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銀色の悪魔


 黒衣に包まれた長身に、淡く煌く銀髪、深い青の瞳と、冷たいほど整った顔立ちに、薄く引き締まった唇――

 やはり幻覚じゃ無い……!

 どこからどう見ても、私の最愛の人、エルファンス兄様だ!


「……ど、どうして……っ」


 大き過ぎる驚きと感動に頭が沸騰したようになって、言葉がうまく出てこない。


「……地獄まででも一緒だと言っただろう?」


 囁くように言って、エルファンス兄様は大きな温かい手で私の頬をくるみ、愛しみを込めた瞳で見つめながら、強く唇を重ねてきた。


「まさか……本当に死に掛けているとは思わなかったけれど……お前……一体……何してるんだ?

 心配ばかり……かけて」


 言葉の合間に何度も会いたかった想いを伝えるように、情熱的に唇を吸ってくる。


「…っ……ごめ……なさっ」


 思わず涙を溢れさせていると、


「あんた誰だっ? っていうか、さっきから人前で何してるんだ!」


 横からカークの叫び声が響いてきて、私はやっと近くにいる二人の存在を思い出す。


「お前か、この酷い特攻パーティーのリーダーは?」


 エルファンス兄様が銀髪を揺らし、ギッと怖い目を横に向けるのが見えた。

 お兄様の全身から青白い怒りの炎が揺らめくようで、剣呑な空気にぞくっと背筋に悪寒が走る。

 物凄くお兄様は怒っている!


「……確かにあなたが来なければ相当まずい状況でした。

 ありがとうございました」


 激しい怒りを感じ取ったのか、キルアスがカークの頭を押さえ込んで無理矢理下げさせ、お礼を言った。

 お兄様は冷たく睨んでから顔を背け、それを無視して、私に向き直り尋ねてくる。


「……フィー、荷物は宿屋か?」


「うん……」


「よし戻ろう」


 言うや否や私を腕に抱き、エルファンス兄様は懐から、すっ、と角が多い複雑な形状の黄金色の金属物体を取り出して、短く呪文を唱えた。


「えっ?」


 刹那に景色がぐわんと歪んでぶれて、ずれたようになり、気がつくと私達はラウルの店の前にいた。


「えっ? えっ? 何で? 何が起こったの?」


「お前、転移術も知らないのか?」


「知ってるけど……ええっ?」


 混乱したままお兄様に腕を掴まれ、ラウルの店の中へと引っ張って連れて行かれる。


「部屋は空いてるか?」


「……あ、あんたはさっき来たばかりの!

