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コーデリア姫の悲壮な決断

「どうして、コーデリア姫はラファエルについていったのかしら?」


 あんなにラファエルのことを恐れて避けたがっていたのに、呼ばれたからと言ってあっさりついていくなんておかしい。


「それが、最初は、断わっていたのですが、ラファエル殿下がコーデリア姫に何かを耳打ちしたとたん、さっと顔色が変わって、一緒に出て行かれてしまったんです。

 一緒にエリーもついていきましたし、キルアスさんとクラウスもすぐに後を追ったので、大丈夫だとは思いますが……」


 ロミーが顔を曇らせて説明していると、ロイズの宮廷魔術士アーマイノイドがあわただしく走ってきて、コーデリア姫を発見した旨を告げた。



 アーマノイドに案内されて城の中庭に出ると、エリーとクラウス、キルアスの後ろ姿の向こう側に、ラファエルと並んでベンチに座るコーデリア姫が見えた。


 ひとますわ姫の無事な様子にほっとして、キルアスに声をかけ、状況の確認をする。


「見ての通りだよ。ずっとああして長い間、二人で会話しているんだ。

 邪魔しないで欲しいということだから、俺達はこうして見守っているところなんだ」


 見ているうちにコーデリア姫も私達に気づいたようで、視線を送りながらラフェエルに話しかけた。

 それから二人で立ち上がると、あろうことかそのまま手を取り合ってこちらへ向かって歩いてきた。


 まさに世界が引っくり返ったような光景だった。


 戸惑っている間に目の前までやってきたコーデリア姫が、煌めく金色の巻き毛を揺らしながらにっこりと微笑む。


「カーク、丁度良かったわ。あなたに大切な話があるの」


「俺に話?」


 緊張の滲んだ声でカークが問い返す。

 コーデリア姫は隣のラファエルの顔を少し見上げて目くばせしてから、カークに視線を戻し、きっぱりと告げる。


「実は、あなたとの婚約を解消したいの」


「――え?」


 金色の瞳を大きく見張り、カークは心底驚いたような顔をした。


「あなたも私との婚約は不本意だったばずよ。

 私も婚約後のあなたの目に余るような言動に、ここに来てとうとう愛想が尽きたわ。

 だから先日言った通り、他の男性に目を向けることにしたの。

 さし当たってはこのラファエルとお付き合いしようと思っているわ」


 まさに耳を疑うような言葉だった。

 よりによってラファエルとお付き合い……!?


 カークとの婚約破棄は予定していたけど、次の攻略対象がラファエルだなんて有りえない。

 コーデリア姫は一体どうしちゃったの!?

 もしかして洗脳的な魔術でもかけられてしまったとか?


