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迎えに来た者

「ど、どうしてセイレム様は私にそんな術式を……!?」


 どういう意図で、一体いつ、どのタイミングで? 等々――全く見当もつかなかった。

 セイレム様は納得して私を神殿からお兄様のいる屋敷へ返して、その後、再会した時も、快く旅に送り出してくれた筈なのに――


「さあな、俺に分かるのは、術は念入りに何重にもかけてあって、ちょっとやそっとで解ける代物じゃないって事ぐらいだ。

 直接本人に理由を聞いて、解除して貰うのが一番早いんだが……しばらくは帝国に行けないしな」


「……!?」


 エルファンス兄様は動揺する私の頭を引き寄せて唇を甘く重ね、慰めるように優しく語りかけてきた。


「そうがっかりするな。

 そのうちどこかの地に腰を落ち着ける時が出来たら、時間がかかっても、なんとか俺の力で解除出来るよう努力してみる。


 ――言いたくないが、旅の途中で妊娠したら身動きが取れなくなるから、今はその術に助けられている。

 お前も知っての通り、再会して以来、俺はお前の身体にすっかり溺れてしまい、一日足りとも抱くのを我慢出来無い状態だ。

 もし術式が施されていなかったら早晩お前を妊娠させてしまっていただろうし、これだけ頻繁に抱いているんだ、すでに妊娠させていた可能性が高い」


 言われて始めて、今まで妊娠の危険性を考えもせずお兄様と関係していた事に気がつき、自分を恥ずかしく思う。

 拒否する事が出来無い性格なので結果は同じかもしれないが、責任ある大人として、もう少し自覚が必要かもしれない。


 ――反省したところで、とうとう眠気が限界になり、上瞼が重く垂れ下がってくる。

 うつらうつらしている私の様子に気がつき、お兄様が布団をかけ直し、「今朝の朝食は辞退して、きちんと寝る事にしよう」そっと声をかけてきた。


 眠りに落ちつつ、改めて、かつての自分を思い、こんな風にエルファンス兄様と一緒に並んで寝る事が出来るなんて夢みたいだと思った。



 そうしてお兄様の温もりに包まれ幸せな気持ちでぐっすり眠り込み――起こされて目覚めた時には、すでに昼時だった。


 身支度が終わったところで昼食の準備が出来た知らせを受け、エルファンス兄様と腕を組んで廊下へ出る。

 歩いている間もお兄様が好き過ぎて、綺麗な横顔にうっとり見惚れる私は、罰なのかご褒美なのか、何回も唇に口付けを落とされてしまう。


 幸せにゆるんだ顔のまま食堂に入ると、昨夜の様子から心配していたコーデリア姫とキルアスにさっそく具合を訊かれ、「もう大丈夫!」と元気に答えて空いている席に座る事にした。


 すでに私達以外のメンバーが勢揃いしていて、昨夜と同じような並びで席に座っていた。


 テーブルの向かい側で静かに食事を食べているラファエルは、すっかり皆に溶け込み馴染んでいる様子で、優しく柔らかな空気を纏い、その神々しい美しさも相まって、死神どころか神の御使いそのものに見える。


 隣にいるコーデリア姫も至極リラックスしている調子で、ラディア城に急ぎ鳥を使って手紙を飛ばした事や、お付の人達と合流次第エストリアへ出発する事なんかをのんびり話していた。


 その話題から私はふと重大な事をいまだにコーデリア姫に伝えていない事を思い出す。


 コーデリア姫がエストリアに出発する前に、近く戦争が始まる可能性が高い事を伝えなくては……!?

