お泊り会と不吉な出会い
「しっかし、おかしくない?」
二人きりになるとベッドに腰かけ、扉を見つめながら、コーデリア姫が不思議そうに呟いた。
私も隣に並んで座り、首を傾げて見る。
「何がおかしいの?」
「エルファンスって、ゲームではヤンデレとかじゃなかった筈よね?
なんであんな風になっているの?」
「あんな風って?」
「あなたの会話の進め方って少し苛々するわね」
「ご、ごめんなさい」
「さっきのしつこい態度といい、束縛のきつさといい、彼は立派にヤンデレ化しているじゃない」
言われてみればたしかに、ゲーム内と今のエルファンス兄様はだいぶ様子が違うかも。
ゲームに出てくるお兄様は、熱い決め台詞はそれなりにあってももっとクールで、普段は感情を抑え気味だった気がする。
「……ヤンデレとまでは思わないけど、たしかに今のお兄様は、人前でもキスしてきたり抱きしめてきたりと、ゲームと比べて過剰な愛情表現が多いかも?」
元々ヤンデレ好きな私にとっては愛情は行き過ぎているぐらいの方が好みなんだけど……謎といえば謎だった。
……と、ポンポンと靴が飛び、コーデリア姫が肌触りの良さそうなクリーム色のシルクの夜着の裾を広げて、布団の上であぐらをかく。
本格的に会話をする態勢になったらしい。
一国の姫君があぐらをかくのに軽く驚きながらも、私も靴を脱いでベッドに上がりこみ、彼女の正面に脚を崩して座った。
「ねえ、他のキャラもそうなの? たとえばアーウィンとかセイレムはどうだった?」
興味津々な様子でコーデリア姫に訊かれた私は、二人の自分への態度を思い出しつつ説明する。
「アーウィンはゲームよりかなり強引だったような?
セイレム様もゲームより世話焼きでお父さんみたいだった」
「……ふーん。強引で世話焼き。なるほど、原因がなんとなく分かってきたわ!」
「本当に?」
さすがコーデリア姫は私より頭の巡りがいい。
「恋愛対象がリナリーではなくあなただからそうなっているのよ!
あなたのその頼りなく、相手の言いなりになる気弱な性格が、ことごとく男性陣を増長させているの!
つまり相手をつけ上がらせるあなたに一番の問題があるのよ。
もう少ししっかりして、嫌なことはきちんと拒否出来るようになったほうがいいんじゃない?
最低でも自由行動ぐらい出来るようにして貰わないと、これから色々困るわ。
こんなんじゃ、気軽に二人で相談すらできない。
エルファンスに対しても、もっと自分の意志を主張できるようにならないと!」
たしかにそうかもしれない。
「できるだけ頑張ってみる」
「うん、そうして頂戴!
――さてと、では、そろそろ本題に入りましょうか?
まずは、恋の攻略相談より優先させるべきテーマ。次の行き先についてよ」
コーデリア姫がわざわざ行き先について言及した事が意外だった。
「ラファエルがラディアに来るし、ロイズに戻るんじゃないの?」
コーデリア姫は人差し指を突き立て左右に振る。
「ちっちっ、先刻から気になっていたけど、あなたはもっと物を考えてから、しゃべった方がいいんじゃないの?
いい? ロイズに来たいと言っていたはずのラファエルがラディアに行き先を変更した、この理由が分かる?」
指導された通り、少し考えてから答える。
「コーデリア姫がいるから?」
「その通り! そこから導き出される答えは一つ、明らかに私の後を追って来ているのよ。
つまりラディアからロイズへ移動したところで、ラファエルがまた行き先を変えるだけの追いかけっこになる可能性が高い。
ただでさえ、カークとの婚約が決まって以来、お母様が私とラファエルを会わせたがって節があるのに……ロイズに戻るのは気が進まないわ」
「な、なるほど……」
エストリア出身のコーデリア姫の母親はカークよりラファエル寄りなんだったっけ。
コーデリア姫はぐっと拳を握り締める。
「そこで私はリナリーの恋の協力の事もあるし、ガウス帝国に行こうと思うの!」
力を込めて宣言され、私はベッドの上で引っくり返りそうになった。
ガ、ガウス帝国って――!?