 もうお嬢ちゃんと会えたのか、早いな」


「ああ……見ての通りだ」


「部屋ならちょうど空いているよ」


 ラウルの手から鍵を受け取ると、お兄様は鋭い視線を走らせ私に尋ねる。


「お前の荷物は?」


「二階に……」


「お嬢ちゃんの部屋の鍵なら預かっているよ。はい」


 と、気のきくラウルがポンともう一個の鍵も出して来た。



 宿屋部分になっている二階に上がり、私が泊まっていた部屋に入ると、お兄様は目に見えて機嫌を悪くした。


「あいつらと相部屋だったのか?」


「他に空いてなくて……」


 お兄様の表情と詰問口調が凄く怖くてびくびくして答えてしまう。


「全く、だからフィーからは目が離せないんだ。で、お前の荷物はどれだ?」


 指さしで答えると、エルファンス兄様はさっと荷物を持ち上げ、空いた片手で私の事も同じように抱え、隣の部屋へと移動した。


 バタン……と閉じたドアにがちゃりと鍵をかけられ、荷物が床にどさっと置かれる。

 部屋に入ると、改めてエルファンス兄様が私に向き直る。

 深い青の瞳は鋭利な刃物のようで、その表情は相変わらず怖かった。


「エルファンス……兄様……怒っているの?」


「当たり前だろう」


 色んな状況を考えると……もう謝るしかない。


「……ごめんなさい」


 涙ぐんでいると、ふっとお兄様の全身から、緊張が緩む気配がした。


「……でも会えてほっとした」


 安堵するような大きな溜息をつくのが見えた、次の瞬間、がばっと両腕で身体を強く捕まえられていた。


「フィー、もう離さないからな」


「うん……お兄様……」


 再び万感の想いを込めるように強く唇が重ねられ――

 久しぶりのお兄様の熱い口づけに全身が火照り、甘い痛みが胸に広がって呼吸が苦しくなる。


 しばらくそうしてお互いの温もりと感触を確認しあった後、お兄様は寝台に座り、向かい合う格好で自分の膝の上に私を座らせた。

 お兄様の硬い脚の感触をお尻の下に感じ、正面から見据える瞳の真剣さに落ちつかない気分になりながらも、私は口を開く。


 話したいこと、聞きたいことがたくさんあった。


「……どうして私が生きていて、しかも、ここにいるって分かったの?」


 不思議で不思議でたまらなかった。

 エルファンス様は左手で背中を抱き、右手で愛情を込めるように髪を撫で梳かしてくれながら、静かな口調で語り出した。


「――先日、お前が自殺したと聞いて、俺は一目散に皇宮に駆けつけた。

 そうして信じられない思いで遺体の状態を観察して、すぐにお前じゃないと確信した。

 ――どうやらあの肉体を作った人物はお前の裸を隅々まで見た事が無いようだな。

 勿論、忠実に再現されていたら、それはそれで、その相手を八つ裂きにしているところだが……」


 きゃーーーっ、セ、セイレム様!!


「私が死んでないと気がついて、それから?」


 ここに到るまでの過程が全然見えなかった。


「俺は次に神殿へと向かった。

 何しろこんな事が出来る人物はこの世でたった一人だけしか思いつかなかったからな。

 素直に出て来なかったら神殿ごと破壊する用意もあったんだが、幸いにも実行する前に、件の大神官が姿を現した。

 それでお前の行き先を尋ねてみれば、聖遺物でどこかに飛んで行ったというなんとも曖昧な答えだ。

 この話し合いはあまり平和的ではなく、少々時間を費やすものになった」


 へっ、平和的でないって、凄く気になる言い回しっ!?


「とにかく最後には、お前のイメージする方向へしか飛べないという事実が分かり、物見の塔で見た景色の話を聞き出す事に成功した。

 草原を越えて隣の国に飛んだのだと目星をつけると、端から探す事を決意し、準備と情報を集めた。

 早く出発したい気持ちを抑えて、お前の葬儀にも出て、魔導省や皇帝にも忘れず挨拶済ませてから出て来たんだ。

 長い旅になると思っていたからな。

 草原から向かってラディア王国の入り口にあたるこの荒野に店があるという情報も得ていたので、そこから順番にしらみつぶしに探して行く予定だった。

 ――するとこの店に来て、いきなりお前らしき人物が、今頃、谷にいる筈だという情報を店主から聞いて急いで向かってみれば、まさにお前が魔物の大群に飲まれそうになっていた……その時の俺の驚きを察して欲しい」


 色々中間気になる言葉があるけど、そこはとりあえずスルーして、転移術の事が訊きたくなった。


「ここまで転移術で飛んできたの?」


 セイレム様ですらこんな距離は不可能だと言っていたのに……。


「ああ……ちょうど最近、魔導省の地下に篭って、この空間転移装置を作っていたところだったからな……小型化させるのにとても苦労したんだ」


 説明しながら、先ほどの黄金色したメタリックな素材の、お兄様の拳より一回り大きい複雑な形状の物体を出して見せてくれた。


「小型化?」


「ああ、持ち歩きやすいようにな」


 つまり、地下に篭って作っていたのはこれだったの?


「破壊兵器を作っていた訳じゃなかったの?」


「お前は俺を何だと思っているんだ?」


「……だって……」


 クリストファーが私を脅すから……。


「俺はテロリストじゃない」


「でもアーウィンを殺すって」


「あれはお前の態度に腹が立って、つい言ってしまっただけだ。

 せいぜい挙式前に目の前からお前を浚うぐらいの予定しかなかった。

 ……あいつを見ているとグリフィスを思い出す……殺せる訳なんかない」


 金髪に青い瞳――確かにアーウィンの容姿は亡くなったお兄様の弟グリフィスに似ている。


「大体お前が悪いんだ。素直に俺に抱かれていれば、父上もすぐに諦めて他国への亡命にも同意して、物事が早く片付いたんだ。その為に手間暇かけて空間転移装置まで作ったのに……」


