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間違った選択

 まさに一色触発のムードの二人に、泣いて見ているだけの情けない私。

 一つだけはっきりしているのは、全ての元凶が自分だということ……


 クリストファーも私の問題ができるまで、二人は兄弟のように仲が良かったと言っていた。

 間違いなくここまで事態が悪化した原因は全てこの私。

 いっそ神殿から出てこなければ良かった! と、今なら自分でも思えてしまう。


 そうだ、何もかも私のせい。

 私さえいなければそもそもこんなことにはならなかった。

 そう思うと後悔と罪悪感に押しつぶされそうなって、耐えきれなくて叫び出していた。


「お願い、二人とも、もう止めて……っ!」


「フィー?」


 二人の視線が同時にこちらに向けられる。


「悪いのは……全部、私なの……私さえいなくなればいいの……。

 だからもう止めて……そんな風に争わないで! 

 ……私が消えるから……お願いだから……元のように仲の良い二人に戻って!」


 胸が痛くて喉も焼けるみたいで涙が止まらなかった。


「消える? 消えるだって?

 また神殿に戻って今度こそ叔父上と永遠に暮らそうとでもいうのか?

 そんなことは絶対に許さないし、お前をどこへも行かせない」


「そうだ、そんな下らないことを考えるよりも俺との約束を果たせ。

 さあ、俺と来るんだ、フィー。

 今がその誓いを守る時だ!」


 エルファンス兄様は決然と告げると、さっそく私の手首を掴んでテラスから連れ出そうとした。

 すかさずアーウィンが行く手を阻むようにガラス戸の前に立ちふさがる。


「俺が大人しく黙って行かせると思うのか? 

 エルファンス、そいつは俺の婚約者だ。

 いいか、フィー、このまま本当に帰ったら、どうなるか分かっているだろう?」


「気にするなフィー、お前は俺だけを見て、俺だけを信じればいい」


「エル、お前もだ。いくら父上の覚えがめでたくても、皇太子の婚約者を奪った者に未来があると思うのか?」


「そんなことはどうでもいい。フィー、行こう。もう時間切れだ」


 迷うことなく私を連れて行こうとするエルファンス兄様。

 アーウィンは腕組みして、思い出し笑いをするように息を噴出した。


「……そうだな。フィー、いつか叔父上も言っていたように、ここは本人の意志が一番優先されるべきだろう。

 だから、お前に選ばせてやる!

 そのまま行くか、俺の手を取るか二つに一つだ。

 フィー、いいか、よーく考えろ。

 そうして選べ。お前が良いと思う方の運命を」


 私の良いと思う方の運命?

 アーウィンは今この場の選択権を私に委ねてくれるというの?

 私はとまどいながらも必死に考える。


 このままエルファンス兄様と行けばどうなるか? 

 答えはこの前お父様が言っていたように、エルファンス兄様は極刑、公爵家はお取り潰し。


 では、アーウィンの手を取れば?

 皇太子妃となって、お兄様とは一生結ばれることが出来ない。

 でも家族もお兄様の命も守ることが出来る。

 それどころかお父様の言葉が本当ならば、エルファンス兄様は私以外の全てを取り戻せる!

 それにまだ挙式まで一ヶ月あるから、最後まで諦めなければ何か打開策があるかもしれない。


 こんなのは選ぶまでもない。

 アーウィンはなんて酷い選択を迫るのだろう。


「さあ、どうする? 心を決めるんだフィー」


 どう考えても今取るべき道はたった一つ。

 苦渋の思いに心が引き裂かれそうだった。


 私は震える手を伸ばし、差し出されているアーウィンが手の上に重ねる。


「……」


 あとは、とてもエルファンス兄様の顔を見られなくてうつむいて目を瞑った。

 アーウィンに手をぐいっと引かれるのと同時に、手首を掴んでいたお兄様の手がはがれる。


「いい子だフィー」


 わざと見せ付けるようにアーウィンは私の肩を抱き寄せ、耳元で囁いた。

 

 こんなの拷問だ!


「……フィー……お前はそれでいいんだな?」


 最後にエルファンス兄様の低い確認の声が聞こえた。

 私は無言で首を縦に振る。

 直後に立ち去って行く靴音が響き、 怖々再び目を開けると、もうエルファンス兄様はそこにいなかった……。



 ――その数日後、凄い剣幕でクリストファーが私がいる離宮に怒鳴り込んできた。


「お前は一体エルに何をしたんだ? 

 あいつの様子がいよいよ末期的におかしくなっているじゃないか!」


 あれからずっと毎日泣き通しでぼーっとしていた私は、一方的に責めらるのみだった。


 ひとしきり罵詈雑言を浴びせると、クリストファーは気を収めるように重い溜め息をついた。


「いいか、今日はエルが魔導省長官に任命される日で、ちょうど今頃、父上と玉座の間で謁見している筈だ。

 もう一度、話し合って、お前があいつをなんとかしろ。

 俺の言葉はもうあいつには届かない。

 このままではいつかの悪い予想が本当になってしまう!

 その前にお前がなんとかしろ!」


 もう一度お兄様に会って話せる?

