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二人目の転生者

「このシャビールには王族御用達のでっかい宿屋があるからそこに泊まろう。

 今夜は酒池肉林の大宴会といこうぜ!」


 町に入ると、カークがニヤつきながら言った。


 王族御用達か……そういえば言葉使いや態度でつい忘れそうになるけど、カークってばラディア王国の王太子だったっけ。


「楽しみにしてろよ、エル、今夜は酒と女でもてなすからな!」


「断る」


 即行でカークの誘いをエルファンス兄様が断ってくれて、内心私はほっとする。


「じゃあ、キルアス、しょうがないから、二人で楽しもうぜ!」


「俺も遠慮する」


 続いてキルアスにも素っ気なく返され、赤い髪を逆立てるようにカークが不満の叫びをあげる。


「お前ら付き合い悪すぎ!」


 その光景を横目で見ながら、つくづく、カークのような男性が恋人じゃなくて良かったと思う。

 女好きだし気分屋だし面食いだし、無鉄砲で強引であんまり優しくない上に人の言うことは聞かないし。

 マイナス要素が多すぎる!


 それに比べて私のエルファンス兄様ときたら、格好いいし、基本的には優しいし、浮気もしないし、天才魔導師で頼りになるし、まさに死角無し。


 そう思いつつ横向きに馬に座りなおして、うっとりとお兄様の整った顔を見上げていると、ふと視線が合って、ちゅっと唇に唇が降りてきた。

 嬉しさと恥ずかしさで、思わずきゃっと悲鳴をあげて前向きに戻ったところで、露店が並ぶ賑やかな通りが見えてきた。


 到着してみると、嬉しいことに王族御用達の宿屋は町の中心部にあって、露店を見て周るのに好立地だった。

 建物自体もラウルの店とは大違いの、宮殿のような外観に高級感のある内装で、従業員の身なりや態度まで洗練されていた。


 王太子来訪の知らせを受けて飛んできたらしい宿屋の主人が、最高の部屋と豪華な宴会を請け負う様子を傍らで眺めていると――ロビーを抜けた廊下の奥から飛び出してくる人物があった。


「カーク! やっと見つけたわ!」


 叫びながら物凄い勢いで突進して来たのは、縦ロールの輝く金髪と豪華なドレスを身に纏った、見覚えのあるやや顔立ちのきつい美少女。


「コーデリア!」


 胴体部分にタックルされて抱きつかれたカークは、悲鳴のような声で相手の名を呼ぶ。


(コーデリアって……!?)


 知っている名前にどきっとする。

 ガウス帝国に対抗する四カ国同盟に参加している王国の一つ、ロイズの第一王女、コーデリア・バルザ。

「恋プリ」では私と並んで、リナリィ・コットの強力なライバル役で出る隣国の王女の名前だ。


 本人だとしたらなんでこんな場所にいるのだろう?

 同じような疑問が、近くにいるエルファンス兄様に目を止めた、コーデリア姫の口からも漏れる。


「……あれっ? エルファンス・ディー・ジルドア? なぜあなたがここに?」


 どんだけお兄様って有名人なんだろう!

 そう思いつつ、彼女の反応に明らかな違和感を覚えた。


「人違いだ」


 即座に否定するお兄様にたいし、コーデリア姫はびしっと指差しして指摘する。


「人違いな訳ないでしょう。根暗さを示すような黒づくめの衣装に、煌く銀髪、悪魔じみているほどの冷たい美貌」


 指を差すのもそうだけど、根暗とか悪魔じみているとかエルファンス兄様に失礼過ぎる!


「コーデリア姫、エルに失礼ですよ! あと、隣国の王女のあなたがどうしてこんなところにいらっしゃるんですか?」


 すかさずキルアスが私の気持ちを代弁してくれる。


「あら、キルアス、久しぶりね! 

 実は先週からラディアを訪れていて、旅に出たというカークの帰りを王城で待ち詫びていたのだけれど、なかなか戻って来ないから、婚約者としてこうして途中まで迎えに来たの」


 え? 婚約者? どういうこと?


