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カークの本音と涙の行方

 ベンチに残って一人で泣いていると、ふと肩に温かい手が置かれる。

 顔を上げても涙で眼鏡が曇って輪郭しか見えない。


「フィー……、コーデリア姫は何と言っていたんだ? 出発はどうするんだ?」


 間近からエルファンス兄様の問いかける声がした。

 呼吸を数回吐いて嗚咽を逃がし、なんとか答える。


「……ラディアにもう少し止まって、それから……エストリアへ行くって……」


「エストリアに?」


 今度はキルアスの驚く声がした。


「そうか、では俺達はもう出発しよう……」


 静かに落ち着いた声でそう告げられ、腰と膝に手が触れてきて、お兄様が私を抱き上げようとする気配がした。


「嫌っ!」


 とっさに叫んで身をよじり、ベンチにしがみつく。


「フィー?」


「待って、お兄様……お願いっ!」


 このまま城を出るのは嫌だった。


「待ってどうするんだ? これ以上ここに止まってもしょうがないだろう?」


 鋭い声で問われ、再び溢れ出させた私は、眼鏡の中を洪水にしながら嗚咽まじりに説明した。


「ラファエル王子がっ……コーデリア姫の出方によっては……ガウス帝国のミーシャ姫と婚約するって……。

 そうしたらいつか、エストリアがガウス帝国側について……戦争が起こってしまうことを懸念して……彼女は彼の言いなりになるつもりなの……」


「……ミーシャ姫か……懐かしい名前だな」


 感慨深そうにお兄様が呟き、キルアスが暗い調子で言う。


「コーデリア姫はラファエル王子とそんな話をしていたのか……」


「私が……私がエルファンス兄様を諦め切れなかったから……だから……お兄様と……ミーシャ殿下との婚約が……無効になって……コーデリア姫は……ラファエル王子と……。

 ……なのに……このまま……忘れて……自分だけ幸せになるなんてできない……!」


 同じように転生した者同士なのに、コーデリア姫ばかり割を食うなんて……。


 悲しすぎて泣きすぎて、眼鏡の中が堪えきれないぐらい涙でぐちゃぐちゃになる。

 思わず眼鏡を外しかけると、それを阻むようにぐっと手を握られる。


「それのどこがお前のせいなんだ?

 そもそも俺と皇女の婚約自体、アーウィンがお前のと仲を割くために画策したものだ。

 本人も俺の前ではっきりそう公言していたから間違いない。

 元々の国策からいえば、ミーシャ殿下は他国と政略結婚をするのが本筋だ。

 お前がそのことで気に病む必要など一切ないし、罪悪感をおぼえる理由なんて一つもない。

 だからもう泣くのは止すんだ。それと眼鏡を外すのだけは絶対駄目だ……!」


 お兄様にそう言われても、どうしても自分に責任がないとは思えなかった。


 アーウィンの画策だろうと何だろうと、お兄様がミーシャ殿下と婚約していれば、戦争シナリオが起こる芽が実に二つも摘まれていた。

 間違いなくそれを邪魔したのは私の存在なのだ。


 これまでもそうだった。

 自分の想いを優先させるため、お兄様から輝かしい未来を奪い、家族やセイレム様、アーウィンなど、色んな人の気持ちを犠牲にしてきた。

 このうえコーデリア姫まで不幸にして、一人だけのうのうと幸せになるなんて耐えられない。


 私は眼鏡に添えられたお兄様の手を両手で掴み、すがる思いで必死に訴える。


「……お兄様教えて……どうしたらいいの? このままコーデリア姫を放っておいて……私だけ、幸せになんてなれない!」


「しかし、彼女がそう決断した以上、お前がどうこうできるものじゃないだろう?」


 たしかに傍にいたって話を聞くぐらいで、何の役にも立てないかもしれない。

 だけど私達はこの世界に投げ落とされた、たった三人だけの転生者仲間なのだ。

 簡単に彼女を見捨てたくない!


「それでも、せめて傍にいてあげたいの!」


 声が裏返り、大きな涙の塊がどっとこぼれ落ちた。


「……分かっているのか? 漏れなくあの異常性格者の王子もついてくるんだぞ?」


「だから、よけいに一緒にいてあげたいの。ラファエル王子は本当に危険な人物なの! コーデリア姫が殺されてしまうかもしれない。

 彼女は初めて出来た同性の友達で、こんな私を仲間と呼んでくれたの!

 見捨てるなんてできない……!?」


 エルファンス兄様が「はぁっ……」と重い溜め息をついた。


「谷でのことといい、つくづくお前は苦労性だな」


 苦労性――そうなのかしら?