「わ、私っ、まだ帝国には戻れない……!?」
生きていることが知られれば、今度こそアーウィンと挙式になり、初夜で純潔を失ったこともバレるから、生涯幽閉かもしくは処刑エンドになるっ!?
激しく動揺している私に、コーデリア姫はふふんと笑いかけた。
「もう死んでいることになっているんだから、変装すれば大丈夫でしょう。
それこそ傷心のエルファンスが異国で捕まえた恋人のふりでもしてればいいじゃないの?」
そんな簡単にいくものだろうか。
「で、でも、ガウス帝国に行きたくないのもそうだけど、長い新婚旅行をする予定だったし、お兄様が納得しないかも……!?」
コーデリア姫は溜め息をつき、額に手を当てた。
「はぁー……旅行とか呑気なことを言っている場合じゃないのに……しょうがないわね。
じゃあ一端、ロイズへ帰りましょう。
だけど必要があればガウス帝国に行かないといけないわ。
このゲームで戦争が全く起こらないのはアーウィン・ルートだけなんだから、リナリーには絶対彼を攻略して貰わねばいけないのよ!!」
要するに世界平和の鍵は、リナリーがアーウィンを攻略できるかどうかにかっているのね……。
とにかく、リナリーの恋愛の進捗具合によっては、いずれはガウス帝国に行かなければいけないことは理解できた。
「わかったわ……」
神妙に私が頷くと、コーデリア姫は満足そうな笑みを口元に浮かべた。
「さて、次の議題は、カーク・クラフトの攻略についてよ。
まあ来週までに攻略するのは無理として、今後の参考の為にカークと、念のためキルアスの攻略について聞いておきたいわ。
はっきりいってあなたの目から見て今の私のどこが悪いと思う?
やっぱり性格かしら?」
私はしばし考え込んでから、口を開いた。
「うーん、それがとっても謎で……。
ゲームの印象ではカークは見た目重視だったし、相手の性格についても、女らしく大人しいどころか、"骨のあるタイプ"が好きだったような。
ゲームの中でも、見た目と違って根性のあるところが好きだ、とか、意志の強いところが魅力だ、とか、リナリーに言っている台詞があったし」
「そういえばリナリーって馬に乗れるし、剣も若干使えたわよね?」
「うん、そうなの、強いって程じゃないけど、護身の為に剣術をディランに習ってきたという設定があったはず」
「やっぱり問題はそこじゃないのね……つまり私との婚約が気に入らなくて色々難癖つけているだけ?」
「たぶんだけど、バッドエンドで見たコーデリア姫とくっつくパターンを思えば、見た目も特にリナリーのようなのが好みとか無いみたいだし……ひょっとしたら、今のカークは意固地になっているだけなのかも?」
「やっぱりそうよね……私もそうじゃないかと薄々気がついていたのよ。カークは他人に強制されるのが一番嫌いだもの!
そう考えると致命的かつ痛恨の作戦ミスだったかもしれないわ。
しかし、そうなってくると、次に取るべき手段は二つしか無いわね、いったん、婚約を白紙に戻すか、力技で行くか」
「力技?」
「カークが嫌がっても挙式を挙げてしまうの」
「逃げたりしないかしら?」
「そこは軟禁状態して監視をつけて……」
「ううーん。自分がもしカークの立場だとしたら、無理矢理だなんて絶対に嫌かも……」
強引にアーウィンと挙式をあげさせられそうになって逃げてきた身としては、心情的に賛成出来そうにない。
「そうね、挙式後ずっと見張っているわけにはいかないし、間違いなく夫婦生活は地獄のようになるわよね。
はぁ……するともう、婚約を白紙に戻すしかないじゃない……キルアス攻略に変えた方がいいかしら?」
両手で頭を抱えだした姫に向かい、私は自分の考えを言った。
「キルアスに関しては、今のコーデリア姫のままでばっちりだと思う。
キルアス編は一緒に馬を並べて戦うシーンもあるし、彼はリナリーの勇気に惹かれたという部分があるから、勇ましいコーデリア姫にはぴったりの相手かも」
「なるほどねー、今の話をまとめると、カークには『骨があるところを見せる』、キルアスには『勇気を示す』が攻略の鍵ってことね。
そういえばリナリーから聞いたんだけど、隠し解放キャラであるキルアス編のストーリーって独特みたいね。
今のキルアスを見ていると想像もつかないけれど……最後は平原を統一して国家を打ち立てるんでしょう?