「亡命?」


「父上の従兄弟に当たる、ジルドア家の血筋を引いた先代の王女がラディア王国を挟んだドリア王国に嫁いで現在王妃となっている。

 今は四カ国同盟との和平条約に帝国が同意したせいで、国交断絶して敵対関係になっているが、王妃として国内ではとても尊敬されていると聞く。

 父上達はそこに亡命すればそんなに悪い待遇は受けないと思ってな。

 ところがお前が純潔だと知っている父上はなかなか説得に応じなかった」


 私がお兄様の足を引っ張っていたという事か。


「でも、何でそういう話を私にしてくれなかったの?」


 ちょっと不満に感じてしまう。


「その言葉はそっくりお前に返す。何勝手な事ばかりしているんだ?」


 逆に言い返されて、ぐうの音も出なくなる。


「ごめんなさい」


 私がうなだれて謝罪すると、お兄様の温かい大きな手が肩に置かれた。


「俺も済まなかった。俺達には肝心な話し合いが足りなかったようだ」


「お兄様……」


 愛情溢れる温かな視線を受けて、じんわりした気持ちになってお兄様と見つめ合う。


 ――とにかく色々あったけど、再会出来てとても嬉しい。

 今こうして目の前にお兄様がいるなんて、本当に幸せ過ぎて夢みたい。


「さあ、話はこれで終わりでいいな?」


「うん……」


 頷くと、お兄様は甘やかな眼差しを向け、私の眼鏡を外してから腰を抱き、唇を重ねながらベッドへと押し倒していった。


「あ……待って……お兄様?」


「なんだ、また待って……と、言うのか?」


 エルファンス兄様の口から不満の呟きが漏れる。


「だってまだ……明るいのに……」


「わかった」


 返事とともにエルファンス兄様は素早く立ち上がり、窓辺に行ってカーテンを手早く閉めて寝台へと戻ってくる。


「これでいいか?」


 確かに部屋は暗くなったけど、昼間である事実は変わらない。

 そう思いつつも、私もこれ以上お兄様を待たせたくない気持ちでいっぱいだった。


「う…うん」


「震えて……怖いのか……」


「だって……」


「大丈夫だ。優しくするから、俺の、俺だけの可愛いフィー……。

 やっとお前を完全に俺の物に出来る」


 ささやきつつも、お兄様が私の上に覆いかぶさり、抱きしめ、髪に顔を埋めてその香りを嗅ぐようにしてから、そこに唇を押し付けてくる。


「愛している……」


「私も……愛している」


 髪の中から顔を上げると、お兄様は切ない眼差しで見下ろしてきた。

 深い青の瞳と見つめ合っていると、今までの色んな思い出が――辛かった事や悲しかった事が、次々と溢れ出してきて、胸の中がいっぱいになる。


 前世を思い出して不安でたまらなかったとき、生まれて初めて愛情を伝えられ、とてもとても嬉しかった事。

 神殿に入っていく私を見送る、切なく寂しそうなその姿と、離れていた長い年月の辛い記憶。

 四年ぶりにやっと再会した時に、魂の抜けた私に向かって吐露された、絶望的なまでに深い愛情の言葉。


 今までは、どんなに傍にいても結ばれる運命には遠くて、お兄様には決して手が届かないみたいで……。

 心もすれ違い、悲しくて、泣いて、諦めて、いっそ消えたいと思った事もあった。


 だけど、全ては、すでに過ぎ去った過去の事。

 そうだ、私達はもう二度と離れなくていいんだ。


 色んな苦難や障害を乗り越えて――今初めて、本当の意味で、私はお兄様に辿りつけた。

 ううん、そうじゃない。エルファンス兄様が努力して私の元までやって来てくれたんだ。

 こんな遠くまで、信じられない速さで、ただ私の傍にいてくれるためだけに……。


 そうだ、二人で居られるなら、昼間とか夜とか、場所も時間も関係ない。


 そこがお城でも宿屋でも道端でも、どんなところでも。


 一緒にいられるその場所が、二人だけの世界、楽園なんだ。

 そう思って、感動に涙をこぼしてお兄様の顔を見ていると、上からくるむように大きな手が私の手を握りこんできた。

 これから始まる愛の行為の合図のように――


 私は正直、死ぬほど緊張して怖かったけれど、その温もりを信じて、何よりもう二度と離れないよう。

 一刻も早く二人の絆をこの身体に楔のように打ちつけたくて、自分の全てをエルファンス兄様に委ねる事にした。