 言われても前世では友達がいなく、人とほとんど関わりを持たなかった私は自分ではよく分からない。

 生まれ変わる前はただ単純に、たくさん友達がいれば楽しいだろうなと思っていた。

 けれど今生で色んな人と出会い、他人と関わることは楽しいだけではなく、それにまつわる色んな問題や出来事にも対処しなければいけないのだと知った。

 今では良い時だけではなく、悪い時も助け合ってこそ友達であり、仲間なのかもしれないと思えていた。


 エルファンス兄様の手を力いっぱい握って懇願する。


「お願い、お兄様。コーデリア姫の傍に居ることを許して!

 役に立たなくても、できる限りのことをしてあげたいの……!」


 少しの沈黙が流れたあと、溜め息まじりの声がする。


「……しょうがないな……」


「……!?」


「謝礼は先払いだ」


 優しいエルファンス兄様の返事だった。


「お兄様……ありがとう」


 感激して叫ぶと、突然身体を持ち上げられ、唇に熱いキスを落とされる。


「そうと決まれば、部屋へ戻ろう」


 エルファンス兄様に耳元で甘くささやかれ、いつものパターン通り、私は横抱きにされて運ばれて行った。


 部屋に戻り、眼鏡から解放されてようやく視界を取り戻した私は、初めて自分で服を脱いでからベッドへと身を横たえた。


「何でも、お兄様の好きなようにして」


 そうして、エルファンス兄様への感謝の気持ちを込め、全身でお礼の先払いをした。

 いつもの容赦ない取立てと違い、今日のお兄様の愛し方はとても甘く優しく、これでは支払っているのか支払われているのか分からない、と真剣に思った。


「フィー、どうして泣いている……? きつかったのか?」


「……ううん、違うの……コーデリア姫はこんな風に、愛し合っている人と結ばれたりできないんだと思うと、悲しくなって……」


「お前は人のことで泣いてばかりだな……キルアスの時といい。

 あんまり泣くとこの可愛い目玉が溶けてしまうぞ……」


 お兄様の柔らかい舌が涙を舐め取り、腫れている目元を這いまわる。

 大好きな人の温もりに包まれていると、幸せ過ぎて心臓が瞑れそうになる。

 自分がいかに恵まれていて幸せなのか、私は改めて実感した。



 しばらくそうしてベッドの中ででまったりしていると、扉をノックする音がして、続いてキルアスの声がした。


「エル、フィー、少し話がしたいんだが、いいか?」


「待ってくれ、今支度するから」


 返事をしたエルファンス兄様は、急いで自分と私の身支度を整えて戸口へ向かった。

 私もベッドに腰掛けて見ていたところ、開いた扉の向こう側にキルアスだけではなく意外な人物が立っていた。


「カーク!」


「やあ、フィー、それとエル。お取り込み中に邪魔したみたいで、悪かったな」


 エルファンス兄様の脇をすり抜けるように、部屋へずかずかと入って来たカークの視線は、無遠慮に乱れたままのベッド上へと注がれる。

 私は恥ずかしさのあまり顔が燃えるように熱くなった。


「ちょうど終わったところだから問題ない」


 比べてこの手の話題で動揺知らずのお兄様が冷静に返す。

 ……む、むしろその発言が問題なんだけど……。


 キルアスのターコイズブルーの瞳が、私とエルファンス兄様の顔を交互に見る。


「改めて今後の相談をしたいんだ」


「お前らがコーデリア姫と一緒にエストリアへ行くなら、俺も付き合うぜ!」


 あらかじめキルアスから話を聞いていたらしいカークが、強い意志を金色の瞳に滲ませ、前置きもなしに宣言する。

 予想外の発言に驚き、私は質問した。


「カークは、コーデリア姫のことが嫌いじゃないの?」


「嫌いな訳ないだろ。あれだけ美人で俺好みの芯の強い性格をしているんだから、逆に大好きだ」


 まさか、大好きとまで言うとは!


「だったらなんで今まで拒否していたの?」


 意表をつく返事に驚きつつ、さらに突っ込むと、


「他人に強制されるのが大嫌いだからだ!」


 返ってきたのは予想通り過ぎるカークの台詞だった。

 ――彼はさらに言い訳がましく長々と語り出した。


「俺のプライドに賭けて、どうしても、あんな一方的な婚約は受け入れるわけにはいかなかった!

 しかし、あいつはいい女過ぎて、抱きつかれると抱き返したくなるし、毎回会うたびにくっつかれて、拷問みたいで困り果てていた!

 別に俺はコーデリアに恋しているわけじゃないが、充分魅力は感じている。

 今のところあいつ以上の女を他に知らないし、俺に恋する想いを伝えたうえで付き合ってくれというなら、別に了承してやっても良かったんだ。

 それをすっとばして俺の意志をまるっきり無視して、無理矢理に婚約を成立させたことが何より気に食わなかった!」


 やっぱりコーデリア姫の作戦ミスだったのか……。


「じゃあ、エストリアには婚約解消の不服を訴えるためについていくの?」


 エストリアの地でこれからコーデリア姫をめぐる、ラファエル対カークの恋愛バトルが始まるのだろうか?


