて……」


「これが冗談を言っている顔に見えるか?」


 質問しながらお兄様は怖いほど真剣な顔を寄せてくる。


 あまりの距離の近さに危機感をおぼえ、私が逃げ道を探してチラリとドアを振り返ると、すぐに気ずいたように、がしっ、と二の腕を掴んでくる。


「きゃっ!……」


 次の瞬間、強く腕を引かれ、お兄様に胸の中に顔を埋めていた。


 そうして腰を抱えるように身体を持ち上げられ、全く展開についていけない頭のまま運ばれていく。

 大きなベッドの上に乱暴に投げ落とされた私は、慌てて身を起こそうとするも、のしかかってくる身体に阻まれる。


「……お兄様……止めてっ!?」


 硬い胸板を拳で叩いて懇願する。


 本気じゃないと思いたかった。


 しかし、抵抗する両腕を捕らえられ、広げた状態でベッドへ抑え込まれてしまう。

 まるで張り付けにされた白い蝶のような私は、悲鳴をあげながら手足をばたつかせ、必死にエルファンス兄様の身体の下から逃れようとした。


 そんな非力な私を見下ろすお兄様の表情は、暗く陰になっていて伺いしれない。


 それでも私は容赦なく込められた腕の力から、エルファンス兄様が本気でいつかの続き――

 私の純潔を奪うつもりであることを悟り、戦慄した。


 ――そう――これはありえないと思っていた、私の貞操の危機だった――!?


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