イベント回収
汗ばむ両手で杖を握り直しつつ、私の頭の隅で何かが引っ掛かる。
……待って、私、あのドラゴンを……どこかで見た事がある?
しかしすでに戦闘は始まっており、ゆっくり思い出している暇なんてない。
案の定、飛来するワイバーンと戦い始めたキルアスとカークは、あっという間に数が多すぎてさばき切れなくなり、今しも大群に飲み込まれそうになっていた――
「お願いお兄様! あの二人の近くまで連れて行って!」
とっさに叫ぶ。
「分かった、しっかり掴まっていろ」
頷くと、エルファンス兄様は片手で素早く私を抱え直し、魔導具を上向き構えてキルアス達の元へ転移した。
ゴオォオオォオオオッと、轟音をあげて頭上で炎が燃え広がり、一斉にワイバーン達の悲鳴が巻き起こる。
青白い炎に照らされて煌くお兄様の銀髪を横目に、私は炎が止んだタイミングを見計い、大きく杖を振り上げた。
「光の壁!」
一言唱え、杖で増幅させた自身の力を一気に解き放ち、全員が入る範囲を囲い込んだドーム状の光の壁を生成する。
「フィー!」
炎のような髪を振り乱し、金色の瞳を輝かせたカークが驚き叫んで振り返る。
キルアスも流れる亜麻色の髪を大きく揺らし、ターコイズブルーの瞳を大きく開いてこちらを見た。
「エルも! 二人ともどうしてここに?」
「心配で……助けに来たの!」
そこで、改めて近くからドラゴンの姿を眺めた私は、突如、思い出す。
ファン・ディスクだ!
前世で発売を心待ちにしていた「恋プリ」FDの予告で、たしかドラゴンの背に載ったリナリー・コットと攻略キャラであるラファエルのイラストを見たことがある。
そのFDのタイトルは「恋と戦のプリンセス~パーティ~」で、発売前情報によると各種キャラごとのサイドストーリーはもちろん、攻略キャラが勢ぞろいした特別編も収録されているらしい。
背中に乗れるということは全くの敵ではない筈だし、現に今のところこちらを攻撃して来る様子はない。
ゲーム自体は発売前ゆえに未プレイなので具体的には分からないけど、きっと仲良くなれる方法がある筈!
「みんな、お願いだからドラゴンには攻撃しないで!」
「良く分からないけど、言う通りにするよ」
私の言葉にやや戸惑いながらも、キルアスが同意する。
続けてエルファンス兄様も短く「わかった」と、カークも「なんだか知らないけど了解した」と言った。
「エル兄様、私を降ろして」
返事がわりに地面に降ろされた私は、震える両脚で必死に踏ん張る。
心臓は破裂しそうなほど激しく高鳴っていて、息苦しさと眩暈に今にも倒れてしまいそう。
だけど、巻き込んでしまったエルファンス兄様のことを思えば、絶対にここで崩れる訳にはいかない。
庇うように立つ目の前の愛しいお兄様の背中に勇気を貰い、私は決意を胸に杖を握る手に力をこめた。
そろそろ光の壁の持続時間が終わる頃合だと注意を促す。
「来るわ! 準備して」
出来るだけ全員が一箇所に固まってそれぞれ武器を構える。
まずは光の防護壁が消えるのに合わせ、お兄様が上に向かって青白い炎の範囲攻撃魔法を放った。
次の瞬間、ワイバーン達の断末魔の叫びが響き、炎が止んだタイミングですかさずカークとキルアスが攻撃を繰り出す。
近距離のワイバーンをカークが仕留め、遠方のワイバーンをキルアスが撃ち落としていく。
合間にエルファンス兄様が範囲攻撃。
私はワイバーンが吐く火がみんなにあたらないように光の盾を作って防ぐ。
まさに隙の無い攻守――宿屋でカークが言ったように、完璧なパーティー・バランスだった。
凄い! これなら本当にカークの言う通りこの谷のワイバーンを全て殲滅出来るかも知れない!
