死亡フラグ
――結局、パーティー加入を断り切れないまま、部屋に戻って寝る時間になってしまった。
私はセイレム様の言う通り寝る時も眼鏡を外さず、一番端の寝台を借りて休ませて貰う。
幸いというのも変だが、朝方近くまでカークにつき合わされたおかげで、物凄い疲労感と共に一瞬で眠りに落ちることが出来た。
翌日、目覚めたらもう正午近く。
横になったまま首を動かし視線を巡らせると、先に起きていたキルアスが隣の寝台の上で長い片脚を折って地図を眺めているのが見えた。
「お、おはようございます……」
「あ、おはよう、フィー。良く眠れた?」
「…はい」
むっくりと起き上がりながら答える。
まだ昨日の疲れが身体に残っている気がする。
「昨日は遅くまでつき合わせてしまってごめんね。
それに強引に仲間に誘ってしまって……。
いくら回復役が見つかって嬉しかったとはいえ、君の都合も良く聞かないで反省しているよ」
キルアスに優しい気遣いに感動する。
「いいんです。相部屋にして貰えてとても助ったし」
「それで改めて聞きたいんだけど、フィー、君はラディア王国に行くところだったの?」
「……いえ、特に目的地とかはなかったんですが、しばらく腰を落ち着けそうな場所を探していまして……」
打ち解けた優しい口調で問われ、つい正直に答えてしまう。
「それなら、俺の部族に来ない? 歓迎するよ」
と、キルアスが屈託無い笑顔で思わぬ提案を口にした。
「キルアスのところに?」
言われて考えてみると、平原ならガウス帝国から距離が近い。
帰りやすいし、様子を見て過ごすのに好都合かも。
それに誰も知らない場所で過ごすよりはキルアスがいるので安心出来そうだしね。
「もし、お邪魔させて頂けるなら、ぜひお願いしたいです」
思い切ってそう言うと、キルアスの表情がパーっと明るくなる。
「良かった! じゃあこの魔物討伐が終わったら、一緒に草原へ帰ろう」
行く先が決まって安心したのも束の間、続く言葉で一瞬にして恐ろしい現実に戻されてしまう。
「どうしても行くんですか? 魔物討伐……」
心から行きたくない気持ちでいっぱいだった。
「さくっと終わらせればいいよ!
荒野のワイバーン多発ポイントで数を間引きするだけだから。
谷まで行って根絶やしにするとかじゃないから、安心して」
キルアスは簡単に言うけど、全く安心出来ない。
理由はやっぱり、この人物のせいかも……。
私はチラッと、反対側の端の寝台でイビキをかいているカークへと視線を向ける。
「とりあえず、今日はまだこの宿屋にいる予定だから、フィーは好きに過ごしたらいいよ」
「まだ他の仲間を探すんですか?」
「一応ね。見つからなくても明日の早朝には出発する予定だ。
場所自体はここから近いけど、なるべく長時間張り込みたいから」
好きに過ごしていいと言われても他にやることがないし、とりあえず革袋の中の荷物の整理を始めた。
異様に重いと思っていたけど、中身を出してみて納得した。
大量の金貨が入った袋があったからだ。
二年分の旅費だろうか。
他にも身の回りに必要な物がほぼ入っていて、なんと下着まで用意されていた。
カークは昼過ぎに目を覚まし、起き出すと同時に階下で食事と飲酒を始めた。
昼間から飲んだくれるような世継ぎの王子で、ラディア王国は大丈夫なんだろうか。
本気で心配しつつも、キルアスと共に同じテーブルで食事をとる。
会話中に知った情報によると、カークは7兄弟らしい。
上5人が女で、6人目にしてやっと生まれた男児で、その後もう一人生まれた弟がカークと比べて極めて優秀。周囲の期待はそちらに集まっているという。
その辺が起因してこの怒りっぽい無鉄砲な性格になったのかしら?
キルアスの方は5人兄弟の長男で、弟と妹が二人づついるらしい。
「フィー、君は兄弟は?」
話しの流れでそう聞かれ、私は少しためらった後に、正直に答える。
「兄が……一人」
言葉にしたとたんに愛しいエルファンス兄様の顔が浮かんで切なさに胸が痛む。
また約束を破って勝手に遠くへ来てしまった。
エルファンス兄様、今頃どうしているかな?
