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聖女見習いへの展望

 翌日、目覚めると室内は夜のように真っ暗だった。


 そういえば記憶を思い出す前の私は、朝になって使用人が部屋のカーテンを開けると「勝手な事するな」と、キレて暴れるような低血圧令嬢だった。


 どうも部屋が暗いと寝すぎてしまう。



 窓辺に立ってカーテンを開いて確認してみると、日の高さと向きからもうお昼時。

 昨夜なかなか寝付けなかったせいで、今日は特に遅く目覚めてしまったみたい。


 私は呼び鈴を鳴らし、侍女に遅い朝食を運んできてもらう。


「うーん、ベッドで食べるって最高」


 呼べば食事が出てくるなんて、貴族生活って快適過ぎる。


 今朝は胃腸の調子もいいみたいで、珍しくデザートまで完食できた。


 さて今日はどうやって過ごそうかしら。


 元々勉強嫌いでサボってばかりのフィーネだったけど、現在は病み上がりということで、各家庭教師による授業は免除されていた。

 だから毎日とっても時間があるのだ。


 昨日の今日だから両親や義兄と顔を合わせると、またしつこく神殿行きを止めるように説得されるに決まっている。


 よし決めた!


 今日も通常運転で、なるべく他人に会わないで済む場所を選んで、そこで読書しつつ今後のことを考えよう。


 裏庭のじめじめポイントはもう認知されているみたいだから、もっと人が来ない、快適お一人様ポイントを探さないと!



 食べ終わった食器を下げて貰うと、クローゼットから適当にドレスを選び、さっさと自分で着替えてしまう。

 前世を思い出す前の私は身支度はもちろんのこと、指一本すら動かすのも億劫な、一から十まで使用人にやらせて当然みたいな令嬢だったんだけど。

 今は必要が無い時は極力、使用人達を下がらせている。

 いつも傍に控えられていると気が休まらないコミュ障クオリティ。



 自室の扉から頭だけ出すと私は恐る、恐る、あたりの様子をうかがう。


(よし、廊下に人の気配無し!)


 確認後、忍者のように足音を立てないように廊下を小走りして、テラスへと出られるドアに飛び込む。


 そこから庭へ降りると、上体をなるべく低くしながら、ジルドア公爵家の広い庭園内を見回し、上りやすそうな木を探す。


 そんなに木登りは得意じゃないけど、目の高さ以下の枝がある木なら、なんとか登っていけそうな気がする。

 ちょうど掴める低い枝があり、かつ足がかりになりそうな枝のある高い木を見つける。


「うんしょ」


 あ、この身体、前世と違って余分な贅肉がついていないだけあって、かなり身軽。

 おかげ様で苦もなく木の上方まで登ることができた。


「ふーっ、ここならたぶん、昨日のように簡単に見つけられないはず」


 まさか公爵令嬢ともあろうものが猿のように木上りしていると想像つくまい。

 私は木の枝に腰を落ち着けると、大きく息をついた。


 本当はこうして一人でいるのではなく、できればエルファンス兄様と一緒にいたい。

 昨日みたいに傍に来て、頭や髪を優しく撫でて欲しい。


 だけど、そうするとまた説得されてしまう……。

 私は他ならぬエルファンス兄様に神殿行きを止められるのが一番辛いのだ。

 だって私もこのお屋敷でエルファンス兄様とずっと一緒に暮らしていたいから。


 でも残り時間は限られていて、10月生まれの私は来月で12歳になってしまう。


 一年と半年後――つまり13歳の春までには、無事に神殿入りして俗世と距離を置き、婚約を回避しなくてはいけないのだ。


 対してエルファンス兄様やお父様が必死に止めるのも当然のこと。


 公爵家にとって私は大切な政略道具。

 ジルドア家の権勢を高め、より磐石にするために、有力な相手に私を嫁がせることは重要なのだ。

 そう考えた私の脳裏に、


『今はお前を俺の手の届かないところにはやりたくない』


 昨日のエルファンス兄様の台詞が蘇ってくる。


 あんな風に他人に言われたのは、前世と今生を足しても生まれて初めてだった。


 だからこそ今まで誰にとっても無用な、いらない存在だった私には、死ぬほど嬉しい言葉だった。


 もしもほんの少しでもエルファンス兄様が私を好きで、必要としてくれるなら、傍にいて少しでもその気持ちに応えたい!


 でもその前に死にたくない。

 そしてせっかく美しく生まれ変わったのだから、前世では叶わなかった女の喜びも知りたい。

 そのためには――


「なんとしても聖女見習いにならなくちゃ」


 神殿に仕える上位の女官は聖女と呼ばれ、その研修生的な立場が聖女見習いだ。

 貴族の娘が神殿へ入る場合は下働きの女官からではなく聖女見習いから開始するのが通常だった。


 そして昨日名前が出ていた聖女長のエルノア様は実務的に女官を取りまとめる立場。

 女官で最上位なのは神殿の象徴的な立場でもある大聖女だった。

 大聖女というのは万物の根源神たるミルズ神に最も愛されている乙女が戴く名誉の称号。


 さらにその上にいるのが神殿で一番偉い、大神官様である。


 と、私がなぜこんなにも、神殿の情報に詳しいかと言うと、実はガウス帝国には隠し開放攻略キャラがいて――それこそが大神官であるセイレム様だからだ。


 ちなみにセイレム様ルートに私フィーネの出番はない。


 いくらビッチな悪役令嬢のこの私でも、神殿までは守備範囲外だったらしい。


「要するにミルズ神殿には私の死亡フラグはないってことよね!」


 末端の聖女見習いでは大神官様と接する機会もほとんどないと思うし。

 まさに神殿は最も死から遠い場所!


 ちなみにセイレム様ルートでの恋の妨げは、神殿に仕えるものはすべからく「純潔」でなくてはいけないというもの。

 処女童貞以外は神職にはつけないし、色恋ももちろん禁止!


『フィーネ知ってるか? 聖女見習いになる条件には『清らかな乙女ではなくてはいけない』というのがあるんだ』


 そこで昨日のエルファンス兄様の謎の言葉が蘇る。


「お兄様はなんであんなことを言ったのかしら? 私はまだ正真正銘の処女なのに……」


 たしかに神殿入りするまで清らかな身でいなければいけないけど、11歳の私には処女喪失の心配なんてまったくいらないだろうし。

 そうでなくても前世の35年の実績があるから余裕。


 とりあえずは返事待ちだけど、セシリア様は来月の私の誕生会にも来てくれるはず。

 遅くともその時には、聖女見習いの件についての回答を貰えるよね。


 良い結果だといいな……。


 心の中で祈っていると、


「フィーネ」


 唐突に私の名前を呼ぶ声が響いてきた。


「フィーネ、どこにいる?」


 こっそり枝葉の間から確認してみると、輝く銀髪を揺らしながら庭を歩いてくるエルファンス兄様の姿が見えた。


 お兄様が私を呼んでいる!


 私の胸は甘くときめく。


 ああ、この木から今すぐ飛び降りて、エルファンス兄様の元へ駆け寄りたい。

 もっともっとお話して親しくなりたい!


 けれどそれにも増して再び神殿行きを止められるのが怖い。


 あの吸い込まれそうな深い青の瞳に見つめられると、思わず言うことを聞いてしまいそうになるから。


 ごめんねお兄様。

 その代わり19歳になったら必ず戻ってきて、その後は可能な限り傍にいるから。


 お願いだから今は私を止めないで!




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