「ずいぶん勝手な女だな!」


 カークは不愉快そうに鼻に皺を寄せ、たてがみのような赤い髪を両手で掻きむしった。

 姫の隣に立つラファエルが神秘的な瞳を細めて皮肉気に言う。


「勝手なのは君だろう? カーク。

 コーディーに対して今まで、かなり冷たい態度を取っていたそうじゃないか?」


「――!?」


「そのことはもういいのよ、ラファエル。

 あとの説明は私一人でしたいから、あなたはもう行ってちょうだい……」


「分かった。ではまた後で会おう」


 ラファエルは柔らかく微笑むと、コーデリア姫の髪に軽く触れてから、緑がかった金髪を靡かせ、風のように去っていった。


 親密そうな二人のやり取りに、私はぽかんと口を開けていた。


 ラファエルの背を見送ったあと、コーデリア姫は腕組みしながら、改めてカークに向き直った。


「カーク、他にも何か言いたいことや聞きたいことがある?」


「……いいや――もう充分だっ!」


 カークは怒りもあらわに吐き捨て、大股でドカドカと歩いてどこかへと消えて行った。


 コーデリア姫はまっ青な瞳をこちらに向ける。


「エル。少し、フィーと二人で話してもいいかしら?」


「見えるところで話すぶんには構わない」


 エルファンス兄様の同意を得ると、


「分かったわ、フィー、向こうのベンチに行きましょう」


 コーデリア姫は私の手を引いて、先ほどまでラファエルと並んで座っていたベンチへ移動した。

 促されるままに腰を下ろし、コーデリア姫の顔を呆然としたまま見返した。


「すっかり驚かせてしまったみたいね」


「だって……ラファエルと付き合うだなんて、一体どうしてそんな話になったの?」


 うろたえるあまり、つい責めるような口調になってしまう。


「……まったくだわ。 私もほんのさっきまで、こんなことになるとは夢にも思っていなかったのよ」


「どういうこと?」


 コーデリア姫はどこか達観しているような表情で語りだした。


「先刻、出立のために荷造りにしていると、急にラファエルが部屋に訪ねて来たの。

 二人きりで話がしたいと言われ、最初は断わっていたんだけど、そうしたら耳元でこう囁かれたの。

 自分には今、ガウス帝国のミーシャ殿下との縁談が来ている、って」


「ミーシャ殿下!!」


「最悪でしょう?」


「な、なんでそれで、コーデリア姫がラファエルと付き合うことになるの?」


 因果関係が理解できなかった。


「あなたも『恋プリ』をやったことがあるなら、考えればこれが何のフラグを示すか分かるはずよ」


 コーデリア姫に言われて私は思考を巡らす。


『恋プリ』の戦争シナリオの入り方は、リナリーが誰と交際するかによって複数パターンがある。

 自国の攻略キャラを選んだ場合は、いきなり海から帝国に侵攻される。

 ラファエルを選んだ場合は、ラディア王国が帝国に寝返る。

 カークを選んだ場合は逆にエストリアが寝返るのだ。


 問題は、ラディアとエストリアの両国が寝返るきっかけが、いずれも帝国との婚姻による結びつきということ。

 つまりガウス帝国の皇女が嫁いだ国は、必ず四カ国同盟を裏切るってしまうのだ。


「――ミーシャ殿下が嫁げば、エストリアがガウス帝国に寝返る?」


「ええ、その可能性は高いと思うわ。

 どうやら私とリナリーがラファエルとの接触を避けていたのが本人にもバレていたみたい。

 自分は四カ国同盟の姫君二人に嫌われている様子だから、このままだとガウス帝国のミーシャ殿下との縁談話を受けざるを得ないと、こう言うのよ」


「……そ、そんなっ……!?」


 それじゃあ、まるで脅しだ。


「私はね、とにかく戦争を回避したいの。そのために必要ならラファエルと親しくするし、婚約することすらいとわないわ」


 話を聞いているうちに、罪悪感で血の気が引いて、くらくらしてくる。


「……わ……私……」


「え?」


「私の……せいかも……」


「どういうこと」


 コーデリア姫が不思議そうな瞳で私を見た。


「……帝国には、皇女はミーシャ殿下お一人だけで……。

 実はついこの前まで、彼女はエルファンス兄様との婚約が、ほぼ決まっていたの……」


「――で、エルファンスは断わったのね?」


 私は重く頷く。


「だから、ミーシャ殿下との縁談がラファエルに……」


 まさか自分達の恋愛の余波が、こんなところにまで及んでいるなんて……。


「あなたの話が本当なら、エルファンスがミーシャ姫と婚約していれば、少なくとも、婚姻がきっかけの戦争シナリオは起こらなかったでしょうね。

 私もラファエルと関わらなくて済んだだろうし、そう考えると口惜しいわ。

 ――でもね、それは今さら言ってもしょうがないことなのよ。

 問題は、これからどう行動するかということよ」


 コーデリア姫はそう言ってくれるけど、私ゆえにお兄様は縁談を断り、そのせいで彼女は自分を犠牲にしないといけなくなったのだ。

 それを思えば申し訳なさ過ぎて、涙がでてくる。


 俯き、震える唇で、


「……ごめんなさい……」


 両瞳から涙をこぼしながら謝ると、コーデリア姫がハンカチを差し出してきた。


「謝らないでよ。あなたのせいじゃないわ。

 そりゃあ、本音を言うと、フィーが羨ましくて仕方がないし、私だって恋した相手と結ばれたかったわ。

 でも元々叶いようもない夢だったのよ。

 王女として生まれ、自分の国を愛してしまった時点でね。

 ――全ては運命だわ――……」


「……でもっ……!?」


 ラファエルをあんなに怖がっていたのに、殺されるかもしれないのに!?


 コーデリア姫は悲しそうに伏せていた瞳を上げ、私の瞳をまっすぐ見据えて言った。


「フィー、私はこれから少しラディアに滞在したあと、ラファエルと一緒にエストリアへ行く約束をしているの。

 だから、もう、あなたと共に旅に出ることはできないわ。

 非常に残念だし寂しいけど、ここでお別れよ――」


「……お別れ?」


「そうよ、死神の呪いにあなたまで巻き込むわけにはいかないもの。

 短い間だったけど、同じ転生者同士、いっぱい話せて楽しかったわ。

 どうかいつまでも元気で、エルファンスと幸せになってね」


 そう言うとコーデリア姫はベンチからすくっと立ち、最後に「じゃあね」と笑って言うと、涙を隠すように顔を背けて一気に走り去って行った。


 あまりにも突然のコーデリア姫とのお別れだった。


 遠ざかる彼女の背を見つめながら、私はとにかく悲しくて、涙が溢れて止まらなかった――



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