 ラファエルと付き合うより優先させるべき、戦争に備えて自国で準備するなど、色々やらなくてはいけない事がある筈だ。

 少しでも早く教えてあげなくてはいけない――そう分かっているのに、この場で言い出す勇気がなかなか出なかった。


 話しをする機会を伺い緊張していると、


「今日は馬を借りて、湖周りを散策しようか?」


 不意に隣に座るエルファンス兄様が提案してきた。


「ぜひそうするといいわ」


 向かいの席からコーデリア姫も笑顔ですすめてくる。

 今のところラファエルは殺意を抱いていないみたいだし、出かけても大丈夫だとは思うんだけど、戦争がさし迫っているこの時期、連日デートをする事に罪悪感を感じる。


 けれど、誘いを無視する訳にもいかないというか、私に他人の誘いを断わるというスキルは無いのである。

 結局、「うん」と頷き、戦争の事を伝えらずに食事を終え、気が重い状態でお兄様と同じ馬に乗って出かける事になった。



 そんな調子なので、馬を走らせている間も、美しい湖のほとりに降り立っても、全く景色が目に入らず、ぼんやりとしてしまう。


「どうした? 浮かない顔をして」


 気もそぞろな私に気がつき、湖の岸辺に腰を降ろしつつ、お兄様が問いかけてきた。

 並んで座りかけた腰を両手で捉えられ、膝の上に座らされる。


 ここは、正直に胸のうちを相談しようと、口を開く。


「実は、もう少ししたら戦争が起こるかもしれない事を、コーデリア姫に伝えないといけないと思ってて……」


「……そうか」重い調子で言ってから、背後から私の身体を囲い込むように抱いて、「辛いな」と呟き、お兄様が優しくうなじに口付けしてくる。


 とたんにやりきれない悲しい想いが溢れ、訊かずにはいられなかった。


「……やっぱり戦争は……止められないの?」


「残念ながら、俺の立場ではどうする事も出来ない。皇帝に進言出来るほどの発言権も無いし……」


「アーウィンならどう?」


 無神経だとわかりつつも、他の男性の名前を口に出す。


「また頭を床にこすりつけて頼むのか?」


 皮肉っぽく返されても、必死な気持ちで言い募る。


「それで戦争が回避出来るなら、私は幾らでも床に頭をこすりつける!」


 背後でエルファンス兄様の口から深いため息が漏れる気配がした。


「――残念ながら、アーウィンも父親に逆らったり意見するほどの立場ではない」


「……」


「すまない、お前の気持ちを軽くしてやれなくて……」


 後ろから謝罪するお兄様にぎゅっと身体を抱きしめられ、光を浮かべる湖面を眺めながら、この先の皆の運命を思い、悲観的な気持ちになる。

 初めて出来た友達や仲間が死ぬかもしれないのに、何も出来無いことがただただ不甲斐無かった。


 こんな状況なのに子供が欲しいなどと呑気に言っていた今朝の私は、なんて愚かだったのだろう。

 戦争で自分の国が滅びる事に比べたら子供が産めない事ぐらい何でも無い。

 自分だけ戦火を逃れ、エルファンス兄様と幸せになる事が、ひたすら申し訳なくて仕方が無かった。



 ――落ち込んだ気分を引きずったまま湖周りの散策を終え、ロイズ城へ戻り、夕食の席へ着いた。


 食は進まなかったが、今夜のエルファンス兄様は無理に食べ物を口に押し込んで来たりはして来なかった。


「キルアス、エル、ラファエル。俺はこれからレーベの街に繰り出す予定なんだけど、一緒にどうだ?」


 食事を食べ終わった頃、ニヤついたカークが男性陣を飲みった誘った。


 いつかのようにエルファンス兄様とキルアスは速攻で断り、カークの期待の眼差しが最後にラファエルへと向けられる。


「そうだな、付き合おうか」


 思わぬ友好的な返事に驚き、コーデリア姫と私は顔を見合わせた。

 理由は分からないが、「恋プリ」の中のラファエルとこの世界のラファエルは何かが違うみたいだ。


 夜のレーベの街に出かけるべく扉を出ていく二人の背中を見送った後、今度は私がコーデリア姫に誘われた。


「フィー。うちの城にも自慢の大きな浴室があるのよ。もし良ければ、今夜一緒にお風呂へ入らない?」


 これは戦争の話をする絶好の機会かもしれない。


「……お兄様、行ってもいい?」


 私の気持ちを察してか、今回はすんなりエルファンス兄様からのお許しが出た。


「ああ……あまり長風呂をしないならな」


 その台詞を受けて、コーデリア姫は真顔になり、


「頼むから、エル、少し長湯したぐらいで、風呂場まで迎えに来るのだけは止めてね?」


 くどいほど念押しを始めた。




 自慢するだけありロイズ城の浴室は、壁や天井、浴槽にまでレリーフが彫り込まれた、芸術的な趣がある素敵な空間だった。

 湯船に浮かんでいるのは、香りの良い薄紅色の薔薇の花弁で、お風呂あがりに肌や髪の匂いをお兄様にかがれる事を想像して、勝手に恥ずかしくなってしまう。


 今日も手伝い無しのコーデリア姫と二人っきりのお風呂だったので、背中を流し合い、お湯をかけあって一緒に身体を洗いあった。

 そうしていると、まだ一週間ぐらいしか経過していないのに、初めてコーデリア姫とお風呂へ入った時の事を思いだし、懐かしくも感傷的な気分になる