きっと悲しんでいるよね……。
私が相当暗い表情をしていたのか、キルアスはあえてそれ以上突っ込んだ質問はして来なかった。
翌日の事を考え、その日は全員早めに部屋に戻って休む。
キルアスが気を使って、寝るまでの間、隣の寝台から色々話しかけてくれた。
おかげで追加のパーティーメンバーは見つからかったけど、多少緊張がほぐれて眠ることが出来た。
翌朝は予定通り、早い時間からワイバーン多発ポイントでの張り込みになる。
現地へ向かいながら、谷から近い場所は極めて危険なので、自然に旅人は迂回するようになっているとキルアスが説明した。
「そこに自分からあえて行く馬鹿者は、俺達ぐらいなものだ」
移動中キルアスは笑って言ったが、全く私には笑えなかった。
もうこうなってしまえば腹をくくって、セイレム様から頂いたこの杖と四年間の教えを頼りに切り抜けるしかない!
キルアスの馬に同乗させて貰って荒野を進み、いよいよ谷の近くの目的地点に降り立つ。
私はといえば、怖気づいてガタガタと情けないほど震え、戦闘が始まる前なのに立っているのもやっとの状態。
こんなんじゃとても魔法なんて使えそうにない。
このままではキルアスとカークの役に立つどころか、間違いなく足を引っ張って迷惑をかけてしまう。
なんとかしなくてはと思い、ゴクリと息を飲み込むと、とりあえず気を落ち着かせる為に目を瞑る。
今こそセイレム様の教えを思い出す時だ。
『フィーいいですか? この世界は神の見ている夢だと言われています。
ゆえに万物に神のご意志が宿っているのです。あなたを構成する最小物質にまでそれらは満ちています。
魔法の詠唱とはつまり神との対話によってイメージを伝え、自らに与えられた内なる力を引き出して、それを形にして実現させるという行為なのです。
ですから詠唱呪文で一番大切な事は自分の言葉で神に語りかけるということです』
私はイメージ力が弱いし、言葉で語るのも苦手だったから、魔法の取得がとても大変だった。
だけど私の師匠は世界一の人だと胸を張って言い切れる。
セイレム様の弟子として恥ずかしくないように頑張らないと。
何より生き残ってお兄さまと再会しなくては――
セイレム様への信頼と、エルファンス兄様に会いたい気持ちが、心の中に勇気の火を灯してくれるようだった。
「フィー来たよ、準備はいい?」
キルアスに呼びかけられる。
お兄様、セイレム様、私頑張ります!
さっそく飛来したワイバーンが吹いてきた火を、光の壁を出現させて防ぐ。
やはりこの杖は凄い、自分の力が幾倍も増幅されているのを感じる。
「すべての邪悪なものを滅せよ! 浄化の光!」
勢いづいた私は、聖術の中では珍しく攻撃要素のある呪文を大胆に唱えてしまう。
その瞬間、セイレム様の杖によって何倍も跳ね上がった術の力をぶつけられたワイバーン達の意識が飛んだらしい。
一斉に地面にバラバラと落下していった。
(何これ、凄い)
自分で自分の力にびっくりしてしまう。
感動している間にも、仲間の鳴き声に呼び寄せられ、新たなワイバーン達が続々と飛来してくる。
「フィー、君はなんて凄いんだ!」
キルアスも負けじと弓を構えて、狙い撃つ。
風属性の魔力を持つ彼の矢は魔法の力を乗せて飛び、どんな遠くまででも目標を追い、必ず敵をし止めてしまう。
炎属性のカークは自分の剣に紅蓮の炎を乗せ、一斬りでワイバーンの首をはねていく。
その後、私はひたすら二人の支援に徹し、彼らに攻撃が当たらないように光の盾で防ぎ続けた。
勢いづいた二人は次々とワイバーンを打ち倒して行く。
なにこれ、このパーティー、思ったよりいけるのかも!