新しい帝国が誕生し、五カ国同盟になって、ガウス帝国とのバランスで勝るようになるって聞いたわ。
実現したらかなり帝国の脅威が減らせるけど、平原統一ストーリーはリナリーが発端で起こるらしいから、今のままだと実現しないのね。
歴史は複雑な糸が絡み合って出来るものだから、一つの選択の違いで全てが変わってしまう……戦争回避に挑むか、バランスを整えて恒常的な平和を考えるか……難しいところよね」
複雑な糸が絡み合うか……因果関係を考えるだけで頭が痛くなりそうだ。
「……うーん、たしかに……」
「とにかく、本国に戻ったら、一度カークとの婚約を白紙に戻すことを検討するわ。
ロイズ城にはリナリーからの手紙も届いているはずだから、それを確認して、内容次第ではリナリーの恋に協力するために、ガウス帝国に直行しましょう。
もしもリナリーの恋愛が順調で協力が必要なさそうなら、キルアスとともに平原統一ストーリーに挑むのがいいかもしれないわね。
その前にリナリーを交えて今後の方針をじっくり相談したい気もするので、一度ガウス帝国に寄って、三人でパジャマ・パーティー出来るといいんだけど、あなたは出来るなら帰りたくないみたいだし……」
ものすごーく帝国に行くのは気が進まないけれど、三人でパジャマ・パーティーというのは楽しそう。
ふとそこで気になった。
「リナリー姫ってどんな人なの?」
コーデリア姫は唇に指をあて、うーんと唸る。
「どんなと訊かれても、リナリーの性格はやや複雑で、一言では言い表せないのよね……。
特徴としては芝居がかった話し方が多く、物の考え方は悲観的。
少し行動パターンが読めないところがあって、思いこみが激しいタイプかしら」
説明を聞いても漠然としていていまいちイメージが沸かない。
「仲良くなれるといいなぁ……」
「アーウィン狙いの誤解さえ解ければ大丈夫なんじゃないの?
――ガウス帝国に行く前のリナリーは、自国の攻略キャラが二人が格好良すぎて困ると……日々、苦悩していたわ。
もしもアーウィンとうまくいったら、その苦しみからも解放されるだろうし、協力すれば確実にあなたに感謝するはずよ」
感謝か……リナリーと仲良くなりたいし、帝国に行くことがあったら頑張ろう。
――そんな調子で、コーデリア姫と私の相談は延々と続き、夢中で話し込んでいる間に、気がつくと朝方近くになっていた。
そろそろ会話疲れと眠気が限界になり、もう寝ようかな、という雰囲気になってきた頃――
突然、どんどんと扉を叩く音がして、「フィー!」と、廊下から名前を激しく呼ばれた。
よく聞き覚えのある声に一瞬にして目が覚める。
続いて押し問答する声が耳に入ってきた。
「まだ二人はお休み中なので、お止め下さい」
「もう朝方だ。迎えに来た。フィー、出て来るんだ」
「お願いしますから、お引き取り下さい!」
声からして、エリーとエルファンス兄様が扉の前で揉めているみたい。
コーデリア姫はうんざりした表情で、ふぃーっと長い溜め息をついた。
「本当にどうにかした方がいいんじゃない?」
「うん……」
私は取りあえずこの場をどうにかするために、ベッドから降りて歩いて行く。
「エルファンス兄様」
「フィー」
扉を開いて廊下に顔を出すと、お兄様の手ががっとドアを掴んで大きく開く。
「きゃっ!」
次の瞬間、素早く腕が伸びてきて、逃げる間なく身体を捕まえられてしまう。
強く引き寄せられたエルファンス兄様の胸の中は、物凄くお酒臭かった。
別れた時は口からはともかく、身体からはアルコール臭してなかったのに……。
「……お兄様……酔ってるの?」