「フィー、気のせいか、いつもより元気が無いわね?」


 湯船に入り向かいあって座ったところで、何かを察したコーデリア姫が、心配そうに顔を覗き込んできた。

 私はそこで意を決して「大事な話があるの」と切り出す事にした。


 取り敢えずエルファンス兄様の実の父親の情報のみ省き、聞いた話をそのまま伝える事にする。

 話をしているうちにコーデリア姫の表情がどんどん硬くなる。


「――つまり、もう戦争が起こる事は確定しているという事なのね……。

 そうなってくると、今後の方針も変わってくるわね」


 他にも言わなければいけない事があった。


「実は私、戦争が始まったら、お兄様とドリアへ行く約束をしているの」


 姫は長い金色の睫毛を伏せて、寂しそうに笑った。


「あなた達は帝国側の人間だからしょうがないわ。

 私も一緒に戦ってくれとは言えないもの」


「ごめんなさい。役に立てなくて」


 コーデリア姫はううん、とかぶりを振り。


「敵側にエルファンスがいないだけでもだいぶ助かるわ。

 あなた達だけでも二人で無事に逃げのびて幸せになってね」


 優しい言葉をかけられ泣きたい気持ちになる。


「……コーデリア姫」


「そんな顔をしないで、フィー。私、それを聞いてやっと決心出来たんだから!」


「え? ……決心?」


 きょとんとする私の目前で、ざばっと湯船からお湯を跳ね飛ばし立ち上がり、惜しげもなく裸体をさらしたコーデリア姫が、宣言した。


「私、ラファエルを攻略する!」


「……!?」


 驚く私の顔を見下ろすコーデリア姫の顔には、不敵な笑みさえ浮かんでいた。


「こうなったら殺されてもいいわ!

 どう考えても、この段階で全てをひっくり返せるのは、ルーウェリンの生まれ変わりのラファエルしかいなんだから!

 毒を喰らわば皿までよ。全てを彼に賭けてやろうじゃない!」


 たしかに「恋プリ」でもラファエル・ルートだけは、戦争シナリオをほぼ彼個人の能力で勝ちに導くというチート・スタイルだった。

 死神属性さえなければあらゆる局面でラファエルは一番能力の高いキャラクターなのである。

 戦争開始がさし迫った余裕が無い状況で、今更カークやキルアスを攻略したところで、勝機に繋がる可能性は低い。

 ここは姫の言う通り、危険を承知でラファエルを選ぶ事が、一番勝ち目のある選択のように思えてきた。


「幸いエンドを全て回収はしていないまでも、ラファエル・ルートは攻略してるから。

 なんとかなる筈よ!」


 彼女の前向きさと、めげない強さに、私も気力を得るようだった。


「私も出来るだけ協力する!」


「ありがとう! お願いするわね」


「うん! 任せて!」


 バッドエンドにさえならなければコーデリア姫はラファエルに殺されない筈だから、全力で恋を応援するしか無い。


「さてと、そうと決まったら、今夜から決行しないと! 私は先にお風呂からあがるわね!」


 コーデリア姫はそう言うと、さっさと浴槽から出て、浴室の出口へと向かった。何を決行するのかは定かでは無いが、彼女の切り替えとの早さと行動の素早さには感心してしまう。

 私も遅れて脱衣所に向かってみたが、すでにそこに姫の姿は無かった。


 急いで身体を拭き、夜着を着てガウンを羽織り、薄暗い廊下に出る。


 きっとお兄様は一人で部屋で寂しがっているに違いない。


 一定間隔で廊下を照らす壁付けのキャンドルの明かりを頼りに、エルファンス兄様の待っている部屋へと足早に歩き出す。


 最初の角を曲がった時、不意にぬっと前方に人影が現れた。


 蝋燭の明かりを受けて煌く銀髪と、歩いて来る長身の姿に、私はとっさにエルファンス兄様だと思い込み、弾かれたように一目散に走りだす。


「お兄様、迎えに来てくれたのね!」


 喜びに叫び、胸に飛び込み、抱きついた瞬間、


「ああ、そうだ」


 頭の上から返ってきた声の響きがいつもと違う事に気がつき、心臓が大きく跳ね上がる。

 恐る恐る抱きしめる腕をゆるめ、顔を見上げてみると――視線が硬質の冷たい光を浮べる銀色の瞳にぶつかった。


「あ……!?」


 衝撃に心臓を掴まれたようになり、驚きのあまり言葉も出なくなる。

 ――冷たい程に整った白皙の顔と、切れ長の瞳、薄く引き締まった唇という、そっくりな容姿をしているにも関わらず、目の前にいる人物は決定的に、エルファンス兄様とは異なっていた。


「――エルファンスが――息子が帰ってくるのが遅いから、迎えに来た」


 そう言って口元を歪ませ笑う彼の全身からは、ぞっとするような暗く冷たい気が発散され続けている。

 恐ろしい思いでその姿を眺めながら、確信とともに、警笛のようにお兄様が先日言った台詞が、頭の中を駆け巡る。


『たぶんお前が彼と会う時は、お前に良くない事が起こる時だと分かるからだ』


 間違いない――この人はエルファンス兄様の実の父親――ダンテなのだ!




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