「いいや、違う! 生憎、他の男から奪うほどにはコーデリアに惹かれていない。

 あいつがラディアに来る時は基本的に俺は出かけるようにして、極力接触を避けていたから、恋を育むほどには一緒にいなかった。

 何しろ誘惑に負けて手を出したら全ておしまいだったからな!

 お前らも仲間なら、俺の苦しみを少しは察してくれよ!」


 すっかりカークの中では私達は仲間認定されているらしい。

 キルアスが形の良い唇に折った人指し指をあて、考え込むように言った。


「カークが不服を訴えるかは別として、現実としてまだ婚約は解消されていない。

 その前に、そもそも国同士で結ばれた婚約は、当人同士で簡単に破棄できるものではないからね。

 きちんとした手順を経なくてはいけないし、正式な婚約解消に至るまでには、もうしばらく時間がかかると思う」


 カークも大きく頷く。


「つまり俺は当分はあいつの婚約者ということだ! 立場的にエストリアについて行くのも当然だ」


 初めて彼が自分がコーデリア姫の婚約者であるという立場を認めた瞬間だった。


 二人の言う通りなら、婚約解消が成立するまでにはまだまだ猶予期間があるということだ。

 もしかしたら今後の展開によっては、姫がラファエルと婚約せずとも、問題が解決される可能性だってある。

 

 私の胸にたちまち希望が沸きあがる。


「そうと決まったら、みんなで姫の部屋を訪ねに行きましょう!」



 話し合いの勢いままで部屋へ押しかけた私達を、コーデリア姫は目を丸くして出向えた。


「フィー、あなた、まだ出発していなかったの?

 それにキルアスとカークも揃ってどうしたの?」


 私は笑顔でコーデリア姫の質問に答える。


「私達全員、これからもコーデリア姫と一緒に行動するつもりだってことを伝えにきたの」


 コーデリア姫は一瞬息を飲むと、両手で口を抑えて小刻みに肩を震わせた。


「……本気なの? フィー、さっきも言ったけど、あなたはわざわざ関わらなくてもいいのよ?」


 そこで私は自慢の杖を突き出してみせる


「コーデリア姫見て、この杖はセイレム様から借りているものなの! 

 私は先日も話した通り神殿で四年も修行して、こう見えても結構、聖術と光術を使いこなせるの。

 もしも姫が闇ラファエルに何かされそうになったら、守ってあげることだってできるから、頼りにして欲しいわ」


 自分にしてはかなり強気な発言をしたつもりだった。

 するとコーデリア姫の真っ青な瞳に、みるみる涙が溢れて盛り上がり、今まで堪えてきた物を吐き出すように泣いて抱きついてきた。


「フィー、本当は私、不安で怖くて、寂しくて、たまらなかったの……!」


 気丈なコーデリア姫の口から初めて出た弱音だった。

 貰い泣きしながら私は一生懸命自分の気持ちを伝える。


「……私はコーデリア姫のこと、勝手に友達だと思っているから……。

 迷惑かもしれないけれど、一緒について行きたいの」


「迷惑なわけないでしょう! 私だってとっくに友達だと思っているわよ!」


 怒ったようにコーデリア姫に言い返されたとたん、私は胸が熱くなって涙が止まらなくなる。


 そうして女二人で抱き合い、声を上げてひとしきり泣いたあと、コーデリア姫が残念そうに呟いた。


「出来たらラディア城を出たあと、いったんロイズに寄って、リナリーから来ている手紙だけでもチェックしたかったんだけど……。

 ラファエルと一緒に、エストリアで行われる建国記念の式典に出る約束をしちゃったから、日にちに余裕なくて無理みたい。

 仕方ないからエストリアに手紙を転送して貰って読むわ……」


 そうか……。私がコーデリア姫を思う以上に、彼女にとってリナリーは長年つきあいのある大切な仲間なのだ。

 心配になるのは当然だ。

 私にとってもリナリーはもう一人の大事な転生仲間だった。


「日にち……かぁ」


 呟きつつ、隣に立つエルファンス兄様に視線を送る。


「断わる」


 まだ何も言ってないのに!

 次に自分の胸元に視線を落とす。


「空から行けば早く着くかもしれないよね?」


「空って?」


 コーデリア姫が不思議そうに青い瞳を向けてくる。


「実はうっかり姫に話すのを忘れていたんだけど、私ドラゴンの友達がいるの!」


 照れながら言い、ベルファンドから貰った笛を掴んでぎゅっと手に握りこむ。

 いつでも呼んでいいって言っていたからきっと大丈夫だよね?


 ――ついに、貰ったこの笛を使う時が来たのだ――



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