 ――そうして私とお兄様はその日、ついに肉体的にも結ばれた――


 夕方になり、夜になり、夜中になっても、私はエルファンス兄様の腕の中にいて、ひたすら身体を重ね続けていた。

 終わりがないような長い長い夜だった……。




 ――翌日……私は……見事なまでに足腰が立てなくなっていた……。

 狭い寝台に一緒に寝ているので、身体がほぼお兄様の上に乗り上げている状態で、硬い胸板を枕に目覚める。

 先に起きていたのか寝てないのか不明だが、既に目を開けていたお兄様が、身じろぎした私の頭に下からちゅっと口づけをしてくる。


「おはよう……フィー」


「お……おはよう、お兄様……」


 昨夜のことを思い出し、恥ずかしくて死にそうだった。

 お兄様の身体は朝からとても熱い。

 半身を起こそうとベッドに手をつくと、ぎゅ~っとお腹が鳴ってしまい、昨日の昼食以降何も食べていない事を思い出す。


「お腹が空いたのか?」

「うん」


 私の腰を抱きながらエルファンス兄様は身を起こし、最初に何をするかと思えば、枕の下から眼鏡を取り出してかけてきた。


「あの大神官は嫌いだが、この眼鏡については何重にもお礼を言いたい気分だ」


 しみじみとした呟きだった。


 私のほうはといえば、複数の理由で立つのすら辛い状態で、着替えをするにもエルファンス兄様の助けを借りる必要があった。

 弱った私を見てお兄様はなんだか凄く満足そうで嬉しそうだった。

 階下へ降りるのも自力では無理そうだったので、素直にエルファンス兄様に抱っこされて移動する。


 一階のラウルの店の酒場兼食堂部分へ行くと、中には複数の人影があり、そこには物凄く機嫌が悪そうな仏頂面でテーブルについているカーク・クラフトもいた。

 向かい側に座っているキルアスもなんだかとても神妙な面持ちをしている。


「……お前らのせいで俺はすっかり寝不足だ!」


 私たちが現れるとすぐにカークの怒りの原因が、直接その口から説明される事となった。


「止せよ……カーク……そういう話はしないのが礼儀だよ」


 キルアスが気まずそうに制止したが、カークは断固として言い放った。


「いや、俺はあえて言わせて貰う! この宿屋は壁が薄いのに、一晩中お前ら何してんだよ!

 安眠妨害もいいところだ! まさかわざと聞かせていたんじゃないだろうな」


 文句を言われたエルファンス兄様は涼しげな顔でそれに答える。


「フィーが俺の物だとお前達にも教えてやろうと思ってな」


 ぎゃっ! そういう意図であんなに色々激しかったのっ!


 状況を理解するとともに、私はもう恥ずかしさのあまり全身が発火しそになる。

 穴があったら入りたいというか、もうどこかに潜り込んで隠れてしまいたい!


「他人の趣味をとやかく言う趣味はないが、生憎俺は面食いだから、わざわざそんな事、教えて貰う必要なんてない!」


 カークはなおも怒りを発散させながら、お兄様に抗議した。

 その横からキルアスが率直な質問をしてきた。


「私の思い違いでなければ、あなたはガウス帝国の魔導師で、『銀色の悪魔』と呼ばれている、エルファンス・ディー・ジルドアですよね?」


「……答える義務はないな」


 相変わらずお兄様は感じが悪かった……。


 そっか、エルファンス兄様って他国にも名前が知れ渡っているぐらい有名人だったのか。

 妹なのに知らなかった。

 しかも異名が銀色の悪魔という……お兄様のトラウマをもろに刺激するような名称だなんて……。


「へー、天才魔導師エルファンスと言えば、ガウス帝国の中枢を担う人物じゃないか。

 あんたそんな凄い人物だったのか」


「人違いだ」


 お兄様はきっぱりと否定したけれど、昨日あんな活躍した後では全く説得力がない。


「とにかく、これでパーティーメンバーが完璧な構成になったな!」


 信じがたい事に、そこで死にかけても全然懲りてないカークが不敵にもニヤリ笑いをした。

 まっ、まさか……エルファンス兄様もパーティーの一員に加えようとしている?


 その神をも恐れぬ発言に私は心底びっくりして、思わずカーク・クラフトの顔を二度見してしまった。



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