思わずテンションが上がってそう思いかけたとき――
ギュオオオオオオーーーーン!
ドラゴンがぱっくりと巨大な口を開き、赤黒い喉の奥をのぞかせながら、心臓が縮みあがるような咆哮をあたりに轟かせた。
その声を合図にワイバーン達は一斉に翼を翻し、それぞれ出てきた洞穴へと吸い込まれるように戻っていった。
シーーーーン。
急展開に全員が驚いて固まり、少しの間、その場に沈黙と静寂が満ちた――
とりあえず私は杖に嵌め込まれている聖石に魔力を流し込み、周囲を明るい光で照らしてみることにした。
十歩ほどの離れた距離から、銀色の鱗を輝かせた真っ白で豊かなたてがみをしたドラゴンが、巨大なガラス玉のような瞳で近くで私達を見下ろしていた。
≪お前達は何者だ?≫
――と、頭の中に直接響いてくる声に、ドラゴンに話しかけられているのだと気がつく。
キルアスとカークはぼうっとしたままで、エルファンス兄様だけがその声に反応して答える。
「俺達は旅の者だ」
≪私を倒しにきたのか?≫
「ち、違うの……旅人を襲う、ワイバーンを倒しに来ただけで、あなたに危害を加えるつもりなんてないわ」
私はドラゴンに向かって大きく両腕を開いて訴えた。
≪彼らは私の眠りを守る者≫
「では、ワイバーンはあなたを守る為に存在しているの?」
「おい、お前達、さっきから何と会話しているんだ?」
「しっ、カーク、ここは黙って静かに聞いているんだ」
≪私は遥か昔に受けた傷を癒す為、この深き谷で長きに渡り眠っていた……≫
「神獣ベルファンド」
私の腰を抱き寄せ、エルファンス兄様が重々しい調子で名前を口にする。
「あの伝説の? 実在する存在だったんだ」
驚いたような声をあげるキルアスに、カークがけげんそうな表情でたずねる。
「何だ? それは?」
「ミルズ神話に出てくるだろう。カーク、お前知らないのか?」
「知らない」
カークと違い幸い私はセイレム様の授業できっちりミルズ神話を習っていたので、当然ながら神の御使い『神獣べルファンド』の名前も知っていた。
天地創造から始まるミルズ神話が書き記されている創世の書には、生まれたばかりの世界の支配を巡る創造主にして光の神ミルズと破滅と混沌を司る闇の神ダルクの戦いについても記されている。
その「聖戦」において、ミルズ神の軍勢の先鋒を勤めたのが神獣ベルファンドだ。
つまり今まさに神話に出てくる伝説の存在が目の前にいるという驚きの事態。
「あなたの眠りを妨げて悪かった」
エルファンス兄様にしては珍しく、神妙な態度での謝罪だった。
私も言い訳がましく謝る。
「ごめんなさい……彼らがあなたの眠りを守っているなんて知らなかったの」
≪気にすることはない。今日はまどろみながら久方ぶりに懐かしい存在が訪れる予感がしていた。目覚めた時に居合わせたそなたに、何か特別な運命じみたものを感じる。類まれなる美しき娘よ≫
それってひょっとして、ゲームシナリオ上で与えられている役割をこなさないといけないという、使命感なのでは?
本来ならここでイベントを発生させる為に、リナリー・コットがベルファンドと出会う運命だったのだから。
「私はあなたの待っていた相手ではないと思います……」
控えめに否定する私の言葉を聞き流し、ベルファンドは巨大な瞳を細めて語る。
≪聖なる光の力を帯びる、そなたの美しさ、清らかさが、かつて背に乗せた神の娘を思わせる。
せっかく久かたぶりに目を覚ましたのだ。今から天空を巡って世界を見てこよう。
もしも望むなら、娘よ、お前もこの背に乗るがいい≫
えっ!? これって、いきなり飛行イベント発生?