「……少しキルアスと飲んでいた……それより部屋に戻ろう」
「んっ……」
背中を抱く腕が緩んだかと思うと、すぐに両肩をがしっと掴まれ、お酒の味がする口づけを受ける。
逃れようと身をもがいても安定の非力キャラの私は、口をふさがれたまま簡単に身体を横抱きにされてしまった――
涙目で部屋の前から連れ去られていく私は、生まれて初めてのパジャマ・パーティーの終了を悟る。
悲しいことにキスで口を塞がれていて、コーデリア姫におやすみすら言えなかった。
当然ながら部屋へ戻っても、なかなか眠らせてなど貰えず……。
「フィー、お前と一晩、離れていてどんなに寂しかったか……」
「お兄様……」
投げ落とされるようにベッドの上に身を横たえられ、上気した顔と赤く潤んだ熱っぽい瞳で見下ろされると、蛇に睨まれた蛙の気持ちになる。
「もう二度とお泊り会なんて認めないからな……!」
激昂したように宣言され、三人でのパジャマ・パーティーの実現の遠のきをおぼえる。
しかしそんな先のことより、今は目の前のエルファン兄様の気を静めなくっちゃ。
「あっ……!?」
しかし泥酔したお兄様は私の話を聞かず、燃えるように熱い身体を重ねてきて、狂おおしいまでに荒々しく私を奪った。
息もつかせぬほど激しさでお兄様の愛を全身に注がれいるうちに……情けないことに徹夜していた私の意識は、ものの数分で落ちてしまった……。
次に目を開くと、エルファンス兄様に身体を抱きこまれた格好で、ベッドに寝ている状態だった。
そっと腕の中で確認すると、珍しいことにお兄様は銀色の長い睫毛を伏せいまだに寝息を立てている。
時計を見るとお昼前だった。
先に起きるのは久しぶりかもしれないと思いつつ、腕をほどいてそっと起きだし、そろりと床に足を下ろす。
それからエルファンス兄様を起こさないように静かに身支度を終え、コーデリア姫に途中で帰ったお詫びを言うべく、音を立てないように慎重に部屋を抜け出した。
極度の疲労感を全身におぼえながら、コーデリア姫の部屋を目指して急ぎ足で歩く。
――と、角を曲がると、光沢のある若草色の長衣の裾と、長い特徴的な金髪を揺らして、廊下の向こう側から歩いてくる人物があった。
数瞬ぼーっと見てから遅れて誰であるか認識とたん、あやうく私は心臓が止まりそうになり、思わず口から「あっ…!?」と叫びを漏らしてしまう。
同じく先方も驚いたように息を飲み、立ち止まって目を見張る。
「……君は……」
予想外の出会いに、動揺と恐怖が同時に襲ってきて、全身から血の気がすーっと引いてゆく。
逃げなくてはいけない、そう思っているのに、脚が震えて動かなくなった。
一方、相手は半ば駆けるように、腕を伸ばして近づいてくる。
文字通り私が瞬きしている間に目の前までやって来たのは、緑がかった不思議な色合いに輝く金髪と、神秘的な七色に輝く瞳をした、神々しいまでの美貌を持つ青年――
この世のものとは思えないほどの美しい色彩を持つ容姿は――やはり見間違いでも幻覚でもなく――「恋と戦のプリンセス」1のヤンデレキャラ、ラファエル・ジードのものだった。
「……レメディア……」
艶っぽく澄んだ声で、違う名前を呼びながら、ラファエルの氷じみた冷たい手が私の手首を捉え、さっと身体を引き寄せてくる。
「――!?」
「フィー!」
同じタイミングで背後から、私がいないことに気がついて追ってきたらしい、エルファンス兄様の足音と声がした。
ところが混乱したままの私は抵抗もできず、お兄様が見ている前で他の男性――ラファエルにきつく抱き締められてしまった――