そう思ったのはどうやら私だけではなかったらしい。
「残りのワイバーンが逃げて行った。俺達強過ぎ!」
空中で反転して逃げ帰っていくワイバーン達を見送りながら、カークが満面の笑みを浮かべてガッツポーズをした。
「フィー、君は俺の知る限り一番の聖術使いだ」
弾けるような笑顔でキルアスに言われると、私もまんざらではなかった。
照れながら、無事に生き残れた嬉しさにすっかり頬が緩みきってしまう。
良かった、これでやっと、キルアスとともに平原に行ける
――なんて、ほっとしたのも束の間……。
「これは、あれだな。行くしかないな……」
カークが突如、不吉な台詞を口走った。
「行くっておまえまさか……」
緊張した声でキルアスが訊いた。
続いたカークが告げた目的地は最悪なものだった。
「谷に!」
「……ええっ!?」
仰天するあまり口から大声が出てしまった。
「カーク、何言ってるんだよ。お前……」
キルアスもさすがに呆れた表情でカークを見ている。
しかしカークは口元をニヤリとさせ、強気に剣を掲げて宣言する。
「俺達は強い。だから谷まで行って、ワイバーンの巣を叩き、根絶やしに出来る!」
ちょ、何言ってるの? この人? 正気?
思わず目玉が飛び出て走っていきそうだった。
「お前が一人で行けよ!」
怒りながらキルアスが叫ぶと、カークが意地になったように言い返す。
「一人でも行くさ」
そうは言っても着いて行かざるを得ないことは、キルアスが一番知っている筈だった……。
(谷って……なっ、なんで、「恋プリ」のシナリオよりイベントの難易度が上がっているのっ!!)
私は予想外の恐ろしい展開に呆然としながら、力を奮いすぎた自分と、カークのような人物に関わってしまった事を心から後悔した……。
――そして二日後――私達は谷へと向けて出発した。
一日は休憩と説得期間をもうけたんだけど、カークの意志は固く、やる気は止められなかった。
果たして、根城と言われている谷には一体どれほどのワイバーンがいるのかしら。
想像したでもぞっとして足が笑いだしてしまう。
悲しい事に朝から出発したので昼前には目的に到着しそうだった。
昨日と同じくキルアスに一緒の馬に乗せて貰って近くまで移動し、赤茶けた岩場にさしかかったところで徒歩に切り替えて移動する。
恐怖に身がすくみ足が重い私に対し、自信に満ち溢れたカークがどんどん前へとつき進んで行く。
「おい、カークもっと慎重に足を進めろよ!」
注意するキルアスの言葉を無視して、カークの足はむしろ早まって行くようだった。
真っ暗な地の裂け目のような谷底から、不気味なワイバーンの咆哮が響いてくる。
岩肌を削ったような谷へと降り、今にも崩れそうな細い道を辿りながら、私の心臓はすっかり縮みあがっていた。
いきなり下から出てきたりしたらどうしよう。
なんて私の恐れが伝わったのか――事態は急変した。
ヒュン、バササッ。
悪い予感が当たるように、一匹が飛び出してくるのを皮切りに怒涛のように次々とワイバーンが押し寄せてくる――その恐怖の光景を目にした瞬間、私は動揺のあまり、なんと、思わず杖を取り落としてしまった!
一瞬で頭が真っ白になってしまう。
「フィー!」
キルアスがそんな私を見て焦ったように叫んだ。
まさに絶体絶命!
死の運命しか見えないようなその時だった。
ゴウウッッ――ッ!
――と、突然、視界いっぱいに青白い炎が広がり、拡散して、ワイバーン達を焼き払っていく。
「!?」
「フィー、お前一体、こんなところで何をしているんだ?」
聞き憶えのある低い声と、降って沸いたように目の前に現れた私をかばうような長身の背中に、私の心臓は一気に高鳴る。
なぜなら煌めく銀髪が同時に視界に映ったから。
――そう、絶対にこんなところにいることは有り得ないのに、私の最愛の人にしか見えなかった。
我が目を疑いながらも、心は状況すら忘れて歓喜に震え出す。
「……エルファンス兄様!」
銀色の髪を揺らしながら、その人は一瞬、深い青い瞳をこちらに向けて振り返り、愛しそうに笑いかけた。
そして魔具ディーダを構えて、再び狙い打つ。
その先から青い炎の筋が放たれ、爆音とともにあっという間にワイバーンの群れを吹き飛ばし、その身を焼き尽くす。
圧倒的過ぎる力を前に恐れをなしたのか、数撃でワイバーン達は羽を翻し、雪崩を打つように谷底へと戻って行った。
呆然とその様を眺めながら――気がつくと私は彼の腕の中に抱かれていた。
しっかりと包み込んでくる温もりが、夢や幻ではなく現実であることを教えてくれる。
いまだに信じられない思いで見上げた顔は、やはり紛れもなく私の最愛の人、エルファンス兄様のものだった。