 コーデリア姫はガウス帝国以外の攻略キャラのルートで、リナリーの恋の妨害役として出てくる。


 初めの頃はいかにも親友面してリナリィを応援している様子だが、実は陥れようと裏で色々工作していた腹黒キャラであることが、ゲームの終盤で明かされるのだ。

 彼女が妨害するのはカーク、キルアス、ラファエルの三つのルートだからカークと恋仲になっていても何らおかしくはないんだけど……。


 シナリオが始まって数ヶ月という早い段階で、カークの婚約者に収まっているのはおかし過ぎる!

 この頃はまだ猫かぶりして、リナリィの親友ポジションを守っていた筈なのに……。


「ねえ、カーク、ところでこのエルファンスの隣にいる眼鏡っこは誰?」


 ――と、いつの間にかコーデリア姫の青い瞳が私へと向けられていた。


「フィーだよ。エルの妻の」


 キルアスの説明に姫は飛び上がらんばかりに驚く。


「ええええ? 妻ってどういうこと? フィー、フィー? フィーって?

 ひょっとして……あなた! 顔を見せて」


 かん高い声をあげて、なんとコーデリア姫がいきなり私の眼鏡へと手を伸ばしてくる。

 とっさに防ごうと身構えた私より、姫の手を払うエルファンス兄様の動きのほうが早かった。


「何をする? この眼鏡を外す事は俺が絶対に許さない!」


「無礼者!」


「無礼なのはコーデリア姫です!」


 お兄様を睨みつけるコーデリア姫に向かって、キルアスがきっぱりと言い放った。


「コーデリア、お前初対面の相手に何してるんだよ。謝れ!」


 さらにカークが珍しくまともな指摘をした。


 コーデリア姫は「わかったわ」と、いったん諦めたように引っ込めかけた手を――ばっ――と素早く振り上げ、風魔法を繰りだす。

 彼女は風と水両方の属性の魔法スキルを持つ、主人公のリナリーよりも高い魔力を有するキャラなのだ。


 次の瞬間、私の頭を覆っていたフードが捲り上がり、大きく揺れながら長い黒髪がこぼれ落ちる。


「――水のように流れる艶ややかな黒髪、雪花石膏(アラバスター)のごとき真っ白な肌、小悪魔じみた愛らしい顔立ち――やはりそうだわ。あなたは……」


 コーデリア姫は大きく瞳を見開いて私を凝視しながら、両手で口元を抑え、興奮したようにぶるぶると身を震わせた。


「お前、さっきから何言ってるんだ?」


 カークが正気を疑うような目でコーデリア姫を見る。


 ここに来てようやく私も、違和感の正体が分かりかけていた。


「問題はあなたがなぜここにいるのかよ……しかもエルファンスとくっついて……うーん……」


 ぶつぶつと呟く姫の奇妙な言動に、エルファンス兄様が横のキルアスに小声で尋ねる。


「キルアス、この王女とやらは精神疾患などがあるのか?」


「いや、たぶん、無いと思うけど……」


 かなり引いている周囲の空気を感じ取ったのか、急にコーデリア姫がしおらしい態度になった。


「ごめんなさい、確かに失礼な振る舞いだったわね――エルファ――エルに、フィー。気を悪くしないで、どうか許してちょうだい。

 お詫びとして、ぜひ今夜二人に夕食をご馳走させて欲しいわ。

 ――それまでの時間、カーク、あなたにたっぷりと話したいことがあるわ!」


 発言に合わせるように飛び出してきた数名が、ぐるりとカークを取り囲んで逃げ道を塞ぐ。


「俺は別に話したいことなんてないぞ!」


 抗議するカークを従者らしき人達と一緒に捕獲し、コーデリア姫は現れた時と同様に、嵐のようにその場を去っていった――



 コーデリア姫の奇行は気になったけど、もう夕方近くで夜まで間がない。

 私は取りあえず案内された部屋に荷物を置きに行き、エルファンス兄様と二人で露店を見に出かけることにした。


 通りに出てさっそく目についたアクセサリー店で、ドラゴンから贈られた笛に金具と鎖をつけて貰う。

 エルファンス兄様がペンダントにした笛をそっと首にかけてくれた。


「これで……無くさないですみそうだな」


「うん」