 それならこの前のことを謝って許して貰いたい。

 本心ではどんなに一緒に行きたかったか、なぜそれが出来なかったか、どんなに今でも想っているかを伝えたい。


 クリストファーに伴われ、玉座の間へ通じる回廊に着くと、エルファンス兄様を待ち構える。

 やがて突き当りにある大きな扉が開閉すると、銀髪と黒衣を靡かせ颯爽と歩いてくる人物があった。


「エルファンス兄様……っ」


 急いで駆け寄り、愛しい顔を正面から見据える。


「フィー、どうしてここへ?」


 硬い表情で立ち止ったあと、エルファンス兄様は離れた位置にいるクリストファーに視線を送った。


「私、お兄様に私の気持ちを分かって欲しくて……!」


 お兄様は「ふん」と鼻を鳴らす。


「そんな謝罪や言い訳よりも、俺が聞きたいのは、お前が今度こそ俺と来る気があるかということだけだ」


「それは……」


「やはり、誓いを破るのか?」


 問いかけるエルファンス兄様の表情は険しかった。


「……っ!?」


「だったら、この話し合いには何の意味も無い」


 エルファンス兄様は冷たく言い放つと、再び靴音を響かせ歩き出す。


「お兄様、待って!」


 あわてて追いかける私に、お兄様が思い出したように立ち止まり、振り返った。


「ああそうだ……一ついいことを教えてやろう。

 お前がどうであれ、俺は絶対に約束を破らないということを……」


「え?」


「たとえ皇太子であろうとも、お前を抱いたら殺してやる。

 覚えておけ、フィー。

 今、俺と来ないということは、お前は俺にアーウィン殿下を殺させたいんだな?」


 心臓が凍りつくような爆弾発言だった。


 それでもなお一緒に行くと言えない私を、エルファンス兄様は少し暗い瞳で見つめてから、振り切るようにその場を立ち去って行った。


 一人残された私は、ショックのあまり脱力してその場にヘタリ込んでしまう。


 私は今お兄様に何を言われたの?

 アーウィンを殺すなんて本気じゃないよね?


 とんでもない間違いを起こした気になって、遅れてお兄様の背を追うように探したが、時すでに遅く見つけることは叶わなかった。


 私はまた、選択を誤ってしまった?

 どうしたらいいの?


 呆然としていると、いつの間にか近くにきていたクリストファーに肩を掴まれた。


「会う前より険悪になって別れるとは一体どういうことだ!

 お前なんかに期待した俺が馬鹿だった!」


 怒りに燃えた瞳で責められ、私は口ごもる。


「……あっ」


「くそっ!」


 苦々しく吐き捨てると、そのままクリストファーも私を置いて去って行った。

 とうとう、彼にまで見捨てられてしまった……。


 このままじゃ私が結婚しても結局、誰も救われない。

 お兄様が大変なことをしてしまえば、公爵家もお取り潰しになるだろう。

 どうせ家族もお兄様も破滅するなら、いっそあの時その手を取るべきだったの?


 毎日毎日そればかり考え、心が乱れて落ち着かなく、一日中部屋の中をぐるぐる歩き回る。


 あれから私は離宮に軟禁状態になった。

 アーウィンにもクリストファーにも会えないまま、挙式はもう一週間後にまで迫っている。


 追い詰められた気持ちで、時に壁や床を物に当たりながら、髪を掻きむしり、日々、苦悩し続けた。

 しかしいくら考えても答えは見つからず、考え過ぎて疲れた私は、床にぼーっと座っている時間が長くなった。


 もう駄目だ……全部おしまいだ。


 何度も絶望的にそう思い、情緒不安のあまり、わんわん泣き続けることもあった。


 やがて考えるのにも泣くのにも疲れ果てると、床に転がり、ぶつぶつ呟く。


 ――そんな時だった――


 天井のシャンデリアの飾りのガラス粒が、虹色に輝くのを目にしたのは。


 とたん、閃いてガバッと跳ね起きる。

 屋敷から忘れず送って貰っていた宝石箱の中の、大切な「それ」の存在を思い出したからだ。


 そうだ、もう、自分一人だけでは手に余る。

 これしかないのだ。


 思い立った私は、よろめきながらドレッサーまで歩いて行き、上に乗った宝石箱を震える手で開ける。


 虫がいいと分かっていても、もう他に頼るべき存在がない……。


 心を決めると、ついに禁断の「それ」を私は手を伸ばす。

 虹色に輝く石のついたペンダントを取り出すと、ぎゅっと手中に握り込んだ。


 そうして最後の希望にすがるように、全身全霊をかけてその名を呼び、助けを求める。


「セイレム様! お願い、助けて!」


 刹那、呼びかけに応えるように、聖石が真っ白に発光して、光が広がりあたりを照らし、埋め尽くす。

 ――やがてその光が収束していくと――そこには一人の人物が立っていた。


「そろそろ呼んでくれる頃合だと思っていましたよ。フィー」


 豪華な青銀の長髪に冬空のような水色の瞳、彫刻のように整った白皙の顔――そう、目の前に現れたのは私の師匠にしてこの国の大神官――セイレム・ラクス・ガウス様だった――。



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