 その後も、人波の間をお兄様と腕を組んで歩き、目についた露店を片っ端から見ていく。

 色んな店が並んでいるので目移りしてきょろきょろしていると、不意打ちで頬にちゅっとされる。


「フィーは可愛いな」


「……!?」


 横を向くと、真近に愛しそうに目を細めるエルファンス兄様の顔があった。


 とたんに心臓が高鳴って体温が急上昇する。

 照れくささに思わずお兄様からそらした目に、ちょうど袋物を売っている店が映ったので、セイレム様に貰った杖を収納する袋を購入する。

 大きな聖石が目立つので今は宿屋に置いてきているけど、これでいつでもどこでも気軽に杖を持ち歩ける。

 その他、数軒の店で細々とした物を購入してから、エルファンス兄様に質問した。


「お兄様は何か見たいお店とか行きたい場所とか無いの?」


「俺は……」


 言いかけてお兄様はいったん口をつぐむ。


「うん?」


「……買い物よりも、今すぐ宿屋へ戻ってお前をベッドに押し倒したい……」


「……!?」


 想定外の返事に動揺して固まる私の顔を、両手で挟んでエルファンス兄様がじっと見下ろす。


「耳まで真っ赤にして、フィーは可愛いにもほどがあるな」


 甘やかな笑顔で言われた直後、公衆の面前で今度は唇を奪われてしまう。


 恥ずかしさに全身を熱くしながらも、私はなんとか市場まで足を伸ばし、買い食いするという一つの目的をを果たしてから宿屋へと帰還した。

 一つ心残りだったのは、見かけたナイティーがどれもセクシー過ぎて、お兄様の前で買う度胸がなかったことだ。



 宿屋に戻ると受付で、すでにコーデリア姫が宴席を設けて待っていると伝えられた。

 案内された広間には豪華料理満載の大テーブルとステージがあって、早くも露出の多い薄絹の衣装を纏った美しい女性達が踊りや楽器演奏を披露していた。


 目の前には美女と酒に料理、とお望み通りの物が全て揃っているというのに、コーデリア姫にがっしりと腕を掴まれたカークはげっそりした表情でうなだれていた。

 一体あれからどんな目にあったのだろう?

 亜麻色の長い髪を横に垂らし、退屈そうに頬杖をついていたキルアスが、こちらを見たとたん瞳を輝かせる。


「エルにフィー、お帰り!」


「待っていたわ二人とも、これでみんな揃ったわね」


 コーデリア姫も笑顔で私達を迎え、着席を促すと、初対面の時とはまるで違う感じが良い態度で酒や料理をすすめてきた。


 お酒を飲めない私は食べる専門だったけど、元々少食なのと市場で買い食いしたので、あまりお腹が空いていなくて食がすすまなかった。

 しかも、終始こちらを観察するように見ているコーデリア姫の瞳と、横から私を抱き寄せるお兄様の手がしきりに身体を触ってくるのが気になって、せっかくのご馳走の味が良く分からなかった。


 ――宴会を終えて部屋へ戻るやいなや、エルファンス兄様に捕まえられ、少し乱暴に身体を抱えられてベッドへと運ばれた。


 ラウルの店と大違いの大きなふかふかベッドの上に投げ落とされた私は、やや酔って顔が赤くなったエルファンス兄様の顔を怖々と仰ぐ。


「お兄様、酔っているの?」


 記憶では結構ぐいぐいとお酒を飲んでいた。


「全然酔ってなんかいない」


 否定してからがばっと覆いかぶさってきたエルファンス兄様は、酒臭い息で噛みつくように私の唇を奪った。


 貪るような激しい口づけを受けながら、重い身体にのしかかられた私は軽い呼吸困難になってあえぐ。


 と、息苦しくさにもがいていたとき、不意にドアをノックする音がして、廊下から女性に声をかけられた。


「お客様、いらっしゃいますか?」


 無言で動きを止めるお兄様の下から、助かったとばかりに声をあげる。


「はい、います!」


「女性用の大浴場の貸切のご案内に来ました。

 残念ながら混浴は出来ませんが、他の方に気兼ねせずゆっくりとお入りいただけます。

 部屋風呂もありますが、大浴場は広くゆったりして、薔薇の花弁が浮かべた大変優雅な浴槽になっております」


 大浴場、しかも貸切!

 ラウルの店のタライ風呂で身体を流しただけだった私は、説明を聞いたそばから舞い上がった。


「お兄様! 行ってもいい?」


 胸にしがみついて必死な瞳で見上げると、エルファンス兄様は少し酔いが冷めたような表情で、深く長い溜息をついた。


「仕方がないな……なるべく早く戻ってこい」


「うん、分かった」


 弾んだ声で返事してお兄様に抱き起して貰い、着替えとタオルを持ち、胸をわくわくさせながら廊下へと飛び出す。


 案内されて広く豪華な脱衣所に到着すると、衣服を脱ぎ、貸切ということで眼鏡も外して浴室へ入る。


 ――それは湯気で曇った視界の中、タイルに足を滑らせないように気をつけて、白い円柱に囲まれた浴槽へと近づいく途中だった――

 急に誰かが柱の陰から姿を現し、心臓が縮みあがる思いで「きゃっ!」と悲鳴をあげる。


 驚いて見れば、目の前に立っているのは真っ白な裸体を惜しげもなく晒して仁王立ちした、金髪縦ロールのコーデリア姫だった。


「やっと、来たわね、フィーネ・マーリン・ジルドア!」


「コーデリア姫!?」


 なぜ、彼女がここに? 

 それになぜ、私のフルネームを知っているの?

「恋プリ」のシナリオではコーデリア姫とフィーネは面識が無かった筈なのに……。


「あ、あ、あ」


 動揺のあまり「あ」しか言えなくなった私をコーデリア姫が高笑いで眺める。


「あははははは、フィーネ、残忍な悪女の筈のあなたがなんてお間抜け面しているのかしら?」


 お、おマヌケヅラ……。


「とりあえず、ほら、身体を流してお風呂に一緒に入りましょうよ。

 冷えちゃうわよ?」


「は、はい」


 私は言われるままに、手桶でお湯をすくい、身体を洗い始めた。


「あなたと二人きりで話したくて、お付の女官を連れて無いから、久しぶりに自分で身体を洗っちゃったわ」


 なぜそこまでして私と二人で? 謎に思いつつも髪を洗うのに手間取っていると、見かねたようにコーデリア姫が頭の上からお湯をかけて手伝ってくれた。


「あなたノロ過ぎる」


「ご、ごめんなさい」


 全身を洗い終わると、次は薔薇の花弁を浮かべた優雅な浴槽に、なぜか女二人で浸かることになった。


「やっぱり大きなお風呂はいいわね」


 コーデリア姫は肌をばら色に染め、うっとりと溜め息をつく。


「はぁ……いいお湯ですね」


 思わず私も呑気にくつろぎかけたとき、


「やっぱりあなたが一番綺麗ね」


「へ?」


「有りえない程に美しい顔の造作と抜群のスタイル。

 折れそうな華奢な腰をしていながら胸はでかいとか反則じゃない?

 シナリオを裏切ってエルファンスが垂らしこまれるのも無理もないわ。

 やっぱり私達三人の転生者の中であなたが飛び抜けて美しいわね」


唐突に『シナリオ』『転生者』という衝撃的な語句が並び、思考がショートして、またしても口をポカンと開けて姫を見てしまう。


 出会った時からコーデリア姫の言動には違和感をおぼえていたけど、よもや私と同じ前世の記憶と「恋プリ」の知識を持ちだったなんて!?


 そこでハタと気がつく。

 あれ――でも……なんか、今、数がおかしかったような?


「三人?」


 首を傾げて尋ねると、コーデリアは姫は力を込めて頷いた。


「そうよ、私、コーデリア・バルザとリナリー・コット、そしてあなたフィーネ・マーリン・ジルドアの、三人よ!」




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